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麗らかな季節に戯れ遊ぶは山の神2

 ――拝啓、天国のお母さん。元気ですか。


 好きな人と暮らし始めて、早一週間。


 正直、初めの頃はかなり緊張しました。変なところを見られたらどうしようとか、自分の作ったご飯を美味しく食べてくれているかな、とか。


 普段とはちょっぴり違う生活に、ドキドキしたりハラハラしたり……。


 まあ、確かにそういう一面もあったのですが。


 待っていたのは、甘酸っぱい、青春的な暮らしではまるでなく――。

 楽しいような楽しくないような、ちょっと微妙な日々を送っています……。




「夏織。ひとりで外に出るなと、何度も言っているだろう」

「ごめん……」


 隣家に棲む鬼女、お豊さんからお醤油を借りてきた私は、待ち構えていた水明を前に、しょんぼりと肩を落とした。


 ちらりと視線を上げると、怒り心頭な顔。心底泣きたい気持ちになって項垂れる。

 あの日から、水明はわが家に居候することになった。もちろん、金目銀目の双子も一緒だ。皆がいるだけで、なにをするにも大騒ぎ。賑やかな日々を、私も嬉しく思っていたのだけれど――。


「お隣だよ? 別に、そんなに目くじら立てなくても」

「そういう問題じゃない。なにかあってからは遅いんだ」

「それはわかるんだけど」


 ここ最近、私は悩んでいた。

 どうにも水明の過保護っぷりが激しく、やりづらくて仕方がないのだ。


「お前を守ると東雲と約束したんだ。理解してくれ」

「うっ……」


 真面目な顔で言われると、なにも言い返せなくなる。しかし、買い物に行くにも、庭で洗濯物を干すにも、掃除をするのだって許可を取らなければいけないのは、正直勘弁して欲しい。こちとら、なにもできない子どもじゃないのだ。


「にゃあさ~ん……」


 店先で毛繕いをしていた親友に助けを求める。冷静な彼女なら、はっきり言ってくれるはずだ。なのに、オッドアイを眇めたにゃあさんは、ツンとそっぽを向いてしまった。


「別にいいんじゃない。夏織が我慢すればいいことだわ」

「ええ 私の幸せを見守ってくれるんじゃなかったの!」

「馬鹿言わないで。必要最低限の努力で実現するなら、願ったり叶ったりだわ。あたし面倒ごとは嫌いなの。知っているでしょうに」

「うう……!」


 ――ここで猫っぽさを発揮してくれなくてもいいのに!


 あまりにも自由な親友に途方に暮れる。すると、ぬっと頭上から影が差し込んだ。

 顔を上げると、そこには目をキラキラさせた双子の幼馴染みの顔がある。私よりも頭二つぶん大きいものだから、まるで大人と子どもみたいだ。


「意外。水明ってば、束縛するタイプなんだ~?」

「気持ちはわかるけどよお、あんましアレコレ言うと夏織が可哀想だろ」


 銀目はニッと無邪気な笑みを浮かべると、私の頭に腕を乗せて体重をかけてきた。


「俺らに任せておけって。夏織のアルバイトだって一緒に行ってやってるだろ?」


 なにも危険なのは幽世だけではない。現し世で襲われる可能性を鑑みて、最近はアルバイトだって付き添いつきだ。勤務先のオーナーは河童の遠近さんだから、護衛役の銀目や金目を、臨時アルバイトとして雇ってもらっているのだ。


「てかさ、雑貨屋って意外と忙しいんだね~? お客さんにいっぱい商品のことを聞かれるから、結構大変。現し世って本当に人間ばっかりで、疲れちゃうよ」

「だなあ。まあ、働いて金をもらえるのは悪い気分じゃねえし! 俺は好きだぞ!」


 双子はケラケラ無邪気に笑った。けれど、私はちょっぴり複雑な気分になっている。


 考えてもみて欲しい。大通りにも面していない、東京合羽橋の隅にある雑貨屋が、そんなに繁盛するわけがない。SNSでイケメンの双子がアルバイトをしていると噂になり、彼ら目当ての客が詰めかけているだけだ。まあ、客寄せパンダになっていいじゃないかと、遠近さんは笑っていたけれど。


