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二ツ岩の出家狸5

 団三郎狸には大勢の配下がいるが、その中でも四天王と呼ばれる狸がいる。

 その中のひとり、(せき)寒戸(さぶと)と呼ばれる狸が団三郎狸の妻だ。

 あくる日のこと。『女をやめる』という団三郎狸の言葉が気になった俺は、クロと共に寒戸のもとへと向かった。


 ちなみに、双子とは別行動だ。

 勝負はすでに始まっている。アイツらはアイツらで、独自に調査をするようだ。

 寒戸神社を奥に進むと、お堂へ続く道を守るかのように、蛇のようにうねる杉の大樹がある。巨木を潜った先、そこに寒戸の棲み家とされる洞穴があった。


「団三郎のことでございますか」


 四天王と呼ばれているものだから、どれだけの女傑だろうかと覚悟していたのだが、意外にも寒戸は普通の狸のようだった。


「五年ほど前より、信心の道をゆくと宣言しまして。それからは清廉潔白を信条に生きているようでございます。極楽浄土へ行くためには、あらゆる煩悩を捨て去るべきだと言って、私のもとへも滅多に寄りつきません」

「……それは、なんというか」


 やはり、寒戸は捨てられたのだろうか。

 そんな考えが過って口を閉ざせば、寒戸はふるふると首を振って否定した。


「お気遣いは結構です。あの人とは長い付き合いでございます。思いつきで変なことを仕出かすのはいつものこと。前は、すっかり以前より活気がなくなった人の町を見かね、金山を復活させてやるんだと、ひとり山に籠もったこともございました」

「なんとも思いきりのいい狸だな……?」

「それを人は情に厚いと呼ぶのです。私からすれば、ただの考えなしの大馬鹿ですが」

「苦労しているんだな」

「まあ、惚れた弱みという奴でございます。今は、団三郎との子も独り立ちいたしました。アレがどうひとりよがりに暴走しようとも、それほど問題ではございませんから」

「そ、そうか……」


 長年連れ添うと、これほどの境地に達するのだろうか……。

 あまりにもどっしり構えている寒戸に驚きつつ、重ねて質問をする。


「五年前だが、その頃になにか特別なことはあったか?」

「そうでございますね。確か……大雨がございました。狸の棲み家が多く流されまして、団三郎も救助にあちこち駆けつけていたかと思います。あの頃から奇行が目立つように」


 大雨……その時、なにかがあったのだろうか。

 ちらりと澄まし顔の寒戸を見る。俺は意を決して訊ねた。


「俺は……団三郎狸はなにかを隠していると踏んでいる。会ったばかりの、それも人間の若造がなにを言っていると思うかもしれないが、団三郎狸の〝秘めごと〟について、もし心当たりがあるなら教えてほしい」

「…………」


 なにかを考え込むかのように、寒戸はゆっくりと目を閉じた。

 さわさわと葉擦れの音が満ちている。木漏れ日に照らされた寒戸が再び口を開くのを、緊張しながら待っていれば、おもむろに目を開けた彼女はまっすぐに俺を見た。


「昔から――団三郎は地獄や死後の世界を畏れておりました。なぜなら、死後に受ける罰について、頻繁に耳にしていたからです。かつて金の産地として賑わっていた佐渡島には、大勢の修験者がおりました。団三郎は、人々が仏にすがり、教えを請う様をつぶさに見つめ、罪を犯した人が受ける処罰の話に耳を傾けて参りました……」


 首をゆっくりと横に振る。


「罪を犯せば罰せられる。それは人間の世界の理。ですが、あまりにも人間に近い場所に棲み、彼らと共にあった団三郎にはそう思えなかったようです」

「まさか、自分も死後は罰せられるのではないかと……?」

「そう考えたようですよ。罪を軽くしようと、いろいろ試しておりました。担保なしに人間へ金を貸してみたり、闇夜に紛れて道案内をしてみたり。金山を掘り当てようと決心したりしたのもそのためです。五年前からは、更にその行動が顕著になりました」


 ――それが団三郎狸の〝奇行〟の正体か!


