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鞍馬山の大天狗様3:弟分の青年

 その日、鞍馬山に持ち込んだ本は何とか虫干しできた。

 干し終えた本を集めて、一纏めにする。後は、お昼寝に行ったにゃあさんの帰りを待つだけだ。


 もうすぐ夕方に差し掛かろうとしている。遠く空は白み始め、寝床に帰ってきたらしい烏の鳴き声が辺りに響いている。流石に、境内一面を草むしりしたせいか、疲れたらしい。水明は廃寺のぬれ縁で眠ってしまった。私はその隣に座って、ぼんやりと空を流れるうろこ雲を眺めていた。


「よお、夏織」


 するとそこに、銀目がやってきた。

 水明と同じように草むしりしていたはずなのに、銀目はピンピンしている。銀目は、吊目がちな銀色の瞳をキラキラさせながら、私の隣に座って顔を覗き込んできた。


「いいもんやろうか」

「いいもの?」

「へへ……。じゃーん」


 銀目が取り出したのは、ある和菓子だった。それを見た瞬間、私は顔を輝かせた。何故ならそれは、私の大好きな和菓子だったのだ。


「くれるの?」

「おう。疲れただろ? 一緒に食おうぜ」


 すると、銀目はキョロキョロと辺りを見回して、ついでに水明が眠っているのを確認すると、口に人差し指を添えて「ふたりだけの内緒な」と笑った。


「ありがと」

「いいんだ。ほら、食えよ」

「うん」


 銀目が買ってきてくれたのは、鞍馬寺の門前町にある和菓子屋の一品だ。義経が鞍馬山で過ごしたという逸話に因んだ名で売られていて、餅で餡を包んだ菓子である。栃の実が混ぜられた餅は、むちっとしていて、よく伸びる。餡は塩気が効いたこし餡で、餅との一体感が抜群だ。甘すぎず、大きさも手頃。そのせいか、ついつい次から次へと手を伸ばしてしまう。

 日によっては、午前中に売り切れてしまうという人気商品だ。


「んん~! 美味しい! 疲れた体に沁みる……」

「だなあ。もっと一杯買ってくればよかったな……」


 あっという間にふたりで食べ切って、空になった容器を切ない目で見つめる。ふと喉の乾きを覚えて、じゃあお返しにと、いそいそと水筒を取り出した。そして、コップを銀目に持たせて、注いでやった。


「おう、悪いな。ん、うめえ!」

「でしょ。上物ですぜ、お客さん。一杯、千円いただきます」

「……ツケで」

「駄目~」


 ちょっぴりふざけて笑い合う。すると、銀目がどこかホッとした様子で言った。


「よかった。そんなに落ち込んでないみたいだな」

「え……」


 すると、脳裏に先ほどの僧正坊の言葉が浮かんできて、みるみるうちに気分が萎んできた。眉を顰めて、泣くまいと堪える。それを見た銀目は、途端に慌て出した。


「うわ。やべっ……思い出させちまったか⁉ 悪ィ、えっと。……ああ! どうして俺はいつもこうなんだ!」


 銀目はアワアワしながらそう言うと、私の頭を乱暴に撫でくりまわした。その手付きがあまりにも雑で、髪があっという間にクシャクシャになってしまう。


「止めてよ、頭がすごいことになってる」

「お⁉ おお……。強すぎたか。おかしいな。東雲が撫でたら、すぐに落ち着くのに」

「――小さい頃の話じゃない? それ」

「そうかー?」


 不器用ながらに、私を慰めてくれているらしい銀目に、思わず笑みを零す。すると、銀目もちょっと照れくさそうに笑った。おかげで、少し気分が上がってきた気がする。


「ありがとね。落ち込んでたのは確かだったから」

「……そっか」

「あやかしのためにならないものを、あやかしに貸し出すって何だか矛盾してるなあって思ってさ。私がしていることは、本当はしない方がいいんじゃないかとか考えちゃった。僧正坊様の言う通り、気にすることないのかもしれないけどね」


