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第二話 旅人の空 4 出発

 それぞれ親しい者との別れの挨拶を終えると、俺たちはセルビエスの街をあとにした。


 踏み出した門の外には、見渡す限りの平原地帯が広がっていた。


「目的地はとりあえず王都でいいのか?」


 王都には教会の総本山、アノール大聖堂がある。そこで、巫女になるための最後の任命儀式が待っているらしい。


 平原をまっすぐ街道沿いに北西へ、子一時間かけて歩けば街道沿いに木が増えてくる。そのまま行くと、じきにホーリンの森の前に着く。入った森の中にある分かれ道、そこを西へ。森を抜けてさらに北西に進めば王都に着くはずだ。


「ご両親への挨拶はこれからするのよね」


 アリーシャが言った。たしかに俺の家はこれから行く道すがらにあった。


「もうしたよ」

「え、でも昨日から街の外に出てる暇なんてなかったでしょ?」

「昨日のうちに済ませたんだ」


「ふふっ、なるほど。気が早いわね。でも、そう焦らなくてもいいのに。それはまぁ、もう済ませちゃったと言われたら、私も異存ないしそれでかわまないけど」


「けど?」

「うっ、私の印象というものが……」


 それからしばらく道なりに進んで、いよいよ俺の家の近くを通るというときのことだ。アリ-シャはもう一度、俺の両親に挨拶をしなくていいのかとたずねてきた。


 俺は、大丈夫と答えた。


「そうよね。私たちもまだまだ立場が不安定だから、足場をしっかりと固めてからということもあるわね」


 と、アリーシャから返ってきた。

 少し会話のズレを感じたが、これは、ちゃんと成功をおさめて故郷に錦を飾る、ということを彼女は伝えたかったのだろうか。


 しかし、俺はあの家に二度と帰るつもりはなかった。


「さすがに徒歩だときついな」


 馬でも使えば無理をすることもなく、一日か二日で着くことだろう。だが大聖堂への旅は徒歩で出発しなければならないという慣例があるとか。


 セルビエスから王都へは交易も盛んであるため、街道もすっかり整備されているから馬車も問題なく使える。事故もほとんどおこらないはずだ。今は降臨祭も終わってすぐなので、しばらく静かなものだろうけど。


「そいうえば、期日とかあるのか?」


 ようやく到着したと思えば、お前ら来るの遅いから失格。とか言われたりなんかしたらたまったものではない。


「そういうのは特にないみたい」

「アリーシャは王都に行ったことは?」


 俺はこれまでホーリンの森から先には行ったことがなかった。そこから先は未知だ。地図の上でしか知らない。


「子供のころ両親に連れられて何度か。街を出ることになってからは一度だけかな」


 そういえば、アリーシャは巫女になる前から、かなりのお嬢さまだった。それなら王都の行く機会の一つや二つあってもおかしくない。


「順調にいけば、日が暮れるまでには森を抜けられる。その近くにある村、エンデ村に今日中には着けると思うから、それなら野宿せずにすむわ。そこから先は少しわからないけど、たしかその途中に旅籠もあったし、そんなに悪い旅にはならないはずよ」


「なるほど」


 本来なら俺は、昨日のうちに一人で行く予定だったのだ。たしかに行く先はだいぶ違うものになったけれど。それに比べれば、この旅が悪いものになるはずもなかった。


「先代の巫女は、東のエスタリスから向かったのよ」

「そいつはまた遠いな」


 この都市セルビエスから王都への距離より数倍はある。そっちは一月じゃ足りないだろう。


「先代っていうと、数百年前の話か?」

「違うわ、数十年前よ」

「……えっと、巫女が生まれるのは数百年に一度って話じゃなかったっけ?」

「なんていうか、そうでもないみたいね」

「ふぅん?」


 初代巫女アリーメイアが八百年前で、次の巫女がなんだっけ? 名前は忘れたけど五百か四百年前ぐらいだったはずだ。大昔から名前が伝わるぐらい、なんかすごいことをしたから特別に残っているだけで、他にも歴史に名が残らない巫女も何人もいたってことなんだろうか。


