第7話 女王
「そっちに行ったぞ! 二手に分かれて捕らえろ!」
男達の怒声が聞こえる。
「捕まったら殺される……!」
銀髪の女性は近くに積み上げられた死体の山に隠れ、なんとかその場をやり過ごす。
つい、昨日まで人々が祭りに興じ、この一年で一番の盛り上がりを見せていたはずだった。
今やその盛り上がりは見る影もなく、そこら一体に死体の山があちこちに積み上げられる悲惨な姿となっていた。
気がつけば、人家には火が燃え広がり、四つの門の内三つは炎で塞がれている。
「……!逃げ、なければ……!」
女性は立ち上がり、残された一つの門に走り出す。
炎は異常な速さで燃え広がり、女性を飲み込もうと迫り来る。
「間に合って……!」
間一髪、女性が門から出た直後、門が崩れ落ちる。
なんとか火の手から逃れられたことに女性は安堵する。が、しかし周囲には先程追いかけてきた男達が待ち構えていた。
「火をつけて逃げ出してくるのを待っているだけでいいなんてなぁ! 楽勝すぎるぜぇ!! ハハハハッ!」
その中の他の男達の二回りも大きい男が大声で笑い出す。
いつの間にか背後に近付いていた男の一人が女性の肩を目掛けて剣を振り下ろす。
女性は身をひねり、身体を投げだすことでかろうじて刃を避ける。
逃げ出そうと周りを見渡すが、四方八方に囲まれて隙がなく、下手には動けない。
「俺にやらせろっ!」
先程の大男が斧を振り上げる。
終わった ……ここで死ぬんだ……。
女性は泣き出しそうになるのを必死にこらえ、目を瞑る。
しかし、斧が振り下ろされる瞬間、大男のこめかみに針が突き刺さる。
「あ?」
大男は一言漏らすと、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。
その場にいた全員が唖然としていると、木陰から白い布を身に付けた黒髪の女性が飛び出してきた。
黒髪の女性は飛び出すと同時に懐から二本の短剣を投げる。
短剣は二人の男の額に刺さり、仰向けに力なく倒れる。
男達がやっと状況の理解に追いつき、身構えるが、黒髪の女性は止まらない。
懐から一本のダガーを取り出すと、一気に男達との間合いを詰め、続けざまに男達を切りつける。
男達の切りつけられた部分は変色し、その場に次々と力なく倒れていく。
「ひ、ひぃぃぃ! 殺される!」
一瞬で仲間の大半を失った男達にもはや戦意などなく、既に逃げ出していた。
「怪我はない?」
男達の気配が完全に消え去るのを確認して、黒髪の女性は私に手を差し伸べる。
「あ……あう……ぐすっ……うわぁぁぁん」
私は目の前の黒髪の女性が何者なのかわからなかったが……抱きつき、彼女の体温を感じ取ると、安心したのかそのまま眠ってしまった。
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目が覚める 。
まだ眠気と疲れは残っていたが、なんとか身体を起こす。
「また懐かしい夢……ね」
そう呟くと私はゆっくりと着替え始める。
この三日間、悲惨な過去が夢の中で鮮明に細部まで思い出される。
「あの日からもう五年……か」
そう、さっきまで見ていたのは確かに夢だが過去に実際に起きたことだ。
事実、この国──アイオロス王国は五年前にラズル帝国の襲撃を受け多くの死者を出した。
私の母でもある、先代のフィロメーナ女王も襲撃の犠牲となってしまった。
そして、私はあの黒髪の女性に助け出され、ようやく去年に国を復興することができた。
「名前がないだなんて驚いたけれどあだ名を付けてあげたっけ……元気かな……クロ」
アイオロス王国襲撃事件から二年後、彼女は行方が分からなくなっている。
噂では二年前に帝国内部で起きた大きな事件に深く関与していて目撃情報もあったらしいがそれ以来、全く彼女の情報は入ってこない。
身だしなみを整え終えると、私は気持ちを切り替え、部屋を出る。
「おはようございます、セレーナ様。今日も随分とお早いのですね」
窓の掃除をしていた、侍女のフェデラが私に気付き、挨拶をする。
彼女は二十一という若さで私の護衛や身の回りの管理まで完璧にこなしてくれている。
日々、懸命に尽くしてくれている私が最も信用する内の一人だ。
「ええ、おはよう。今日の朝食は何かしら」
「飼育していたウッドウルフ達から花の一部を分けてもらったのでそれを添えたサラダと野菜練り込んだクッキーですわ」
「まぁ! 美味しそうね! じゃあいつもの時間になったら持ってきてちょうだいね?」
「承知致しました、それではまた後ほど」
フェデラと別れて、私は謁見の間へ向かう。
警備をしていた兵士が気付き、近づいてくる。
「女王様! おはようございます! 今のところ異常はありません!」
兵士のはつらつとした声によって残っていた眠気は吹っ飛んでしまう。
「ご苦労様。悪いけどルーシーが朝の巡回から帰ったら、私のところに来るように伝えてもらえないかしら」
「はっ! 副団長殿がお戻りになりましたら伝えておきます!」
私が頼むと兵士は元気よく返事をし、一礼してから走り去っていった。
謁見の間に入ると、大臣のスティアが驚いた様子で近付いてくる。
「これはこれは女王様……少しばかり早いのでは……」
「目が覚めてしまったのよ……さて、今日はどれくらいかしら」
「……二十名程でございます」
二十程度なら大した人数ではない。
「なら、もう始めてしまいましょ、午後のこともあるし、さっさと片付けてしまいたいわ」
私は待機していた兵士たちに謁見者達を通すように合図を送る。
「女王様、仕事熱心なのは素晴らしいですが、身体を大事にしてくださいませ……遅くまで仕事をこなして、朝早くからまた仕事など……」
大臣は低い声で忠告してくる。
「大丈夫よ、全然無理なんてしてないわ、それに今日さえ頑張ってしまえば明日からはしばらくお楽しみの時間だしね」
私は大臣にそう答え、仕事に取り掛かるのだった。