2-10. “選ぶ”ということ(1)
誰かの呼ぶ声がする。
「シロ! こっちこっち!」
ここは......大学の講堂? 扇型に並んだ机の最後尾にアイとモモが居て、こちらへ手招きしている。
「白神姉妹、わたしを助けてよー」
「アイ。君の課題なら手伝わないよ。私もお姉ちゃんも暇じゃないんだから」
掌を合わせて拝むアイを、呆れた表情のモモが突き放す。
......これは夢?
「モモ、少しだけだから! 次の講義のテーマが『臓器くじ問題』でさ、一緒に考えて欲しいのよ」
「「臓器くじ問題?」」
とある病院に4人の患者が入院している。彼らはそれぞれに別の臓器移植が必要な状況で、ドナーの登場を待ちながら入院生活を送っていた。しかし、彼らに残された時間は少なく、1週間以内にドナーが現れなければ彼らは命を落とすことになるだろう。
先程、1人の患者がこの病院に運ばれてきた。彼の症状は風邪と推測され、すぐに退院できる病状だった。しかし、彼は健康な4つの臓器を持っている。
この患者を殺せば新鮮な4つの臓器が手に入る。これで、4人の入院患者の命を救うことができるだろう。運ばれてきた1人の患者の命を犠牲にして。
この患者を見逃せば、1人の命を救うことができる。ただし、その後に都合よくドナーが現れる可能性は極めて低く、1週間後に4人の患者は命を落とすだろう。
貴方はこの病院の医師だ。運ばれてきた1人の患者を殺すか否か、どちらを選択するのか?
「こんな感じの倫理問題だよ。シロはどうする?」
「どうするって質問なら、5人が助かる方法を探すわ」
そうだ。人間が人間の命を選別して良いわけがない。
「何それー。2択の問題だってば!」
「んー。今のは曖昧な質問をしたアイが悪いかな」
「モモ! シロにちょっと甘すぎない?」
「そんなことないって。じゃあさー」
モモは真面目な表情を作るとアイに問う。
「追加で質問。運ばれてきた患者が大切な人、例えばアイのお母さんだったとする。そして、4人の患者は名医だ。アイはお母さんを殺すか否か。2択で答えてね!」
「そんなの選べるわけないじゃん! 意地悪すぎる問題じゃないの?」
「いや、派生問題ってだけで本質はさっきと同じだよ。この先何が起こるか分からないんだし、平時から考えておいた方がいいと思うけどね」
「じゃ、じゃあ、シロ! 運ばれた患者がモモだった場合、あんたならどうするの? 今度は2択で答えてよね!」
名医ということは、生かすことができればより多くの命を救うことが出来るという設問だろう。
最愛の人を殺す代わりに、知らない多くの命を救うことを選択するのか?
最愛の人を生かす代わりに、多くの命を犠牲にすることを選択するのか?
「私だったらーー」
***
「目が覚めた? うなされていたみたいだけど大丈夫?」
目を開けると心配そうなアオと目が合う。ベッドを独占していたため彼はほとんど休息を取れていないのだろう、アオは疲れ切った表情をしていた。
「ううん、大丈夫。それよりアオくんこそ大丈夫?」
「僕? 元気だよ。なんか色々と考えちゃって全然眠くないんだよね」
「私は十分休んだから、次はアオくんがこのベッドで睡眠取って」
アオに寝るよう促すが、彼は首を縦に振ってくれない。
「それより話をしようか。まずは、シロちゃんの身に何が起こっていたのか、全て聞かせて欲しい」
口を開こうとしてふと気づく。全てを話してしまえばアオを巻き込むことになる。モモの時と同じ失敗を繰り返そうとしているのではないだろうか。
「全ては無理だわ、話せる範囲だけで許して。これ以上アオくんを巻き込みたくないの」
「もう十分巻き込まれているって。こうして一緒に逃げてるんだからさ。だから全部話して! 同じ重荷を一緒に背負わせて欲しい」
「だけどーー」
シロの言葉を遮るように、アオは大きく溜息をつく。
「勘違いしてるみたいだけど、僕は自らの意思で巻き込まれに来たんだよ。だからシロちゃんが気に病む必要なんてないんだ。納得出来ないならその感情は一旦保留にして、取り敢えず状況は全部教えてくれないかな?現状での情報共有は必要だよ」
本当にそうなのだろうか。彼の言うことを信じて全て話して良いのだろうか。だが、彼の提案は魅力的だ。それに情報共有は確かに重要だ。だったらーー
「......分かったわ。長くなるけど聞いてくれるかしら」
◇
「そう......モモちゃんはもう......」
「私のせいなの! 私がモモを巻き込んでしまったから!」
「それは違うと思うよ。と言ってもシロちゃんは納得しないんでしょ?」
「ええ。そうね」
「だったら、シロちゃん自身で折り合いをつける問題かな。先に別の話を進めよう」
「私自身の問題......」
罪悪感と向き合え、そう彼は言っている。
「大臣から選択を迫られているんだったよね? そっちも考えなくちゃ!」
大臣は始祖の触媒の改変をシロに求めている。話を聞いただけだが、シロの脳内ではいくつかの改変案が浮かんでいた。恐らく、シロは要求に完璧に応えることができるだろう。
そして大臣が求める改変は、『彼らの選別した人間』以外から生命力を吸い上げるように条件を変えることだ。
「大臣の要求に応えるの?」
ーーもし、要求に応えた場合にはどうなるのか?
まず、大臣との取引により、アオの命は保証されるだろう。最愛の人を失わずに済む。
次に、『彼らの選別した人間』の命も救うことが出来るだろう。
例えば、為政者。人間は集団で生活する生き物である。人々を導く役割を担う彼らを救えば、多くの人間は道を誤ることなく生きることができるだろう。
例えば、医療関係者。人間を癒す技術を持った人々である。彼らを救えば、病や怪我で苦しむ多くの人間の命を救うことができるだろう。
結果として、長い目で見れば多くの命を救うことになる。
その代わりに、『彼らの選別から外れた人間』の命は犠牲となる。『命の選別』による罪悪感とシロは一生付き合う事にもなる。
「それとも、大臣の要求を拒否する?」
ーーもし、このまま逃げ続けて要求に応えなかった場合にはどうなるのか?
その場合は現状維持だ。全ての人類から広く薄く生命力を吸い上げ続ける。人類は緩やかに絶滅を迎えることになるだろう。
また、取引は無効となり、アオの命は保証されない。最愛の人を失う可能性が高まるだろう。
その代わりに、短い目で見ればアオ以外の命は保証されている。短期的に考えればアオの犠牲だけで全人類の命を救えたと言えるのではないだろうか。
また『命の選別』による罪悪感からシロを解放してくれるはずだ。
もちろん、シロ以外にも要求に応えられる人間が登場するかもしれない。だが、その可能性は極めて低いために、シロに白羽の矢が立っていると見るべきだろう。
「まるで臓器くじ問題を考えさせられているようだね。細部は色々と違うけど」
うーん、と唸るアオを尻目に、シロは思考の海に潜る。
ーーこんな2択なんて選べないよ。選びたくないよ。
ーーモモ。どうすればいいかな? 私はどうしたらいいのかな? 助けて、モモ。




