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鞍馬山の大天狗様4:山が燃える日

「お祭り……?」


 その瞬間、鞍馬寺の方向から大きな声が聞こえてきた。


「神事にまいらっしゃーれ!」


 それを合図に、集落のあちこちに煌々と火が灯る。それを見て、金目が楽しげな声を上げた。


「ほら、(エジ)に火が着いたよ~。ほら、水明。見なよ!」

「えじ? 金目、銀目、説明しろ」

「篝火のことだよ。見ろよ、子どもたちが出てきた。松明を持ってる。小さくて可愛いな!」

「ほんとだ。でも火が着いてるよ。危なくない?」

「親がついてるから、大丈夫だろ」


 すると、銀目は集落のあちこちを指差しながら、鞍馬の火祭のことを教えてくれた。


 鞍馬の火祭は京都三大奇祭のひとつと言われていて、毎年十月二十二日の夜に行われる。天慶三年(九四〇年)に平安京の内裏にお祀りされていた由岐大明神を、鞍馬に遷宮した際の様子を伝え遺したものが起源とされている。毎年、多くの人で賑わうのだそうだ。


「俺たち、この祭が大好きでさ。毎年、観にきてんだ」

「そうなんだ」

「大昔の遷宮の行列に感動したのが、祭を始めるきっかけのひとつだってさ。それが、今も続いてるんだってよ。すげえよな」


 銀目は、うっすらと笑みを浮かべて、母親に手伝って貰いながら、子どもたちが小松明を手に歩いているのを眺めている。やがて、子どもたちに代わって、あの棍棒らしきものを担いだ男たちが町を練り歩き始めた。あれは、どうやら松明だったらしい。火が灯された松明を数人がかりで支えて、赤々とした火の粉を撒き散らしながら町の中を進んでいく。


「サイレヤ、サイリョウ!」


「祭礼や、祭礼」という意味の掛け声と共に、船頭篭手に、締込み、草履に半纏を着た男たちが景気よく進んでいく。観光客は、そんな彼らに夢中になってカメラを向けている。松明を持つ男たちは、どこか凛々しい表情で集落を進む。


 やがて、トントコトン……と、女性たちが叩く太鼓の音が集落の中に響き始めると、祭の熱気は一気に増していった。人が多くなり、交通規制が始まり、警官が誘導を始めると、見慣れない恰好をした人たちが現れ始めた。


「わ、なんか鎧を着た人がいっぱい出てきた」


 その人たちは、紋付袴や、鎧武者の格好をしていて、やはり松明を持った人と共に、通りを練り歩いている。まるでそこだけ、タイムスリップをしたようだ。


「時代祭みたいだね……って、わわわっ……」


 すると突然、銀目に腰を抱えられた。


「な、何よ、どうしたの⁉」

「こっからが本番だからな! さあ、移動だ移動!」

「ま、待って……せめておんぶ……うわっ!」

「銀目、どこ行くのよ!」

「にゃあ、金目。ちゃんと着いてこいよー!」


 銀目は、私を小脇に抱えたまま、どこかに向かって瓦屋根の上を飛び跳ねながら進み始めた。それはまるで、風のような速さだ。にゃあさんや金目が、みるみる小さくなっていって、姿が見えなくなってしまった。


「銀目⁉ みんなが、着いてきてないけど……!」

「大丈夫だって、すぐに来るよ」

「その前に、頼むからおんぶ……きゃあっ!」


 銀目が屋根を強く蹴った瞬間、体勢がぐらついて悲鳴を上げる。せめて、体勢を変えて欲しいものだけれど、少年のように目をキラキラ輝かせている銀目は、私が怖がっているのに、一向に気がつく様子がない。


 ――まったく! 昔から、何かに夢中になると周りが見えなくなるんだから……!


 体勢を変えて貰うのを早々に諦めて、銀目に尋ねる。せめて、行き先ぐらいは知りたい。


「銀目、どこ行くの⁉」

「ん? ――松明の集まる場所‼」


 そう言って、銀目が連れてきたのは、鞍馬寺の山門の前だ。

 普段は厳かな雰囲気で参拝客を受け入れている山門は、注連縄が張り巡らされて、恐ろしいほどの熱気に包まれていた。松明を手にした男たちがひしめきあい、それを眺めている男たちは掛け声と共に、リズムよく手を打ち鳴らしている。


「サイレヤ、サイリョウ……サイレヤ、サイリョウ……」


 男たちが手にした松明の明かりは、夜空を煌々と照らし出し、まるで昼間のような明るさだ。松明を支えている男たちに、まるで雨のように火の粉が降りかかり、熱くないのだろうかと心配になる。けれどもそれ以上に、人々から感じる情熱に当てられてしまった私は、興奮気味に銀目に言った。


