2-D. 【閑話】ある晴れた日に(白神モモ視点)
「ほいさー!」
掛け声と共に窓を大きく開けた。
窓の外には気持ちのいい青空が広がっていた。空が高く感じる。どこに出しても恥ずかしくない秋晴れというやつだ。
開け放たれた窓からは、乾いて澄んだ空気が入ってきている。若干の冷気が混ざる風に身が引き締まった。
「昨日は遅くまで頑張ったから、まだ眠いや」
視線を座卓に向ける。そこには書き散らかした紙の山が積まれていた。少しは整理しなくては。
部屋を見渡すと、座卓の上に匹敵する酷さだった。紙切れや服が床のあちこちに散らばっている。姉がちょっと留守にしているだけでこれだ。私も家事を覚えた方が良いかもしれない。明日には姉が帰ってくるので、今日はこのままだけど。
◇
姉は昨日から風島に行っている。恐らく今頃は、管理者のお婆さんと話をしている頃じゃないだろうか。上手く聞き出せているといいんだけど。
その間、私は姉からもぎ取った『3つの宿題』をこなしている。次も頼ってもらえるように全力で頑張ったよ!
アイの件は上手くいった。これまでの人生で一番と言っていいくらい細心の注意を払った。アイもちゃんと納得してくれたし、勝手なことはもうしないだろう。この件はもう大丈夫。
それから、アイ曰く、監視者は室長らしい。省内で怪しい動きをする室長を見かけて気づいたそうだ。とても貴重な情報だ。帰ってきたら姉と共有しよう。
あとは、室長に関して色々情報を貰った。話を聞けば聞くほど怪しすぎる。これも姉との共有案件かな。
こう考えると、アイも結構危ない橋を渡ろうとしていたっぽいね。止められてよかった。流石、お姉ちゃんだ。
口裏合わせの件は少し失敗しちゃったかもしれない。少しだけだよ。でも、ちゃんと挽回したから大丈夫なはず。室長を必要以上に警戒しちゃったのが不味かったかも知れない。一応、これも姉と共有しよう。きっと、何か対策を考えてくれるはず。
「ふぅ。ちょっとは片付けられたかな」
目の前には綺麗になった座卓がある。必要なメモは研究記録に転記したから、この紙の束は後で捨ててしまおう。今は座卓の上に束ねておけばいいや。
術式の解読にはもう少し時間が掛かりそうだ。だが、分かった事実もある。
やはり、風島の術式はマナに逆変換するものだった。これを起動すればマナの正体がわかると思う。けれど、マナ自体は目に見えないもののような気がする。だから、マナを視覚化する命令も含まれているんじゃないかというのが私の予想。これは解読を進めれば、きっと確証を得られるね。
◇
呼び鈴を鳴らす音に、視線を扉へ向けた。
この家には来訪者が少ない。私たちには友人が少ないからだ。呼び鈴の音を聞くのなんて何日ぶりだろうか。
(アオちゃんかな?)
姉をとても心配していた彼は、見舞いに来たいと言っていた。それを色々と脅してやめさせたのだ。私は悪くない、恨むなら運命を恨みな。
それでも来てしまったんだったら、彼の愛は本物なんだろう。応援したいけど、今回は無理かな。姉はこの家にいないし。
「はいはーい! どちら様でーー」
扉を開けると想定外の人物が立っていた。思わず固まる。
「室長! どうしたんですか?」
「シロの見舞いだ。これまで多少無理してでも出勤してたような奴が急に休んだんだぞ。上司として心配になるだろ」
おう、姉の日頃の行いのせいで、面倒くさい状況になっているじゃないか。取り敢えず、追い返そう。
「あの、室長。お姉ちゃんなら、この土日で休めばーー」
「上がらせてもらうぞ」
「あ、ちょっと!」
モタモタしていた私の横を、室長がすり抜けて家に入ってしまった。どうしよう。
「室長。一応、お姉ちゃんは未婚の女性なんですよ。化粧も落としてますし嫌がります。元気になったら職場で労ってください」
「ああ、分かった。そうするよ。だが、お前の口から姉の様子を聞くくらいはいいだろ?」
咄嗟にしては我ながら上手い言い訳が出てきたんじゃないだろうか。やだなー、私には詐欺師の才能もあるかも知れない。
あ、室長が近づこうとしている座卓には、色々と知られたくない紙の束が......。
「ちょっと、室長! 勝手に入らないでくださいよ。散らかってるんで片付けるまで待って!」
パタパタ、と走る私は室長を追い越し、紙の束を掴むとゴミ箱へ放り込んだ。危なかった。
不審者を見るような目で私を見ていた室長は、視線を座卓に向けた。座りたいのかな?
「とりあえず、どうぞ。で、話って何が聞きたいんですか?」
座卓の前にあるクッションに室長を座らせた私は、話を切り出す。
「シロに直接聞きたいことがあるんだが、話せないか? ドア越しで構わない。それだったら外面を気にする必要もないだろ」
「えっと......」
想定外の質問だ。どう断ろうか。
「実は、いま姉は病院へ行っていて留守にしてるんです。だから無理かなーって」
「そっか、状況は分かった。諦めよう」
室長の口角が上がった気がした。だけど、納得して諦めてくれるようだ。よかった。
「じゃあ、そろそろ帰りましょうか?」
「急かすなよ。この家はお茶の一杯も出ないのか?」
今度はお茶を催促ですか。注文の多い客だ。
「ちょっと待っててくださいね!」
私は席を立つと室長に背を向け、お茶を淹るために台所へ歩き始めた。
『ーーーー』
背後で乾いた音を聞いた。
破裂音? 発砲音? なんの音? 私の頭を疑問符が埋め尽くす。
振り向いて確認しようとするが、身体が思うように動かない。
(あれ?)
気づくと、崩れるようにその場に倒れていた。
受け身をとれなかった為、全身が痛い。胸の奥が焼けるように熱く感じる。
震える右腕に力を込めて、胸部を触る。ヌメッと濡れているようだ。
視線を右手に向けると、赤黒く染まっている。
「悪かったと思ってる。だが、お前も悪い。言動で何をしようとしているか筒抜けだ。隠し事が苦手で悪意に疎い、俺はお前のそういうところは好きだったけどな。恨んでいいぞ」
背後で室長が何かを言っている。だが、頭に言葉が入ってこなかった。
いつのまにか、私の周りには赤黒い池が広がっていた。どこからか鉄くさい臭いがする。胸が刺すように痛む。
「あとはシロだな。あいつが帰ってくるのは明日か」
声の主は足音と共に遠ざかっていった。
お姉ちゃん......
......




