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ふたりの水明(書籍発売記念SS)

マイクロマガジン社、ことのは文庫より書籍が明日発売になります。

それを記念しての更新です~

楽しんでいただけたら幸いです!

 ――一体、どういうことかしら。


 とある、天気のいい昼下がり。私は困惑していた。

 私の目の前には、人物がふたり立っている。彼ら自身も戸惑っているらしい。お互いの様子をちらちらと視線だけで窺っては、あからさまに不機嫌そうに眉を顰めている。


 私は大きく嘆息すると、ふたりに尋ねた。


「あなたの名前を教えてくれる?」


 すると、彼らは不愉快そうにぎゅっと眉を顰めた。そして、ほぼ同時に言った。


「「――俺は、白井水明(しらいすいめい)だ。馬鹿なことを聞くな」」


 まったく同じ顔から発せられた綺麗なユニゾンに、思わず頭を抱えたくなる。

 ……そう、私の目の前には、水明が「ふたり」立っていたのだ。


***


 私の家は、幽世にある貸本屋だ。人間の住む現し世が表ならば、裏に相当するのがこの世界。幽世は、あやかしたちが住む、常夜(とこよ)の世界――そこに住まうのは、異形のあやかしたち。人間とは全く違う常識や、感覚を持ち合わせている彼らだが、実は、人間と同じ様に物語を読むことが大好きだ。そんなあやかしたちに、私たちは現し世から仕入れた本を貸し出して、対価を得ている。それが「貸本屋」。私の養父が経営する店だ。

 しかし、今回のことに貸本業を営んでいることは関係ないと思う。


「東雲……人間って、分裂したりするものだったかしら」

「馬鹿なこと言うな、にゃあ。単細胞生物じゃあるまいし」


 なにせ、ふたりの水明を引き連れて店に戻ったら、そこの主である養父の東雲(しののめ)さんと、猫のあやかしである親友のにゃあさんすら、どういうことか理解できなかったくらいだ。本が引き起こした、摩訶不思議な事件ではないのだろう。


「どうせ、狸か狐かが化けてるんだろ」


 東雲さんの言葉に頷いて、いそいそと居間に入った私たちは、早速ふたりを質問攻めにした。水明と出会ってから今日までのことを聞いていき、わざと細かい質問を混ぜて、偽物ならばすぐにボロ(・・)が出るようにカマをかけた。

――しかし、ふたりはその質問に淀みなく答えてしまったのだ。


「……化け狸の悪戯でもねぇってことか?」

「ドッペルゲンガーってやつかしら」

「それじゃあ、水明が死んじゃうよ」


途方に暮れて黙り込む。そんな私たちを、ふたりの水明は無表情のまま見つめている。どうしようか、と視線だけで東雲さんに問いかけると――予想外の人物が、口火を切った。


「……変だ」


 それは、ふたりのうちのひとりの水明だった。まさか、「増えた」本人が言い出すとは思わず、みんなの視線が彼に集まる。その水明は、何故か私をじっと見つめている。


「ど、どうしたの?」

「……動くな」


 あまりの熱視線に思わず声をかけると、彼はずいと顔を寄せてきた。


 ――近い!!!!


 普段の口の悪さから忘れがちだが、水明の顔は整っている。美少年と言っても差し支えないくらいだ。肌は一切日焼けしておらず、髪色は雪のように白い。薄茶色の瞳の色も相まって、彼を形作る色素が異常なほどに薄い。それが間近に迫っているのだ。彼に特別な感情を持っているわけではない……と、思うのだけれど、顔が熱くなるのは仕方がない。


 それがどうにも耐え難く、私は座ったままずりずりと後退った。けれど、よほど気になることがあるのか、水明は四つん這いになって迫ってくる。あっ、家族の前で何をするの。そんな大胆な――って違う!!


「なにすんの――」


 とうとう限界を超えた私は、蹴飛ばしてやろうと足を構えた。けれどもその瞬間、耳に飛び込んできた言葉に、思わず硬直してしまった。


「おかしいな。小ジワがない。化粧品でも変えたか?」

「――は?」


 思わず、瞬時に姿勢を正し、両手で顔をおさえる。特に乾燥しているわけでもない今日この頃は、シワなんてできるはずがない。両手にはハリのある肌の触感が伝わってきて、小ジワの存在を完全に否定している。というか、そもそも小ジワなんてあるはずがないのだ。


「私、まだ二十歳なのよ!? うら若き女性に、シワだのなんだのって失礼じゃない!?」


 怒りのあまり、水明を突き飛ばす。シワができるには、まだ早い!

