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大歩危の爺5:新しい住人と、諭吉様

「お、ま、え、ら、ああああ……!!」

「……」

「帰ったら、怪我人と一緒に娘がいなくなっていた時の、俺の気持ちを考えてみろ!」

「……ご、ごめん」



 私は顔を真っ赤にして怒っている東雲さんの前で、水明と共に正座させられていた。東雲さんは苛々が止まらないのか、頻りにパイプを吹かしては、貧乏ゆすりをしている。私は頭を掻きながら、ぼそぼそと言い訳を言った。



「大歩危の山爺が、また腰をやっちゃったみたいでね。小鬼が、本を読んでもらえないって、泣きそうだったんだもの。でも、書き置きもせずに出かけてごめん。今度は、ちゃんとするね」

「……」



 じっと、不機嫌極まりない東雲さんの顔を見つめる。すると、東雲さんは段々と気まずそうな顔になり、ソワソワとし始めて、最終的には――折れた。



「山爺が大変だったんだろ。……なら、しゃあねえな」

「ふっふっふー! 東雲さんのそういうところ、大好き!」

「抱きつくな、暑苦しい! 重い!」

「重いのは余計じゃない!?」



 私と東雲さんがぎゃあぎゃあやっていると、水明がおずおずと声を掛けてきた。



「……それで、俺のことなんだが」

「なんだお前。そういや、まだいたんだったな。んー……、もう大丈夫そうだな。早く帰れ」



 東雲さんは、傷跡から血が止まっているのを確認すると、ぽんと肩を叩いて、出口の方向に顎をしゃくった。すると、水明は一瞬だけ私をちらりと見た。そして、東雲さんに向かって深く頭を下げた。



「急なことですまないが……。どうか、暫くの間ここに住まわせてくれないか」

「はぁ!?」



 東雲さんは、水明の急な申し出に顔を顰めると、じろじろと無遠慮に顔を近づけて観察し始めた。そして、ひとしきり見終わると、ふんと鼻で笑った。



「残念だ。お前には、爆乳もムチムチの尻もねえ。よって、却下!」

「基準がそれなのか……」

「寧ろ、乳と尻があれば泊めていたの!?」



 私と水明は、お互い別の意味で東雲さんにドン引きして、若干距離を取る。すると、東雲さんは私たちの様子に気がつくと、途端に焦りだした。



「いや、これは。その、なんというか……」



 私は両腕で自分を抱きしめると、だらだらと冷や汗を流している東雲さんに、白けた視線を向けた。



「……東雲さん、最低」

「……夏織も、こんな親を持って大変だな」

「冗談だからな!? 本当だぞ……!? ああ、娘の前で、下ネタなんてするもんじゃねえなあ! ……ってか、なんでお前まで追い打ちかけてくるんだ! お前、本当に泊めてもらいたいのかよ!?」



 ――まあ、冗談なのはわかっているんだけれど。


 なんとなく嫌悪感が拭えなくて、私は若干薄目になりながら、すすす、と水明の後ろに隠れる。それがまた、東雲さんにダメージを与えたようで、彼はがっくりと項垂れてしまった。


 するとその時、水明が腰のポーチから長財布を取り出した。そして、幾つか札を抜き出すと、畳の上に置いた。私と水明さんは、それを見た瞬間に、カチンと石のように固まってしまった。



「まあ、なんだ。居候させてくれと頼んでいるのはこちらだしな。何も、無料(タダ)でなんて言っていない」



 それは諭吉さんの団体様だ。一枚や二枚ではない。結構な厚みのあるお札たち。

 水明は、それをずいと東雲さんに向かって押した。



「俺は、とあるあやかしを探している。そのためには、こちらに拠点があった方が都合がいいんだ。どうも、人間は隠世(かくりよ)では目立って仕方がないようだが、同じ人間である夏織が生活出来ているこちらであれば……って、おい」

「東雲さんや」

「なんだい、夏織さんや」



 私と東雲さんは、水明の話そっちのけでお札に顔を近づけて、限界まで目を見開いて凝視していた。その様子を、水明は顔を引き攣らせて見つめている。



「これは本物かねえ」



 つん、と指先で突いてみる。おお……紙だ。めちゃくちゃ紙だ。

 それも、折り目のないまっさらな新券だ……!!

