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プロローグ

最終章です。どうぞ最後までお付き合いください~!

 幽世の町から離れた小さな丘で、満天の星を仰ぎながら父と語り合った日々を想う。


 当時、まだ幼い私の世界はほどよく狭かった。なにも知らないが故に、なんにでもなれるような気がしていたし、隣で笑う養父は物語のヒーローよりも強くてかっこよかった。


 そんな私が胸に抱いていた願い――。

大好きな養父の〝本当の娘〟になること。


 血が繋がっていない事実がなによりも怖かった。

 ある日突然、見知らぬ〝本当の親〟に引き渡されるのではないかと怯えていた。

 隣で笑う温かな人から離されることが嫌で。心から嫌で……。


 どんなに努力したって〝本当の娘〟になれない現実からひたすら目を逸らしていた。


 本当に子どもだったなあと思う。

 東雲さんが私を捨てるはずなんてないのにね。


 でも、当時の私からすれば死活問題だったのだ。なんとかして東雲さんを自分のそばに引き留めて置きたくて「なりたいものを見つけたら、手伝ってあげるね」と意気込んで話したのを覚えている。


『もしも、俺になにかなりたいもんが見つかったら、そん時はよろしくな』


 私の言葉に、東雲さんはじんわり目を潤ませて笑ってくれた。

 目尻に皺をいっぱい作って、照れ隠しに無精髭をしょりしょり撫でる。

 怒るとものすごく怖い養父の、少年のような幼さが交じったはにかみ笑い。

 あの表情は、今でも私の脳裏に焼き付いている。


――いつか、東雲さんが私にくれたのと同じだけのものを返せるのだろうか。


私は、東雲さんが長い時間をかけて育てるだけの価値がある存在だったのか。

それは、誰しもが抱える〝子〟としての葛藤。


――ねえ、東雲さん。私は、あなたの期待通りに育てたでしょうか。


わからない。

 なにもわからないまま……とうとう、この日を迎えてしまった。




 さあ、と柔らかな風が頬を撫でていく。

 幽世の空は柔らかな碧色に彩られていた。星々がまたたく空の下には、丘いちめんを覆うネモフィラ。風が吹くたびに花々が海原のようにうねって、葉や花弁が擦れる音がざあざあと波音のように鼓膜を震わせた。花々の間を進むのは、蝶入りの提灯を持ったあやかしたちだ。人に似た姿を持つ者も、獣らしさを残したままの者も、そろって黒い衣をまとっている。彼らが目指すのは丘の頂上。ゆっくり、ゆっくりと、朧気な灯火が列を成してゆらゆら花の海を進む。


 美しい景色だ。

妖しくも幻想的で、時間を忘れて見入ってしまいそうになる。

 絶対に現し世では見られない……幽世だからこその光景。

 およそ現実とは思えず、創りものだと言われた方がよほど納得できる。


 だのに、これは私にとってまぎれもない現実で……。


瞬間、つきんと胸が痛んだ。

 大きく息を吸って、吐く。ギュッと奥歯を噛みしめ、俯かないように必死に堪えた。


――この眺めを、私はきっと一生忘れないだろう。


「……夏織!」


 声をかけられ、ハッと後ろを振り返る。

 東雲さんとナナシの姿を見つけて、じんわりと涙腺が熱を持ったのがわかった。

 でも、まだ泣くわけにはいかない。


 笑みを顔に貼りつければ、東雲さんの表情がますます困惑に彩られる。

私が無理をしていることなんて、東雲さんにはきっとバレているのだろう。養父に嘘をつけるなんて思っていない。でも……あと少しだけ。私の本心は隠しておこう。


「来てくれてありがと。びっくりした?」

「……どういうことだ。説明しろ」


 不機嫌さを押し隠しもしない養父に苦笑しつつ、衣を翻して歩き出す。

 穢れなき純白の衣を着た私が、青い花畑の中を進んでいく。闇夜に差し込む冴え冴えとした月光のような白色は、ネモフィラの青に映えていることだろう。


そして、今日という日にいたるまでの日々に想いを馳せた。


 去年の秋。

 かさり、かさかさと乾いた葉が囁き声をあげる……肌寒い季節。

 すべては、一見すると変わりばえがないように思える日常から始まった。

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