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終わりゆく世界の過ごし方  作者: なか
2. 選択のその先には
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2-8. 託された鍵

「着いたぞ。ここに滞在できるのは1時間だけだ」


 自宅前で降ろされたシロに、制服の男性は告げる。


 自宅の入り口は立ち入り禁止と書かれた標識テープで塞がれていた。家の壁は心持ちくすんだ色に見える。慣れ親しんだ風景との相違に、変わってしまった現実を再認識させられた。


「すぐに持ち出せるのは3点までだ。後悔のないようにしっかりと吟味しろ」

「まるでもうこの家には戻れない、そのように聞こえるのですが」

「実際、そう言っている。戻ったら新しい住居を用意してくださるそうだ」


 しかめ面の男性はそう答えながら歩みを進めた。その後ろを歩くシロの両脇を2人のスーツ姿の男性が取り囲むように並ぶ。


 この家にある物で今日持ち出さなかったものは、厳重なチェックの後、後日に手元へ返ってくるそうだ。彼らの言い分を信じるなら。

 正直なところ全く信用できない。最悪の場合、私を従わせるための取引材料とされてしまう可能性だってある。だから、何を持ち出すのかは慎重に選ばなくてはならない。シロはそう決意する。


 標識テープの隙間を潜り、シロ達は建物へと入る。男性達は室内に入ると無遠慮に歩き回り始めた。


(土足で上がらないで! 思い出の詰まったこの家を踏み荒さないで!)


 叫びそうになる声をシロは飲み込む。


「時間がない。早くしろ!」


 男性の声に急かされたシロは本棚の前へ歩くと、1冊のノートを手に取った。


「何だそれは? ......料理のレシピか?」

「そうです。妹が纏めたレシピノートです。妹は料理が得意でしたから」


 パラパラ、と頁を捲ったシロはノートを元に戻すと、別のノートを手に取る。これにはシロが纏めた料理のレシピが書かれていた。


「1つ目はこのノートにします」

「わかった。その黒い箱の中に入れておけ」


 座卓の上には黒い箱が置いてあった。箱の底には触媒が埋め込まれている。どのような効果の術式が内包されているのだろうか。気になりながらも、シロは自室へと歩みを進めた。


 ◇


「2つ目はこのヌイグルミにします」


 小柄なクマのヌイグルミを手にシロは告げた。執事風の洋服で着飾られており大変愛らしいヌイグルミだ。


 ーーはい。お姉ちゃんにプレゼント! 気に入ってくれた?


 モモの言葉が脳裏に蘇る。

 妹の初任給で買ってくれたシロへのプレゼントだった。自分の欲しい物を諦めて、シロのためだけに選ばれたヌイグルミ。


 ーー私の代わりに、このクマさんがお姉ちゃんのことを見守ってくれるから! だから、私だと思ってちゃんと可愛がってよね?


 ちゃんと可愛がっているよ。眠れない夜には添い寝してもらったこともあったわ。辛いことがあっても抱きしめれば力を貰える気がするの。でも、ヌイグルミではモモの代わりにはならないよ。貴女が居なくなってこれから私一人でどうすればーー。

 ヌイグルミを抱きしめながらシロは思い出に耽る。


 ◇


「3つ目はこの盾にします」


 モモの部屋から盾の置き物を持ってきたシロは黒い箱へ入れる。中央に『最優秀賞』の文字が刻まれた金色の盾だ。


 ーーじゃじゃーん! 表彰されちゃったよ、お姉ちゃん!


 誇らしげなモモの表情が蘇る。

 学生時代、論文で賞を取った時の記念品だったはずだ。初めての受賞でモモが一番大事にしていた盾だと記憶している。


 ーー私だって本気を出せばこれくらい出来ちゃうんだよ? だからもっと私のことを頼ってよ!


 巻き込むんじゃなかった。ちっぽけな使命感なんて捨て置いておけばよかった。どうしてこうなってしまったの? 妹を危険な目に合わせるつもりなんて毛頭なかったのに。こんな結果なんて微塵も望んでいなかったのに。

 滲む視界を直すためシロは上を見上げて目を固く瞑る。


「選んだようだな。危ないからこの箱から少し離れろ」


 制服の男性の声に戸惑いながらシロは後ろへ下がる。


 突如、黒い箱の中から火柱が上がる。箱の周囲に金色の粒子が舞っている様子から魔法が起動されたようだ。


「待ってください! その箱にはーー」


 箱へ近づこうとしたシロを、僅かな浮遊感の後に痛みが襲う。頭上から数冊の本が降ってきた事に、本棚へ突き飛ばされたことを悟る。指先に触れた硬い何かに視線を向ける。モモのレシピノートがそこにあった。


「危ないだろ!」

「その箱に近づきすぎると巻き込まれるぞ!」

「女性へこれ以上の手荒な真似はしたくない。頼むからそこで大人しくしていてくれ」


 男性達の声にシロは顔を上げる。その瞳には赤く燃える炎の色がうつっていた。全身に痛みを感じる。だが、それよりも針で刺すような心の痛みの方が強く感じた。


「どうしてこんな酷いことを......」

「この家から優先的に持ち出そうとする物は破壊するように命令されている。何かを企てようとするかもしれないから事前に潰しておくように、だそうだ」


 渋い顔をする制服の男性に同調するように、他のスーツ姿の男性達も言葉を投げる。


「本当は俺たちもこんなことはしたくないんだよ。その他の遺品は後日に手元へ返ってくるんだから、それで我慢してくれ」

「辛い気持ちは分からないでもないが、信用を得るまでは耐えてくれ」


 そんな慰めにもならない言葉を聞きながら、シロは小さくなる炎を見つめていた。


 ***


「時間だ、そろそろ戻るぞ。自動車を取ってくるから、そこで大人しく待っているように」


 家の外へ連れ出されたシロは男性の声に俯く。そっと、腹部に手を当てて、硬い感触を確かめた。


(これだけは。これだけは、絶対に持ち出さなければ。研究者としてのモモの命と同義なのだからーー)


 シロの腹部には1冊のノートが隠されていた。モモが纏めた料理のレシピノートだ。

 厳密にはレシピに見せかけてモモが纏めた彼女の研究成果そのものである。


 研究者は、自身の研究成果を記録して残すことが多い。中には、第三者に盗まれないようにするため暗号文で記録しているものもいる。

 姉妹も研究成果を暗号文で記録していた。一見すると、料理のレシピとしか読めない形で。


(このまま自動車に乗せられて何処かへ連れていかれてしまえば、もう逃げ出す事は叶わないかもしれない)


 このノートが見つかってしまえば取り上げられてしまうだろう。連れていかれた先で隠し通せるかは分からない。そもそも、シロにどれほどの自由を与えられるのかすら分からない。

 何とか逃げ出す隙はないものだろうか、焦るシロは必死に脳内で計算を始める。だが、ここに居る男性達を出し抜ける妙案が思いつかない。


「シロちゃん。走るよ!」


 そんなシロの思考を遮る声がした。直後、何者かにシロは手を引かれる。

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