「ところで、巫女の仕事って具体的に何をするんだ?」


 いつか復活するっていう魔王と戦うとかって子供の頃に聞いた昔話ぐらいしか知らないぞ、俺。


「ん、一般的に知られている話と一緒。まぁ信じがたいことだけどね。まぁ、知られてないこともなくはないんだけど」

「魔王と戦うってやつか?」

「戦いたいの? ふふっ、男の子だもんね。トモアには悪いけど地味な仕事の方が主になるわ」

「地味? 地味か……」


 その地味な仕事の方を知りたいんだけど。しかし不用意に聞き出そうとするのはよろしくない。あんまり詳しくないことが、つまりは興味なかったってことがばれてしまう。


「いやそっか、そっか、なるほどね」

「もしかして、あんまり知らないの?」


 あ、そっこうでばれた。


「男の子ってこういう昔の話が好きだし、知ってるものだと思ってた。というか、トモアも好きなほうだったよね?」

「え、えっと」


 俺の不必要な狼狽ぶりに、アリ-シャも怪訝な顔をしはじめた。やばい。


「あまり知りたくなかったのでは?」


 そのとき、聖女が口をひらいた。


「聖女様……、それはどういう意味です?」

「彼にとっては、巫女の存在というものは、あなたを奪い去ったも同然です。忌避しても仕方ありません」

「そうですね、そういう考え方もあります。一時的なことではありますけどね」


 アリーシャが冷静に答える。

 いや、そういう考え方しかないんだけど。


 アリーシャは勘違いしている。俺は最初から巫女の盾になるつもりであの場にいたのだと。巫女になったアリ-シャと共にあろうとしていた、と。


 もしかして、聖女は気づいているのだろうか? 俺の考えを推測して手助けしてくれたようにも見えたけれど。


「でも、それは必要なことだった。だからこそ、トモアとまたこうやって一緒にいられる」


 巫女だからこそ去って、巫女だからこそまたそばにいる。たしかにそうだ。


「でもまぁ、ちゃんと覚えていてくれてうれしいよ」


 まぁいい、とにかく今は話を変える。


「当たり前でしょ。そういうあなたこそ覚えていてくれて何よりだわ」


 話題の切り替えが唐突すぎて、何が? って話だが、どうやら伝わったらしい。5年ぶりに再開して最初の会話内容だから、印象に残っていたのだろうか。すごい怒ってたし。


「ああ、当たり前だ」


 彼女の顔を忘れられるわけがない。むしろ鮮明すぎて今でもたまに夢でうなされ夜中に飛び起きるくらいだ。なんかひどいな、俺。


「うふふっ、しらばっくれて反故にされるんじゃないかしらと心配してたのよ、これでも」

「そんなわけな……」


 しらばっくれて? 反故? なんのこっちゃ。 


「ね、私は約束を守ったわよ?」


 やっべ、なんか忘れてるっぽい。なんか約束してたっけ?

 約束といえばあれだけど、それはとっくの昔に破られているものだ。


 いや待てよ、俺が巫女の護衛になった事でその約束はまだ紙一重で守られたことになっているのだろうか、アリーシャの中では。


 後ろめたいにもほどがある。逃げる目的で旅に出ようとしたのに、何の因果かめぐり合わせか、彼女の方からまたやって来たのだ。


 しかし、これも嘘から出た真ってやつだ。


「今度こそ、俺は君を守る。約束だ」

「ちょっ、今こんなところでっ! 話を振ったのは私だけど!」


 なんか盛り上がってるな。

 ふと見ると、聖女がニヤニヤと俺たちの方を見ていた。


「おっと、僕のことは気にせずどうぞ」

「ええ、そうします」

「僕も荷物を持とうか? 手ぶらだし」


 聖女はそういうと、空いている手を広げてみせた。


「いえ、大丈夫です」

「じゃあ順番に持とうよ。ジャンケンでもいいよ、ジャンケンでも。あっ、ジャンケンって知ってます?」

「けっこうです」


 そんな二人のやりとりは一見すると、歳の近い娘たちがじゃれあっているといったような、ほほえましいものだった。


 だがその光景に、俺はどこか違和感を覚えていた。


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