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エピローグ あやかし世界に生きている

 真っ白な炊きたてご飯を、米粒を潰さないように優しく握って、具材は定番のものを入れる。昆布の佃煮に、鮭に明太子に梅干し。それに、変わり種をひとつ。



「うおおおお!! うめえ……!! 唐揚げと玉子焼きが入ってる!」

「美味しいでしょう! ぐうたらな東雲さんのために開発した、おかず入りのおにぎり!」

「オイラ、こんなに美味しいの初めて食べたよおおおお!」

「こら、クロ。急いで食べると、喉に詰まる……ああっ! 毛に米粒が!」



 お皿に顔を突っ込んでがっつくクロを、隣で水明が甲斐甲斐しく世話を焼いている。

 私はそんなふたりにお味噌汁を出しながら、小さく笑った。


 ――水明とクロの活躍によって、絡新婦は捕獲された。


 他のあやかしに比べると、凶暴性が強い絡新婦は放っておくとまた誰かに害を加えかねない。隠世には警察なんてものはないから、こういう状況の時は個々人が対処するしかないのだけれど、絡新婦が私に害を為そうとしたことが周囲に知れると、うちの店の強面の常連さんたちがどこかに連れて行ってしまった。


 流石に、生命を獲るとまではいかない……と信じたいけれど、海座頭がすごく怖い顔をしていたので、どうなることやら。



「……あんまり、怖いことしないで欲しいけれど」

「まあ、大丈夫だろう。暫く、人間なんてみたくなくなるくらいには、懲らしめてくれるようには頼んで置いたけどな」

「……」



 東雲さんは静かに怒っている。こういう時は黙っておくに限る。私は、ずず、と茗荷の味噌汁を飲み込むと、ご機嫌のナナシを見つめた。



「うっふふふー! 絡新婦の銀糸! 中々レアなのよ〜! いっぱい手に入ったから、反物にしましょう、そうしましょう!」



 ナナシはそう言うと、ちゃぶ台の上に頬杖を着いて、仲良くご飯を食べている水明とクロを眺めた。そして何かを思いついたのか、いきなりぽん、と手を叩くと、こんなことを言い出した。



「そうそう、あんたたち。これから一緒にいるんでしょう? なら、うちに来なさいよ! この家じゃあ、クロちゃんまで一緒だと手狭でしょう。それに、水明ちゃんは薬にも造詣が深いでしょう? 手伝ってくれると嬉しいわあ。夏は馬鹿が暴れることが多いから、薬屋も忙しいのよ」



 すると、水明はちらりと私の方を見た。

 確かに、水明が今使っているのは、我が家の客間だ。そこは、普段は遠方から来る客が使用している部屋なので、これから来客が来たら困るのは確かだ。


 私が笑顔で頷くと、水明はクロと顔を見合わせて笑った。



「わー! オイラたち、これからそこの……ええと、おばちゃんのとこに世話になるのか!」



 すると、クロが放った無邪気な言葉が、場を凍りつかせた。


 ――ひえええ、ナナシの顔が般若のように!



「……へへへ、無知っちゅうのは恐ろしいもんだぜ……!!」

「辛子を傷に塗りたくられる前に、前言撤回した方がいいよ」



 金目銀目は、ふたりとも顔を真っ青にしてクロに忠告している。そんなふたりに、クロはこてんと首を傾げると、「……じゃあ」と口を開いた。



「――おねえちゃん?」

「ああん、もう! 可愛いわあ……!! 私、今日からこの子の母になるう!」



 どうやら「おねえちゃん」はナナシの琴線に触れたらしい。クロを力いっぱい抱きしめたナナシは、その小さな顔に頬ずりしている。


 ……ピュアっ子の威力……!!


 私がその威力に恐れ慄いていると、水明がぼうっとそれを眺めているのに気がついた。

 疲れが出てきたのだろうか。無表情でクロを見つめる様は、初めて会った時のようだ。



『――お前には、世話になりっぱなしだな』



 その瞬間、先程の水明の笑顔が脳裏に浮かんできて、瞬間湯沸器のように顔が熱くなってしまった。

 堪らず頬を両手で押さえる。心臓がバクバクして、どうにも落ち着かない。


 ……わ、私、どうしたんだろ?


 自分の変化に戸惑いつつも、また水明を見る。すると、ばっちりと薄茶色の瞳と目が合ってしまった。



「……なあ、夏織」

「な、何かな!?」



 ……だあああ! 声が裏返った!


