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第二話 旅人の空 7 夜明けまで

 聖女の提案により、俺たちは部屋を後にして、宿屋の一階部分、酔っ払いたちでごった返す酒場に下りてきた。

 食堂も兼ねているから、ここで食事をとることもできた。


「おじさん、一番おいしいの三人分」

「あいよ!」

「おお、太っ腹!」


 アリーシャが攻めの注文をして、聖女がはしゃぐ。


「お金の心配ならいらないわよ、教会から旅の資金として、たくさんもらったし」


 それ、無駄遣いしていいものなのか?


「あ、トモア。お酒いる?」

「いや、一応は護衛役だし、いわば仕事中だろう?」

「そう? でも、そんなこと言ってたら一生お酒を飲めないことになるわよ」


「一生?」

「べ、別に深い意味で言ったんじゃないし」


 しばらくして、料理が運ばれてきた。

 こんがりと焼かれた、香ばしいニワトリ肉。黄色いマスタードに、彩で緑のパセリが添えられている。


 そういえば、アリーシャも聖女も、一応は教会関係に属する身だし、肉とかは大丈夫なのだろうか。あ、大丈夫みたいだ。とくに問題もなく、二人はおいしそうに食べている。


 それぞれが、味の感想などを軽く述べたあと。

 先ほどの部屋での続き、聖女の能力の話になった。


「僕にとっては、過去も未来も現在も一緒のことなんだ。だからそれは、未来を知っているということと同じになります。これまでの、これからの君たちのこともね」


「では、この先のことを教えてもらっても?」


 アリーシャはさっそくとばかりに切り込んだ。


「うーんと、それはダメ」


 だがそれは、聖女にあっさりと拒否された。


「それは、……なぜですか?」


 アリーシャも食い下がる。


「これから起きることを教えちゃうと、僕の知ってる未来が変っちゃうから。だって、未来を知ってしまえば、よりよい行動をしようとして、本来とは違った選択をすることになるでしょう? それはつまり、未来は変えられるということになるんだけど、そのときだけではなく、その先の未来のずっと先まで影響を及ぼすことになる。そうなっちゃうと、僕の手にも負えなくなりますからね」


「しかし、未来が分かる力があるのなら、その変わった後の未来をまた調べれば……」


 アリーシャはあきらめず、さらに食い下がる。


「それは無理です。もう、この世界に来ちゃったから」


 ん、どういうことだ?


「……それはつまり、この世界に降臨した時点で未来を知る力は失われてしまったということですか?」


 よくわかっていない俺をよそに、アリーシャが質問した。


「うん、まぁ……そう、なるよね」


 なるほど。聖女といえど、なんでもありってわけにはいかないということか。


「なんか、ひどい。じゃあやっぱり役に立たない、みたいな顔をしたでしょ? でも、僕が未来を知っていることには変わらないんですからね。ここぞってときには実際、かなり役に立つと思うよ。僕が知ってる未来と大きく変わってしまうことにならないかぎりは、ですけど」


