カルテNO.2 中村(武闘家)5/8
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「あの時、俺はいつものように先陣切ってドラゴンの懐に飛び込んだ。先制攻撃で、メタルクローをお見舞いしてやったんだ」
シンオウメンタルクリニックの診察室で、中村の3回目の診察が行われていた。
「仲間の魔法使いは、攻撃魔法と防御魔法のどちらを使うか迷ってた。いつもなら相手の残りHPと俺のHPを見極めて、ばっちりのタイミングで魔法を使ってくれる。いわば『あうんの呼吸』ってやつだ」
PTSDの治療は、トラウマとなっている対象に徐々に慣れていく、暴露療法を用いるのが一般的である。
「だが、あの時だけは、なぜか魔法使いの判断が一瞬遅れた。俺は叫んだ!『攻撃魔法だ!』と」
今はトラウマの元になっている出来事を思い出す、イメージによるトラウマへの接近が行われている最中であり、中村はソファーに座り、目を閉じて話していた。
「中村さん、腹式呼吸を忘れずに!」
医師の指摘を受け、中村は一旦呼吸を整えてから、再びトラウマへの接近を試みた。
「時間にすれば、1秒もなかったはずだ。しかし、そのコンマ何秒かが命取りになった。俺は至近距離でまともにドラゴンの炎を浴び、火だるまになった」
中村の額に脂汗がにじむ。医師は慎重に中村の様子を観察しながら、先を促した。
「結局、攻撃魔法でドラゴンはその直後に倒せた。だが、俺は仲間の回復魔法でHPとやけどが回復するまでの数分間、地獄の苦しみを味わったんだ」
わなわなと全身を震わせる中村の様子を見て、医師は「今日はここまでにしますか」と聞いたが、中村は首を横に振った。
「まだいけるよ、先生」
再び腹式呼吸で息を整えた中村は、「その時」のことを振り返る。
「いっそのこと、ドラゴンの攻撃で一息に死んじまっていれば、まだ良かったんだ。復活の呪文で生き返ることができるし、苦しいのは一瞬だ」
中村の呼吸の乱れが少ない。医師は「いい傾向だ」と思った。
「俺は、ドラゴンが怖い。樹界深奥に入ろうと思っただけで、あの時の苦しさや怖さが俺を襲うんだ……」
目を開けて、「俺は、怖かったんだ」と言って涙を流す中村に、医師は「お疲れさまでした。よく頑張りましたね」と声をかけた。
次回の診察予定を確認し、中村が帰った後、医師は電子カルテを読み返しながら「そろそろアレの出番かな」とつぶやいた。