1-10. “知る”ということ(1)
ーー座席問題。
誰しもが一度は直面する問題ではないだろうか?
例えば、学生の貴方は普段3人グループで行動している。しかし、目の前には2人掛けの椅子が2脚。分断不可避の状況で席割りに頭を悩ませる。
例えば、社会人の貴方は飲み会の幹事をしている。しかし、同格の役職者が複数出席する事になり、上座の席順に頭を悩ませる。
この5等級客室にも、頭を悩ませる3人の姿があった。
◇
「どういう席順にしようかしら?」
目の前には2人掛けの椅子が向かい合うように設置されており、4人座れば動くスペースも無いくらいに狭い。向かい合う2人に至っては膝小僧がくっ付いてしまう有様だ。
「私とお姉ちゃんが並んで座る?」
モモの声を聞きながら、ちらりとアオの顔を盗み見る。
その場合、彼は正面の席に座るという事になる。シロの正面に座るということは彼と膝をくっつけ合うということになり......想像したシロは赤面する。
では、モモの正面に座るのはどうか。想像したシロはモヤモヤした感情を抱く。出来ればそれも避けたい。乙女心は複雑なのだ。
「いや、僕とシロちゃんが並んで座るほうがいいよ。力のある男が隣にいた方が便利だし」
よく分からない理論でゴリ押ししようとするアオの姿に、モモが口角を上げる。あの子、また何かを企んでいるんじゃないのかしら。
結局、一つ先の駅に着くまで右往左往していた彼女たちは、アオの案を採用することにした。モモの瞳が爛々と輝きを増す。
(......思っていたよりも近いわ)
席に座ってようやくシロは気づく。この席順ではアオと密着して座る必要がある事に。
左肩から、左腕から相手の温もりを直接に感じる。それがシロの体温を急上昇させる。少し汗ばむ左腕が気になって仕方がないシロは、目的地に着くまで心の平穏を取り戻すことは叶わなかった。
***
列車を降りたシロ達は直ぐに船へと乗り換えた。この定期巡航便の行く途中に、今回の目的地『風島』がある。
早朝に出発したはずだが、目の前では夕日が沈もうとしている。到着する頃には、綺麗な星空を拝む事になるだろう。
甲板に出たシロは、靡く髪を押さえながら夕日を見つめていた。キラキラと輝く水面との調和には非日常を感じ、彼女の心を締め付けていた黒い鎖を優しく解きほぐしていく。
無言で佇んでいると、フワリと肩を何かが覆う。
「その格好だと寒いでしょ? 風邪を引くよ」
振り返ると、心配そうな顔でアオが立っていた。肩に掛かった上着はまだ温かく、それが気恥ずかしさを生む。
「なんかベタな対応だったかな」
頭を掻きながら呟く彼の仕草が締まらなくて、シロは思わず吹き出した。途中までは格好良かったんだけどな。
「ふふふ。アオくん、前にもこんなことあったよね?」
「そうだっけ?」
「そうだったわ。ありがとう。あの時に言えなかった分も上乗せで」
2人はそのまま無言で夕日が沈む様子を眺めていた。
◇
船内の客室に戻ると、モモがソファーでゴロゴロしていた。暇を持て余しているようだ。
戻ったわよ、と声をかけると、彼女が質問してくる。
「お姉ちゃん、この後の予定ってどうなるの?」
「今日はこのまま1泊して終わりね。明日は午前中から術式を調査する予定よ。あと、管理者さんがいるそうなので午後にお話を聞くことになるわ」
「じゃあ、帰るのは明日なのかー」
「違うわ。この定期巡航便は2日に1便しか運行してないの。だから、もう1泊して明後日に帰るのよ」
「そうなんだ。じゃあ2日目は何か美味しい店を探したいね」
「風島は管理者さんしか住んでいない小さな島なの。だから、お店は1軒もないのよ」
「ええ!? じゃあ宿はどうなるの?」
「管理人さんの家の部屋を貸してもらえるそうよ」
「それって宿って言わないよー」
「野宿よりはマシよ」
モモとの会話を聞いていたアオが反応する。
「不便なところって聞いてたけど、そんなところなんだ」
「そうよ。色々と覚悟しておいた方がいいかも知れないわ」
シロの言葉に2人は苦笑いを浮かべた。
***
「この2部屋は好きに使って構わないから。一応掃除してあるけど、何かあれば言ってね」
船を降りる頃にはすっかり日も暮れ、夜遅い時間になっていた。
その足で術式管理者のお宅を訪ねると、出てきたのはお手伝いの方だった。高齢のため身の回りの世話をするお手伝いの方も同居していること、既に管理者は就寝していることを聞かされたシロ達は、そのまま今晩宿泊する部屋へ通された。
「お気遣いありがとうございます。3日間よろしくお願いします」
シロはお礼を述べると、部屋の使い方について質問を続ける。
シロと一緒に説明を聞いていたモモは、途中でススッとアオの隣に移動すると、ニヤリと笑みを浮かべながら彼に何かを囁き始めた。顔を赤らめながらたじろぐ彼の反応におおよその内容を察する。
(あの、話している内容がこっちまで漏れ聞こえてるんだけれど)
初めは真面目な顔で説明していたお手伝いの方だったが、徐々にシロとアオを交互に見ながらニヤつくようになった。視線から生暖かさを感じる。その反応にシロは耳を真っ赤にしながら、話を聞き続けるしかなかった。
◇
部屋に入り、荷を解いたシロ達は部屋で寛いでいた。
「暇だなー。よし、アオちゃんを部屋に呼ぼう」
そう言って立ち上がるモモに対して、呼ばないわよ、とシロは睨みつける。最近、この手の揶揄いが酷くなっている気がする。
あっちは1人部屋で退屈してるんじゃない、と開き直るモモは、ふと疑問を口にする。
「そういえば、何で夕食のお誘い断っちゃったの?」
「気を遣ったのよ。流石に3人分も食事はお願いできないわ」
ここは離島である。巡回便はあるようだが、そこまで物資に余裕があるわけではないだろう。勝手に押し掛けて更に負担を強いるのは流石に気が引けた。それがシロが辞退した理由だった。
「温かい食事が食べたかったなー」
「ゴメンね。でも携帯食もそれなりに美味しかったでしょ?」
「それなりにはね」
「明日はアレンジして温かく食べれるようにしてあげるわ。明日も早いからそろそろ寝支度しましょう」
「まだ眠くないよー。そもそも私、夜型だし」
「起きれなかったら置いていくわよ」
こうして慌ただしかった1日が終わる。