第三話 封印の森 2 還らずの人
迷子のミリアを探すために、俺たちは森の中へと踏み入った。
さすが禁忌の森といったところか。入ってすぐ異変に気づく。とても暗い。日暮れ前にはまだずいぶんとあるというのにまるで夜の森の中のようだ。
アリーシャもこの森の違和感を覚えたのか、なにやら思案顔だ。
「どうかしたか?」
「いえ大丈夫。ミリアを早く見つけてあげましょう」
「ああ、そうだな」
というか、封印ってなんなんだよ。と、聞きたい気持ちで一杯なのだが。頭を切り替えて、今はミリアを探すことに専念しなければ。
とはいえ、たった三人で一人の子供を森の中から見つけ出すというのは大変に難易度が高い。
「なんていうかその、ミリアの居場所が分かるみたいな力とかあったりしないか?」
「残念だけど、そんな便利な能力は持ってないわ」
「聖女さまは?」
「え? いや、そんなこと急にいわれても」
どうやら都合よく奇跡の力は期待できないらしい。地道に探すほかないようだ。
「ミリアがあまり奥まで行ってないことを祈るしかないわね」
「手分けして探すか?」
「いいえ、離れないほうがいいと思うわ」
「そうだな。俺たちまで迷子になったらどうしようもないからな」
この森に、いつから人が入っていないのか。少なくとも数十年、もしかしたら数百年といったところか。それでも、かつて人が通ったと思われる林道がまだ残っていた。
俺たちは道なりに進むことにした。
存在しない光る花を探して、ミリアがわざわざ脇道に入ってないことを願うしかない。
「ミリアー! いたら返事しろ!」
ミリアの返事はなかった。
「……近くにはいないみたいね。奥まで行ってしまったのかしら」
「ああ、花を探すという目的があるからな。……ん?」
道のまんなかになぜか一匹のうさぎがいた。よく見てみると、どうやら何かを食べているようだった。
うさぎは俺たちに気づくと、うっそうと茂る木々の中へと逃げだした。
「食事中だったのになんだか悪いことしたわね」
「そ、そうだな」
以前はよく、あの状態のうさぎに矢をいかけていたものだ。
近づいて確認すると、それは小さなパンくずだった。
「パン? なんでこんなところに……」
それも一つだけではない。道なりにパンくずが等間隔に落ちていた。
「もしかして、これはミリアが? そっか、これを目印にして迷わないために。思ってたより知恵が回る子だったのね」
「そうだな。しかし、ちょっと失敗してるっぽいけどな」
パン食われてるし。
「女の子だから、グレーテルだね」
「グレーテル?」
「えっと、おとぎ話?」
それは聞き覚えのないものだった。天の国にしかないおとぎ話? なるほど、そんなものもあるのか。少し気になるが今はそれどころじゃない。
「とにかく、これで一つ光明が見えたな」
「ええ、道なりに進んでいるようだし」
しかし、安心してもいられない。ミリアのもとにたどり着く前にまたウサギに食べられては困る。俺たちは急いでパンクズの跡を追った。
途中、食われでもしたのか、とぎれとぎれだったりもしたが、なんとか見つけ出して進んだ。だが、ついにパンの跡が完全に途絶えた。けれど、ミリアの姿は見えない。
「全部、食べられちゃったのかしら?」
「もしくはパンを使い果たしたのか……。ミリアー! いないのか!?」
やはり返事はない。
だが、わずかに気配を感じた。
「……静かに」
俺の声にアリーシャと聖女は黙ってうなずいた。
ミリアの声はなおも聞こえない。だが、木々のざわめきを感じる。
「あっちだ!」
拭いきれない違和感を頼りに林道を外れて、生い茂った木立の中へと入り込んだ。下手をすれば俺たちも仲良く迷子だ。しかし、その心配は必要なさそうだ。
「いたわ! ミリアよ!」
ほどなく、木の根元でうずくまって隠れているミリアを見つけた。
「ミリアちゃん、けがはない?」
