異世界対応のネットスーパーが凄い ~パパは娘の為に頑張るのです~
「なんだこりゃ?」
夏のとある日の朝。
最近妻の浮気で離婚したばかりの子持ちで30代の男、『新城 啓太』は突然現れたステータスウィンドウに驚いた。
啓太の目の前にあるステータスウィンドウには、彼の状態や能力と、よく分からない項目が一つ。
「スキル『ネットスーパー』?」
恐る恐る啓太がスキルを触ってみると、その効果が簡単に推測できた。
これは日本円を使い、異世界の品物を買えるというスキルなのだと。
「いけない! こんな事より、由那の朝ご飯!」
そうやってスキルの確認をしてみた啓太だが、そんな事はどうでも良く、彼はすぐに娘の為に朝の支度を始めるのだった。
新城啓太は、つい最近妻と別れ、娘と二人暮らしをしている。
原因は妻の浮気で、少額であるが慰謝料を取れる状況での離婚であった。
ただ、親子の二人暮らしとはなかなか難しい。
通常、浮気が理由の離婚はどんなに状況が相手に非があっても200万円取れれば凄いという世界で、啓太が30万円の慰謝料をもぎ取るのが精一杯だった。
運良くと言うか、浮気相手の男――彼も妻が独身だと騙された被害者である――が、示談の為の和解金として200万円を渡していたが、男が一人で娘を育てるというのは容易ではない。
元妻には娘の養育費の支払い命令が出ているけれど、支払われる可能性は限りなく低い。ゼロと言って差し支えないほどだ。
こういったお金の支払いには法的拘束力が無く、踏み倒す人間の方が遙かに多いからだ。元妻の金銭感覚は、あまり良くない。
また、娘の由那が元妻に対し、「お母さん、最低!! もう二度と顔を見せないで!!」と強く反発したので、余計にそうだろう。
元妻からの金銭支給を、啓太は完全に諦めている。
妻との離婚で一時的な金銭を得たものの、それだけで一生生活できる訳では無いし、啓太には娘の面倒を見る必要がある。
そのため、啓太はこの『ネットスーパー』というスキルをフル活用するつもりでいた。
「娘の護衛や遊び相手に、この『魔犬』が欲しいな。『テイム』スキルで支配すれば安全性は確保できる。
金銭収入をこのスキルで得るのは難しいな。売買をすれば足がつく。やめておいた方が無難だな。
ああ、スキルで副収入、金稼ぎという事を考えると……」
いくつかのスキルを調べ、啓太は個人向けの「貿易商」に転職する事を選ぶ。
『鑑定』と『交渉』『言語学』スキルを鍛えれば出来るという判断だ。
やってみてから他にも必要になるスキルを取れば、より効率よく働けるだろうと考えている。
なお、「ひよこ鑑定士」という選択肢も考えたが、25歳未満しか目指せず、需要が無いのでそちらは諦めた模様。
そこそこ高給なひよこ鑑定士は人気があるのだ。
貿易商というと、世界中を飛び回って商談をすると思われがちだが、実際にはもっといろんな種類の経営方法がある。
啓太は在宅のまま、日本の商品を買い付けに来た外国人を相手にする事を選んだ。
どちらかと言えば仕事は通訳に近く、欲しがっているものを手配するブローカーであった。
上手くスキルを活用し、前職よりも高い収入を得るようになる。
時々、美術品に興味のある人間に「描いた人は不明ですが……」と言って異世界産の品を売るといった事は、しない。
収入関連で税務署からツッコミを受ける事を避けているのだ。
売り物は、本当に日本産のものだけである。
異世界産の品々は、個人的に楽しむだけに留めている。
しかし、相手が勝手に欲しがるという事もたまにはある訳で。
「1000万出す! 頼む、これを私に売ってくれ!!
