第二話 旅人の空 6 相部屋
馬車の中で揺られること数時間。森を抜け、ようやくエンデ村に到着した。
小さな村とはいえ、セルビエス以外の場所に来たのは生まれて初めてだった。
近くを森に囲まれているからだろうか、主に家屋は木で作られている。
感想としては、俺の家があった集落に近い。
まぁ、俺が比べられる場所といっても、他には都市セルビエスぐらいしかないのだが。
すでに日も落ちているので人通りもない。
そのせいもあるのか、人を寄せ付けない、余所者を拒むような印象を受けた。
とまぁ、そんなとりとめもない感慨にひたっている俺の横で、アリ-シャと聖女の二人はまたなにやら揉めていた。
というか、片方が一方的に説教されていた。
「でも、くれるって……」
「本当に受け取る人がいますか!?」
すげぇ怒られてる。
聖女が。
「あなた本当に聖女なの? まったく信じられないわ」
それは馬車の中で起きた。
聖女さま、お菓子あげる! という、女の子の言葉に聖女は、わぁい、ありがとう! と、そっこう喜んで受け取ったことが、アリーシャの逆鱗に触れたらしい。
「じゃ、じゃあ証拠を示しましょうか。貴女が毎日かかさず書いている日記の中で誰かさんに対することでいっぱいの─」
「ちょ、ま!? なっ何で、この覗き魔!」
首を絞める勢いで、聖女につかみかかるアリーシャ。
「うげっ! ち、違うって、落ち着いて! ただのあてずっぽうだから! 見てないっ、何も見てないから!」
「くっ、くぅ……っ」
すげぇ悔しそう。そうか、アリ-シャは日記を書いてるのか。
俺も内容を暴露されたらと考えたら、それはきついだろうな。まぁ俺は書いてないけど。
「そこまで貴女のことはくわしく書かれてないし」
「何がですか!?」
「え、いや何でも。聖女の未来視にも限界があるのであーる。なんちゃって」
「……」
「あ、あは」
やばいな、そろそろ止めないと。
「とにかく、聖女さまであることは間違いないだろ。なんせ光の中から出てきたし」
「……まぁ、そうだけど」
たしかに、ちょっと想像と違っていたというのはわかる。思ってた以上に俗っぽいというかなんというか。
ひとまず、その場を収めた俺たちは、さきほどの行商人ゴードンに教えられた宿へと、さっそく向かった。ちなみに彼ら親子は、この村の知り合いの家に泊まるらしい。
その宿は、村の中ほどまで進んだ場所にあった。軽く見渡した限りでは、この村ではなかなかに大きな建物ではないだろうか。
入り口の前に立つと、中から喧騒がもれ聞こえてきた。
扉を開いて中へと入る。どうやら宿屋と酒場が一緒になっている店のようだ。店の中はどこを向いても酔っ払い。酒場ってのはどこも変わらず騒がしいものなのだろう。とりあえず俺たちは、店主がいるカウンターへ向かった。この宿に泊まる手続きをするためだ。
そして、そこでまた一悶着おきた。
アリ-シャは、自分と聖女の二人部屋と、俺の一人部屋をとろうとした。
最初、アリ-シャは三人とも別部屋をとろうと考えていたらしい。俺は当然として、聖女と同室というのはどうなんだろうと。でも、聖女も話してみればなんか普通の女の子だし、まぁいいか、となったそうだ。アリーシャの言葉に、最初のころはそれなりにあっただろう敬意もだいぶ減ってきているのがありありと分かった。
俺から見ても、なんかもう二人はごく普通の同年代の友達みたいになってる。たった半日ですごい変わりようだ。
しかし、その注文に聖女が拒否を示した。
「女の子との同衾はちょっと」
「……修道院生活をそれなりに長く過ごしましたが、私にそんなシュミはないので安心してください」
「僕、男だし」
「……は?」
ちょっと何を言ってるのかわからない。
「いえあの、……あなたは聖女じゃないのですか?」
アリーシャも混乱しているようすでたずねる。
「別にー、聖女って勝手にそっちが言ってるだけですしー」
いやでも、少し前に自分で知の女神がどうとか言ってなかったっけ?