 私がひとり焦っていると、水明がポツリと呟いた。



「クロって、最高に可愛いよな」

「――は?」



 すると水明は、デレデレと顔を緩めて、クロの可愛さについて熱く語りだした。



「あの黒い毛並みに、ちっちゃい後頭部。それに、あの長い胴に短いあんよ!」

「……あんよ」

「するするーって撫でると、とっても気持ちいいんだぜ。それに、待てもちゃんと出来るんだ。大好きなビーフジャーキーも、ちゃんと『待て』出来るんだ。ああ、あいつ天才だよな……」

「……天才」



 その瞬間、私の中からさーっと何かが引いて行ったのがわかった。

 私が若干遠い目をしているのにも関わらず、水明は熱っぽくクロの魅力について語っている。


 ……まったく。


 私は若干呆れながらも、そんな水明が嬉しくあった。

 彼の表情には、もう暗い影は見えない。悲壮な顔で、「迷っている」と言っていた面影はもうどこにもない。きっと、水明とクロはこれからふたりで新しい道を歩いていくのだろう。色々とこれからあるとは思うけれど、ふたりなら乗り越えられるに違いない。


 すると、にゃあさんが私の膝の上に乗ってきた。

 そして徐に私に撫でろと要求すると、ぽつりと呟いた。



「ああ……水明がいなくなったら、食卓が寂しくなるわね」

「え?」



 意味がわからず首を傾げると、にゃあさんは呆れたように言った。



「馬鹿ね。水明が出ていくってことは、家賃ももらえなくなるってことよ。この上等なお米ともお別れね。儚かったわ……」

「あっ」

「まあ、前は安いお米でも平気だったんだもの。元に戻るだけよね」



 ――す、すっかり忘れてた……!!


 私は光り輝く極上のお米を見つめて、愕然とした。

 そして勢いよく隣を振り向くと、涙ながらに懇願した。



「すすすす、水明……! あと二ヶ月でいいから、うちにいて!」



 けれども、その願いはあっけなく却下されてしまった。



「なんでだ。俺は薬屋でクロと暮らすんだ」

「ええと、ええと……ほら、ちょっとの間、クロだけ薬屋に……」

「そんなの耐えられる訳ないだろう、ふざけているのか。それに、これからは昔のように収入があるわけでないしな。節約しなければならない。現世の俺の名義の財産は、全部現金化するつもりではあるが。……白井家の奴ら、きっと真っ青になるに違いない。そもそも、犬神がいなくなった時点で、没落が確定しているわけだが」



 すると、水明はにやりと邪悪な笑みを浮かべて言った。



「犬神が去った家は、悲惨な末路を辿るらしいぞ。……ざまあみろだ」

「黒い……!!」



 実は、水明はお腹が真っ黒だった……!?


 私がブルブルと震えていると、肩を誰かがぽんと叩いた。それは東雲さんで、彼は生ぬるい笑顔を浮かべてグッと親指を突き立てて言った。



「親子ふたり、頑張って行こうぜ……!!」

「元はと言えば、東雲さんがちゃんとお金を貰って本を貸せば、私が出稼ぎする必要もないんだからね!?」



 私は、とうとう堪り兼ねて東雲さんに掴みかかった。


 東雲さんは驚いたように、ぴょんと立ち上がると、笑いながら狭い居間を走り回る。

 銀目は、私と東雲さんの追いかけっこを楽しそうに囃し立てているし、金目は冷静にお茶を飲んでいる。水明は、ぽうっとクロをご満悦で眺めているし、クロはナナシの猛攻から逃げようと暴れている。



「もう! 東雲さんの馬鹿!」

「わははー! そんなんじゃ、嫁の貰い手がねえぞ!」

「うるっさい!!」



 ――今日も、我が家は大騒ぎだ。


 ああ、日常が戻ってきた。そんな風に思いながら、ふと窓の外を見ると、いつもの見慣れた光景が飛び込んで来た。


 隠世は常夜の世界。

 虹色に輝く星空を、幻光蝶が今日も舞い飛んでいる。

 あやかしどもが跋扈する、異形揃いの不思議な世界。一見すると、とても恐ろしいように思えるそこには、優しくて恐ろしい住民たちが住んでいる。


 私にとってここは、何処よりも優しい世界。私の居場所。それはこれからもずっと変わらない。

 人間なのに、あやかしに育てられた私は――今日もこの世界で生きている。

第一章、これにて完結となります。

次章再開まで、少々お待ち下さい〜。

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