すると、ちょうど四つん這いから上半身を起こしていた彼は、勢いよく尻もちをついてしまった。痛みに顔を歪めた彼は、じろりと私を見つめて言った。


「やれやれ。呆れたものだな。とうとうサバを読むようになったのか?」


 その、あまりにもふてぶてしい様子にカチンときた私は、今度は自分が四つん這いになって彼に迫る。――といっても、私がそうしても水明は顔色一つ変えなかったけれど。


「サバってなによ。私は、二十歳。事実を言ったまででしょ?」


 すると、彼は呆れ気味に言った。


「何を馬鹿なことを。前に言っていたじゃないか。――自分は二十二歳だと」

「………………へ?」


 一体、何を言っているのか。じっと彼の薄茶色の瞳を覗き込んでも、どうにも冗談を言っているようには見えない。もしかして、知らぬ間に誕生日を二回迎えていたんだろうか……なんておかしなことを考えつつ、水明をまじまじと見ていると――ふと違和感を覚えて、彼の顔を両手で挟んだ。


「……ぐっ!? ひゃにをする!?」

「んん……??」


 困惑している様子の水明に構わず、顔を寄せて観察する。どうも――変だ。


「お、おい、夏織。なにをしているんだ。そいつの素性もわかっていないんだ。うかつに触れるな」


 すると、もうひとりの水明が注意をしてきた。あまり感情を顕にしないように育ったはずなのに、眉を顰めて、口がへの字になっている。正直、全然感情を隠せていない。明らかに不機嫌な様子だった。


一方、私に両頬を挟まれて、タコみたいな顔になっている水明も、ずいぶんと不機嫌な顔をしていた。しかし、この水明の不機嫌な理由は明白だ。俺に触れるな……そんなオーラが、バンバン出ている。


――うーん。やっぱり、なんか違う。


目を眇めて、ジロジロと遠慮なしに眺める。まるで美術品を鑑定するがごとく、些細なことも見逃さないようにと、真剣な眼差しを注ぐ。するとようやく、違和感の原因に気がついた。


「……あ。喉仏がこっちの水明のほうが出てる。声もちょっぴり低い気がするし、少し痩せてるよね」

「そうなの?」


 すると、黒猫のにゃあさんがトコトコとこちらにやってきた。彼女は、ぐるりと水明の周りを一周して観察すると、「駄目ね。猫だからよくわかんないわ」と、つまらなそうに部屋から出ていってしまった。どうやら、今回の騒動に飽きてしまったらしい。ああ、猫。どこまでも自由な生き物。可愛いから許すけど――なんて思いつつも、私は頭に浮かんだ考えを口にした。


「なんていうのかな、こっちのが大人な感じがするんだよね。私が知っている水明より」


 これは核心をついたのではないかと思って、ドヤ顔でみんなを見る。すると、もうひとりの水明は「何言ってんだコイツ」みたいな顔をしているし、東雲さんに至っては「それはいいから早く離れろ。泣くぞ? ……俺が」なんて涙目になっていて、話を聞いているようには思えなかった。あれ、違ったかと残念に思っていると、盛大なため息が聞こえた。それは、そばにいた水明だった。彼は、私の手を力づくで引き剥がすと、呆れ顔で言った。


「――俺が大人? 当たり前だろう。二十四歳だからな」

「「「は?」」」


 思わず、東雲さん、もうひとりの水明、私の三人の声が揃った。その場にいる誰もが、ぽかんと大人宣言をした水明を見つめている。彼は、そんな視線を向けられる理由がわからないのか、ひとり戸惑っている様子だ。


「な、なんだよ」

「なんだもなにも。君こそなに言ってるのよ」


 私は水明に指を突きつける。そして、自信満々に言った。


「君は十七歳でしょ。馬鹿ね、背伸びしたって大人になれるわけないのに」

「そっちこそ何を言っている。俺が未成年なわけないだろ?」

「いやいやいや。まだ高校生でしょうに」


 ――これで確定した。自分が大人だと言い張るコイツこそが、偽物だ!


 ちらともうひとりの水明と東雲さんに目を遣る。ふたりも表情を固くして、臨戦態勢に入っているようだった。私は、素早く「水明もどき」から距離を取ると、そいつに指を突きつけて言った。


「化けの皮が剥がれたわね。まったく、年齢くらいはリサーチしておくべきだったわね? 水明は未成年よ。それに、そもそも成年している水明を装うなら、その身長をどうにかしなさいよ。彼、毎日牛乳飲んで頑張ってるのよ。二十四歳の君が、同じ身長なわけないでしょ!?」

「…………それは」

 

 私の突きつけた言葉は、彼に多大なダメージを与えたらしい。「水明もどき」は、うつむき加減でモゴモゴと何か言っている。

 

 ――もしかして、観念して正体を自白しているのかな!?


