富士の大あやかし3:吉田うどんは美味い
唐突なご当地ご飯(´∀`*)
いつも無表情な水明の顔から、更に表情が消えているような気がする。
……どうしたんだろう?
今日はいい天気だ。現世の太陽は大地を明るく照らして、昼下がりの今頃はぽかぽか陽気だ。にゃあさんなんて、さっさと手頃な屋根の上でお昼寝としけこんでいる。それなのに、この浮かない顔。なにか、嫌なことでもあったのだろうか。
少し心配に思いつつも、ずるる、とうどんを啜る。
民家の一階を改装して作られたその店は、どこか親戚の家に遊びに来たような、そんな雰囲気がある。私の目の前にあるのは、甘辛く煮付けられた馬肉と、野菜の天ぷら、それにごぼうが乗ったうどんだ。さっぱりとした醤油と味噌を合わせたつゆには、讃岐うどんよりも太めの麺が浸かっている。その麺の特徴は、なんと言っても噛みごたえ!! 私は、頬をゆるゆると緩ませると、思い切り麺をすすった。
――ず、ずるるるるっ。ちゅるん。
「はふっ……はあ」
中に芯が残っているんじゃないかと言うくらい、しっかりと噛めるその麺は、噛めば噛むほど小麦の味が感じられる。噛む、ぶつん、噛む、ぶつん……。のどごしを楽しむことは出来ないけれど、噛むこと自体が楽しくなるようなそのうどんは、これだけ具が乗っていて五百円ちょっと。安い。安すぎる。
「吉田うどん、うめえ」
「いなり寿司美味い」
金目銀目のふたりも、ご満悦でうどんとサイドメニューに舌鼓を打っている。かなりの人気店なので、昼過ぎだと言うのにひっきりなしにお客さんがやってくる。この中で、不機嫌そうなのは水明だけだ。
「……なんで、本を届けに来たのに、うどんを啜らなくてはならないんだ」
水明はそう言うと、むっつりと押し黙って、丼の中身を見つめた。
そんな彼は、私たちは顔を見合わせて言った。
「えー、だって。昼時だったし」
「せっかく山梨来たしなー。富士吉田って言ったら、吉田うどんだろ」
「帰りは、伊豆経由にして生しらす食べるんだよ〜」
「観光か」
水明のツッコミに、三人でにんまりと笑う。
……ふっふっふ。君も、徐々に感情が出せるようになってきたじゃないか。
「この調子でツッコミ頑張れ、水明!」
「いよっ! ツッコミ大将!」
「いやあ、なかなかいい役割分担だよね!」
「勝手に俺をツッコミ要因にするな。そもそも、なんで俺を連れて来たんだ」
……そう言えば、水明を連れてくる理由なんてない。そこにいたから……なんて言ったら怒られそうだ。ううむ、と首をひねった私は、適当に答えた。
「……旅は道連れだから?」
「なんだそれは……」
水明は大きくため息を吐くと、仕方ない、と言った様子で吉田うどんを啜った。すると、案外口に合ったらしく、途端に目元が緩んだ。
うむ、美味しいものは人の心を和らげるよね。美味しいご飯は正義。
私はうどんを啜りながら、持参した富士山周辺のマップを開いた。
そして、水明以外の三人で、額を付き合わせて今後について相談する。
「まさか、今年、あれがやってくるとは思わなかったね」
「本当だなあ。そりゃあ、あやかしの総大将が出張るはずだ」
「夏織のところの本が、こんなふうに役立つなんて面白いねえ〜」
すると、水明は大きくため息を吐くと、「詳しい事情を俺にも説明しろ」と睨んだ。私はにやりと笑うと、人差し指を立てて説明を始めた。
「――ダイダラボッチって知っている?」
「伝説の巨人のことだろう」
「そうそう。巨人。おっきいの。ダイダラボッチってね、長い年月を掛けて日本中をゆっくり巡回しているの。勿論、普通の人間には見えないけれどね」
昔、ナナシにダイダラボッチの話を聞いたことがある。
ダイダラボッチの体は、不思議な作りをしているのだそうだ。
その存在は、視える者には恐ろしい存在感を持ってそこに在るし、視えない者にとってはいないのも同然だ。
