2-14. 揺れる車内で(1)
青木アオ視点
乗り物の中で文字を読むのはどうにも苦手に感じる。
手元の書類から目線を上げて、琥珀色に装飾された室内を見渡す。
狭い個室には二人用の椅子が向かい合うように設置されており、右斜め正面ではシロちゃんが僕と同じように書類に目を通している様子が見て取れる。紙の擦れる音と僅かに聞こえる駆動音だけが室内の静けさを和らげてくれていた。
(クリスマスのプレゼントは難しそうだなー)
この5等級客室の料金は、僕ら普通の市民には正直に言って高すぎる。お陰でこれまで細々と蓄えていた貯金の殆どが消えてしまった。
かといって、シロちゃんを立たせたまま、この長旅を続けるわけにはいかない。心身共に疲れ切っているはずの彼女は強制的にでも休ませないと、倒れるまで無理をしてしまう。だから、この出費は必要経費だ。そう考えることにしよう。
ふと、僕はポケットにしまってある触媒に触れる。
この触媒にはモモちゃんから貰った認識阻害の術式が記録されている。僕らの窮地を救った心強い味方だ。このお陰で、シロちゃんを救い出すことができた。ホテルからの買い出しや列車への乗車で問題が起こっていないのも、この触媒があったからだと思っている。
◇
この旅の終着点は風島だ。およそ半日をかけてこの列車で風島近くの港町まで行き、定期船で島へ向かう手筈となっている。この先の船旅でも個室を予約してあるので、ゆったりと移動できるはずだ。
風島に着いたら、術式管理者のお婆さんと協力してシロちゃんの計画を実行することになっている。そして、魔法という存在をこの世界から取り除く。
本音を言えば不安だ。彼女の計画の是非をずっと考え続けていたが、壮大すぎて僕には判断ができない。彼女に見えている未来が僕には見えなくて情けなく感じる。
だから僕はシロちゃんを信じ、協力することにする。そうするしか選択肢は残っていないのだから。
視線を左手の窓に向ける。
車窓を覗くと、霧のように白く靄がかかっている田園風景が広がっている。灰色の空は低く、粒の細かい雨も降っているようだ。
ーーシロちゃんは嘘をついている
僕はそう思っている。
シロちゃんが誤魔化そうとする時には、顎に手を当てる癖がある。昨日の僕とのやり取りでもその癖が出ていた。
そのくらいすぐに分かるよ。だって僕はずっと隣で彼女のことを見続けていたんだ。癖や仕草でおおよその心情を読み取るくらい造作のないことさ。
彼女が何に対して嘘をついていたのか?
頭の良い彼女は、僕の思考が及ばない先の先まで見通して行動しているのだろう。考えたところできっと僕には分からない。彼女を問い詰めても上手く躱されてしまう気がする。だから、僕は問題視しない。
彼女がなぜ嘘をついたのか?
優しい彼女のことだ。きっと僕を守るためだろう。守ろうとするものが命なのか、心なのかは分からないけれども。
唯一分かることは、彼女にとって僕が庇護の対象だということだ。結局、僕は彼女の隣に並び立つことを認めてもらえていない。それが歯痒く感じる。けれど、僕にだって意地はある。僕にできることを考えていこうと思う。
(僕らはこのまま大臣から逃げ続ける事が出来るのだろうか)
シロちゃんの自宅では、警察関係者と思われる制服を身に纏った男達を目にしている。彼女曰く、彼らも大臣の協力者らしい。ということは、この列車のような公共交通機関にも手を出す事が出来る可能性も考えられる。その気になれば、僕らの行動は大臣に筒抜けなのだろう。その前提で物事を考えるべきだ。
気が付けば僕は、掌にある触媒を強く握りしめていた。
認識阻害の魔法は非常に強力である。僕らにとって唯一の武器であり、命を守ってくれる防具でもある。この触媒は、1時間の効果時間を発揮する魔法を3回起動することができる。僕は2つ持っているので最大で6回起動することができる計算だ。
しかし、既に5回分を消費してしまっている。僕らにはあと1回きりしか残されていない。
一方で、この旅は半日以上続く。ここまでは魔法のお陰で足取りを上手く消す事が出来ているはずだが、いずれ彼らに捕捉されると考えるべきだ。そして、この旅の行く先は逃げ場の無い孤島だ。追っ手が迫って来た場合のことも考えておかなければならない。
では、僕らには何か対抗策が残っているのだろうか。
最悪の状況になったとしても、彼女だけは守りきりたい。その力が僕にはあるのだろうか。