 あやかしの癖に、人間のように死後へ怯える団三郎狸。

 いずれは転生できる。戻ってくるのだからと、死を厭わない幽世の住民とは全然違う。


「地獄は人のためのものだ。団三郎狸も知らないわけじゃないだろうに」

「ええ。ですが、誰がなにを言っても耳を貸す様子はありません」


 価値観、そして信条というものは、育った場所や環境で培われるものだ。

 佐渡島で生まれ育った団三郎狸には、体の芯まで、修験者たちが語り継いで来た教えが染みついているのだろう。だからこそ、これほどまで懸命になる。

 しかし、どうにも腑に落ちない。どう考えても行動が極端すぎる。


「己を律し、罪を濯ごうとすること自体は悪いことではないと思う。しかし、妻であるお前を〝捨てる〟と言い放ったのは納得いかない。愛し合い、子をなした相手だろう。なによりも大切にするべき相手だ! なぜ、そうやって割り切れる……?」


 怒りを露わにして言えば、寒戸がクスクスと楽しげに笑った。


「ふふふ……。真摯なお方。きっと、あなたに好かれた人は幸せでしょうね」

「なっ……!」


 思わず顔を赤らめれば、寒戸はにこりと穏やかに目を細めた。


「ですが、あなたの言う通りでございます。あれは少々怯えすぎている」


 寒戸ははっきり断言すると、俺に向かって頭を下げた。


「お願いでございます。恐らく――五年前。夫は、なりふり構わず仏へ縋るほかないほどの、大きな、大きな罪を犯したのでしょう。きっと、夜も不安で仕方がないに違いありません。どうか、どうか……夫の〝秘めごと〟を暴き――目を覚ませてやっておくんなまし」




 寒戸と別れ、神社の敷地外へ出た。


「水明……?」


 寒戸とのやりとりを隠れて見守っていたクロは、不安げに俺を見つめている。

 そんな中、俺はひとり思案に暮れていた。頭の中を占めているのは寒戸とした話だ。


 ――地獄での裁きをなによりも畏れている団三郎狸。


 なりふり構わずに行動を起こすくらいには〝罪への恐怖〟が強い。

 彼の一見奇妙に見える行動は、すべては罪を軽くしたいという想いからくるものだ。

 無担保で金を貸し、人の道案内をし、愛する妻を捨て、滅茶苦茶な経をあげる。


「だが、あの石の塔はなんだ? どうして、団三郎狸はあんなことをしている?」


 お堂の前に作られていた、平べったい石を重ねた石塔。

 あれも罪を逃れるための行為だとしたら、一体どんな意味を持っているのか。

 団三郎狸が変わった五年前。その時の大雨にも原因があるはずだ。


 ――駄目だ。なにか、最後のピースが足りていない気がする。


 いったん息抜きをしようと伸びをする。


「なんだ……?」


 その時、やたら周囲が騒がしいことに気がついた。

 聞こえてくるのは烏の鳴き声。辺りを見回せば、上空で大量の烏たちが群れているのがわかった。尋常じゃない数だ。青い空がそこだけ黒く塗りつぶされ、烏の鳴き声以外が聞こえなくなるくらいには、けたたましい鳴き声を上げている。