 すると、銀目は眉間に皺を寄せて言った。


「さっきの話、俺も聞いてたけどよ……。正直、難しいことはちっともわかんねえけどさ、あんなこと考えてるのは、爺ちゃんか東雲くらいのもんで、ほとんどのあやかしは何も考えてないんじゃねえかなあ」

「そう?」

「そうだよ。じゃなきゃ、そもそも本を借りに来るわけがないだろ」

「でも……」


 僧正坊の説明は、納得できるものだった。確かに、現し世に棲むあやかしは減っている。人間とあやかしの間の溝は深まっている。そういう実感が、私にもあったのだ。

 すると、銀目は「よっし!」と手を叩くと、私の顔を覗き込んで言った。


「夏織! 今晩、時間あるか?」

「――え?」


 銀目は、爽やかな笑みを浮かべて言った。


「いいもん見せてやるよ!」


***


 虫干しし終わった本を、幽世の貸本屋に戻した私たちは、その日、改めて鞍馬山にやってきていた。すでに、時刻は夕方六時を回ろうとしていて、徐々に辺りが暗くなり始めている。

 銀目は私たちを迎えると、ある場所へと私たちを誘った。


「わ、ちょっと待って……! いいの、これ!」

「大丈夫だって! 人間たちには俺らは見えてない!」

「そ、そうなの⁉」


 銀目は軽い足取りで、木の上やら、鞍馬寺の屋根の上を走り抜け、参道を歩いている人々の隙間を駆け、凄まじい勢いで山を降りていく。

 銀目に背負われている私は、そのあまりの速さに目を白黒させていた。


「銀目、夏織を落としたら承知しないわよ!」


 すると、私たちに追いついてきたにゃあさんが、並行して走りながら銀目に鋭い視線を向けて言った。今日は、銀目が直接案内したいからと言って、私を運ぶ役を買って出たのだ。


 銀目はにゃあさんに向かって力強く頷くと、若干心配そうな声で言った。


「わかってるって! それより、水明を落としそうになってるぞ」

「……大丈夫よ。元祓い屋なんだから落ちても」

「だ、だいじょうぶ、じゃ、ない……っ‼」


 にゃあさんの背中にしがみついている水明は、振り落とされないように必死だ。水明を乗せることに大変不満そうだったにゃあさんは、どうやら全く乗客に気を遣ってないらしい。


「だから言ったでしょ~。今からでも、僕の背中に乗る?」

「絶対に、お、ことわり、だっ‼」


 金目が代わりを申し出はしたものの、水明は絶対に首を縦に振ろうとしない。どうにも、男としてのプライドが許してくれないらしい。

 そうこうしているうちに、ある場所に到着した。


 それは、鞍馬山の麓に広がる鞍馬の集落だった。

 鞍馬山と鞍馬川に挟まれた町並みには、歴史を感じられる古めかしい家々が立ち並んでいる。それは、かつてこの集落が、丹波や若狭へと繋がる街道の要所として栄えた証拠だ。その中の一軒の屋根に登った銀目は、私を下ろすと、辺りをぐるりと見回した。私も、つられて周囲の状況を確認する。


「何だかやけに人が多いね」

「そうね、どうしてかしら?」


 追いついてきたにゃあさんと、首を傾げる。

 すでに辺りは薄闇に包まれ始めているというのに、地元の人たちだけでなく、観光客たちが往来にひしめき合っている。更には、商店や旅館の二階では、多くの人が窓辺に齧りつくように集まっている。誰もが、何かを今か今かと待ち侘びている。夜だというのに一向に人が引く様子がない。それどころか、徐々に人の数が増えてきている。


 更には、通り沿いの家々の前に不思議なものが置いてあった。

 それは、木を組み合わせた棍棒のようなものだ。それにしても、随分と大きい。ひとりでは抱えられないほどのサイズだ。


「ね、何かあるの?」


 思わず、隣の銀目に尋ねると、彼はどこか得意げに言った。


「今日は、鞍馬の火祭の日だよ!」

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