「なになに? 聞こえなかった。もう一回!」

「馬鹿! 夏織、やめろ!」


テンションが上がってきた私は、東雲さんが止めるのも聞かずに、「水明もどき」を煽った。すると、彼はわなわなと唇を震わせると、半ば自棄気味に叫んだ。


「…………た、確かに、毎日牛乳飲んでいたけど。伸びなかったんだ! 言わせるな、馬鹿!!」

「――え」


 ――それは、なんとも赤裸々な告白。


 驚いて、思わず彼を凝視すると、その顔も耳元も薔薇色に染まっている。じわりと汗が滲み、僅かに震えている様は、どうみても冗談で言っているようには見えない。


「身長が伸びなかった……?」


混乱した私は、もうひとりの水明を見た。すると、彼の顔面は恐ろしいほど蒼白になっていた。


 ――これって。


 その時、ある考えが私の中で閃いた。けれども、それはとても恐ろしく、残酷な考え。

 どうやら、東雲さんもその考えに至ったらしく、表情が硬い。しん、と室内が静まり返り、どうすればいいかと動揺していると――そこに、賑やかな声が飛び込んできた。


「お邪魔しま~す! 夏織、夏織! ふふふ、牛肉が安く手に入ったから、買っちゃった~。今日はすき焼きにましょうよ~! ……って、あら?」


 それは薬屋のナナシだ。頭から牛の角を生やし、額から第三の目を覗かせている、一見美女に見えるおっさんは、私たちが固まっているのに気がつくと、困惑したように首を傾げた。


「……牛肉、嫌いだったかしら?」

「いや、むしろ好きだけど!!」

「じゃあ、どうして黙っているのよ。変な子ね」

「だってこの状況をどう説明すればいいかって思ったら、固まるでしょ……?」

「なにが?」

「だから、水明がふたりもいるってこと!!」


 すると、ナナシは室内をキョロキョロと見回すと、小さく噴き出した。そして、手をひらひらと振って言った。


「何、馬鹿なこと言っているのよ。水明がふたりもいるはずないでしょ」

「え……?」


 驚いて、先程まで「水明もどき」がいたところを見る。

 すると、先程まで自分は大人だと言い張っていた彼の姿は、まるで煙のように消え去っていたのだった。


 


「水明分身事件」から数日。あれから、ずっとモヤモヤしたものが心の中で渦巻いていた。


あれは――未来からやってきた水明だったのではないか。


だからこそ、私たちが仕掛けた質問に淀みなく答えることができたし、二十四歳であると主張し、少し大人びてもいた。

けれども、疑問もある。私を二十二歳だと言ったことだ。私は、水明の三つ年上だ。水明のほうが年上だなんて、おかしな話だ。


「別の世界線から来た水明だったりして」


 そう言ったのは、ナナシだったか。パラレルワールドから来た水明。それは小説の設定としては面白いかも知れないけれど、事実として捉えるには少々難しい。

だから私は、あれは夢だったのだと思うことにした。


「そもそも、二十二で小ジワって意味わかんないもの。ははは、きっと疲れてたのよ」


 ここは幽世。現し世とは違って、摩訶不思議なことが日常で起こる場所だ。だから、気にすることなんて、なにもない。ちょっぴり奮発した、新しい化粧水を肌に馴染ませながらぼやく。……うん、やっぱりプチプラに比べると、浸透率が違う。


 するとその時、寝間着に着替えた水明が、いそいそと階段を上がろうとしているのに気がついた。


「あれ、水明。もう寝るの?」

「ああ」


 時計を見ると、まだ二十二時だ。いささか早すぎはしないか。けれども、私はハッとして、それを口にするのをやめた。そう言えば、先日仕入れた雑誌に書いてあった気がする。早寝早起きをすると、成長ホルモンの分泌が促されるらしい。


「……水明、良い眠りを! 身長、伸びたらいいね!」

「うるさい」


 親指を立てて、最高に不機嫌そうな水明を見送る。明日は、カルシウム増量の牛乳を買ってきてあげよう。そんな風に思いを巡らせながら、ふと窓の外を見上げた。


 幽世の空は、相変わらず不思議な色合いを醸し出している。


「ま、たまにはこういうこともあるかな」


 摩訶不思議なこともあるけれど、ここが私たちの居場所なのだ。

私は、今度は乳液に手を伸ばすと、手のひらに広げて、念入りにお手入れを始めたのだった。



消えた水明=ウェブ版の水明(24歳)

居残っている水明=小説版の水明(17歳)

というオチでございましたw


書籍、どうぞよろしくお願いします~!

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