顔を伏せているミリアに、聖女が声をかけた。
「お兄ちゃん? お姉ちゃんと聖女さまも……っ」
よほど怖かったのだろう、聖女の胸に抱きつくミリア。けっこうな勢いだったので聖女が鎧をつけたままでなくてよかったと俺は思った。
「よしよし、もう大丈夫ですからね」
ミリアが落ち着いて泣きやむまで、俺たちは待った。
「よし、それじゃあ帰ろう。お父さんも心配してるぞ」
「だめ……っ」
ミリアは首をふって拒否を示した。
「だめって、もしかして薬のための花のことか? あれならもういいんだ」
実際にはなにも解決していないが、ここにいてもできることはない。光る花なんてものはここにはないのだから。
「だめだよ、危ないよ……っ」
震えている。
「もう安心だ。俺たちもついてる。それにミリアも一人でここまでこれたんだろう?」
「うぅ……違うの、おばけが……っ」
「おばけ?」
聖女の胸に顔をうずめたまま怯えて上げようとしないミリア。
意外な答えに、俺たち三人は顔を見合わせた。
「大丈夫、ミリアの見間違いさ。俺たちはここにくるまで何も見なかったぞ」
「いたもん!」
「でもミリア、ここにいたって危ないわよ? 早く帰ったほうがよくない?」
「……う、うん。でも……」
唐突に、全身をつんざくような悪寒が襲った。
「アリーシャ!」
「え? きゃ!?」
説明する暇はなかった。アリーシャを押し倒すようにして伏せさせる。それと同時に剣を抜き放ち、なぎ払った。カキンという金属音。後方から飛んできた何かが刃先に当たり、あさっての方向に逸れていった。それは鉄の矢だった。
矢が飛んできた方向に、一つの影が見えた。武装した兵士のような格好。手にしている弓に、次の矢をつがえようとしていた。
それを見て俺は思わず、手に持った剣を敵にめがけ投てきしていた。
銀の剣は思いのほか勢いよく飛んでいき、敵の胴体に突き刺ささった。そして、その何者かは地面にすいつくように倒れた。
「やったのか……?」
倒れた敵は、もう動く様子はない。
「あ、あの、トモア……?」
「え、あ、すまん!」
押し倒した状態のままだったことに気づき、あわててどいた。
「ううん、違うの。ちょっと突然で驚いただけだから」
「大丈夫、お姉ちゃん?」
「子供の前でなんですか、アリーシャさん。そんなえろい顔して、……いやらしい」
「えっ、えろい顔ってなんですか!?」
「発情して欲情しきったスケベな女の顔ってことですよ!」
「意味を聞いているんじゃありません!」
「あ、そうなんだ。この世界でもエロスはエロスなんだ。いや、そんなことより。あれ、ほっといていんですかね?」
倒れた敵のほうを指差して、聖女はしれっと言った。
「……聖女さまは、ミリアをたのみます」
「はい、任せて」
俺とアリーシャは倒れた相手を確認するために近づいた。
剣は墓標にように垂直に突き刺さっていた。
そしてそれは、目を疑うような異形の者だった。
「がいこつ……?」
さっきまで動いていたはずだ。しかし、鎧の中身はすでに白骨化していた。
困惑する俺の目の前で、そのガイコツは身に包んだ装備ごと崩れるように消えて土に返った。
「アリ-シャ、こいつはいったい?」
「封印がこの近くにあるというなら、かつてここで戦いがあった可能性も高いということ。それは魔物との戦い。その影響がこんな形で今も残っているんだわ」
「これが魔物?」
「いいえ。おそらく、魔物と戦った側の兵士だと思うわ」
こいつは大昔に魔物と戦って、それで死んでしまって。それなのに、今もまだこんなふうになって戦い続けていたというのか。
「気にすることはないわ。トモアはいいことをしたのよ」
「え?」
「これできっと彼はようやく、安らかに眠れるわ」
本当にそうなのだろうか?
「もう大丈夫よ、ミリア。おばけはいないわ」
アリーシャの言葉を聞いたミリアは、安心した顔を見せたあと眠るように気を失った。