制作者を教えてくれるだけでも良い! どうしてもこれが欲しいんだ!!」
「ええっと。税金の関係もありましてね? 面倒なんですよ、手続きが。あまり高い品でもありませんし、1000万円というのは、高額すぎる取り引きでして。
そうですね、50万円でどうでしょう?」
異世界産の品を使い、こうやって利益を上げているのだ。
本来の売り物ではないので、このやり方なら「私物を売っただけ」で商取引では無いという逃げ道だ。
詭弁のように聞こえるかもしれないが、私物であれば購入履歴が残っていなくても問題ないのである。
あまりやりすぎると、やはり目を付けられるのだが。
ちなみに、この時に売れたのは金細工の置物である。
貿易商を相手にする人はどちらかと言えば裕福な人が多いので、こういった品を欲しがる事もあるのだ。
そして、彼らはそれを購入する資金も持っているので売買が成立する訳だ。
そこまで考えての、貿易商である。
ときどき税務署から嫌みを言われつつ、啓太は順調に貿易商として収入を得ていた。
そうして仕事が平和であれば、彼にとって大事な問題は、娘だけである。
「お父さん、この子、何?」
「出先で拾ったんだ。懐かれてね。頭も良いようだし、飼おうと思って。由那も仲良くしてくれよ」
「ふーん。名前は何?」
「『レオニス』って呼ぶ事にした。男の子だよ」
「ふーん」
由那はジロジロと父の連れてきた犬を眺める。
黒い毛並みの、由那にとっては大きな犬だ。迫力がある。確かに父の言うとおり、賢そうに見えたが、それでも何か雰囲気があり、由那は圧を感じた。
だから彼女は犬に興味はあったけれど、自分から手を出せないでいた。
そんな娘の姿に、啓太は背中を押すことにする。
「いいかい。よく見ててね。レオニス、『お手』」
啓太に命じられ、レオニスはお手をする。
「『お座り』『回って』『立って』もう一度『お座り』」
レオニスは、命じられるとおりの動きをする。言われたことを理解できる頭があるので、やらせる理由が分からずとも彼にとっては簡単な命令だった。
が、その簡単な命令をこなしたレオニスを見て、由那の目がキラキラと輝く。
「すごい! 私の言う事も分かるのかな!? 『お手』」
主の娘の命令である。レオニスは事前にちゃんと話を聞いていたので、素直に指示に従う。
言われていなければ、おそらくもなにも、従わなかっただろうが。
だが、そんな裏事情を知らない由那は、自分の言う事を聞いたレオニスの事をとても気に入った。
「ありがとうお父さん! レオニス、これからよろしくね!!」
由那はレオニスの首に抱き着き、父と愛犬に笑顔を見せるのだった。
スキルを手に入れてから1年ほどが経った。
啓太は『テイム』スキルで支配した『魔犬』を購入。番犬として、娘の護衛として育てる事にした。
普通の犬より圧倒的に強く賢い魔犬だが、見た目はただの黒い中型犬である。由那は全く疑う事無くレオニスを受け入れた。
魔犬を選んだ理由だが、由那が犬好きだからという理由もあった。
娘のわがままを叶える意味でも、魔犬は都合が良かったのである。
啓太自身は猫派であるから、こっそり『ケット・シー』という猫のモンスターも飼っていた。
ただ、由那は猫があまり好きでなかったのでその事は隠してあったりする。
こうしてレオニスは新城家の飼い犬となり、法的な通常の手続きを経て受け入れられた。
狂犬病の予防接種のときに病院で一悶着あったものの、特にレオニス自身に問題は無く、平穏に時は過ぎようとしていた。
しかし、本人らに何か問題が無くとも、外から問題がやってくる事がある。
「やーい! お前のかーちゃん、浮気者ー!」
「浮気者の娘だー。逃げろー!」
由那が、学校でイジメを受け始めたのだ。
啓太は稼ぎの良い男であったが、それだけ稼いでいればやっかみもある。
また、啓太は地域組織に参加しなければならないのだが、家庭の事情を根掘り葉掘り聞く、デリカシーのない好奇心の塊のような連中に付きまとわれた事もある。
