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終わりゆく世界の過ごし方  作者: なか
2. 選択のその先には
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2-3. 奏で始めた鎮魂曲(2)

 桜色の座卓の上にはマグカップが2つ並んでおり、湯気が立っていた。しかし、向き合うように座る2人が手をつける様子はない。


「じゃあ、全部話してもらうからね」


 モモはシロを見据えたまま発言を促す。絶対に逃がすものか、と強い意志を感じる眼差しに、シロは少したじろぐ。


「まずは、これを見てほしいのだけれど」


 シロは座卓の上に茶封筒を置く。中から出てきたのは書類の束だった。


「統計情報?」

「そうよ。アイにお願いしたの」


 統計情報。厚生労働省が一般公開している情報で、人口推移・平均寿命・出生率など各種に及ぶ。

 先日出席した会議の内容はシロの中で消化不良を起こしていた。彼女なりに飲み込もうと考え、シロは独自の調査を始めていた。そのため、会議では見る事のなかった、公開期限の過ぎた過去情報の入手をアイにお願いしたのだがーー


「これ何年分あるの? というか全部本物?」

「300年分あるわ。中には『持ち出し厳禁』の資料も混ざってる。書式を見る限りは本物のようね」

「ほぁー。アイ凄いね。どうやってここまで情報集めたんだろう?」

「知り合いがいるから任せてって言ってたけど......。正直やり過ぎよ。内規を破ってるじゃないの、あの子」


 顔が広く、相手の懐に入ることが巧いアイは、様々な手を尽くして情報を集めたようだ。だが、限度を超えている。姉妹ほどではないが、彼女もまた危ない橋を渡ろうとしているのではないか、シロは心配している。


「アイは優秀だねー」

「優秀で済ませていい話じゃないわよ。まあ、いいわ。アイの話は後でしましょう。それより、これを見てほしいの」


 シロは人口推移を纏めた資料をモモの前に置く。資料からは、300年前から右肩下がりで人口が減少している事を見て取れる。


「人口推移? 順調に減ってるね」

「そう。3()0()0()()()から()()()()()()()にね。おかしいと思わない?」


 シロの提示する統計情報は、一見すると何も異常は見られない。だが、ここで魔法の歴史と重ねながら読み解くと不可思議な点が見つかる、とシロは続ける。


 経済活動の発展により、食糧生産能力や生活基盤等の向上があり、人口が増加する。つまり、経済活動の発展と人口推移は間接的に比例するとシロは考えている。

 加えて、人類の経済史を紐解くと、魔法が発見された300年前から50年前の期間は、魔法の浸透だけで精一杯で経済活動の大きな発展は見込めなかった。そして、50年前から現在は、大魔法の停止により経済活動は衰退の一途を辿っている。

 つまり、普通に考えれば、人口が右肩下がりで減少する時期は5()0()()()からのはずだ。


「人口が50年前から減少しているという話なら説明はできるわ。大魔法が停止して、経済活動が衰退したのだから。多くの人類の生命活動を支えきれなくなったのでしょうねって。でも、実際には既に300年前から減少しているのよ。きっかけは何かしら?」

「......魔法が発見されたから?」

「だとすると、人口が減少した理由は何? 少なくとも、魔法が発見されて暫くは、経済活動は発展も衰退もしていないのよ。そして、魔法が発見される以前は、逆に人口が右肩上がりで増えていたのよ」