「――よお、水明! 首尾はどうだ!」


 すると、頭上から聞き慣れた声が降ってきた。

 すとんと目の前に降り立ったのは烏天狗の双子だ。瞬間、集まっていた烏たちが散開していった。さすがは烏天狗。どうやら、あれだけの数の烏を従えていたらしい。


「お前たちか。一応、情報収集は進んでいるつもりだ」

「へえ? そうか、そうか。情報収集ねえ……」


 銀目はソワソワと落ち着きのない様子で、チラッチラッと俺に視線をよこしてくる。

 ――言いたいことがあるらしい。俺に聞いて欲しいんだろうな。めんどくさい奴。

 なんとなく素直に聞きたくない。むっつりと黙り込めば、金目が楽しげに言った。


「水明、僕たちは決定的な証拠を見つけたよ~」

「あっ! 勝手に言うなよ、金目ぇ!」

「ごめんごめん。でも水明だよ? 銀目の下手くそな誘いには絶対に乗らないって」


 さらりと辛辣なことを言い放った金目に、銀目は不貞腐れた様子だった。


 ――まったく。仕方ないな……。


「証拠とはその毛玉か?」


 仕方なしに銀目が抱きかかえているそれを指差してやれば、パッと彼の表情が輝いた。

 銀目の腕には一匹の狸が抱かれていた。正直なところ、気になってはいたのだ。


「そうなんだよ~。島中の烏に命じて調べさせたんだぜ。普段、団三郎狸がなにしてんのかとか、よく行くところとか……。そんでわかったことがある。おい、顔を見せろよ」


 銀目が声をかければ、先ほど会った寒戸よりも更に一回り小さい狸が顔を上げた。


「は、初めまして。私は、髙橋おろくと申します……」


 どこか怯えた様子のおろくに眉を顰めれば、銀目はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「なあ、水明。狸は一夫一妻なんだってな。知ってたか?」