「すごい……!」

「だろ?」


 男たちの熱気と、炎の眩しさ、煙で白く烟っている視界。

 昼間には絶対に見られないその光景は、まるで別世界の出来事を垣間見ているようだ。


 やがて盛り上がりが最高潮に達すると、松明が一箇所に集められて、大きな篝火となった。火が燃え盛るたびに、大きな歓声が上がる。それを眺めている誰もが、炎に魅入られたように見つめている。


「さって、ここで俺の出番だな」

「――へ?」


 銀目はニヤリと笑うと――今度は、私を両腕で抱えた。


「小脇に抱えるのは流石に怖かったよな。悪ィ」

「あ、気づいてたんだ……って、待って。それ以前に何をしようとしているの。本当に待って!」


 その瞬間、銀目は背中から真っ黒な翼を出すと、大きく羽ばたいた。

そして、ふわりと宙に浮かぶと――巨大な篝火に向かって飛び始めた。


「まっ……ぎゃあああああああっ‼」

「オラオラオラオラ! 天狗様のお通りだあ‼」

 

 そして、炎に飛び込むと思われた間一髪で上空に進路を向けると、炎を掠めるようにして飛び回る。すると、轟々と燃え盛っていた炎が、変則的に大きく立ち昇った。火の粉が渦巻き、まるで炎が生き物のように蠢く。


 それを見た瞬間、人々はぽかんと口を開けて固まってしまった。

 辺りには、一陣の風も吹いていない。なのに、不自然に燃え盛る炎が理解できなかったのだろう。すると、益々銀目は調子づいて、炎の周りをぐるぐると回った。


「アハハハハハハハハ! どうだー!」

「……っ!」


 私は、大笑いしている銀目にしがみついて、落ちないようにするので必死だった。やがて、あちこち飛んで満足したのか、銀目が地面に降り立った。

 銀目の腕から解放された私は、下半身に力が入らなくなり、ヘナヘナとその場に座り込んでしまった。そんな私を他所に、銀目は天まで届きそうなほど燃え盛っている炎を、満足げに眺めている。


 すると、どこからかこんな声が聞こえた。


「すごいな。何で急に……。誰か、燃料でも投下したのか?」

「まさか。そんな危ないことしないって」


 人々は、口々に「炎の勢いが急に激しくなった理由」について話し合っている。松明の中に、何か仕掛けられていたとか、旋風が局所的に発生しただとか……しかし、そのどれもが、納得できるものではなかったらしい。誰もが首を捻ってしまった。


 すると、炎を見ていたひとりが、こんなことを言い出した。


「なあ。これって鞍馬山の天狗の仕業じゃないか?」

「……!」


 その言葉に驚いて、銀目の顔を見る。

 すると、銀目はにっこりと笑って、白い歯を見せてピースをした。

 どうやら、それが目的だったようだ。銀目の思惑にまんまと乗せられたその人は、やや興奮気味に、周囲の人にそう思った理由を語っている。


「だって、ここは天狗伝説の地だろ? 如何にもありそうじゃないか」


 すると、途端に周囲にいた人々が「天狗か」「そうかもな」なんて言い出した。それは徐々に人々の間に広まっていき、科学的な考察を口にしていた人たちをも飲み込んで、みるみるうちに浸透していくではないか。


 すると、祭に参加していた男たちの中のひとりが言った。


「天狗さんも、この祭を楽しんでいるのかもな。よっしゃ、もっと盛り上げて行こうぜ!」

「「「――おお‼」」」


 その声に賛同する声は、徐々に大きくなっていった。彼らは、「見てろよ」と言わんばかりに、「サイレヤ、サイリョウ」と益々大きな声で叫び、激しく手を打った。すると、銀目が何もしていないのに、炎の勢いが増した。すると、わあっ! と歓声が上がり、周囲のボルテージが益々上がっていく!


