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終わりゆく世界の過ごし方  作者: なか
1. 魔法と共にある世界
13/40

1-11. “知る”ということ(2)

 翌朝、管理者の家の側にある洞窟のような場所へやって来た。入り口は民家を横に2軒並べたくらいに大きく開いており、奥は真っ暗でどこまで続いているか一目では分からない。周囲には、まるで洞窟を隠すかのように木々が生えており、日差しを遮っている。この洞窟の中に調査対象の術式がある。


 手元の灯りを頼りに洞窟へ入ると、入り口のすぐ近くに正方形の真っ白な大きい床が見える。一面には奇怪な文字がぎっしりと書き込まれていた。周囲には物らしいものはなく、殺風景な様子だった。


 一足先にシロが術式の前に立つ。


 ーーこの術式には何が書かれているのか分からないわ。一部分が読めないんじゃない、何が書かれているか全く読むことができないなんて。


 未知の術式を前にシロは困惑していた。

 専門外とは言え、術式に関する知識はある。これまでも全く解読できなかったという経験はなかった。


「これは本当に術式なのかしら? 解読できないのだけれど」


 戸惑うシロの横まで歩いてきたモモは、術式を一目すると呟く。


「術式にプロテクトが掛かっているっぽいね」

「プロテクト?」

「そうだよ、お姉ちゃん。暗号化とも言うらしいけど」


 術式のプロテクト。術式を解読させないように暗号化する技術。

 モモは一瞬で看破した。しかし、シロは解読できなかった。プロテクトが掛かっていることすら気づかなかった。


 シロは何かを考えながら無言で術式を見つめ続けている。会話の続きはアオが引き取った。


「でも、術式に使われる魔法語って繊細なんじゃないの? プロテクトを掛けるってそんなことできるの?」


 魔法語は単語の角度が少し変わるだけで別の意味になる。少しでも弄ったら本来の効果を発揮しないのでは、とアオは尋ねる。


「普通はそうだね。知識のある人がルールに則って魔法語を崩して書けば、効果をそのままに出来るんだよ。これをプロテクトを掛けるって言うの」

「へー、そんなことが出来るんだ。なんか裏技みたいだ」

「まあ出来る人は少ないと思うけどね。難しい技術だし」


 モモの答えにアオは納得の色を見せる。じゃあ術式の解読をしようかな、とモモは術式に目を凝らした。


「んー。情報量が多くて読みきれないなあ。分からない単語もかなりあるし、魔法語の辞書が必要かも」

「モモちゃんが分からないって、相当難解な術式なんだね」

「そりゃあるって。この術式は持ち帰ってじっくり時間をかけて解読したいかな」


 そういうと、モモとアオは手分けをして術式を紙に写し始めた。


「うん。全部写せた!」

「一旦、戻ってから整理しようか。シロちゃんもそろそろ戻ろうよ」

「ええ、分かったわ」


 そう返すと、シロはアオと並んで先を歩く。

 その背中を、姉の口数が極端に減っていることに気づいたモモがじっと見つめていた。


 ***


 調査を終えたシロ達はお手伝いの方の案内で、術式管理者の部屋を訪ねた。


 部屋に入ったシロは、まるで診療所の一室のようだ、と感じた。全体的に物が少なく、周囲には白を基調とする家具が置かれている。窓際に置かれている白い大きなベッドが存在感を出している。

 ベッドの上には70歳を過ぎたと思われる老婆がいた。この女性が術式管理者とのことだ。足腰が悪く1日のほとんどをベッドで過ごしているそうだ。側には車椅子のようなものが置いてある。

 事前に話しが通っていたようで、身体を起こし会話できる状態で老婆は待っていた。


 シロ達はお礼を述べると、順番に自己紹介を始める。


「白神シロ......さん。懐かしい響きね」


 老婆は思い出すように遠くを見つめながら呟く。

 アオとモモの視線が、知り合いなのか、と問うがシロは首を横に振る。


「あの、以前にどこかでお会いしましたでしょうか?」

「いいえ。昔の知り合いに似た響きの名前を持つ方がいてね。つい、懐かしく感じただけよ」


 そう答える老婆は、しかし、愛おしそうにシロの事を見つめていた。


「風島の術式についてお話を伺ってもよろしいでしょうか?」


 空気を変えるために話を切り出したシロに対して、老婆は問う。


「何が聞きたいの?」

「あの術式は一体何なのでしょうか?」

「知らないわ」


 クスクスと笑いながら老婆は続ける。


「ご先祖様から託された術式を管理しているだけなのよ。術式を起動したこともないわ。だから、貴女達が欲しい答えを私は持っていないのよ」


 力になれなくてごめんなさいね、と老婆は話す。

 ただ、彼女の瞳にこちらを探るような色があったのがシロには気になった。


 ◇


 部屋に戻ったシロは、思考の海に囚われていた。

 彼女の脳内には午前中の情景が繰り返し映し出される。ただ、渦巻く様々な感情は、一つの大きな疑問を前にして保留されていた。


 ーー私たちはこのまま術式の解読を進めてしまってよいのだろうか?


 先程からシロが自身に問い続けている疑問だ。

 彼女の中では一つの答えが育ち始めている。しかし、荒唐無稽な妄想だと糾弾する自分もいる。前へ進むためにはあと一歩が足りない。彼女はそう感じていた。


「......ちゃん! お姉ちゃんってば!」


 モモに肩を揺すられて、シロは我に返った。


「ゴメンね。どうしたの?」

「さっきから何を考えてるの?」

「大丈夫よ。大した事ではないわ」


 会話を終わらせようとするシロの手をモモが掴む。その手には力が込められており、痛みを感じる。


「私には話せない内容なの? 私じゃお姉ちゃんの役に立たない?」


 真剣な表情でモモは問う。彼女の瞳には焦りに似た色が見える。急にどうしたのだろう。何が妹を焦らせているのだろうか、とシロは思う。


「私に出来ることがあるなら話してほしい」


 妹を頼ってしまって良いのだろうか。巻き込んでしまって良いのだろうか。私の行く先には、厄介ごとが待ち構えている可能性があるのに。

 モモの問いに答えられず、しばらく押し黙る。


「お姉ちゃん......」


 静まりかえるこの部屋に、モモの絞り出すような震える声が響く。

 モモはいつも自信に満ち溢れていた。彼女の顔は輝きに満ちていた。だが、目の前には不安で泣き出しそうな彼女がいる。見たことも無い妹の姿にシロは動揺する。


 ーーモモなら私の求める答えにたどり着くかもしれない。妹を頼ろう。私もあと一歩が欲しかった。


「分かったわ。2人に相談したいことがあるから、アオくんを呼んで来てもらえるかしら?」

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