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終わりゆく世界の過ごし方  作者: なか
1. 魔法と共にある世界
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1-3. 街中視察(1)

 ガヤガヤ、と騒がしい周囲を一目する。シロの周りを多種多様な色が前後左右していた。

 流石、この近辺で一番発展している街だ。歩く人の数が多い。人混みの苦手なシロは静かに息を吐いた。


「シロちゃん、大丈夫? 僕1人でも平気だけど」


 落ち着きのない様子のシロを見て、気遣うようにアオは声を掛けた。


「大丈夫よ。それにお仕事だもの。一緒に頑張りましょう」


 アオを安心させるようにニコリと微笑んだ。それに、2人きりで外出など滅多にない機会なのだから。シロは内心で思う。

 並んで歩くアオを再び盗み見る。物珍しいのかキョロキョロと辺りを見回す彼は普段と変わらず自然体だ。


(少しくらいは意識してくれたっていいのにな......)


 揶揄い半分ではあるが周囲が2人をくっ付けようとしていることに、シロは気が付いている。こうして仕事中だからと自分に言い聞かせていなければ、意識して話せなくなってしまうくらいには彼女も好意を寄せている。普段のアオの反応から彼も満更ではないのかも、と淡く期待している。自惚れでなければ。


 三度彼を盗み見る。視線に気づいた彼は偶には外の空気を吸うのも楽しいね、と笑う。普段通りの彼の姿に彼女は少し落ち込んだ。意識しているのは私だけ。やっぱり片想いなのかな。彼女はそう結論付けた。


 何故、2人は街を散策しているのか?

 時は、3時間前に遡る。


 ***


「シロ、今から街中で視察してきて欲しい」


 触媒研究課への報告書を纏めていたシロは、手元を止めて顔を上げる。視線の先には、書類を掲げた右手をヒラヒラさせるクロの姿があった。他部署から回された仕事かしら。そう推測した彼女は一度、手元の報告書に視線を戻す。支障はなさそうね、と予定の組み替えを高速で終えた彼女は立ち上がった。


「クロ室長。今度はどういうお仕事なのですか?」

「ああ。市井でどのように魔法が使われているかを視察してきて欲しい。広く使われている魔法の種類や利用方法を知ることは、省マナ化を進める上で重要だろ? 遠くない将来に予想される、中魔法停止に向けた対策立案の参考にしたいそうだ。ちなみに、魔法学術課からだ」


 クロの説明に思わず、はぁ、としかシロは答えられなかった。視察の有用性は認める。必要なことも理解できる。だがそれは私たちの仕事なのだろうか。便利屋に思われているんじゃないかしら、と彼女は頭を抱える。


「クロ室長はお忘れのようですが、ここは『魔法考古学』研究室ですよ?」


 ふふふと微笑むシロに、クロはキラキラした笑顔を返した。機嫌が非常に悪い時の作り笑顔だ。嫌々押し付けられたのね、と察した彼女だが譲る訳にはいかない。責任者なのだから仕事を安請け合いしないで貰いたい、と彼女は思った。


 ーー魔法考古学。

 発見された術式は、全世界共通の『術式データベース』に登録されており、登録率は80%と言われている。魔法が発見された直後の黎明期には人知れず生まれ、忘れ去られたものが多数存在すると推測されており、残り20%に含まれている。魔法考古学の主な目的はその20%を解析し、『術式データベース』へ登録することだ。特に、『始祖の術式』の発見・解析を行うことはマナの正体に近づく最も有力な手段だと期待されている。この研究室が注目される理由の1つでもある。


「クロ室長、この部屋を見渡してください。信じられないくらいの少人数で業務を回しているのですよ」


 だから請け負うお仕事を考えてください、と訴えるシロの言葉に、クロはむむっと唸り声を上げる。


「分かった。じゃあアオを付けよう。2人で行ってこい」

「じゃあってなんですか? 全然分かってませんよね?」

「悪い話じゃないだろ。2人きりだぞ」


 口角を上げるクロを睨む。シロは女性として心の天秤を覗いてみた。不本意ながら傾いてしまっている。誠に不本意ながら。


「分かりました、行ってきますよ。でも今回だけですからね」


 渋々の表情を作り、シロは答えた。お仕事だから。上司の命令で仕方がないのだから。自分にそう言い聞かせて、浮き足立つ気持ちを無理やり押さえつける。


 ***


「アオくん、何か珍しい物でも見つけたの?」


 先程からあちこち見回すアオに尋ねると、彼は遠慮がちに答える。


「普段この街には寄らないからね。景色が新鮮に見えるんだ」


 私を気遣ってくれてるからだものね、とシロは少し申し訳なく感じた。普段買い物に行く際には、モモを加えた3人で行動することが多い。だからあまり人の多い場所へは行かないのだ。


