カルテNO.2 中村(武闘家)3/8
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「中村さん、深くゆっくり呼吸してください。お腹の中にある風船をイメージして、その風船に空気を入れたり出したりするんです」
医師の指示に従い、腹式呼吸をしているうちに、中村の顔色が戻ってきた。
「先生、どういうことですか。さっきドラゴンと闘った時のことを思い出しただけで、ダンジョンに入ろうとしたみたいに体が動かなくなりかけたんだが」
中村が額の汗をぬぐいながら問いかけると、医師は少し間をおいて「中村さんは、PTSDのようですね」と答えた。
「え?ピーティー…… 何です?」
「PTSD、心的外傷後ストレス障害ともいいます。交通事故や災害などで、生命にかかわるような状況に陥った人が、後になってその時のことを思い出し、恐怖がよみがえったり、体が動かなくなったりといった症状が出ます」
医師の説明を聞いていた中村は、「でも、先生」と、話を遮った。
「俺は、これまで何度も樹界深奥に潜ってるし、ドラゴンと闘ったのも今回が初めてってわけじゃなかったんだ。なのに、どうして急にその、PTSDってやつになっちまったんだ?」
中村の問いに、「いい質問です」とうなずいて、医師が続けた。
「PTSDの原因となる心的外傷、すなわちトラウマですが、これは千差万別なんです。例えば、同じ車に乗っていた二人の人間がひどい交通事故に遭い、同じように大けがを負った場合でも、必ずしも二人ともPTSDに陥るわけではありません」
中村が首をかしげているので、医師は説明をしなおした。
「中村さんが最後にダンジョンに潜った時の、中村さん以外のパーティーメンバーは、その後もダンジョンに潜っているわけですよね?」
中村が「そうだ」とうなずいた。
「中村さんと同じようにドラゴンと闘った、ほかのメンバーはPTSDになっていないのに、中村さんだけがPTSDになった」
医師の説明を聞いていた中村の目に、こんどは怒りの炎が宿った。
「先生は、もしかして俺が弱いからPTSDになったって言いたいのか?」
医師が「いえ……」と反論しようとするのを遮り、中村がまくしたてた。
「俺はな、こう見えてもパーティーの中じゃあ切り込み隊長なんだ。戦士みたいに、甲冑やら武器やらを装備していない代わりに、素早くモンスターの懐に入って、メタルクローで相手の喉元を掻っ切るんだ」
言うが早いか、中村は医師との間にあるテーブルに片手を突き、右手を医師の喉元にピタリとつけて見せた。