残念ながら、元妻が浮気をして追い出された話が漏れてしまう。
それが家という子供のいるところで話題になれば、幼い子供が無邪気な残酷さでイジメのネタにしてしまうのだ。
小学校4年生、10歳の子供というのはあまり考える事をせず、「本当の事」で他人を傷つけてしまう事があるのだ。
親の下世話な話題の作り方もあり、子供がそれを真似してしまうのも致し方がない事だろう。
下校時刻。
クラスでハブにされている由那は、一人で帰宅する。
以前の由那自身は明るい女の子だったのだが、独りぼっちというのがずいぶん堪えている様子で、うつむきながら学校の門をくぐる。
だが、その日は一人でいた由那のところに、レオニスが迎えに来ていた。
由那の様子がおかしいと思った啓太が、レオニスに様子を見てくるようにと頼んだのだ。
そんな事情は知らなくとも、レオニスが来てくれた事に、由那は大いに喜ぶ。
「レオニス! 来てくれたの!?」
「ウォウ!」
由那を見付け、尻尾を振るレオニスに彼女の表情は明るくなった。
家族が心配してくれている、自分が一人では無いというのは、子供にとっては大きな支えである。
由那は思わずレオニスの首に抱きつき、その体を撫でる。
ただ、それを面白く思わない子供もいた。
由那のクラスメイトで、イジメの主犯格の少年達だ。
彼らにとって由那は「悪い奴の娘」で、「やっつけていい相手」なのだ。
そんな彼らだから、「由那が幸せであってはいけない」し「由那をいじめる事が正しい事」と思って、由那に突っかかる。
「おい! お前! そんなところで犬とじゃれてんじゃねぇ! みんなの邪魔だろ!!」
「そうだそうだ! これだから犯罪者の娘はダメなんだ!」
「とっとと家に帰れ、浮気者!!」
少年達の心ない言葉に、由那の表情がこわばる。
周囲に通行人はほとんどおらず、完全に言いがかりであり正当性のない主張であったが、それでも少年達は自分の正しさを信じて由那を虐める。
彼ら自身は、自分たちが正義のヒーローのつもりで暴言を口にしているのである。
言い返せない由那への行動は徐々にエスカレートして、とうとう少年の一人が落ちていた石を拾い、由那に向かって投げる。
「お前みたいな奴は、学校に来るな!」
「きゃあっ!」
由那は直接的な暴力に恐怖し、目を閉じた。
そして投げられた石の痛みを想像し、動けずにいた。
そのままでいれば石は由那の顔に当たっただろう。
しかし、そこでレオニスが動いた。
レオニスはするりと由那の拘束から抜け出し、その身を盾にして石ころを防いだ。
そしてそのまま、少年達に向けて大きく吠える。
「なんだよ……お前なんか怖くないぞ!!」
少年達は、自分がヒーローのつもりでいた。
だから犬に吠えられ悪事を糾弾されようと、それを「悪い奴が戦いを挑んできた」としか考えない。
正しい自分は何も悪くないので、悪い奴はやっつけなければいけないと己を奮い立たせる。
……彼我の実力差も考えずに。
そして少年達はレオニスに挑み、暴力を振るおうとしたが返り討ちにされ、ひっかき傷をいくつも作って帰る事になるのであった。
「うちの子に怪我をさせるなんて! その駄犬は処分しなさい!!」
「断るに決まってるだろうが。むしろお前がその馬鹿息子のしでかした事に謝れ」
「うちの良一ちゃんが馬鹿ですって!?」
「人の娘に石を投げる、暴言を吐く、飼い犬に暴力を振るおうとする。それ以外の評価なんぞ出来るか」
当然のように、この出来事は大事になった。
学校教師を巻き込み、怪我をした少年達の親が新城家に乗り込んできたのだ。
いかにも神経質そうな母親の後ろで、怪我をした少年が厭らしく笑っている。
正義は勝つのだと、自分が正しいのだと信じて疑っていないからだ。
啓太は娘から話を聞いていたし、レオニスからも説明を受けていた。
故にこちらに非は無いと、堂々と応える。
