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ガンガラーの谷の怪異4:キジムナーの女の子

 キジムナーは、キジムン、セーマ、ハンダンミーなど、多くの呼び名を持つ沖縄のあやかしだ。ガジュマルやアコウ、フクギ、栴檀といった古い木に住まうとされている精で、一般的に赤い顔や髪をした子どもの姿をしている。


 キジムナーは悪戯好きで知られていて、赤土を赤飯に見せかけて食べさせたり、普通なら入れないような木の虚に人を閉じ込めたりと、かなりやんちゃなあやかしである。


 同時に、キジムナーに気に入られた家には、幸福が訪れるとも言われている。例えば、沖縄の漁師の家には、必ずといってガジュマルの木が植えられている。なぜなら、キジムナーは、漁を手伝ってくれるあやかしとしても有名だからだ。逆に、キジムナーを怒らせると、様々な不幸が訪れる。場合によっては、命さえ落としてしまうほどの不幸に見舞われるのだ。


 そんなキジムナーだが、彼らは非常に人間に似通った部分がある。

 ――それは、「家族」を形成することだ。




 太陽は既に沈み、空には満天の星が瞬いている。ガジュマルの森の中は暗闇に沈み、光を放つものといえば、夜行性の動物たちの瞳くらいなものだ。様々な虫の声に包まれたそこは、朝がくるのを今か今かと待ち侘び、誰も彼もが息を潜めている。それが森の日常だった。けれど、今日ばかりは森も賑やかに光に溢れていた。


 今日は、キジムナーの女の子、アミの誕生会。

 ガジュマルの森は様々な飾り付けがされ、キジムナーの作り出した鬼火が、至るところに設置されている。南国の花々が地面に撒かれ、辺りには三線の音が響いている。誰もが笑顔を浮かべ、歌い、踊り――アミの特別な日を心から祝っている。


 大樹の真ん前が、メイン会場だ。そこには、主役のアミのための席が設えられていた。頭にハイビスカスで作られた冠を被り、葉っぱで作られたドレスを着た彼女は、みんなから挨拶を受けて微笑んでいる。しかし、言葉を発することはない。何故なら、随分前に風邪を引いてしまったらしく、それ以来、喉が枯れてしまったのだそうだ。


 アミの前には、様々なごちそうが並べられていた。その多くが、沖縄近海で獲れる魚を使ったものだ。私たちもご相伴に預かることになり、ほくほくで珍しい魚たちを使った料理に舌鼓を打つ。用意されていたのは、グルクン(タカサゴ)の唐揚げ、オーバチャー(アオブダイ)の酢味噌和え、大きな魚のアラのマース(塩)煮、チギアギ(さつま揚げ)、それに……イラブーのお汁などだ。


「わー! イラブーって何⁉ オイラ、初めて食べたよ! ヌチっとしてて、シコシコしてて、でも味しなーい!」

「……そ、そうだな」

「あ、でも出汁がとっても美味しいよ。水明も食べてみなよー!」

「いや、やめておく」


 無邪気な笑顔を浮かべたクロが、水明にイラブーのお汁を勧めている。

 イラブー……その正体が、ウミヘビだと知っているらしい水明は、クロからの勧めをさらりと躱している。するとそこに、ひとりのキジムナーが近づいていった。


「ん? イラブー、苦手か? ならこれはどうさー。ほら」

「うわっ‼‼」


 水明は、それを見るなり仰け反った。キジムナーが持ってきたのは、皿に山盛りになった魚の目玉だったのだ。すると、そんな水明を見つけた金目銀目が、ニヤニヤしながら絡みに行った。


「おお、水明。いいなあ、食えよ! ご馳走じゃないか!」

「キジムナーって、魚の右目が大好物なんだよね~。さ、スプーンをどうぞ」

「やめろ、本当にやめろ……‼ じゃあ、お前らが食えよ!」

「「絶対に嫌だ」」


 三人はぎゃあぎゃあ大騒ぎしている。どうも、あまり背の高くない水明は、高身長の双子にコンプレックスを持っているらしく、彼らに対しては態度が冷たい。けれど、あのふたりは水明を「面白い」だの「ツッコミ担当」だのと言って、友だち認定しているものだから、いつもややこしいことになるのだ。


「楽しそうだねえ……」


 大騒ぎしている三人を眺めながら、ひとりでまったりと食事を楽しむ。食事に夢中になっているクロの背後から、口に獲れたてピチピチのウミヘビを咥えたにゃあさんが接近しているから、あちらの方も賑やかになりそうだ。


 するとそこに、先ほどのキジムナーが近寄ってきた。

 彼は、アミの父親なのだそうだ。名前は、クムと言う。

 彼は私の隣に座ると、楽しそうにしているアミを見て言った。


「この後、よろしくお願いしますよ」

「もちろんです。準備万端、整えてきましたからお任せください。娘さんにとって、最高の誕生日になるようにお手伝いさせていただきます」

「……」


 すると、クムはなんだか泣きそうな顔になって、黙り込んでしまった。


「どうしたんです?」

「いや、あの。なんというか……寂しくなってしまって」

「寂しく……?」


 誕生日という、華やかな日にそぐわない表情を浮かべているクムを不思議に思っていると、クムはアミを遠目で見ながら、ぽつぽつと話し始めた。


「あの子は、今日で成人なのさー」

「えっ。今、何歳ですか?」

「五歳かねえ」

「……そんなに早く成人するんですね」

「人間じゃまだまだ若いかもしれないけど、キジムナーじゃこれが普通さ」


 キジムナーはあやかしとしては珍しく、男女の区別があり、家族を形成することで知られている。なんと、人間に嫁いだキジムナーの伝承も残っているらしい。この森に住まうキジムナーの女の子は、成人するとすぐに、嫁ぐための準備を始めるそうだ。


