第三話 封印の森 1 迷い子
夜が明けて、この村の教会へ挨拶に向かった。
シスターの思いのほか長い世間話に付き合わされたあと、俺たちは宿屋に戻り、遅い昼食をとっていた。
「なんだか、急に仲良くなってない?」
「そんなことはないですけど? 昔から仲良しですし」
いぶかしがる聖女の言葉に、アリーシャが機嫌よく答えた。
思い当たることといえば、今朝早く、二人で話をしたことだろう。
俺としては変わったところはないと思う。しかし、はたから見れば違うのだろうか。
「しまった。逆効果だった? でも、さすがに同じ部屋なら、気づく……まさか、野外?」
「いったい、何をおっしゃりたいのでしょうか?」
アリーシャがたずねた。
「いえ、仲が良いというのはいいことですよ。大変けっこう。……いいんですけどね」
なんだかまた、ややこしいことになりそうな空気を感じた。
「それで、ここはいつ出発するんだ?」
話題の流れを変えるために、俺は二人に話をふった。
「どうせなら、もう一泊していく?」
「部屋が二つとれるなら、それもいいかもな」
きのうみたいなのは、もうかんべんだ。
「トモアはあまりゆっくり寝れなかったみたいだしね」
「そうなの?」
「まぁその、いろいろと……」
なんと言ってごまかそうかと考えて、俺はなんとなく周りを見渡した。
「迷子ですか? そりゃあ大変だ」
「ああ、子供がいなくなったって父親が騒いでたぜ。東の森に行ったんじゃないかって」
新しく入ってきた客が、宿屋の主人と何事か話をしている。
「へー、誰です?」
「この村のやつじゃない。よそからきた行商人の娘だって」
「しかし、よりによって東の森になんて。なんでそんなところに」
「さあね」
すぐとなりの席のため、その二人の会話はこちらにも聞こえてきていた。
行商人の娘。その迷子になった子供はおそらくだが、この村に着くまで乗せてもらった馬車の中にいた女の子ではないだろうか? たしか名前はミリアだったか。
俺たちはそのまま聞き耳をたてる。
この村の西側に広がる森の入り口のそばで、女の子が一人でいるのを見たという証言が出てきたらしい。
「行ってみるか?」
「そうね」
俺たちは食事をそうそうに切り上げて、村の東にあるという森の前へと向かった。
東の森の前に到着すると、いくつかの人が集まっていた。
行商人ゴードンと、教会のシスターもいた。
「あんたたちのせいだ」
行商人の男は俺たちを見つけると、こちらにやってきて非難を浴びせてきた。
「なんのことです?」
さっぱりわからない。ミリアの迷子について 俺たちとどういう関係があるのか。
「突然、娘のミリアが貴重な薬をあんたたちにゆずりたいと言い出した。冗談じゃない。あれは枯れ木病の特効薬だ。これ一つで王都に店が出せるほどのものなんだ」
枯れ木病、主に若者にかかる病。手足が老人のようにやせ細り、やがて死に至る病気。
数年前から確認されはじめて、いまだ原因不明のまま、この病にかかる者が増えているらしい。その薬を俺たちに?
「聖女だの巫女だの、お前たちが娘に妙なことを吹き込んだせいだ」
そう言われて俺たちには思いあたるふしがあった。いま俺の横で、しまった、という顔をしている二人。自分たちが聖女と巫女であることを馬車の中でミリアにうっかり話していた。一応、秘密だとは言っていたが。
「俺が君たちに薬を譲るつもりはないことがわかると、おそらく娘は自分で用意しようと薬の材料を取りに、森に向かったんだ」
いいがかりではあると思うが、俺たちのせいだというゴードンの言葉の意味がわかった。
ミリアは俺たちのため、薬の材料を取りに森に入った。というわけか。
「以前、娘に薬の材料を聞かれて、ある特別な花だと話したことがある。古い森の奥に光る花があるって、そう教えた。でも、それは嘘だ。あの薬は、魔術師ガライに譲ってもらったものだ」
「……ガライ。秘薬作りで有名な」
アリーシャが、その名前を聞いて反応した。俺はガライという名は知らない。しかし、魔術師は知っている。
魔術師というのは、先祖代々受け継ぐ技術と知識によって呪物を作りだす者たちのことだ。その呪物の効果は、家々によって様々。どうやら、そのガライは秘薬を作るのが得意な魔術師のようだ。
「偶然、立ち寄った村で会ったんだ。枯れ木病の子供をガライが治療していた。そして、今にも死にそうだった子供が命をひろった。全財産を渡すから、薬を譲ってくれと、俺は頼みこんだ。しかし、彼は薬で商売をする気はないと。だから俺は、娘に使うと嘘をついて……」
「ゴードンさん、気持ちは分かりますが、今はここで揉めていたってしかたがない。森の中にいるとわかったなら人を集めて一刻もはやくミリアを探しにいきましょう」
「それが……」
なぜか、気まずい沈黙がその場におりた。
「何か問題でも?」
「この森は、なんびとたりとも不可侵の森」
一人の老人が答えた。
「あなたは?」
「私はへムラン。このエンデ村で村長をしているものです」
いわれてみれば、どことなく威厳を感じる。
「不可侵というのはどういうことです?」
アリ-シャがたずねる。
「すまないが、それも教えることはできない」
「ああ、それについてはおっしゃる必要はありません。この森の奥に封印があるのは知っていますから」
アリーシャはなんでもないことのように答えた。
「なぜ、それを……?」
おそらく事実なのだろう。言い当てられた村長は驚きを隠せない。
「けれど、不可侵の理由がそれであるというのなら……」
アリーシャは、髪を隠すフードを外しながら続けた。
「巫女の私なら問題ない、ですよね?」
ざわつく村民たち。そのほとんどが疑わしい目をアリーシャに向けた。たしかに赤い髪は珍しいがそれだけだ。これが巫女の証拠だと見せられても困惑するだけだろう。
「……そういう、ことならば。封印の森の管理者として許可を出させていただきます」
だが、村長の反応は違った。アリ-シャが巫女であることをあっさり信じたようだった。もしかしたら、封印を管理する者として、巫女に関してなんらかの情報を持っていたのだろうか。
「今夜、起こったことは口外しないように頼む。全てだ。彼女が巫女であることも」
村長がこの場に集まってる村人に言った。
「それは、こちらも助かります」
アリーシャは少しほっとしたように見えた。たとえ、この中の誰かが話したとしても、すぐには大丈夫だろう。巫女だと広まる前にも、この村を出ていくことになるはずだ。
ということで、巫女であるアリーシャ。そして連れの俺と聖女の三人だけが森に入ることを許可された。
「それじゃあ行きましょう」
「ああ、さっさと見つけて戻ろう」