 もちろんそれは、聖女の言う通りだ。だが、ここぞってとき以外に聞けないというのは正直がっかりだ。だって、知りたいんだもの。未来の俺とか。


「あと、他の人が何を考えているのか。なんてことも少しはわかるんですよ。たとえば、トモアくんは今、僕を男と女のどちらで扱えばいいのかな? と、考えている」


「トモア、真面目な顔してそんなこと考えてたの?」

「い、いやえっと」


 たしかに微妙なところではあるけどね。


「どっちでも。トモアくんのお好きなように対応可能ですよ?」


 俺を見つめながら、聖女が小首を傾げて答えた。


「……」


 アリーシャもまた、何も言わず真顔で俺を見つめてきた。


「……っと。しかし、そんな大事なことを誰が聞いているかわからない、こんなところで話しててもいいものなのかな?」


「別にいいんじゃない? そもそもみんな騒いでるし酔っ払ってるしで、他の客のことなんか気にしてないわよ」


 まわりを見る、店の中は数十人の客、飲み食いして酔っ払ってこっちを気にしてる様子はない。彼女たちが、聖女と巫女ってことにも気づいてなさそうだ。


 どれぐらい知られているのだろうか、あの儀式の日にセルビエスに来ていた行商人たちは、きっと話をひろめるだろう。


 光の柱が立って中から聖女が現れたなんて、与太話として誰にも相手にされないかもしれないが。


 そもそも顔を知られたからなんだというのか、敵対するものなどは存在しない。


 巫女がきて困るのはとうの昔にほろんだ魔物だけだ。

 ただ、なんとなく嫌な気がした、それだけだ。


 とはいえ、俺は旅に出たばかりのまっさらな素人。ここは素直に従おう。


「そういえば、ずっと気になってたことがあるんだけど」


 俺は、アリーシャの方を向いてたずねた。


「ん、なに?」

「この剣が軽くなったり重くなったりしたのって、アリーシャがやってたのか?」

「へ、私が? なんで?」


「いや、さっき山賊の体とか剣の動きとかを止めてただろ」

「ああ、うん。でも、その剣のことは知らないわよ?」

「えっとですね、それについては僕が説明しましょうか?」


 聖女が、ぴょこんと手をあげて言った。


「ええ、お願いします」


 俺は当然うなずいた。


「これは遠い昔に、かつて共に世界で暮らしていた妖精族によって作られた剣です」


「よ、妖精が作った剣。これがですか?」


 妖精とは、より人に近いエルフ、小人の怪力ドワーフ、さらに小さく羽根付きのピクシー。それらを総称するもの。エルフなんかはとくに見た目は近いが、人間とはまったく異なる種族である。

 しかし、今となっては物語上にしか存在していない者たちだ。


「いや、本当にいたんですか? 妖精だなんて」

「魔族だっていたんだから、そりゃあいますよ」


 いや、魔族だって十分に存在が疑わしいんだけど。


「なぜ、聖女さまはその剣を?」


 妖精たちって、今は天の世界にいるということになるのか?


「そ、それは定番というか、どれかお一つだけ好きなものを選んでください。はい、選びましたか? じゃあ、いってらっしゃい、……みたいな?」


 俺、選んだ覚えないんだけど。

 聖女はなんだか、よくわからないことを言った。ごまかしたいことでもあるのだろうか。


「では、この妖精の剣? が、重くなったり軽くなったりするのはどういうことなんでしょう?」


「そういうふうに作られたとしか、僕には言えません。まぁそれはそれとして、他の誰もが重くて持てないようなものが、羽のように軽く扱えるのも、トモアくんが特別だからですよ。あれです、ギフトですよ、ギフト」


「いやいや、そんなわけ。……ギフト?」

「そうです。ギフトです」


「いやでも、ギフトって、物心ついたときには自覚するって話じゃないですか。俺たったいま聞いたばかりで初耳なんですけど」

「トモアくんの物心ついたとき近くになかったから、自覚しようにもできなかったんじゃないですかね?」


「じゃっ、じゃあ俺のギフトって、この妖精の剣が使えるってことなんですか?」

「うん。でも、その剣だけじゃないかもしれないけどね」


 なんかすごく局地的だな。俺のギフト。

 歴史をさかのぼれば、幸運にもせっかく貰えたギフトが、ものすごくしょぼい内容で泣いた先人もいたらしいが。


「まさか俺に、アリーシャと同じ、ギフトが……」

「ん? ああ、私のはギフトとは違うわよ」

「え、そうなのか?」


 俺はずっと、ギフトだと思ってたんだが。

 じゃあ、あの力はなんなんだ? あ、巫女だからか。


「それ重いの?」

「いや、どっちかというと軽い」


 稽古で使ってた鉄剣と比べてだけど。


「そう感じるのは、トモアくんだけなんだよ」


 聖女はなぜだか、まるで自分のことのように誇らしげに言った。


「ふーん、ちょっと貸してみて」

「危ないですよ?」

「大丈夫です。私ってば、かなり力持ちだし」


 たしかに、盗賊の斧の一撃を片手で受け止めてたからな。

 剣を抜いて、アリーシャに手渡した。というか、店の中で剣を抜いて大丈夫なのか?


