2-6. 悪意との対面(1)
制服の男性達に連れられたシロは、白い部屋へ移動した。
真っ白な床や壁に囲まれたその部屋には、中央に金属製の椅子がポツリと1脚置かれ、その存在感を際立たせている。部屋の隅には記録者用と思われる小さな机と椅子が置かれていた。
制服の男性に引き摺られるようにシロは中央の椅子に座らされる。床に反射した照明の眩しさに、一瞬目を細めた。
シロの座る椅子の正面には透明な壁があり、壁の向こう側も同じ構造の部屋があることを見て取れる。そして壁の向こうには男性が2人立っていた。
(クロ室長。それと......大臣?)
白髪混じりの口髭を蓄える初老の男性がそこに居た。口元には穏やかな笑みを浮かべ、シロの一挙手一投足を見つめている。眼光は鋭く、全身から独特な威圧感を感じる。
見覚えのある顔にシロは驚く。間違いない、魔法省の長だ。こんな大物がなぜここに。無表情のクロを侍らす彼の姿は、この場で最上位者であることをシロに印象付ける。
「初めましてかな。白神シロくん」
「はい。このような形でお会いするとは思いませんでした、大臣」
本当にそうだ。何故、こんなところに大臣がいるのか。そもそも、ここはどこで何が始まろうとしているのか。シロの頭には様々な疑問が浮かぶ。
「ところで、風島に行っていたそうじゃないか? どうだったかな?」
穏やかな笑みを崩さずに大臣は問う。しかし、刺すような視線は鋭さを増している。
行動がバレているのか。それとも、カマをかけているだけなのか。まずは様子を見よう、とシロは考える。
「ええ。先日、同僚2人と調査に向かいました。詳しくは既に提出済みの報告書を見ていただければと」
「なるほど。それが君の答えか」
何かを納得したように大臣は頷いた。笑みを深める彼の心の内が見えない。この先の展開が読めず、シロは手汗をそっと拭う。
「ここは警察署の取り調べ室だ。わたしがお願いしてここを使わせてもらっているんだよ」
「......取り調べ室?」
「そうだよ、シロくん。凶器からは君の指紋も検出されているそうだ。」
「......凶器?」
大臣は何を言っているのだろう。理解が追いつかないシロへの言葉が続く。
「ああ。君には白神モモ殺害の容疑がかかっているんだよ」
まるで世界が止まってしまったかのようだ。シロの周りからあらゆる音が消える。言葉を紡ごうと掌を掬い上げても砂のように零れ落ちて消えてしまう。
「君の言いたい事は分かる、そんなはずはないと。わたしも君の代わりに否定してあげたいよ」
「私は......モモは行方不明だと......殺害? ......嘘ですよね?」
行方不明の聞き間違えではないだろうか。何故?どうしてモモが。
「事実だよ、一昨日の土曜日に事件があったそうだ。そして君が被疑者となっている」
「違います! 私では......」
「ああ。わたしは君を信じているよ。それに、君のような優秀な人材が囚われているのは勿体ない。わたしなら君が釈放されるよう働きかけることができる。ただし、条件がある」
「条件?」
「今後、わたしの指示を絶対遵守してもらう。如何なる内容であっても」
一瞬、クロの顔がクシャリと歪む。俯きぎみの彼は拳を握りしめ、悲痛な表情をしている。その姿を視界に捉えたシロは少し冷静さを取り戻す。
モモが亡くなったのは土曜日。マシロと面会した日でもある。風島に居た私では物理的に不可能だ。アリバイも証明できるはず。
それにしても、一昨日という事は、今日は月曜日。駅舎から拉致されて1日経っているのか。早くここから抜け出したい。そう考えるシロは言葉を発する。
「お気遣いはありがたいのですがお断りします。土曜日に事件があったのであれば、私にはアリバイがあります。弁護士を立てて正当な手段でここから抜けだします。それにモモの真相を追うことに注力したいです。大臣の指示に従う余裕はないと思います」
「断るのか。そうか、まだ足りないか」
口髭に手をあてながら、何かを計算するかのように大臣は遠くを見つめる。足りないとはどういう事か、シロには理解できなかった。
「念のために温存しておきたかったんだが、2枚目のカードを切るか」
「2枚目? カード?」
「最近、仲睦まじいそうじゃないか」
「え?」
「弁当を作ってあげてるそうだな、彼に」
唐突に話題が変わったことにシロは警戒する。
「アオくん......青木アオが何故関係するのでしょうか?」
「青木くんの身に何が起こるのか?それは君の選択によって決まる事だよ」
何を言っているんだ、この人は。カードを切る? 2枚目?
まるで既に1枚目のカードが切られているかのようではないか。
1枚目は......モモ?
カードを切った結果、妹の身に何かが起こった?
まさかーー
「まさか、モモを殺したのは......」
大臣は満面の笑みを浮かべる。まるで年代物のワインを味わう時のような高揚した表情は、自力で正解へ辿り着くシロを称賛するかのようだった。その笑みはシロの何かを壊した。
「ーーーーーーーーー」
気が付けば、シロは何かを叫びながら目の前の透明な壁を何度も殴りつけていた。手錠で拘束された両手を振り下ろすも、その鉄槌は壁の向こうへ届く事はない。
直後、全身に強い痺れと痛みが走る。シロはその場に崩れ落ちた。
「この取り調べ室には拘束の術式が仕掛けてあるんだよ。凶悪な犯罪者が暴れても大丈夫なようにね」
そう言う大臣は、視線を制服の男性達へと向ける。男性達は頷くと、シロを抱え、元いた椅子へ座らせた。
「少しは冷静になったかね。君とは理性的に話をしたいんだが」
「......」
睨みつけるシロの視線を大臣はニコリと笑顔で受け止める。内に漆黒の感情を抱く彼女とは対照的に、大臣の表情は凪いだ水面のようだ。
「再度、問おう。条件を飲めばここから出してあげよう。返答は?」
「......わかりました」
項垂れるシロ。彼女の中で蠢く黒い感情が濃さを増す中、降り注ぐ言葉は続く。
「君にお願いしたいことがある。そのためにも、マナの正体について共有しておこう」