「……はいはい、わかりました。三部屋とります。そうすればいいんでしょう」
「その言い方、信じてないでしょ? ていうか、三部屋はもったいなくない?」
「肩書きが聖なる女と書いて聖女でも、自分を男という人と同じ部屋は私もいやです!」
「だからさ? 男二人、女一人でいいじゃないですか」
「いや、さすがに聖女さまと二人部屋はちょっと」
俺がやんわりと拒否すると。
「えー、なんでー?」
「なんでも何もない!」
アリ-シャが強行に反対する。
「あのー」
俺たちの話を黙って見守っていた宿屋の主人が、たまらず口をはさむ。
「大丈夫ですっ、すぐに済みますんで!」
「いや、そうじゃなくて、その……」
宿屋の主人の話を結論から言うと、今はこの宿に、三部屋も空きはない。だそうだ。
このエンデ村は小さな村であるが、王都と主要都市との中継地点となっている。そのため、行商人や旅人でそれなりに盛況なようだ。
結局、なんとか一つだけ空いていた大部屋に、俺たち三人で泊まることに決定した。いや、いいのかよ。
「いい? 仕方なくなんだからね。そういうんじゃないからね! なので、くれぐれも勘違いしないように!」
そういうとアリーシャは、俺たち三人が泊まる部屋であるはずの扉を強く閉めた。
彼女が旅の汚れを落とす、お着替え中の間、二人は廊下に追い出されることになった。
俺はともかく聖女まで締め出して。あいつ、さすがに不敬がすぎないか。
しかし、そんな聖女はそしらぬ顔で、扉の横にちょこんと座っていた。
「座りませんか? 女の子だし、時間かかると思うよ?」
「ですね」
それじゃ失礼しますと、聖女の横に座った。
「次は、僕とトモアくんの番だよね。大きな桶のお風呂、一緒にくっついて入ろうよ。背中も流してあげるよ?」
「ははっ、ご冗談を」
「男同士だしさ、何も問題ないですよね?」
そっか、じゃあ良いのか。いや、良くないし。
「聖女さまにそんなことをさせるわけには」
「じゃあ、トモアくんが僕の背中を流すのはいいわけ?」
「それはそれで、なんと言いますか」
「まぁ、僕はお風呂に入る必要はないんだけどね。聖女だから汗もかかないし、聖女だから汚れもしないし臭くもならないよ。聖女だからね」
聖女すごいですね。
「さすがに鎧は脱ごうかなぁ。でも、どうやって脱ぐんだろう。僕、脱いだことあったっけ?」
「えっ、今ここでですか?」
聖女はゴソゴソと鎧をいじりだした。
「うん、とりあえず上だけ。実は重さを感じるってわけじゃないんだけど。それでも、疲れる感じがする。なんというか気分的に。えっと、これかな? うーん、よくわからないなぁ。トモアくん、手伝ってくれますか?」
まぁ、それぐらいなら大丈夫か。
多分この、わき腹と肩にある留めがねを外せばいいのだろう。そう難しいこともない。
そういえば、騎士の鎧を外すことを手伝うのは騎士見習いの仕事の一つだったな。ということは俺も順調に騎士の道を進んでいることになるのか。いや、違うか。
多少とまどりながらも無事に聖女から鎧を外すことができた。
そして、鎧の下から予想外というか、ある意味、想定内のものがあらわれた。
服の上からでもはっきりとわかる、そのふくらみ。
つまり胸がある。
女の子じゃないか!
「ど、どういうことです!?」
「え? ああ、これのこと?」
聖女は胸を見下ろしながら、なんでもないことのように言った。
「なんというか、さっきのは精神的な話ってことで」
精神的? 何が!? めっちゃ物理的な話じゃないですか、これ!
「でもそっか。トモアくんも男の子なら好きですよね? おっぱい」
「いや、それはその……」
それは、もちろん好きですけど、いま俺がその部分をガンミしているのはそれだけではくて、予想外で想定内のものがやってきたからで、つまり大好きです。
「自分では見飽きているから、なんとも思わないんだけど」
見飽きてるって、そりゃまぁそうだろう。
「触ってみる?」
「……えぇ?」
「特別だよ? あっでも、敏感なところはだめだからね」
そういうと、聖女は胸をそっと手で抑えた。
だが、隙だらけだ!
