2-H. 【閑話】白と黒(黒柳クロ視点)
左足を引き摺りながら一歩ずつ歩みを進めていた。
ふと、自由に動かない左足をさする。初めは鈍い痛みで済んでいたこの足は、動かす度に重く芯に響くような痛みに変わっている。多分、骨が折れているのだろう。
先程の出来事を振り返り、深く溜息を吐く。
「あの婆さんは反則だよ」
シロ達は列車で移動していた。これは想定通りだ。行き先が風島だったのは意外ではあるが、移動手段が分かれば足取りを辿ることも容易だ。
想定外なのは第三の存在が味方をしていたことだ。一体、あの車椅子の婆さんは何者だったのか。
「部下達がやられ、俺もこの通り。大損害だよ、まったく」
碌に準備する時間もなく逃げる様に列車に乗ったシロ達には、抵抗する術を持たないと俺は軽く見ていた。だから、こちらも最低限の人員しか連れてこなかった。甘く見た結果がこのザマだ。
「でも、魔法で反撃されるなんて普通は予想出来ないだろ」
魔法を対人殺傷に用いる事は出来ない。この世界の常識だ。だから俺は回転式拳銃を胸に忍ばせている。
それなのにあの婆さんはあざ笑うかの様にその常識を打ち破っていた。特にあの殺意の篭った大爆発の魔法は本当に危うかった。被害が左足のみで済んだのは幸運だったと言える。
けれど、制圧した。最終的に勝ったのは俺の方だ。結果が伴えば過程など問題ではない。
「あとはシロだけ。あいつだけは生かして連れ出さなければならないな」
俺の視線の先には、小柄な足跡が点々と林の方向へ続いている。これを辿ればシロに出会えるだろう。
しかし、妙だな。靴跡ではなく足跡ということは、靴を履く暇もなくあの屋敷から逃げ出したのだろう。何故かシロだけが。
アオを見捨ててシロだけが逃げ出すか?
あいつはそういう性格だっただろうか。何かの企みが隠れている可能性もある。警戒は必要そうだ。
◇
足跡は林の中を通り、洞窟の入り口で途絶えていた。
風島には洞窟があるという話をどこかで聞いた記憶がある。例の術式も洞窟に残されていたはずだ。
状況から見て、シロはこの中に潜伏していると思われるが偶然なのだろうか。それとも、彼女の企みと例の術式には何か関係性があるのだろうか。
俺は左手で照明魔法の触媒を起動し、右手に回転式拳銃を握る。
「さあ、鬼ごっこといこうじゃないか」
壁に肩をつき左足を庇いつつも、慎重に洞窟の中へ足を進めた。
しばらくして白く大きな四角い床が見えた。これが例の術式か。何とも言えない神々しさを感じる。
ふと視界に光源を見つけ、視線を洞窟のさらに奥へ向ける。
開けた場所に人影がある。白神シロだ。部屋着の様な服に身を包み足元は裸足だ。日が差し込まず冷気に満ちた洞窟であの格好は寒いだろうに。
歩みを進めた俺は、シロをはっきり視認できる距離まで詰めると彼女に銃口を向けた。
彼女と目が合う。能面の様な表情の彼女は静かに佇んでいる。
「動くな!」
俺のことを見つめるシロの瞳に感情がうつっていない様に感じる。
一歩、彼女に近づく。
「ここで何をしていた?」
返事がない。
もう一歩踏み出す。
「何を企んでいる?」
シロの表情は変わらない。
更に一歩近づいた。
「質問に答えろ!」
シロは沈黙を保っている。人形の様な雰囲気の彼女に強い違和感を感じる。あれは本当にシロか?
彼女とは目と鼻の先の距離まで近づいた。彼女の足元には大きな布が敷かれているのを見た。
「アオの命は俺達が握っている。今から部下に命令して奪う事も可能だ。俺の指示には従ったほうが賢明だと思うぞ」
アオの名を出すが、相変わらずシロは微動だにしない。記憶の中にある彼女の印象と大きく異なり、困惑が深まる。あいつは今何を考えている?
「......クロ室長。質問があります」
長い間を開けた後、一切の感情を浮かべぬシロは口を開いた。
「言ってみろ」
「どうして、その手でモモの命を奪ったのですか?」
「何故それをーー」
シロは何故俺が実行犯だと知っているのか?