また、相手の問題を指摘し、正面から迎え撃つ構えであった。
「何を言うかと思えば。あなたの所の馬鹿な娘が何も悪い事をしていない良一ちゃんに犬をけしかけたっていう話じゃない! 人のせいにするなんて最低ね! そんなだから、奥さんに逃げられるのよ!!」
ただ、相手の母親も徹底抗戦の構えであった。
息子の言い分を聞き、それが正しいと主張する。
タチの悪い事に、そう主張するのは一人ではなかった。
「そうよ! うちの誠も怪我をさせられたのよ! 早くその犬を殺しなさい!」
「人を襲う犬なんて危ないじゃないの! それをこっちが悪いみたいにいうなんて信じられない!」
少年たちの母親たちが総出で苦情を言うのである。
煩い事、この上なかった。
「そっちの嘘つきが何か言ったのかもしれないけど! こっちは複数の証言があるのよ! さっさと謝りなさい!!」
「ぎゃあぎゃあ怒鳴るんじゃねーよ、常識も知らない野蛮人が」
「「「ひぃっ!!」」」
啓太はギロリと母親達を睨む。
啓太は彼女らのような金切り声を上げずそこまで大きな声を出していなかったが、不思議とその声は近くにいる者の耳に届く。
スキル『威圧』の効果もあり、彼女らは青ざめ、小さく悲鳴を上げた。
「で、先生。学校の判断は?」
「え、と、ですね。やっぱり怪我人が出た事もありまして、ですね。それで、その。その、レオニスくんの処分は免れないか、な……と。ごめんなさい!!」
母親達と話していても、埒があかない。
付いてきた、巻き込まれた教師に話を振るが、学校の態度は母親達寄りである。
証言の信憑性が問題であった。
また、イジメを学校側は把握していたが、声を上げない由那であればどうにでもなるという判断から、あとは父親である啓太を説き伏せ、問題を小さくしようと思っていたのである。
教師の言葉に、啓太はため息を吐く。
正しい事ではなく、都合の良い事を押し通そうとする意思が透けて見えたので、こちらもねじ伏せないとダメだと理解したのだ。
「まずは、そっちの嘘つきどもの言葉を覆そうか。
お前らの言い分では、うちの由那がそこの馬鹿ガキどもにレオニスをけしかけたって話だったよな。
それも、そいつらが何もしていないって言う前提で」
啓太はレオニスを呼ぶと、レオニスは首輪に付けた小型カメラを啓太に向けた。
そして啓太がカメラを外し、メモリーを抜き取ると、それを見せつけるように掲げる。
「レオニスの首輪にはな、防犯用の小型カメラが仕込んであったんだよ。
――吐いたツバは飲めねーぞ。覚悟はいいな?」
そして獰猛に笑い、敵対者に勝利を宣言するのだった。
「お父さん、レオニスは大丈夫なの? 殺されたりしないよね?」
「当然だ。由那を守った大事なうちの子だぞ。殺させる訳無いだろ」
「良かったー。ありがとう、お父さん」
話し合いは終わった。
もちろん、啓太側の圧勝である。
相手の母親達は我が子の証言を元に話を進めていた為、それが嘘っぱちと証拠を突きつけられた時点で正当性を失う。
物わかりが悪い者もいたが、再び啓太が強く睨み付ければ口を噤むしかなかった。
学校側も含め、「仕掛けたのが少年達であった事」「石を投げ、さらに暴力を振るおうとしたから反撃した事」を理由に正当防衛を認めさせていた。
殴りかかった映像証拠があった事で、反論は許されなかったのである。
その報告を受け由那はふにゃりと脱力し、自分を守ってくれた騎士様と、そのレオニスを守った父親に笑顔を向けた。
そして緊張が解けたからか、そのまま寝息を立ててしまう。
「おとーさん。れおにす。ありがとー。だいすき」
「お父さんも、由那の事が大好きだぞ」
「ウォウ」
小さな娘の寝言に、父と飼い犬が小声で応える。
その返事を聞いたからか、娘の顔がふにゃっとした笑顔になる。
チート能力、『ネットスーパー』スキルが無ければ守れなかった娘の顔を見て、父親は自身も明日に備えてベッドに潜るのだった。