「ああ……知っている」

「話が早くて助かるな。団三郎狸の嫁は関の寒戸だ。お互いの社同士が、洞穴で繋がっているくらいには仲がいい」

「そうらしいな。さっき会ってきたが肝の据わった雌だった。長年連れ添っているだけあって、夫の奇行にも慣れた様子だったな。ここ最近、会っていないようだったが」

「へえ……やっぱり、古女房よりも若くて可愛い雌のがいいのかね?」

「なんだって?」


 意外な言葉に思わず聞き返せば、銀目はどこか嬉しそうに言った。


「実はな、コイツの棲み家は大野川にかかる髙橋って橋のたもとだ。そこへ毎日、毎日、団三郎狸はわざわざお経をあげに行ってんだよな」

「あの、滅茶苦茶な?」

「そうだぜ。それはそれは熱心らしい」

「……ふうん」


 冷静な様子を装いながらも、実のところ俺は少し興奮していた。


 ――橋。大野川。たもとにある棲み家。おろく。そして……団三郎狸が犯した大きな罪。


 足りなかったピースが嵌まっていく感覚がする。

 俺はどこか自慢げな銀目を見つめると、最後の確認のために問いを投げかけた。


「つまりは……その雌狸は団三郎狸の不倫相手ということでいいのか?」


 途端、銀目の顔が今までにないほどに輝いた。くしくしと得意げに鼻の下を擦る。


「――ああ! そうだぜ。団三郎狸のあの妙な様子は、不倫を隠すための偽装工作だ!」


 銀目はニッカリ笑って、俺を指差した。


「これでこの勝負は俺の勝ち……って、聞いてるか? 水明~」


 情けない声を出した銀目を無視して、俺はおろくをじっと見つめた。


「ヒッ……」


 小さく悲鳴をあげた彼女の耳もとに顔を近づけ、ボソボソと小声で訊ねる。


「……っ!」


 それを聞いた瞬間、おろくはパッと勢いよく顔を上げた。

 コクコクと頷き、つぶらな瞳に涙を滲ませている。


「やっぱりそうか」


 ――すべてが繋がった。

 満足げに頷けば、銀目が最高に不機嫌そうな顔をしているのに気がついた。


「どうした?」

「どうしたもこうしたも。俺の推理にちっとも驚かねえし、なんかコソコソやってっし! なんだよ……もっと、ウワーッとか言えよ」

「子どもみたいなことを……」

「ウッ。うるせえな、ワクワクしてたんだよ! 驚くだろうな~って」


 がっくりと肩を落とした銀目は、弱りきったような顔になって言った。


「ちえっ。お前が驚かねえってことは、俺の推理は外れてたってことか……」

「……? なんだ、ずいぶんと諦めるのが早いな」

「俺は頭脳担当じゃねえんだよ! なら、水明が考えたのが正しいに決まってる」


 きっぱり言い切られて、思わず目を瞬く。


「……俺の考えているものも、的外れかもしれないと思わないのか?」

「なに言ってんだよ。お前が間違うわけねえだろ。だって水明だぜ?」

「お前なあ。どれだけ俺のことを信用してるんだ……」


 思わず苦い笑みをこぼせば、銀目は複雑そうな顔で頭を掻いた。


「そりゃあ夏織が好きな相手だからな。できる奴じゃないと困る」

「…………。なんだって?」


 ――銀目が、夏織の気持ちに気がついていた?


 虚を突かれて言葉を失う。銀目はくるりと俺に背を向けた。


「お前の気持ちには気づかなかったけどよ、俺は……ずっとずっと夏織を見てきたんだぜ。アイツの目が誰を追ってるかくらい、すぐに気づいたさ」


 その言葉に堪らず息を呑んだ。心なしか、銀目の背中が小さく見える。


「お前が夏織のことを好きだってわかった時、勝てねえって思ったんだ。だって、お互いに想い合ってんだぜ。俺の入り込む余地はねえ。負けた! って思った」


 ボリボリと頭を掻く。顔だけをこちらに向けた銀目は、弱々しい声で言った。


「今回の勝負は、最後の悪あがきだったんだ。でも――これも負けちまった。結果を見るまでもねえ。水明、お前の勝ちでいいや……」


 ヒラヒラと手を振って、ゆっくりと歩き出す。

 どうやら、夏織を俺に譲るという意思表示らしい――。


 俺はその背中にズカズカと近寄ると、容赦なく肩を鷲掴みにした。


「なにをかっこよく去ろうとしているんだ、馬鹿め」


 ピタリと歩みを止めた銀目へ、少し迷いながら口を開く。


「悪い。抜け駆けをするなと言われていたのに」


 クッと顔を上げる。心臓が早鐘を打っている。どう言えばいいかなんてわからない。

 でも、ここは自分の気持ちをはっきりと言葉にするべきだと思った。


 ――夏織も大切だ。だが、この能天気な烏天狗も、俺にとっては大切なアレだから。


 だから俺は、銀目の背中へ向かって言った。


「お前を傷つけてしまった。だが――同じ人を好きになれたことを誇りに思う」


 そして幽世へ来た当時、銀目に言われた言葉をそっくりそのまま返した。


「なあ銀目。夏織は……〝いい女〟だな? 〝あんなにいい女、他にいない〟」


 すると、銀目が小刻みに震え始めた。


「あっ……当たり前だろ。かっ、夏織はいい女だ。俺が惚れた女だからな」


 ノロノロと振り向く。銀目の顔は涙と鼻水でグチャグチャだった。


「――すごい顔だ」

「わざわざ口に出すな、バーカ。……情けなくて死にたくなる」

「死ぬのか? それは困るな」


 じっと見つめれば、銀目は小さくしゃっくりして――笑みをこぼした。


「あ~あ。お前には勝てねえや……」


 銀目の中でなにかが決着したらしい。裾でゴシゴシと顔を擦ったかと思うと、勢いよく拳を天に向かって突き上げる。そして、俺には到底理解できないことを言い出した。


「よっしゃ! 仕方ねえな。今世は諦めるか!」

「……はあ?」


 思わず変な顔をして首を傾げれば、銀目はどこか得意げに鼻を擦る。


「なんたって俺はあやかしだからな。人間みたいに生き急ぐ必要はねえ。次を待てるくらいには永く生きられる。だから今世の夏織はお前にやる。だが来世のアイツは俺のもんだ!」

「…………。また、変なことを……。夏織はものじゃないぞ」

「そんなことわかってんよ。もちろん、無理矢理ものにするなんてことはしねえ。夏織が転生するまできっちり男を磨いて、来世で生まれ変わったアイツを心の底から惚れさせてみせる。へへっ……明日からまた修行の日々だぜ。やってやる!」