「アミはこの森一番の美人さ。すぐに、嫁ぎ先が決まるだろうねー」


 すると、クムは深く嘆息しながら言った。


「アミは、昔から本が好きで、浜辺に流れ着く本を拾ってきては、大事に大事に読んでたんさ。いつか、あの子にたんまり本を読ませてやりたいって、そう思ってた。成人して、嫁いでしまう前までは……って、ずっと、ずっとさ。でも、人間の本屋になんて行けないし、金も本を買うほどは手に入らない。だから困ってたんさ」


 そんな時のことだ。

 たまたま、沖縄にやってきていた玉樹さんに出会ったのだそうだ。

 玉樹さんは、クムの事情を知ると、私たちを紹介すると言ってくれた。そのおかげで、今ここに私たちはいる。


「父親として、アミに何かしてやりたかった。アミが嫁ぐ前に、思い出に残るものをって。それが叶いそうで嬉しいさ。父親として、娘に特別な贈り物をするのは、格別さ。だけど……この寂しさだけは、どうにもならなくて」


 クムはそう言うと、みんなに囲まれて嬉しそうにしているアミを見つめた。


「あの子は、幸せになるだろうか。あの子は、いい人と家庭を築けるだろうか。……今から思い悩んでも、どうにもならないってわかっていても、悪いことばかり考えてしまうんさ」


 ……ああ、娘さんのことを大切に思っているのだなあ。

 私は、若干の胸の苦しさを感じながら、クムに言った。


「父親の悩みは尽きませんね」


 私がそう言うと、クムは顔をクシャクシャにして笑った。


「ただの親馬鹿さー。母親がいないぶん、良くしてやりたいって欲が強いんさ。だから、本を用意できて本当によかった」


 そして、クムは私をまっすぐに見つめて言った。


「あんたらは、あやかしからしたら、本当に奇跡みたいなもんさー。あやかしが、本を持つのは本当に難しいんだもの」


 そしてクムは語った。

 クムたちあやかしは、日々変わりゆく人間を興味深く思っている。

 隣人が何を思い、考えているのかを知るのに、本は最適だ。しかし、森や山、海なんかに住まうあやかしからすれば、たとえ本を手に入れたとしても、雨風を凌いで長期的に保管すること自体が難しい。


「本当なら、俺らだって本を手元に置いて置きたいさ。でも、ガジュマルと一緒に生きている以上、それは難しいさ」

「はい。だから、私たちは貸本屋なんです。もし、今回のことで気に入ったら、またご連絡をください。お好きな本を貸し出しますから。――読みたい本を、お届けしますから」

「……本当に、ありがとうね」

「いいえ。娘さんへのプレゼントのお手伝いができるのが嬉しいです」


 すると、クムはアミの下へと戻っていった。

 私は、その後ろ姿を見送ると、近くにあった大きな切り株に座った。何となく、東雲さんに会いたくなって、ソワソワする。でも、無理なことはわかっているから、心を落ち着かせようとぼんやりしていると、そこに水明がやってきた。水明は、私の隣に座って言った。


「……営業か」

「水明……。もっと、かっこいい言い方ないの?」

「言葉を飾ったとしても、本質が一緒なら意味がないだろう」

「まあね」

 

 水明は私の隣に座ると、ウミヘビを咥えたにゃあさんに追いかけられているクロと金目銀目を見つめている。どうやら、上手く双子を押し付けてきたらしい。そんな水明の横顔を見ていると、何だかモヤモヤしてきて、思わず愚痴を零す。


「無駄なことしてると思ってる?」


 水明から答えは返ってこない。けれど、私は言葉を続けた。


「南の島までわざわざ本を届けにくるなんて、馬鹿みたいって思う? こんなことしている暇があったら、もっとアルバイトのシフトを増やした方が、生活が楽になるって知ってる。貸本屋で儲けたいと思うなら、もっと宣伝に力を入れた方がいいとも思ってる。でもさ……」


 夜空を見上げると、何だか泣きたい気分になってしまった。


「こじんまりやってる店だからね。宣伝した結果、たくさんのお客さんが来ても、ちゃんと物語を届けられるか自信がないんだ。自分の手が届く範囲で、本を届けたい。紹介して貰ったら、どんなに遠くても行くけどね。駄目かな?」


 そこまで言い終わると、やっと水明がこちらを見てくれた。

 水明は、くすりと柔らかく笑って言った。


「俺は何も言ってないぞ。おしゃべりだな」

「うっ……。そうだっけ⁉」

「そうだ」


 そして、ガジュマルの葉越しに見える星を眺めて、ぽつりと言った。


「――好きにすればいい」


 それだけ言って、立ち上がった。


「……水明!」


 私も、すぐに立ち上がって歩き出した水明の背中に声をかける。

 水明の言葉は、そのままに受け取ると、まるで突き放すような言葉だ。けれど、もっと深い意味があると感じた私は、更に問いかけた。


「私、好きにしてもいいのかなあ⁉」


 すると、水明はこちらを振り返ると――まるで、べっこう飴みたいに甘みを含んだ色の瞳を、うっすらと細めて言った。


「お前がやりたいようにやればいい。俺は、お前が届けた物語で救われた奴を何人も知っているからな」


 そして水明は、にゃあさんに追い詰められた金目銀目の下へと行った。どうやら、助けてやるつもりらしい。


「……」


 私は、ほう、と長く息を吐くと、胸にそっと手を当てた。胸の奥で、トクトクと心臓が早鐘を打っている。それはまるで、頑張れ! と私を応援してくれているようだ。


「よし、頑張ろう!」


 私は気合いを入れ直すと――今回の計画の準備に取り掛かった。


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