彼女には碌な情報を与えていないはずだし、逃亡生活の中でなにかを企む事も出来なかったはずだ。どうやってそれを......。
口を開いてから、失敗したと思った。
シロは天才の部類に入る。こちらから僅かでも情報を与えてしまえば、俺の思いもよらぬ結論を導き出すだろう。今のは反応せずに躱すべきだった。
「いや、なんでもない。理由だがモモはこの島の術式の秘密に近づこうとしていたからだ。一般には秘匿している情報だからな。ほら、答えたぞ! 次はこちらの質問に答えてもらう。ここで何をしていた?」
手元の銃を強調しながらシロへ返答を迫る。
「時間旅行の魔法を起動する準備をしていました」
「時間旅行だと!?」
なんだその魔法は? 聞いたことがない。
「ええ。足元の術式がそうです。これを起動すれば任意の時代・場所へ遡ることが可能です。一度きりの術式ではありますが」
彼女の視線の先を辿る。足元の布をよく見れば奇怪な文字が描写されていた。なるほど、これは術式だったのか。
......ちょっと待て。先ほど聞き逃せない言葉があった。任意の時代へ遡る? 時間旅行? まさかーー
「過去がやり直せるということか? それは本当なのか? だったら、お前は何の目的で過去に遡るつもりだ? 言ってみろ」
「私は過去に戻ってモモの命を救うつもりです」
シロの言葉に期待が膨らむ。
本当にそんなことが出来るのか? 妻を取り戻すことが、俺の現状を変えることが本当に出来るのか?
「そんなことが出来るのか?」
「ええ、貴方がモモを殺す瞬間を阻止すれば良いだけですから」
過去をやり直せる。
だったら、あの時大臣からの誘いを断りたかった。そうすれば、妻を失うことも誰かを傷つけることもしなくていい。これは俺の人生をあるべき形に戻す大きなチャンスだ。絶対に逃すわけにはいかない。
「起動石を持ってるはずだ。それを俺によこせ!」
気がつけばシロに向かって叫んでいた。逸る気持ちを抑えられなかった。
「この術式はたった一度しか起動出来ません。私の目的を聞いてもなお、起動石を欲しがるのですか? 貴方はモモを二度も殺そうとしていることに気づいていますか?」
シロの言葉が俺の心に深く刺さる。
姉妹には罪悪感を抱いている。謝っても許されない事をした。今日まで懺悔を忘れる日は無かった。本来ならここはシロに譲るべきだと思う自分もいる。
けれどーー
「俺だって過去をやり直したい! 妻をこの手に取り戻すんだ。お前には悪いと思うが、それが俺にとっての最優先なんだよ。だから起動石を早くよこせ!」
「そうですか。それが貴方の選択なんですね」
表情を変えずにシロはそっと呟く。すると、布の横に起動石を置き、シロは後ろへ三歩下がった。使ってくれという事か。
シロの対応に強烈な不自然さを感じた。いくらなんでも物分かりが良すぎではないだろうか。
以前の取調室を思い出す。あの時に大臣へ向けていた激情を、今の俺に向けてくるものだと思っていた。これは罠なのか?
銃口をシロへ向けたまま警戒しつつも歩みを進め、起動石を拾い上げる。
チラリとシロの方へ視線を向けるが、彼女の様子は変わらずにこちらを静観している。
「おい、どうやって戻りたい時代を指定すればいいんだ?」
「念じるだけでいいですよ。戻りたい時代・場所を念じながら術式を起動すれば、好きな過去へ戻れます」
まあいい。この機会を逃さない事を優先すべきだ。
布に描かれた術式の上に立つと、シロへ視線を向けた。
「シロ。俺はお前たち姉妹に酷いことをした。心の底から悪かったと思ってるよ、本当だとも。だから、俺のことは好きなだけ恨めばいい。少なくともお前にはその資格がある。ただ、俺はこの道を選んだことを後悔していない。大切な存在を守りたい、その気持ちの何が悪いというのか!」
俺の言葉にシロは何も反応を示さない。
視線を足元に戻すと、俺は術式の上に座り込み起動石を接触させた。
布の上の術式が白みがかった紅色に染まったかと思うと、その上に座る俺自身も同じ紅色に発光を始める。
紅色だと!?
術式を起動した場合の発光色は銀色ではないのか?
「おい、シロ!」
シロに向けて手を伸ばす。すると、指先から徐々に灰となって消えていく様子が見て取れた。
「シロ、なにが起こっている? 説明しろ!」
彼女は静かにそこへ佇んでいた。
気づけば足の先も同様に灰となって消え始めた。頭部から遠い部分から灰化している様子に俺は焦りを感じる。
「どうなっているんだ、これは!?」
彼女は何の表情を浮かべずに俺を見下ろしている。
俺の灰化は速度を上げ、手足を既に喪失していた。痛みはない。喪失感だけが俺の恐怖心を煽っていた。
「シロ、頼む! 助けてくれ!」
彼女は何も反応を示さない。
下半身は既に灰となって消えており、上半身も半分ほど失っている。座った状態を維持できずに術式の上で仰向けとなっていた俺は、彼女に助けを求め続けていた。
「シロォォォォォォォォォォォォ」
彼女の唇が僅かに動く。さようなら、そう言った様に見えた。
俺が悪かった。だから助けてくれ!
まだ産まれたばかりの我が子を抱いていない。妻にもずっと会っていないんだ。
そんな些細な願いくらい、叶えてくれたっていいじゃないか!
お願いだ、俺をたすけ......
......