 ――イケメンはどこに行っても強いんだなあ……。


 そんなことを考えていると、徐々に銀目の重さに耐えきれなくなってきた。


「ねえ、銀目。重い……」


 遠慮なしにのしかかってくる幼馴染みに文句を言う。すると、銀目は悪戯っぽく笑うと、わざと更に体重をかけてきた。


「ヒヒ、これくらい重いうちに入らねえだろ? 夏織は弱えからな~。水明が心配するのも仕方ねえよな。ちっとくらい鍛えたらどうだ」

「やめて。私は普通の人間だもの。アンタたちが規格外なの!」

「そりゃ、毎日修行してるからな! 見るか? 俺の腹筋。割れてきたんだぜ~!」

「ええい、ここで腹を出すな!」


 思わず拳を振り上げると、銀目はぴょんと大袈裟に後退った。心底嬉しそうに笑う銀目に、内心で呆れていると――突然、誰かに背後から抱き寄せられた。


「……えっと?」


 困惑しつつも相手を確認すると、それは水明だった。彼はどこか不機嫌そうな顔をして、じとりと銀目を睨みつけている。うう、顔が熱くなってきた!


「ど、どうしたの?」

「なんだ、怒ってんのか?」

「…………別に」


 銀目と同時に首を傾げる。その瞬間、盛大に金目が噴き出した。


「アッハハハハハ! ヤバ……なにこれっ……ひっ……アハハハハハ……」


 突然、お腹を抱えて笑い出した金目に、私たちは困惑しきりだ。

 するとそこに、やけに上機嫌な声が聞こえた。


「あら! 楽しそうでなによりね~」


 それは、薬屋のナナシだ。色鮮やかな緑色の髪を腰まで伸ばし、頭から牛の角を生やした()は、私の母代わりのあやかしでもある。細い腰をくねらせ、コツコツとハイヒールを鳴らしながら歩いてきた彼は、私たちを呆れ混じりに見ると、肩を竦めた。


「金目、笑い過ぎよ。みんなポカンってしてるじゃない」

「だっ……だって! アハ、アハハハ! 揃いも揃って鈍過ぎてっ……ヒヒヒッ……」

「まあねえ。ある意味、純粋培養よねえ……」


 ナナシは琥珀色の瞳を細めると、真っ赤に染めた唇を三日月型に形作った。


「まあ、今はこれでいいんじゃないかしら。この子たちには、この子たちなりの進み方ってものがあるでしょうし?」

「ええ~。待ってるだけ? それじゃつまんないじゃん。崖の上から突き落とそうよ」

「アンタはサバンナの獅子か」


 ――なんの話をしているのだろう……。


 ナナシと金目が楽しそうに会話しているのを、私たちはただ呆然と眺めている。


「それでなんの用だ、ナナシ。今日、お前が来るとは聞いていなかったが」


 笑われたことが不愉快だったのか、益々不機嫌な顔になった水明がナナシに訊ねた。

 ナナシはニッコリ微笑むと、緑のマニキュアが眩しい指を唇に当てる。


「夏織と、毎年恒例行事の相談にしに来たのよ」

「……あっ!」


 その瞬間、私はあることを思い出して声を上げた。

 そうだ、そうだった。もうそろそろ、あの時期じゃないか(、、、、、、、、、)