「ん!? おわぁ!」


 受け取ると同時に、座ってた椅子を巻き込んで派手に転ぶアリ-シャ。


「だ、大丈夫か!?」

「あーあ、いわんこっちゃない。不用意に持つから」

「何これすごく重い! まるで力が吸い取られるような不思議な感じ」


 どうやら、巫女の力も通用しないようだ。

 転んだままのアリーシャに俺は手を差し出した。


 立ち上がったあと、ようやくアリーシャは自分がどんな状態だったのかを知った。そして、そこかしらに聞こえる笑い声が誰に対して向けられたものなのかということに気づいたようだ。


「よー、お嬢ちゃんかわいいね。ひゃはははっ」


 酔っ払いに囃し立てられて、アリーシャは気に障ったのか。

 ツカツカと何かを見定めるようにして店内をすすんだ。

 どうやら、一番でかい武器を探していたようだ。 


 大きな棍棒を、他の客から借りて思いきりブンブンと曲芸のように振り回した。

 その様子に、酒場の客たちも盛り上がり、やんややんやと歓声があがった。

 何やってんだか、あいつは。


/


 どこか甘ったるい匂いに、俺は目を覚ました。

目を開けると、そこにはアリーシャの寝顔があった。


 少し微笑んでいるような、子供のころのようにあどけない。いい夢でも見ているんだろうか。

 そんなつもりはないが、なにか悪いことをしている気がしてくる。

 たまらず寝返りをうつ。


 そこには、聖女の寝顔があった。

 なんというか、こっちはおだやか。ちゃかちゃかした印象がなくなり、子供っぽさも消えていて、なんだか落ち着かない気分になる。


 しょうがないから上を向く。


 昨日の夜はベッド決めで、またひと悶着があった。結論から言うと、中心のベッドが俺のものになり、両端は女子で固められた。双方から監視できるようにとのことだ。


 聖女はもっと話をしたがっていたが、アリ-シャが黙らせ、就寝となった。


 寝返りをうつ代わりに仕方なく半身を起こした。


 このまま眠れそうにもない。できるだけ音をたてないように気をつけながら、そっと部屋の扉を開けた。


 部屋を出て廊下のつきあたり、窓辺におかれたベンチに腰を下ろした。


 見上げた先の窓から、わずかに欠けた月が見えた。

 このまま夜が明ける様子を、ただ眺めているのも悪くはない。


 しかしだ、こんな日が続けば寝不足になるかもしれない。

 早いとこ慣れた方がいいのではないだろうか? いや、これからずっと同室と決まったわけではない。


 ここを出れば近くにはもう村はないはずだ。

 ということは、次は野宿になったりするのか。目的地の聖堂教会がある王都まで、この村から少なくとも三日はかかる。

 いや、途中に旅籠もあるとはいっていたな。


 椅子に座ってから少しして、小さな足音が聞こえてきた。


 廊下の向こうから、アリーシャが近づいてくる。もしかして、部屋を出るときに起こしてしまったのだろうか。


「どうしたの、眠れないの?」

「お、おお、ちょっとな」


 俺は立ち上がりながら、アリーシャに答えた。


「……なんで立ったの?」

「え、いや」 


 そう言われても、これといって特に理由はなかった。しいていえば、アリ-シャがきたからだけれども。


 わざとらしい咳払いを一つして、俺はアリ-シャにたずねた。


「アリーシャも座るか?」

「ん、いい」

「そ、そうか」


 窓辺を向いて佇んでいる、アリーシャ。


「もしかして、……怒ってるの?」

「え?」


 急にそんなことを言ってきた。


「なんで俺が? 怒ることなんて一つもないだろ」

「嘘よ、何もないなんてことないわ。だってトモア、ずっとよそよしいもの」


「いや、そんなことは」

「嘘よ」


 即座に否定される。


「私、あのとき、別れの言葉を言えなかったから」

 それはとても小さく。


「会えば、つらくなると思って」

 とぎれとぎれ。


「そのあとトモア、私を探してたって」

 かすれ震えて、無理やり搾り出したような声。


「アリーシャ」


 お前こそ、俺を恨んではいないのか?


「俺はずっと、会いたかった。ずっと、アリーシャに」


 それはやはり、口に出すことはできなかった。


「トモア……」

「座らないか?」

「……うん」


 俺たちは、ベンチに並んで座った。


「俺は優しくできてなかったか?」

「うん。ぜーんぜん優しくなかった」

「そ、そうか」

「ねぇ、話を聞かせて? 何でもいいの。トモアのことを」


 別に隠しているわけではない。ただ、本当に何もなかったから。

 叔父の話をした。

 それから、強くなるために剣を習ったこと。

 自称、一番弟子とかいうやつが叔父を追っかけてセルビエスにやってきたこと。


 永遠の師匠だとか、唯一無二の名誉弟子とか言っておきながら、剣を捨てて片手斧を得物にしていた、変なやつのことを。


 やはり、たいしておもしろい話をすることはできなかった。

 それでも、夜が明けるくらいの時間は過ぎていった。


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