 私が、札束に触れた指をまじまじと見つめて興奮していると、今度は東雲さんがこんなことを言い出した。



「もしかして、子ども銀行券じゃねえか?」

「なるほど。おもちゃ。それはあるかもしれないね……!」



 私たちは興奮気味に頷き合うと、じっくりと札束を観察し始めた。すると、衝撃の事実に、東雲さんはさっと頬を紅潮させた。



「いや、待て。日本銀行って書いてあるぞ……! オイ……!!」

「透かしもあるよ。ホログラフも! くっ、よく出来てやがる……!!」

「なんでお前らは、ナチュラルに偽札認定してやがるんだ」



 すると、水明の冷たい声と共に、ごつん、と私の脳天にチョップが決まった。

 ……ああ、なんて現実味溢れる痛み。これは――こいつぁ、本物だ……!!

 私はがばりと顔を上げると、水明の両手を掴んだ。

 そして、その瞳をじっと覗き込みながら言った。



「ここにあなたを置いたら、これをくれるの?」

「……あ、ああ。勿論だ。人間がひとり増えるだけで、色々と入り用になるだろう?」

「ええ。ええ、それは勿論。大変よね! ひとり増えるのってすんごい大変!」



 私の熱意に押されたのか、水明は若干及び腰になりつつも、小さく頷いた。そして、更にとんでもないことを言い出した。



「なら、毎月同じ額だけ払おう。賃料だと思ってくれていい」

「毎月」

「ああ。毎月だ」

「ひーふーみー……ちょ、水明! 諭吉様が二十人も居るぞ! いいのか、オイ!」

「諭吉様……? あ、ああ。それでいい」



 私は全身が震えるのを感じながら、ゆっくりと東雲さんの方を振り向いた。

 すると東雲さんは爽やかな笑みを浮かべて、白い歯をキラリと煌めかせ、親指の指紋をこちらに晒している。


 私は勢いよく水明の方に向き直ると、万感の思いを込めて言った。



「おいでませ……! 隠世の貸本屋へ! 古くてボロくて、狭い家だけれど、存分に滞在していってね!」

「おい、俺の城に向かって何を……!」

「本当のことでしょ! 現実を見なさいよ!」

「ぐうの音も出ねえ!」



 東雲さんは、現実を突きつけられて、少しの間だけ落ち込んでいた。けれども、すぐに復活すると、私に向かって指を突きつけた。



「よっしゃあ! 今は家のボロさは関係ねえ。寧ろ、記憶の彼方に追いやれ。それよりも、肉だ肉! 夏織、上等な肉を買ってこい! こう、触ると脂が溶けるようなやつな……!!」

「ちょ、東雲さん。節約しなくっちゃ駄目でしょう!? って、今日はいいわよね! 諭吉様ひとりくらい、婿に出してもいいわよね……! 買ってくるわ!!」



 私はシュバッと片手を上げると、サンダルをつっかけて外に出た。



「おい、待て……!!」



 すると、水明が私を呼び止めたので振り返る。すると、水明は整った顔を蒼白にして、私に手を伸ばしていた。



「お、俺をこのおっさんと二人きりにするな」

「はっはっは。何を言っているんだ。これから、同じ釜の飯を食う仲間じゃねえか、腹ァ割って話そうぜ」

「無理だ。やめろ。くっつくな。断固拒否する」



 私は、ふたりの楽しそうな(・・・・・)掛け合いを聞きながら、軒先を潜った。すると、途端に幻光蝶が寄ってきて、周囲が明るくなる。

 私は美しい蝶に指先で触れると、くるりと振り向いてふたりに向かって叫んだ。

 


「水明! 帰ってくるまで、ちゃんと生き残っているのよー!」

「おい、嘘だろ」

「行ってきまーす!」



 私は軽い足取りで一歩踏み出すと、常夜の街へと繰り出したのだった。

予定を変えて、もうちょっと毎日更新しますぞい。

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