2-11. “選ぶ”ということ(2)
ーーモモ。どうすればいいかな? 私はどうしたらいいのかな? 助けて、モモ!
「お姉ちゃんさー」
どこからかモモの声が聞こえた気がする。
「また、わたしに選択を押し付けようとするの?」
「ち、違うわ!」
そんな事はない。妹に押し付けてなんかいない。
「マナの正体にしたってそうだよ。わたしを巻き込む事、自分で決断しなかったよね?」
「自分で決断したわ。それに、モモが力になりたいって強く言うからーー」
「ほらやっぱり。そうやって、わたしを理由にするんだね。それって決断したと言えるの? 巻き込みたくなかったら、強く拒絶すれば良かっただけじゃん」
それなのに今更罪悪感に苦しんでいるなんて馬鹿じゃないの、そう笑う声が聞こえた。
「お姉ちゃんって空っぽだよね。だから自分で決断できない。大事な選択はいつもわたしに丸投げだ。どうしてかな?」
「それは......モモの方が優秀だからよ。貴女の方が正しい結果を選べるから」
「優秀だから、ねぇ。本当にそれだけ?」
「どういう意味?」
「自分で選択した結果、失敗するのが怖いだけなんじゃないの?」
違う。そんな責任転嫁みたいな真似をするわけがない。それが真実なら私はーー
「どうして失敗するのが怖いの? 『理想的な姉』じゃなくなるから?」
「......」
「そもそも、どうして『理想的な姉』なんか目指しているの?」
「モモのためよ。妹を孤独にさせないため。孤高の存在になっていた妹の隣にいるために」
私の答えを嘲笑う声が聞こえる。
「わたしのため? いつまでそんな嘘を吐き続けるの? 騙し通せると本当に思っているの?」
「......どうして? どうしてそんな酷いことを言うの? モモは私のこと、嫌いなの?」
「勘違いしているみたいだけどさ、モモは死んだんだ。もうどこにもいないよ。それにわたしはモモじゃない」
「え?」
「わたしは君だよ、白神シロさ。さっきから君は自問自答してるんだよ、気付いていなかったの?」
自問自答? 何を言ってるの?
「頑なに認めようとしない君に代わり、わたしが答えてあげよう。どうして『理想的な姉』を目指すのかを」
お願い、やめて! 聞きたくない!
「君はモモに嫉妬しているんだ」
違う! そんな醜い感情なんて抱いていない!
「妹の才能が羨ましくて仕方がない。彼女に勝つことを渇望してるんだ」
そんなことない! そんなの私じゃない!
「けれど、どんなに努力しても彼女には勝てなかった」
そんなこと......。
「だから、彼女の付属品に成り下がろうとしたんだ。ちっぽけな自尊心を守るために」
「......」
「滑稽な話だよね。そうは思わないかい?」
ええ、そうよ。貴女の言う通りだ。
私とモモは双子だった。妹の才能に最初に触れ、最も長く同じ時間を過ごしてきたんだわ。
ーー妹と同じ時間を過ごす者は、その圧倒的な才能を前に2種類の感情を抱く。畏怖か拒絶かのどちらかだ。
確かにその通りだった。私はモモに畏怖の念を抱いている。妹の才能を恐ろしく感じていた。隣に並び比較されることを拒絶したくなる時もある。
それでも私は努力した。あらゆる欠点を克服し、人並み以上に出来ることを増やしていったわ。多芸多才な優等生と評されることもあった。けれど、それは虚像だった。努力にも限界があり、自分の底を見てしまっていたのだから。
一方の妹は、興味のある分野で才能を伸ばしていった。いつしか他者が追随できない頂まで登りつめていたわ。もちろん彼女にも欠点はある。ただ、磨かないだけで伸び代は無限にあると私は感じている。彼女には底が見えないのだ。
気づけば、妹に敗北感を抱くようになった。彼女の才能に嫉妬していたわ。このままでは勝てないという焦りを感じていたの。
そんな妹は、姉である私に尊敬の念を向けてくれる。その事実に仄暗い喜びを感じてしまった。永遠に勝てないと思っていた妹が、私を特別視してくれていると思ってしまった。”才能豊な妹が尊敬する姉“という立場が、畏怖の念を和らげてくれた。
だから、目指そうと思ったわ。妹に尊敬され続ける『理想的な姉』を。愚かよね、私って。
「ようやく、負の自分の向き合うことができたようだね。今まで目を背けてきた自分と対面した気分はどう?」
「最悪よ。私って最低の人間だわ」
「違う違う! 卑屈になるのは間違いさ。今度は正の自分とも向き合わなきゃ」
「正の自分? そんなものないわ」
「本当にそうかな?」
ちゃんと考えてみなよ、と笑うわたしが居る。
ーー学生時代、モモのイジメ問題に首を突っ込んでいたのはどうして?
大事な妹を軽く扱う連中のことが許せなかったわ。それに、妹が少しでも学生生活を快適に過ごせるように力になりたかったの。
ーー藍川アイとモモを引き合わせたのはどうして?
あの二人なら気が合うと思ったの。孤高だったモモには友人が必要だと思ったわ。もっと広い世界を見せてあげたかったの。彼女を受け入れてくれる世界があることを証明してあげたかったのよ。
ーー良き姉であろうとした、君がモモに抱いた感情は偽物だったの?
いいえ。確かに私にとってモモは大切な存在だった。世界でただ一人の妹だもの。モモは大好きで可愛い私の妹だった。だから良いお姉ちゃんでいたかった。彼女にもそう思ってもらいたくて、努力した。それもまた事実だと思う。
「複雑な感情を持ちつつもモモを深く愛していた。世界中の姉妹の中で一番深い絆だと自負している。それもまた君なんだよ」
「そうなのかな?」
「そうだよ。聖者のような清いだけの人間はいない。同じように、絵に描いたような悪人もいないのさ。今の君に必要なのは己の中にある清濁を併せ呑むことだよ」
「ありのままの自分を受け入れろ、そう言うのね。すぐには無理だわ」
でも必要なことだよね、そんな声を聞きながら思う。
私はモモにとって良いお姉ちゃんだったのかな。彼女がそう感じてくれていたならば嬉しいな。あの子の笑っている顔が大好きだった。もう一度モモに会いたいよ。
◇
「そろそろ、モモへの罪悪感は消えたかな?」
わたしの声が思考を遮る。
「消えるわけないじゃない。どんなことをしたって償えるわけないのだから」
「そうだね。“モモの分まで幸せになる”とか言いださなかっただけ褒めてあげよう。それは偽善者の吐く戯言だ。君はモモの屍の上に立って、この先を生きなければならない。その事実を忘れちゃいけないよ」
「じゃあ、私はどうすればいいの?」
「どうもしないよ。モモを巻き込んだ、その事実を抱いてこれからを生きるだけだ。卑屈にならず、自己嫌悪に陥らず。ただ、事実と共に生きるだけさ」
確かにそうなのかもしれない。
如何なる行いも死者への償いにはならない。あるのは残された人間に対する慰めだけだ。
「辛い生き方を強いるのね」
「でも、君ならそうするでしょ? だって、わたしは君だから。同じ意見だと思うけどね」
それにしては、さっきから割と意見が一致していない気がするけれど、とお互いに苦笑する。
「じゃあ、多少の気持ちの整理がついたのなら本題を片付けてしまおうか?」
本題? 何かあったかしら?
「もう忘れたの? 大臣の要求に応えるのか否か。君は選択しなくてはならないはずだよ」
自分と向き合った今の君ならば、自分で選択できるはずだよね、そう挑発する声が聞こえる。




