表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/31

第二話 旅人の空 3 アリーシャの別れの挨拶

 再び、アリーシャの家の前まで向かうと、門の前に一人の女性が立っていた。


 黒っぽいワンピースに、やたらヒラヒラした白いエプロンを着けた格好をしている。


 最近、金持ち連中の間で女性の使用人にこんな格好をさせるのが流行しているらしいと聞いてはいた。俺もこの目で本物を見るのは初めてだ。なるほど、いいじゃない。


 向こうも俺に気づいたようで、こちらをキッと見返してきた。

 しまった、不躾な目はしてなかっただろうか。


「トモアさまでいらっしゃいますか?」

「はい、そうです」


 向こうから話かけてきた。が、どうやら怒っている様子はない。助かった。次からは女性を変な目で見るときは細心の注意を払うことにしよう。


 話を聞いてみると、俺が戻ってきたら、そのことを伝えるようにとアリーシャに命じられていたんだそうだ。


 それで門の前でずっと立って待っていたと。なんだか悪いことしたな。

 それよりも何かが頭にひっかかっていた。俺はこの女性にどこか見覚えがあるような気がした。


 ……そうだ思い出した。


 アリーシャがいなくなった日のことだ。俺は心当たりを探し回って、最後にアリーシャの家の前までおしかけた。そのとき対応してくれたのが、たしかそう、この人だ。


「ふふっ、お久しぶりね。ずいぶんおっきくなっちゃって」


 事務的だった対応が、急に物腰が柔らかくなった。その変化に俺はとまどう。


「えっと」

「私のこと、覚えてないかな?」

「いえ、もちろん覚えています。すいません、あのときは大変ご迷惑をおかけしました」

「そんなことはないわ。まだ子供なのにすごく必死で、なんというかとってもかわいかったわ」

「そ、そりゃどうも」

「でも、ほんとうによかった。とてもすばらしいことよね」


 アリーシャのことだろう。たしかに、巫女に選ばれるということは一般的にいえば栄誉なことであるはずだ。


「私も自分のことのようにうれしいの。あら、いけない。こうしちゃいられないわ。それじゃあ、すぐに伝えにいかなくちゃね」


 そういうと彼女は、俺が来たことを伝えるためなのだろう、家の中へ向かおうとした。しかし、数歩進んだところで立ち止まり、こちらへ引き返してきた。


「大事なことを忘れていたわ」


「はい?」

「お嬢様をよろしくね」


 笑顔でそう言うと、彼女はまた家の中に向かっていった。

 女性が中に入ってから、数分も経たずに家の正面扉が開き、アリ-シャと彼女の両親が中から出てきた。


 ある程度は想像していたとおりの重苦しい空気。特に父親の隠し切れない悲壮感。それはまるで、一人娘が嫁に行くといったような感じだなと、場違いな想像をした。


 どうやら最後の挨拶も終わったようだ。アリーシャは振り返った。


 俺に気づいたアリーシャが駆けよってくる。肩越しに両親の顔が見えた。どう表現していいかわからないほどに複雑な表情をしていた。彼らも俺に気づいたのか目があった。


 気まずい思いをごまかすように俺は一礼してから、門の影に隠れるように少しはなれた。


「待たせちゃった?」

「いや、その悪い。もしかして急かしてしまったか?」

「ううん、そんなことないわ。トモアこそ、私が気になって急いで戻ってきたとかない?」

「ああ、大丈夫だ」


 アリ-シャに気落ちしている様子はみられなかった。


「そのマント、とてもきれいね」


 アリーシャが叔父からもらったマントに気づいて言った。


「叔父からもらったんだ。せん別だってさ」

「これなら私たちより目立っちゃうかもね」

「え、何が?」


「バレるといろいろと面倒みたいなの。正体を隠さなくてはいけないから地味なマントで、目立たないように注意して旅をするの」

「最初に着てた、あの茶色のマントか」

「うん、それ。そっか、あのときにもう見てくれていたのね」

「後ろ姿しか見えなかったけどな」


「それでも、私だって気づいたんだ?」

「そりゃあ気づくさ」

「ふーん」

「でもまぁ、そういうことなら目くらましに使えるかもな」

「あら、そうかしら」


 俺のマントのせいでかえって二人が目立つなんてことになったら本末転倒だけど、そこまで派手で目を引くってほどでもない。それなら大丈夫だろう。


 それからまた俺たちは教会に戻ってきた。


 ここに残っていた聖女を迎えに、そしてこの街から旅立つために。

 そういえば、どこにいるのか今日は姿を見てない。しかし、わざわざ探す必要はなかった。


 教会に入ってすぐに見つかったからだ。一階の礼拝堂、そこに彼女はいた。 


 ステンドグラスからこぼれた、色とりどりの光を受けて、自身を象った聖母像の傍らで、ひざまづき、手を組み、頭を垂れ、深く祈りをささげていた。


 どれくらいの時間、俺たちはその神秘的な光景に見とれていたのだろう。


 そして聖女は、ゆっくりとたちあがり、俺たちのいるほうへと振りかえった。


「おっとっと、見られていたとはね」


 その顔は、だらしなくゆるみきり、とてもニヤニヤしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