タピオカチャレンジ(書籍発売記念SS2)
――現世では、タピオカ入りのドリンクの容器を、胸に置いて飲むのが流行っているらしい。いわゆる、SNS映えというやつだ。
そんなのが流行っていると話していると、たまたまわが家に遊びに来ていた水明とクロは、私を見て鼻で笑った。
「――絶対に、お前には無理だろ」
「だよねぇ。オイラもそう思う! あんまし胸のあるほうじゃないもんね!」
「そんなことないわよ」
カチンときて、言い返す。すると、ふたりは顔を見合わせて、やれやれといった風に首を振った。そして、ふたりきりの世界を作り出して遊びだす。
その様子がまた気に障って、私は半ば自棄になって言った。
「ナナシ! タピオカ粉、うちにあったよね!?」
「あるわよ~。でも、止めておきなさい。傷つくだけだから」
「ナナシまでそういうこと言うわけ!?」
――頭にきた。
これは、絶対に成功させてやる。そんでもって、私の胸の大きさを見くびったことを、後悔させてやるんだから!!
私は、勢いよく立つと、台所に向かった。
「ぐえっ! 踏むなよ、夏織……」
「寝転がって原稿書いている方が悪いでしょ!」
「おい、にゃあ。夏織、どうしたんだ……?」
「放っておきなさい。女には、やらなきゃならない時があるのよ」
「そ、そうなのか?」
台所に立った私の背後で、養父と親友が、そんな会話を交わしていた。
***
「……ふふん。できた」
「うわ。お前、本当に用意したのか」
自力でタピオカミルクティーを用意した私を、水明が呆れかえって見つめている。
透明なプラスチックの容器に、なみなみと入ったミルクティー。それと黒いタピオカ。完璧すぎる。売っている商品と変わらない。私って、天才では?
得意になって、それを手にする。プラスチックの容器は、かなり柔らかい。けれども、底の面積はそれなりにあるから、胸に乗せてもバランスを取るのは難しくないはずだ。
「ねえ、やめときましょうよ……」
「夏織、食い物を粗末にすんじゃねえ」
「……はあ。馬鹿らしい」
ナナシ、東雲さん、にゃあさんが、私を心配そうに見つめている。……若干一名、盛大なため息をついているようだけど。
「うっわあ! すっげー! ほんとにやるのか? ほんとに!?」
クロは、キラキラと目を輝かせて、私を見上げている。
今日もピュアっこは健在だ。みんな、これくらい素直になればいいのに。すると、そんなクロを、ひょいと水明が抱き上げた。
「濡れたらいけないからな。俺の膝の上にいるんだぞ」
「はーい」
……ぐぬぬ!
コイツまで、私が失敗する前提で考えてるな!?
私は顔を顰めると、プラスチックの容器に勢いよくストローを突き刺した。もちろん、タピオカが吸えるように、太い奴だ。
「見てなさいよ。成功したら、後で謝ってもらうんだからね!」
私はじろりとみんなを睨みつけると、おもむろにそれを胸元に持っていった。
――んん?
「……はっはっは。ちょっと難しいね!?」
少々焦りつつ、後ろを向いてゴソゴソとブラの位置を直す。うん、これならきっと大丈夫――そう思って、もう一度チャレンジ。
………………んんん~。
「だから言ったじゃない。傷つくだけよ、やめなさい」
ナナシは、盛大なため息をつくと、夕食の支度をすると言って席を立った。それを皮切りに、水明とクロはまたふたりで遊びだし、東雲さんは原稿を書くためか、自室に戻ろうとする。にゃあさんに至っては、大あくびをして眠ろうとしているではないか!!
「み、みんなちょっと待ってよ!?」
誰もこちらに注目していない状況で、タピオカチャレンジなんてしたってつまらない。
だって私、SNSなんてやってないし!?
しかし、ここで華麗にタピオカチャレンジを成功させたらどうだろう。きっと、みんな私に注目して、褒めてくれるはずだ――。
「見てて! こんなの、簡単なんだから!!」
私は意を決すると、少々頼りない自分の胸にカップを……乗せた!!
***
「うっうっうっうっ……」
「ほら、早く着替えてらっしゃい。シミになっちゃうでしょ」
私は居間のすみっこで膝を抱えると、自分の不甲斐なさを悔やんでいた。
「せめて……せめてCカップあれば!」
「そんな胸のサイズでやろうとした、お前の挑戦心には脱帽だよ」
「うっさい、水明! 胸ぺったんこのくせに!」
「俺は男だぞ、馬鹿め」
水明の冷たい言葉に挫けそうになっていると、東雲さんが慰めてくれた。
「まー……まだ、若いんだし。気にすんな。そのうちでっかくなる」
「そ、そうかなあ……」
「ほれ、なんだ……牛乳とか、キャベツとか……色々あんだろ!?」
「うん。がんばる……」
しょんぼりと肩を落としていると、今まで寝ていたらしいにゃあさんがむくりと起き上がった。そして、ちら、と私を見るととんでもないことを言い放った。
「誰かに揉んでもらえばいいじゃない」
「はっ!?」
――なにを言い出すのだ、友よ!
顔を真っ赤にして動揺していると、にゃあさんは更に爆弾発言を重ねた。
「水明あたりに頼んだら?」
「ぜったいに嫌!!」
「誰が揉むか、馬鹿!!」
水明と同時に叫んで、お互い視線を交わす。
なんというか、拒否されるのもムカつくな!?
じとりと水明を睨みつける。水明はほんのりと頬を染めつつも、憮然とした表情だ。
「まあ、あんたなんかに触れさせないけどね」
「当たり前だ。そうまでして胸が大きくなりたいのか? 見苦しいな」
「……」
「……」
「「……ふんっ!」」
同時にそっぽを向く。そして、私はナナシの夕食の準備を手伝いに行き、水明はクロとの遊びを再開したのだった。
「……ああ、今日も平和だわ」
にゃあさんはそういうと、またその場に丸くなって眠り始めた。
――ある日の幽世の日常。私たちの賑やかな日々は、今日も明日も続いていく。
書籍が、マイクロマガジン社ことのは文庫より本日発売です!
詳細は↓↓↓↓をご覧ください〜!
宜しくお願いします!




