カルテNO.2 中村(武闘家)4/8
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「さすがですね」
医師が不敵な笑みで中村を見返して言った。
「では、最後にダンジョンに潜ったときも、中村さんが先陣切ってドラゴンに向かっていったわけですね?」
医師の言葉に、中村の血の気が引いた。
「あ、ああ……」
中村が右手を引っ込めながらあいまいに答える。
「中村さん、PTSDの治療には、トラウマと向き合うことが必須なんです。しかし、これは言うほど簡単なことじゃない。きちんと段階を経て、少しずつトラウマを克服していく必要があります」
医師の言葉に、大男はうつむいてしまった。
「最低でも2か月、計画的に治療を進めていきます。いいですね?」
すっかりしょげ返っていた中村は、医師の「最低でも2か月」という言葉を聞いて、ガバッと顔を上げた。
「ダメだ、先生。1か月以内に、何がなんでもまたダンジョンに潜れるようにしてくれよ!頼むよ!」
中村の必死の形相に気おされて、医師はやっとのことで「なぜそんな無茶を……」とだけ言った。
「俺には、重い心臓病の妹がいるんだ。何年も待たされて、やっとの思いで手術の予約が取れたのに、金が足りない。オヤジは俺がガキの頃にどっかにトンズラしちまって、母ちゃんが頼りだったけど、とてもだが手術の費用なんて用意できねえんだよ。俺がダンジョンに潜ってお宝を持って帰らなけりゃ、妹が死んじまうよ!」
診察室は、しばし静寂に包まれた。
「いいでしょう……」
長い沈黙を破る医師の言葉に、中村はきつく閉じていた眼を開けた。
「トラウマは、精神力の強さで克服できるような類のものではありません。しかし治療に対する集中力とモチベーションの高さで、効率的に治療を進めることができるかもしれない」
医師の説明を聞き、中村の表情が明るくなったが、医師はさらに言葉をつないだ。
「ただし」
中村の表情が引き締まる。
「1か月という短期間でPTSDを克服できるかどうか、可能性は五分です」