自分、よくわからなくて、ほんとよくわからなくてっ! 敏感じゃないところなんてわからないんですけど!
だが俺は閃いた。これは察するに、聖女の手で隠れていないところなら、基本的に大丈夫ってことではないのだろうか!?
「えっ、じゃあ、いいんですか?」
「じゃあって、何?」
後方から、突如あらわれる威圧感。
「いいわけ、……ないでしょ?」
振り向けば、少しひらかれた扉の隙間から覗く顔。
それはそれはものすごく怖い顔をしたアリ-シャだった。
/
ようやく俺たちはアリーシャから部屋の中に通ることを許された。
「いい? 女の子に敏感じゃないところなんてないの」
「はい」
「だから絶対に触っちゃだめなの、どこも! わかった!?」
そして、俺はさっそく床に正座させられていた。
「はい、すいません」
そうか、どこにも正解なんてものはなかったんだ。触ってはいけなかったんだ。
「そのくらいでどうか許してあげてください、アリーシャさん。トモアくんがとびきりのエロ野郎というわけではなくて、男ならこれはしょうがないことなんですよ」
ベッドに座って、アリーシャをなだめる聖女さん。
「わ、わかっています、それくらい!」
俺を見下ろすように立っていたアリーシャもベッドに座った。三人部屋なので、ベッドは三つ。聖女は左端、アリーシャは真ん中のベッドに座っている。
こいつ、マジしょうがねぇな、という二人分の呆れた目線が突き刺さる。
あれれ、なんだろう? すごく納得がいかないぞ。
「それより、なぜ嘘をついたのですか?」
アリーシャは次に、聖女の方を振りむいて言った。
「え、僕?」
聖女はキョトンとしている。
「さっき、自分のことを男って言ってたでしょう」
「ああ、それね」
さすがに偽者とまでは言わないけれど、何か異変が起きているのでは?
そう考えるのもおかしくはなかった。
「えっと、嘘をついたつもりはないんだけど」
聖女の説明によると、彼女がこの世界にくる前にいた場所には、性別という概念そのもがなかったのだという。このおかしな状況も、ただ単に、与えられていた身体が、女性体のものだっただけにすぎないということだそうだ。
「性別自体が曖昧というわけですか。けどそのわりに、どうもトモアを見る目がおかしいと思うんですけど?」
「ふーん、おかしいって?」
「な、なんていうか、そのなれなれしい、いえ、へんに親しい感じが……」
「まぁ言いたいことはだいたいわかりますけどねー」
聖女はニヤニヤしている。
「ん、こほんっ」
アリ-シャは、咳払い一つして仕切りなおしを図った。
「ところで、なぜ自分を男であると認識しておられるのでしょうか?」
そして、もっとも聞いておかなければならないことを問いただした。
「僕の二つ名は知ってる?」
「ええと、銀の聖女に光の聖女。あとは、知の女神?」
とりあえず、思いつくかぎりの異名を答えてみた。
「うん、それ。僕は、知を司る女神。知とは、あらゆる知識のことをさす。そこには未来のことも含まれる。そう、僕は未来を知ってる。知ることができる。だからトモア、君の未来も見た」
俺の、未来……?
「それで僕は、すっかりファンになってしまったんだ」
「ファン?」
聞きなれない言葉に首をかしげるアリ-シャ。もちろん俺もわからなかった。
「えーと、熱烈な支持者ってところですかね」
「ね、熱烈ですか?」
「そうだよ、愛してるっていっても過言じゃないね!」
「な、何を言ってるの!? あなた、やっぱり!」
「勘違いしないでくださいよ? あくまで男としてね。あ、そういう意味でもないからね」
え、そういうってどういう?
「つまり、予知能力でトモアの未来を見て、それに影響された結果、男性としての人格が形成されたということですか?」
「うん、そう考えてくれていいよ」
「未来が、わかるんですか? ……本当に?」
いまいち納得のいっていない様子のアリーシャを尻目に、俺は聖女にたずねた。
「そのへんも話せば長くなるから、おなかもすいたし、ご飯を食べながら話そうよ」