悪は作られる
「悪は滅びぬ、姿を変えて再び蘇る……」
魔王の言葉は本当だった。それを俺は今、痛いほど感じている──。
魔物との戦いに勝利した人類は束の間の平和を味わっていた。俺はもう戦う必要などないとホッと胸を撫で下ろしていた。
だがそれは新たな争いの始まりでしかなかった。
「よくぞ戻って来てくれた、再び魔王が現れたのだ」
「はい」
次に倒した魔王は人の形をしていた、肌の色が違うだけだった。
先に倒したのは明らかに人ではなかったのに、なぜだ。
それでも確かに平和は訪れた、もう侵略に怯える必要はないと街の人々も喜んでくれた。俺はその事実を受け入れる事にした。
だが──。
「王様は悪魔に取り憑かれた、奴は魔王になったんだ! 助けてくれ!」
俺は王を倒した、いや、魔王となった王だ。
確かに彼は以前のような誠実さを失くしていた、何かに取り憑かれたように見えた。
しかし俺は知っている、彼は間違いなく人であった。肌の色すら違わない、人だ。
だが人々はそれを望み、俺の行為を祝福してくれた。
俺の手はいくら汚れても構わない、人々の為にこの力を使うと誓ったのだ。
「助けて下さい! あいつらは魔王の手先なんです!」
再び人を手にかけた、その中には街の人も含まれていた。俺が守り、そして祝福してくれた者たちだ。
確かにそこにいさかいはあった、力によって秩序を乱す者が居た。だが彼は本当に魔王の手先だったのだろうか、倒すべき悪だったのだろうか。
「こいつが魔王に取り憑かれて──」
「お前の方だろ、この魔王め!」
魔王と呼ばれる者はどんどん弱くなっていった、手下もなく戦う術すら持たない者も魔王と呼ばれた。
悪とは何だ。俺は手にかけた全ての顔を思い出せる。
侵略者、異なった種族、富を専有する者、力に溺れた者、裏切り者、秩序に従わぬ者──。
それは分かり合えない相手。
究極的には、他者──。
では正義とは何だ。
悪を倒す者、他者を許せない心、潔癖な理想。
正義は相対的なものでしかなく、それのみでは存在できない。
俺はなぜ人を殺しているのだろう。
確かに大きな悪は居なくなった、だがその先にあったのは小競り合いのような他者に対する憎しみ、猜疑心ではないか。
悪が欲しい、もっとハッキリした悪が。
人同士が争わなくてもいいような。
そして俺は自らの肌を焼き、人の形を保てぬぐらいに切り刻んだ。
これが俺の罪の証。
いずれ俺を倒す者が現れた時、彼に言うだろう。
「悪は滅びぬ、姿を変えて再び蘇る……」