 あやかしらしい結論だ。むしろ、あやかしでなければできない考えとも言える。

 しかし、好きな相手が転生してくるまで待ち続けるなんて……人間の俺には想像もつかないほど、苦しいことなのではないかとも思う。


「……いいのか、それで」


 確認のために訊ねれば、銀目はニッと笑って頷いた。


「いいんだ。いつか来る日を信じて、俺はずっと待っていられる」


 ――本当に夏織のことが好きなんだな……。


 俺は小さく苦笑をこぼした。銀目を心底惚れさせてしまった夏織に感心すると同時に、なんとも言えない複雑な感情がこみ上げてくる。しかし、本人が決意したのであれば仕方がない。俺はやるべきことを確実に成し遂げていくだけだ。


「よし、わかった。じゃあ、団三郎狸の説得に付き合え」

「――は?」


 キョトン、と口を半開きにした銀目に畳みかけるように言う。


「必要な情報はすべて揃ったように思う。後は、奴の〝秘めごと〟を突き止めるだけなんだが、普通にやっただけでは逃げられてしまいそうでな。そうなっては元も子もない。せっかく烏天狗のお前たちがいるんだから、少し捻った解決方法もいいかと思うんだが」


 一息で考えを吐き出せば、硬直していた銀目が途端に噴き出した。


「アッハハハハハ! なんだそれ。お前っ……!」

「な……なんだ。なんで笑うんだ」

「……いや? なんかこう、水明ってわがままで可愛いよなあって」

「気持ち悪いことを言うのはやめろ」

「だあってよお! 失恋したばっかの恋のライバルに手伝えとか言うか!? 普通!!」

「言わないのか……!?」

「言わねえよ! ここは友人関係が続けられるか不安だ……とか思うとこだろ! 来世でいいとは言ったが、傷ついてねえとは言ってない。こう見えて落ち込んでんだぞ!」


 思わず首を傾げる。数瞬、言われたことを脳内で咀嚼して……再び首を傾げた。


「銀目は……もう、俺の友人を辞めたのか? 勝手だな」

「勝手って……はあ!?」

「あれだけしつこく言っていた癖に」


 ――いつもいつも騒がしくて、無理矢理、馬鹿みたいなことに連れ回されて。


 最初はうんざりしていた。生きるだけで精一杯で、まるで余裕がなかったからだ。放って置いて欲しかった。でも、周りが良く見えるようになった今は、それを楽しく思っている自分がいる。銀目と金目は――多分、いや……紛れもなく。


「……友だちなんだろ? 付き合えよ」


 無性に恥ずかしい。思わず俯けば、なぜか銀目が唸りながらしゃがみ込んでしまった。


「どうした? 腹でも下したか」

「う、うううううっ、うるせえ! 放って置いてくれ!」


 なぜか銀目の耳が真っ赤だ。一体どうしたのだろう……。


「相変わらず、水明は殺し文句が上手いよね~。そういうとこ夏織にそっくり」


 すると、ひょっこり金目が割り込んできた。


「まあまあ! 友だち問題は置いておいて、まずは作戦を詳しく聞かせてよ。勝負云々は別にして、夏織のためにも失敗するわけにはいかないんだし」


 そして俺の耳もとに顔を寄せると、普段よりも低い声で言った。


「弟から好きな人を奪ったんだ。きっちり仕事してくれるんだろ? 水明」


 厳冬のごとく冷え切った声。ひやりとしながら苦笑を浮かべる。


「本当に、お前は怖い兄だな」


 ポーチを手で探り、一冊の本を取り出す。

 それは夏織から借りた小林八雲の『怪談・奇談』だ。


「実は――この間、夏織から面白い本を借りてな。この中に〝天狗の話〟という物語がある。今回の件におあつらえ向きだと思うんだが――」


 俺の言葉に、双子は好奇心いっぱいにその目を輝かせたのだった。

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