「モモも喜ぶと思うし、今度また3人で来ようね。取り敢えず、今日はあの店から回りましょう」


 そう言うと、シロは通りの向かい側にある店を指差した。散策は楽しいけれどそろそろ仕事モードに切り替えなくては。お仕事は完璧にこなしたい。


 ◇


「触媒は7階で買えるみたいだわ」


 百貨店に入ったシロ達は、案内板から触媒を扱う売店を見つけた。今日の彼女たちの視察先になる。


「この規模の店舗だと本当に色んな店があるね。1日掛けても全て回りきれるかな」


 アオの呟きに、再び案内板を見る。階層毎に区切られたスペースには店名が隙間なく埋まっている。この10階建の百貨店には単純計算で約200軒もあるようだ。彼の言う通り難しいだろう、と考える。


「この階の昇降機はあっちだね。行ってみようか」


 シロは頷くと、アオの指差す先へ視線を向ける。


 少し歩くと、目の前には正方形の壁に区切られた設備を見つけた。薄く透けた水色の壁には、ポップな感じの飾り付けがされており見た目はお洒落だ。正面には『昇降機』と書かれたデザイン文字と、入り口と思われる扉が付いている。

 壁の中は人が10人程度入れるくらいの空間となっており、丸みを帯びた文字のようなものが床一面に隙間なく書かれている。また、2人掛けのソファーが1脚置かれているようだ。


「シロちゃんは昇降機にソファーが置かれるようになった理由って知ってる?」

「ええ。導入初期は転送酔いで気分を崩す方が多かったんですって。休憩できるように配慮されているのよ」


 中に入った2人は、床から腰元の高さ位まで伸びる直方体の前に立った。操作盤と呼ばれる天井部に視線を向けると、数字の書かれたボタンが10個並んでいた。

 シロは『7階』と書かれたボタンを押す。カチっという音がした直後に、床に書かれている文字が銀色に輝いた。


「魔法が起動されるときの発光はいつ見ても綺麗だよね」

「そうね。術式由来の銀色も綺麗だけど、私は触媒由来の金色が好きかな。珈琲を淹れる時にはいつもうっとり見惚れちゃうもの」

「ふふ。流石、触媒研究者らしい意見だ」


 床に書かれた文字の輝きが消え、目的地に到着したことを告げる。


「到着したみたいよ。どこから回りましょうか?」

「シロちゃんのオススメで」


 2人は目的の店を探しはじめた。


 ***


 ーーところで、魔法はどのようにすれば使うことができるのだろうか?

 ファンタジー小説では、特別な力を持つ魔法使いが奇怪な呪文と共に力を注ぐことで、魔法を使っている描写をよく見る。

 この地球でも、特別な力を持つ一部の人間にしか、魔法を使うことはできないのだろうか? 答えは否だ。


 学術的な意味での魔法とは、変換装置を介してマナから奇跡へと変換する、一連のシステムを指す。

 そう、魔法とはシステムなのだ。そして、この変換装置があれば誰でも魔法を使うことができるのである。


 変換装置は『術式』と『触媒』の2種類に分類することができる。


 術式の定義は、奇跡を言語化したもの、とされている。この言語を『魔法語』と呼ぶ。例えば、「物を燃やす」という奇跡を起こしたいのであれば、魔法語で「物を燃やす」という命令文を書くだけで術式となる。

 また、この術式を起動したい場合には、『起動石』を術式に接触すれば良い。例えば、先ほど昇降機の術式が起動したのは、操作盤のボタンを押すことにより、対応する起動石が床の術式に接触したためである。ボタンを押したシロ達に特別な力があったからではない。


 便利な術式だが欠点はある。設置型という点だ。持ち運びにはとても不向きだ。

 その欠点を補うのが、もう一つの変換装置である『触媒』になる。


「おお、扱っている製品の種類が多いな。予想以上だ」

「市井で魔法と言ったら、触媒を組み込んだ製品を指すくらいだもの。種類は多いわよ。この売場なら1日中だって見て回れるわ」


 2人は目的の店の前で立っている。だが、先程からシロの視線に落ち着きがない。目新しい製品に出会えるかしら、と彼女の目が輝いている。

次話は1/1(金)夜に更新予定です

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