「......マナの消費?」


 魔法はマナを消費して奇跡を起こす。このマナの正体に鍵があるのでは、とシロは考える。


「私も同じ意見。それから、人口推移以外の統計情報も見たけど、やはり同じような下降線を辿ってるわ」

「......」

「もちろん、人類は様々な要因に支えられているものだし、今までの話は魔法という観点で見た仮説でしかないわ。でも、研究者としては見過ごせないとは思わない?」

「お姉ちゃんはこの仮説を調べて公表しようと考えているの? どう考えても、この先に待っているのは厄介事じゃん」


 ーー『知っている』という事実を誰にも知られないようにする。

 それが風島でシロ達の出した結論だった。


「公表する気は無いわ。ただ、少し調べたいと思うの。秘密裏に、危なくない範囲で。そのために今日は早退したわ」

「早退して何をするつもりなの?」

「その前に、昨日話してくれた調査結果をもう一度教えてくれない? 理解できなかった部分もあったから再度聞きたいの」

「風島の術式の件?」


 あれから、モモは秘密裏に術式の解読を進めていた。完全には解読出来ていないが、新たに分かった事実もある。


「術式に使われている魔法語なんだけど、単語が反転してるんだよね」

「反転しているとどうなるの?」

「分からない。仮説だけど、術式の効果が反転するんじゃないかと思ってる」

「つまり、『火を燃やす』という術式は、『火を消火する』という効果に反転するということ?」

「違うんだ。そういう意味の反転じゃない」


 魔法とは術式を使ってマナを奇跡に変換している。この変換が反転するとモモは言っている。

 つまり、奇跡からマナに逆変換することが、風島の術式で出来るのではとモモは考える。


「さっきの例だと、マナから『火を燃やす』という奇跡に変換する術式の効果を反転するわけだから、つまり、燃える火を燃料にこの術式を起動すればーー」

「「マナの正体をこの目で見ることができる」」

「そういうことだよ、お姉ちゃん。魔法史に残る大発見だね、全然嬉しくないけど」

「モモの仮説が正しければ、術式にプロテクトを掛けてまで秘匿したかったということなのでしょうね」

「それで説明は終わったけど、早退の理由は?」

「もう一度風島に行ってくるわ。モモとは別の方法で、風島の術式を調べたいと思っているの」


 風島の術式管理者。あの老婆はなにかを知っている。シロの直感がそう告げている。


「風島に? だったら私も一緒に行きたい」

「いいえ。私一人で行くわ。それにモモには3つお願いしたいことがあるのよ」

「お願いしたいこと?」

「1つ目。アイをこれ以上巻き込まないように止めてほしい。このメッセージカードを見て」


 シロは茶封筒に同封されていたカードを取り出すとモモに見せた。


 ーー監視されているよ。気をつけて


「何これ? 誰に監視されているの?」

「これ以上は分からない。でも、あの子は何かに首を突っ込もうとしているように見えるでしょ?」

「そうだね。心配だ」

「だから、親友のモモが止めてほしい。アイの性格を考えて、興味を持たないように遠ざけてほしい。私達が何をしようと考えているかを悟られないように注意を払って。監視されている前提で周囲の目に気を配りながら。できるわよね?」

「注文が多くない?」

「あら、力を貸してくれるんでしょ?」


 おどけた仕草で言うと、モモはクスリと笑う。緊迫した空気が緩んだことを感じ、シロはホッとする。

 アイの件はモモに任せておけば大丈夫だ。


「お姉ちゃんはいつもこんな気持ちで1人抱え込んでいたんだね」

「分かってくれた? 本当は今でもモモを巻き込みたくないと思ってるのよ」

「もう手遅れだからそれは諦めて」


 モモの言葉に苦笑を返すと、シロは表情を引き締める。


「2つ目ね。風島の術式を解読する作業を続けてほしいの」

「分かったよ。頑張るから」

「頼りにしているわ」


 術式の解読はモモに頼るしかない。私は別の方法で真理を目指そう。シロは頭を切り替える。


「最後よ。明日から風島に行くわ。その口裏合わせをお願いしたいの」


 風島への旅は、移動に2日、調査に1日掛かる。幸い、明日休めば土日が待っている。


「明日は病欠するってこと?」

「そう。私が外出していることを誰にも悟られないように注意して。クロ室長はもちろんだけど、アオくんにもよ」

「分かったよ、任せて。でも監視が付いている件は?」

「監視は魔法省内だけなんじゃないかと思ってるわ。だから、外に出ている分には自由に動けると思うの」


 先程の帰り道、尾行されている気配はなかった。恐らく大丈夫だろうとシロは考える。


「逆に、魔法省内では誰に見られているかわからない。だから、研究室でも悟られないように注意してね」

「分かったよ」

「じゃあ、お互いにやるべき事をやりましょう」

少々分かりづらかったので補足。


シロのスケジュール:


木曜日: 研究室を早退 <— 今ここ

金曜日: 欠勤。移動(大森市 —> 風島)

土曜日: 術式管理者との面会

日曜日: 移動(風島 —> 大森市)

月曜日: 研究室へ出勤予定


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