2-7. 悪意との対面(2)
「君にお願いしたいことがある。そのためにも、マナの正体について共有しておこう」
満足のいく話の展開に進んでいるからだろう、大臣は和やかに話を切り出す。
妹をその手に掛けておいて、何がお願いだ。シロの投げる鋭利な視線を大臣は涼しげな表情で受け流した。
「マナの正体はなんだと思う? 君の見解を聞いておきたい」
「......」
「風島へ行った君たちは、何を考えたのかな?」
「......」
「ふぅむ」
口髭に手をあてながら考える大臣は、遠くを見つめると何か思いついたことがあったのか、隣のクロへ声をかける。
「クロくん。青木くんは今頃何をしているのかな?」
「はい。研究室に1人で待機していると思われます」
「そうか。1人きりか」
待って、彼に何をしようと言うの。これ以上、私の大切な人を傷つけないで。シロはすぐさま反論する。
「待ってください。彼は関係ないはずです」
「言ったはずだ。それは君の選択によって決まることだ」
酷い。この人は私を管理下に置くためだけに妹の命を奪ったのだろうか。そして、今度はアオにまで手を出そうとしている。大人しく従うしかないのだろうか。シロの目には諦観の色が浮かぶ。
「......マナの正体は......マナは人間の生命に関わる何かだと推測しています」
「ああ。素晴らしい。よく自力で辿り着いたものだ。わたしの目に狂いはなかったようだな」
シロの返答に機嫌を良くした大臣は話を続ける。
「マナとは人間の生命そのものだ。我々は生命力と呼んでいるがな。シロくんは『グラン魔法学園物語』という児童書を知っているかな?」
「300年前にベストセラーになったファンタジー小説だったと記憶しています。それが何か?」
「その挿絵に描かれた魔法陣、それが人類が最初に触れた魔法だった。一般的には始祖の術式と呼ばれているものだ」
「児童書説......」
「始祖の術式はね、シロくん。人間の生命力をマナに変換する効果があるのだよ。まさに魔法というシステムを形作る礎の術式だ」
始祖の術式は触媒に記録されて各国で管理されている。この触媒が『始祖の触媒』と呼ばれているそうだ。
始祖の触媒によって、国民の生命力を吸い上げ、大地にマナを満たす。満ちたマナを消費して我々は奇跡を起こす。魔法とはそういう仕組みなのだと大臣は言う。
「だが、己の命を対価に豊かさを手に入れる、そんな仕組みが長く続く筈がない。魔法という仕組みが維持できない状況まで来ているのだよ。生命力を吸い上げられた人類はこのままでは滅亡する」
「愚かですね、施政者たちは」
「それはマナの正体に気づかずに浪費し続けた、当時の無知な人類に言ってくれ。しかし、今更魔法を廃する事も出来ない。そんなことをすれば文明が衰退してしまう。だから我々は考えたんだ」
「何をですか?」
「魔法の段階的な制限だ。手始めに大魔法を停止している」
「大魔法は人工的に停止したのですか?」
「そうだよ。人類の統計情報の推移を見て、全世界で同時に停止した。少しでも生命力を吸い上げるペースを緩められればという思いでね」
「結果はどうだったのでしょう?」
「変わらなかったよ。もう、中途半端な対策では人類の滅亡を止められない状況に来ている」
そう言う大臣は表情を引き締めるとシロの目を見据える。言葉の続きが『お願い』に繋がると察し、シロは身構えた。
「始祖の触媒を改変する計画がある。そこに君を参加させたい」
現在は、身分・性別・年齢関わらず、全人類から広く薄く生命力を吸い上げている。
今後は『彼らの選別した人類』以外から多く生命力を吸い上げるように条件を改変する、これが大臣の言う計画の概要だった。
人類の存続に不要と判断された者たちから生命力を搾取し、施政者や医療関係者、特定技術者など人類の存続に必要な人間を永らえさせる。これが長い目で見れば人類のためになるのだと大臣は言う。
「苦渋の選択だ。だが、人類には必要な選択だよ」
「人間が人間を選別するというのですか? 命の冒涜ですよ」
「当然、そういう意見もあるだろう。人権団体も煩いだろうな。だが、このまま何もしなければ人類は滅亡する。反論があるなら、代案を示したまえ。策もないのに反対の声だけを上げるというのは人類にとって害でしかない」
「......」
「わたしには最善の策だと思ってるよ。だから、どんな手を使っても成し遂げる。必ず君にもこの計画に参加してもらう」
そして、命を選別する計画に私を加担させるというのですね。多くの人間を殺す手伝いをしろと。
私は無力だ。
この人に逆らうだけの力がない。
もし逆らってしまったら......。
それならばーー
「条件を2つ希望します」
「言ってみたまえ」
「1つ。青木アオに手出しはしないでください」
「いいだろう。君が協力するなら問題はない。もう1つは?」
「モモの遺品を取りに自宅へ戻らせてください」
「ああ。もちろんだとも」
◇
どうやって根回しされたのか、シロは知らない。だが、すぐにシロは誤認逮捕扱いとして釈放され、手首の自由は解放された。
今はこうして自動車に乗せられて自宅へ向かっている。モモの遺品を取りにいくために。
車内では、シロの周りをガタイの良い男たちが囲むように座っている。手首は自由になったが、シロ自身を自由にする気はないようだ。
項垂れるシロは自責の念に駆られていた。
ーーモモ。私が貴女を巻き込んでしまったせいで、この結果になってしまった。巻き込むべきじゃなかった。もっと、危険から遠ざけるべきだった。
ーーお姉ちゃん失格だよね。ごめんなさい、モモ。
シロを乗せた自動車は、まもなくシロの自宅へ到着しようとしていた。