「……」


 その様子を呆気にとられて見ていると、ふいに銀目が言った。


「――へへ。古いもんは淘汰されるって? あやかしはいないものにされたって? 嘘ばっか。少なくとも、今ここにいる人間たちの中には、天狗はいるぜ」


 そして、銀目は私の頭をポンと叩いて言った。


「確かに、古いものの中で消えていくもんもあるだろうな。だとしても、この祭はどうなんだよ。随分と昔からあるみたいだけど、今もこうやって、たくさんの人間が楽しみにしてくれてる。残るもんは残る。残らないもんは残らない。それだけの話だよ」


 私は、何だか泣きそうになって、思わず口を引き結んだ。

 そんな私を、銀目はとても優しい瞳で見下ろしている。


「大丈夫だ。夏織が気にする必要はねえよ」

「……うん」


 私は、滲んだ涙を慌てて拭った。そして、銀目に尋ねた。


「私、あやかしのみんなにもっと本を読んで貰いたいよ。面白い本がたくさんあるの」

「おう」

「だから、これからも頑張る。これは――間違ってないよね?」

「大丈夫だ。応援してる」

「…………っ。ありがとう、銀目」


 すると銀目は、白い歯を見せて笑った。そして、私に手を差し出して言った。


「祭はまだまだ始まったばかりだ。今度は神輿が出てくるぞ。観に行こうぜ」

「……うん!」

「ふんどし姿の人間がV字開脚しながら神輿と一緒に降りてくるんだ。面白いぞ」

「V字⁉」

「チョッペンって言うらしい。元服の儀式だってよ。面白いよな」

 

 そんなことを話しながら、今度はちゃんとおんぶして貰って、空に舞い上がる。確かに、石段の奥が騒がしい。神輿なんて、見るのは随分久しぶりだ。何だかワクワクしてきた。

 するとそこに、ようやくにゃあさんたちが追いついてきた。


「んもう! どこ行ってたのよ!」

「悪い悪い。金目、いつもと同じルートだろ? どうして案内してくれなかったんだよ」

「いやあ、ふたりの邪魔しちゃ悪いかなって思って~」


 三人がワイワイ話しているのを他所に、私は、にゃあさんの上でぐったりしている水明に声をかけた。


「相変わらず、空中移動は苦手?」

「……うるさい。ジェットコースターの方が安全ベルトがある分、まだマシだ……」

「あはは! そうかも。祭が終わったら、ゆっくり休もう。今日は一日、色々あったからね」

「フン……」


 すると、ふと誰かの視線を感じた。

 それは銀目で、水明と話している私をじっと見つめている。


「銀目? どうしたの?」

「いや。何でもない」


 銀目は首を小さく横に振ると、「さあ、祭はこれからだ!」と言って、更に空高く舞い上がった。


***


 鞍馬の火祭は日にちが変わる頃まで続いた。


 祭の最後まで見届けた私たちは、流石に遅くなってしまったので、僧正坊のお寺で一泊させて貰った。翌朝は、お寺の掃除を手伝って、朝食にと京都の美味しいお漬物とご飯をたっぷり食べた。あっさりでヘルシー。けれども、普段とは違う味わいに大満足だった。


 祭に、美味しい朝食。虫干しに来たはずなのに、まるで京都に旅行に来たみたいだ。存分に二日間を満喫した私たちは、金目銀目に別れの挨拶をしていた。


「ふたりとも、色々ありがとうね。僧正坊様にも、お礼を言っておいてくれる?」

「おう、わかった」

「幽世はこれから数日、雨が降るらしいから、次の虫干しまで間が空くと思うんだ。その時は連絡するね」

「わかったよ~。次は、境内が草でぼうぼうじゃないようにしておくから」


 帰ろうか、と双子に背を向ける。すると、銀目に呼び止められてしまった。


「どうしたの?」


 みんなから少し離れた場所に移動して、銀目に尋ねる。

 すると、銀目は若干気まずそうに顔を逸らすと――ボソボソと言った。


「夏織、お前さ。――……水明のこと」

「水明?」

「あ~~~~。なんでもねえ。忘れてくれ」


 しかし、銀目は言葉を濁すと、ひらひらと手を振った。

 何とも歯切れの悪い様子に、少し心配になる。


「どうしたの? 何か悩み事?」

「いや、そうじゃねえんだけど」


 不思議に思って、高いところにある銀目の頭を、背伸びして撫でる。昔よりも随分と高い位置にあるそれを、少し嬉しく思いながら言った。


「銀目は可愛い弟分だからね。何かあったら相談してよ?」

「…………はあ」


 すると、銀目は途端に嘆息した。銀目がため息をつくなんて珍しい。それを意外に思っていると、銀目はどこか晴れ晴れとした表情で言った。


「俺がするべきことがわかったぜ。目指せ、脱・弟分だな!」

「えっ。何それ」

「別に!」


 すると、銀目はからからと楽しげに笑って、私の背を強く叩いた。

 ――バチン! と大きな音が、鞍馬山の山中に響いていく。

 私は若干涙目になると――。


「何するのさ!」

「あ。悪ィ」


 銀目を強く睨みつけたのだった。

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