「すっかり忘れてた。色々準備しなくちゃね。今年はどうするか決めているの?」

「食材は一通り頼んであるわ。手つかずなのは、衣装合わせと、新しい本の選定くらい」

「流石、ナナシ! 手際がいいね~! ありがとう!」

「いいのよ。一年で一番の稼ぎ時だもの。気合いが入るのは当然だわ」


 すると、私を抱き寄せたままの水明が、不思議そうに首を傾げた。


「なんの話だ。どこかへ行くのか? 今は、なにがあるかわからないから駄目だ」


 ナナシはすうと目を細めると、コツコツと靴音を立てて私の傍へ来た。

 そして、私を水明の腕の中から奪うと、どこか得意げに言う。


「水明、知っている? 女ってね、束縛されると逃げ出したくなるものなのよ」

「……っ! 馬鹿なことを。そうじゃない。今の状況を鑑みて、俺は――……」

「なら」


 ナナシはびしりと水明に指を突きつけると、フフンと鼻で笑った。


「男なら、女に不自由を感じさせないくらいに、完璧に守ってやんなさい! 相手に息苦しい思いをさせるだなんて、そんなの本末転倒だわ。紳士の心で以て、自然に……そう、まるでエスコートするようにあらゆる危機から守らなくちゃ」

「…………」


 なにか思うところがあるのか、水明は悔しげに眉を顰めている。

 ナナシは途端に上機嫌になると、私の顔を覗き込んで言った。


「これで問題ないわね。フフフ、今年の衣装は、少し気合いを入れているのよ~」

「わ、本当? いつもと違う格好できるから、毎年楽しみなんだよね……!」


 手を合わせてキャッキャと笑っていると、銀目と金目が会話に交じってきた。


「おお、もうそんな時期かあ。俺、ああいうの苦手なんだよな……」

「僕は好きだよ? 結構楽しいよねえ」

「マジか。金目すげえな……。俺、いつも頭真っ白になっちまう」

「いいんじゃない? 銀目は銀目のままで」


 私たちがワイワイ話していると、痺れを切らしたらしい水明が訊ねた。


「まったく話が見えないんだが。完璧に守れと言う前に、きちんと事情を説明しろ」


 すると私とナナシは顔を見合わせて――にんまりと笑った。


「あのね、水明。幽世の貸本屋と薬屋にとって、春は稼ぎ時なのよ!」

「春……それは眠っていた生命が起き出す季節。なにもそれは、動物やあやかしに限ったことじゃないわ。神様だってそう!」

「冬の間、退屈にしていた神様は娯楽に飢えている。そこを狙うの……!」


 私とナナシは興奮気味に頬を染めると、ほうと熱い息を漏らした。


「神様って結構太いお客さんが多くてね。眷属のぶんの本まで借りてくれるから、大量受注が見込めるんだよ……!」

「それにね、女神は冬の乾燥でカサカサになってしまった肌を悩ましくも思っているの。そこで! アタシ特製の化粧品を売りつけるってわけね。腕が鳴るわあ!」


 ナナシは逞しい腕に力こぶを作ると、うっとりと目を細めた。


「この春の売れ行き次第で、今後が決まると言っても過言ではないわ。アタシ、新作のヒールがどうしても欲しくって」

「私もー! これが上手く行けば、話題作の新書を仕入れ放題なんだよ! ああ……! あれもこれも買える! 楽しみだなあ……!」


 目をキラキラさせて語る私たちに、水明はやや引き気味だ。


「お前ら、落ち着け。説明になってないぞ。それで結局、なにをするんだ。なにを」


 私はにんまり笑うと、どこか悪い顔になって言った。


「水明、よく考えてみて。お客様にお金を払ってもらうためには、色々と仕掛けなくちゃいけないでしょう?」

「そうよ~。お金持ちのお得意様のご機嫌取りに最適なもの。相手を気持ちよくさせて、たくさんお買い上げ頂く方法なんて、そんなのひとつに決まっているじゃない!」


 私はナナシと両手を合わせると、満面の笑みを浮かべて同時に言った。


「「――そう。それは接待!」」


 その瞬間、水明がカチンと固まった。そして、ゆっくりと口を開き――。


「…………はあ!?」


 と、普段はクールな少年は、聞いたこともないような素っ頓狂な声を上げたのだった。


接待! 接待ですよ!!!!(なんだ)ここから双子とナナシ大暴れしはじめます。

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