その体は、ダイダラボッチの意図しないものはすり抜け、触れたいと思うものにしか影響を及ぼさない。ダイダラボッチは、風が吹く方向、気が向く方向へと日本中を自由に歩き回っている、そんなあやかしなのだと。
ダイダラボッチが残した伝説で特にスケールが大きいのが、江戸時代の儒学者、岡白駒著、「奇談一笑」にある近江の伝説だ。ダイダラボッチは近江の地面を掘り、その土を何を思ったか、とある場所に盛り上げた。その土塊の山がやがて富士山になり、地面を削られた近江の地には琵琶湖が出来た。道中に落とした土塊は、その他の山々を形成したのだという。
「それでね、どうやらもうすぐ、富士山にダイダラボッチがやってくるんだって。ねえ……なんで、ダイダラボッチは富士山を作ったんだと思う?」
「俺が知るか」
私は、ちちち、と指を揺らすと、得意げに言った。
「あそこ、お昼寝に最適なんですって」
「……は?」
「ほら、近くに伊豆半島があるじゃない? 足を掛けるのに丁度いいんだって。だから、枕代わりに富士山を作った。ナナシはそう言ってた」
「……」
水明はさっと無表情になると、遠くを見た。……もしかして、理解が追いついてないのかもしれない。私は、どう噛み砕いたらいいものか悩みつつ、取り敢えず結論を述べた。
「富士はね、ダイダラボッチの休憩場所なのよ。一度ね、ダイダラボッチがなかなか寝付けなかった時があったらしいの。そしたら、あんまりにも寝返りを打つものだから、富士山が噴火しちゃったんだってー。それを防ぐために、ぬらりひょんは眠る前の寝かしつけをするのよ」
「……そ、そうか。夏織はその、ダイダラボッチに会ったことはあるのか」
「ううん。初めて! どんなあやかしなのか、楽しみだなあ」
私はにこりと笑うと、鞄の中にある本に視線を向けた。
ぬらりひょんが貸して欲しいと連絡をくれた本は、うちの店にとっても、私にとっても特別な一冊だ。確かに、この本は寝かしつけにはぴったりだろう。
私は、残った吉田うどんを一気に口に流し込むと、ふうと息を吐いた。
富士山が噴火したら大事だ。そのために忙しくてうちの店に来られないなら、仕方がない。あやかしの貸本屋は、ニーズのあるところにはどこまでも行くのだ!
「ダイダラボッチは、明け方に富士山に到着するんだって。きっと、そこにぬらりひょんもいるはず。闇雲に探すよりは、現場に行った方が速いでしょ」
「……? オイ」
すると、うどんを啜っていた水明が、不思議そうに首を傾げた。
「明け方までには随分時間があるぞ。まだ、昼下がりだ。どうするつもりだ?」
私は、金目銀目と顔を見合わせると、にやりと笑った。
そして、徐に鞄から取り出したパンフレットを、地図の上にぶちまけた。
「プジQに行くに決まっているでしょ。折角、アルバイト代わってもらったんだから、休日だと思ってエンジョイしなくっちゃ〜」
「俺、世界最速のジェットコースターに乗る!」
「僕は最恐迷宮に行きたいな〜。全行程50分以上掛かるお化け屋敷。どれだけ怖いんだろうね」
「楽しみだねえ。……って、あれ? 水明ー?」
私は机に突っ伏してしまった水明を揺すった。けれど、暫くの間水明は動かなかった。
「じゃあ、俺が残った吉田うどんもらうわ」
「それはやめろ」
銀目が水明の分のうどんを取ろうとしたら、直ぐに復活したけどね。
ブクマ、評価ありがとうございます! 執筆の励みになります!
富士吉田の、吉田うどんは本当に美味しいですよ〜!
大好き。絶対に、近くに寄ったら食べるのです。このお店も、私が実際に行ったことのあるお店です。
日本全国津々浦々行くことになりそうなので、ご当地グルメも織り交ぜたい野望。
オススメメニューやご当地の楽しい妖怪さんがいたら、是非とも教えてください〜