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終わりゆく世界の過ごし方  作者: なか
2. 選択のその先には
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2-4. 狐と狸

 窓を開けて空を見上げれば、満天の星がそこにあった。周囲に街灯などが無いお陰だろう、研究室のある大森市で見る夜空より星の数が多い。星の瞬きの数だけ勇気を与えてくれる、そうシロに思わせるような光景だった。幻想的な情景にシロは思わず感嘆の声を漏らす。

 ただ、窓から流れ込む夜風は若干の冷気を帯びており、秋の深まりを感じ取れる。羽織るものを持ってくればよかった、と思うシロは後ろ髪を引かれる思いで、そっと窓を閉める。


 ◇


 風島に着いたシロは、事前にお手伝いの方と約束した通りに、前回宿泊した部屋へ通される。そこで、術式管理者への面会が明日になる旨を伝えられた。これも前回と同様だ。


 術式管理者。優しげな笑顔を携えた足腰の弱い老婆。だが、見た目通りの弱者ではないとシロは考えている。

 老婆の目だ。あの目に似たものは、魔法省で既に見ている。老獪で腹に大蛇を飼っているあの狐達だ。前回同様、愚直な小娘のままでは欲しい情報を引き出すことは叶わないだろう。彼女が狐なのであれば、私は狸を演じるまで。明日の面会に向けて、シロは考えを巡らせる。


 長椅子に座るシロは、気分を変えるために部屋を見渡した。

 この部屋にある家具はどれも古びており、長い間主が不在であることを示している。パステルカラーで統一された丸みを帯びる家具には、花柄の可愛らしい小物で飾り付けされていた。シロの好みにとても近い雰囲気に、昔は年頃の少女がこの部屋で過ごしていたのだろうか、と思った。


 そっと、長椅子の空いている空間に手を置く。前回はここにモモが座っていた。今回はその温もりがない。


 ーーモモは上手くやっているだろうか?


 結局、妹を巻き込んでしまっている。その良し悪しの判断が今のシロには出来ない。だが危険からは少しでも遠ざけたと思う。派手に動いている私よりは安全なはずだ。最前線には絶対に妹を立たせるものか。今までそうしてきたように。


 ーーこの後、私はどうしたいのだろうか?


 真理に辿り着いた後にどうしたいのか、シロの中で答えはまだ無い。知ってしまった後、何事もなく日常を過ごせるかどうかも分からない。研究者の使命感だけで暴走している自覚はある。何が自分をこれ程に掻き立てているのか、シロにも理解できていない。


 アオの件にしたってそうだ。彼とどういう関係になりたいのだろうか。最近はモモが必要以上に煽る。アオの反応を見ても『相思相愛』の文字を期待してしまう。自惚れなのだろうか。だが今の関係が心地よくて、一歩を踏みだす勇気が持てない。もし一方的な勘違いだったら。踏み出した結果、望まない結末が待っていたら。シロにはとても自信を持つことができなかった。


 シロの眠れない夜が続く。


 ***


「日を開けずにまた押しかけてしまい申し訳ございません」


 術式管理者との面会が始まった。シロは前回と同じ部屋に通され、目の前の老婆に頭を下げる。


「いいえ。貴女となら何度でもお話ししたいわ。そう言えば、自己紹介がまだだったわね。私は『マシロ』。ご存知とは思うけど、風島の術式を管理しているわ。術式研究者でもあるのよ」


 術式管理者、マシロの言う通り、前回は彼女が最後まで自分の名を名乗ることはなかった。わざわざ自己紹介の場を設けたと言うのに。

 そして、今回は開口一番で自己紹介だ。彼女の懐に入れたのだろうか。だが、何故?


 ......些細な点に意味を探すのはやめよう。大局を見失う。単に忘れていたのかもしれない。シロは会話を続ける。


「マシロさん。今日も風島の術式についてお話を伺いに来ました」

「あら、どんなお話かしら?」


 マシロの目が一瞬鋭く光った気がする。シロはまず前回と同じ質問をぶつけることにした。


「あの術式は一体何なのでしょうか?」

「前回も答えたと思うけど、貴女達の欲しい情報を私は持っていないわ」


 想定通りの返答に頷くと、シロは答える。


「そうでしたか。何か思い出された事があるのかなと思いまして。先程の自己紹介のように」

「あらそう。でもごめんなさいね。答えは変わらないわ」


 言葉に僅かな毒を盛ってみた。マシロの感情を揺さぶることはできるのだろうか。

 しかし、マシロの笑みは揺るがない。


「ところで、術式研究者でもあるとのことですが、代償という技術はご存知ですか?」

「ええ、知っているわ。それがどうしたの?」

「あの術式にも代償が使えるのか疑問に思いまして。何かご存知でしょうか?」


 モモの仮説だと、風島の術式は、奇跡からマナへ逆変換する。

 だとすると、マナの代わりに供物を捧げる技術である代償は適用できないのではないか。


 シロの質問に、マシロは口角を上げた。


「残念ながら、あの術式に代償は使えないわ」

「そうでしたか。ありがとうございます」


 想定通りの答えにシロは頷く。そして、次の質問が許されたはず。シロは確信する。


 このやり取りにシロが暗に込めた思いは、シロ達は風島の術式の正体を知っている、である。

 対するマシロの返答は、マシロも正体を知っている、且つ、モモの仮説は正しい可能性が高い、だとシロは解釈した。


「あの術式をマシロさんが起動したことはありますか?」

「ないわ」

「ええ、前回もそのように伺いました。では、過去にご先祖様のどなたかが起動された記録は残っていますか?」

「前回いらしてからそれ程の時間が経っていないのに。優秀なのね」


 微笑むマシロに、ニコリとシロは笑みで答えを返す。


「残っているわ。貴女には知る勇気がある?」


 表情を引き締めて問うマシロの視線に、シロは息を飲む。マナの正体に近づく、その覚悟を問われている。


「はい。教えていただけますか」


 そう答えると、マシロは表情を緩める。一瞬、緊迫したシロとマシロの間の空気も同様に弛緩した。


「最初に謝らなければいけないのだけれど、あの術式は失敗作だと聞いているわ。期待する結果は得られなかったのですって。それでも良いかしら?」

「失敗とは、具体的にはどういうことなのでしょうか?」


 マシロは笑みを持って答える。踏み込んでの質問は許してもらえないようだ。


「分かりました。それで構いません。教えていただけますか」

「ちょっと待ってね。ええとーー」


 マシロはお手伝いの方から手渡された古い書物に目を通し始めた。


「これまで1度だけ起動してるみたい。桶に入った水を術式の上に載せて、起動石を接触したそうよ。結果はーー」


 マシロはそこまで告げると、一度視線をシロに向ける。シロの表情から覚悟を読み取り、言葉を続ける。


「術式の上に人骨が出現したそうよ」

「人骨......」

「ええ。一体、この術式はどういうものなのでしょうね。私には想像もできないわ」


 そう言ってマシロは不敵に微笑んだ。

 この人は一体何をどこまで知っているのだろうか。最後まで彼女の底を見ることは叶わなかった。シロはそう感じた。


 この面会の終わりを感じ、シロは紡ぐ言葉を探す。


「シロさん、この世界は好き?」

「え?」


 不意を突かれた質問にシロは言葉を失う。


「私は嫌いよ」


 そう答えるマシロの悲しげな表情が、シロの印象に強く残った。

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