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終わりゆく世界の過ごし方  作者: なか
2. 選択のその先には
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2-G. 【閑話】見つめる先には(灰田マシロ視点)

 目の前の青年は、扉を見つめながら静かに佇んでいた。先程から微動だにしない小さな背中は、どこか泣いている様にも見える。


「マシロさん。シロちゃんの旦那さんってどんな人だったんですか?」


 その背中は、とてもこの状況に相応しいとは思えない質問を私に投げかける。

 さて、どう答えたものか。


「知らないわよ。手記には詳しい記述が残っていなかったもの」

「そうですか......。青木姓じゃなくて灰田姓だったということは、そういう事なんですかね」


 嘘をつく事はいけないことである。そう、母から教わって育った。確かに、悪意をもって嘘を吐き、人々を欺く行為は許されない事だろう。

 では、相手を思い遣るが故に吐く嘘は悪い事なのだろうか。ふと、そんな考えが頭を過る。


 灰田グレイ。過去に遡ったシロの旦那の名だ。

 失意に暮れ、道を見失っていたシロを偶然に保護したのが彼だったそうだ。彼の献身的な愛により進むべき道を見つけた彼女は、この風島へ共に移り住むこととなる。そこで、彼からの純粋で熱烈な求愛に折れる形で二人は夫婦の契りを結ぶ。

 けれど、シロの手記には、二人の男性に対する愛に揺れる苦悩も綴られていた。恐らくは、その一人が目の前の青年なのだろう。その事実を口にして良いものなのか、判断に迷う。


「偽名の可能性もあるんじゃないかしら? 今となっては確かめようがないけれども」

「偽名かー。そうだといいなぁ」


 こちらへ振り返った青年は、爽やかな笑顔でそう言う。まるで悲しみを隠すかの様な、綺麗に演出された笑みを目にして少し心が痛んだ。


 シロとアオ。

 この屋敷で過ごす間、二人は常にお互いを気遣いあっている様に見えた。多分、気のせいではなく、二人は想い合っていたんだろう。その恋の行方について、アオと私は悲観的な結末しか見えていない。だから、先程からこの部屋には哀愁が漂っている。

 一方、シロは何かを信じ、希望を捨てていない様に見えた。彼女には何が見えていたのか。もう少し、お互いに言葉を交わせば私にも同じ景色を見ることが出来たのだろうか。


 この世界の真実を知り、私はこの島に篭って人との交流を断つ道を選んだ。お陰で、他者との適切な距離感の測り方が掴めずにいる。今の私にはそれがとても悔やまれる。


「巻き込んでしまって申し訳ないです。今更ですがマシロさんも早く逃げてください」


 バツの悪そうな表情で青年は私に頭を下げる。

 冷静さを少し取り戻し、ようやく周囲に気を配れる様になったのだろう。だが、遅すぎる。呆れ混じりに私は答えた。


「言うのが遅いわよ。そもそも、誰が来るのか説明すらしてもらっていないのだけれど」

「ああ、確かにそうでしたね。簡単に言えば僕らの敵です。僕はここで足止めするつもりですが、命の危険があると思いますのでマシロさんは逃げた方が良いですよ」


 調査魔法の鈴が反応してから随分と時間が経過している。そろそろ、客たちはこの屋敷に到着する頃合いだろう。今から逃げ出す時間があるとは思えないし、逃げ場のないこの島に居て、屋敷から逃げ出す意味も無い。


「アオさん。足止めする策って具体的には何かしら?」


 私の問いを聞いた青年は、自虐的な笑みを浮かべながら答える。


「そんな都合の良い策、あるわけないじゃないですか」


 ヘラヘラ笑う目の前の青年に、若干の苛立ちを感じる。


 本当によく似た二人だ。大事なものを優先するために己の命を軽んじる。それが美徳だと履き違えている。

 ならば、残された者の想いは大事ではないと言うのか。自分より遥かに若い命が散っていく様を黙って見てろというのか。折角結んだ細い繋がりが一方的に断ち切られてしまったら、この悲しみと怒りをどう処理すればよいというのか。この若い二人は何も分かっていない。


「呆れたわ。危険な敵に無策で挑もうとしているの?」

「いや......だって、少しくらい格好いい所を見せたいじゃないですか」


 バツの悪そうな青年を睨みながら考える。

 私室に戻れば、いくつか有用な術式や触媒がある。防衛戦と言うには心許ないが、足止め程度は出来そうだ。勝利条件をシロの術式起動に掛かる時間の確保とすれば、良い勝負を期待できるのではないだろうか。


「ところで、招かれざる客が危険な敵なのであれば、()()()()()しても構わないわよね?」

「いや、危ないから逃げてくださいよ。ご年配の方に無茶な事はさせられません」

「まったく、ここまで巻き込んでおいて今更何を言ってるのかしらね。でも、その様子だと熱烈に出迎えても良さそうね」

「熱烈にって......。魔法を殺傷に使う事は出来ないじゃないですか」


 魔法を対人殺傷兵器として利用する事はできない。人を殺める可能性のある魔法は起動出来ないのだ。そう、世間では認知されている。


「あら、若いのに頭が固いのね。抜け道は色々とあるのよ。いいわ、半世紀以上を生きてきた術式研究者の本気を見せてあげましょう。今すぐに私室へ連れて行ってちょうだい」

「......本当に協力してもらっていいのですか? その、僕の力ではマシロさんを守りきる約束なんて出来ませんよ」

「貴方のようなひ弱で大人しい若造が私を守るですって? 冗談は止してちょうだい」

「もっと上品で平和主義な方だと思っていましたよ。ああ、僕の中でマシロさんのイメージが崩れていく」


 頭を抱える青年の尻を叩く。


「ほら。ブツブツ呟いていないで、早く私室へ連れてって! 迎撃の準備も手伝ってもらいますからね」

「はぁー、分かりましたよ。車椅子を動かしますからね」


 私が絶望し諦めた世界を、この若い二人は救おうとしている。老いたこの手でも助けになるのであれば、喜んで貸そう。それが私が今まで生きてきた意味だったのかもしれない。私が見れなかった夢を、今日ここで見させてもらおう。


 膝の上で掌を組んだ私は、車椅子を押す青年に気づかれないよう密やかに祈る。


 どうか、この計画が無事に実りますように。

 どうか、この二人の未来に幸が訪れますように。

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