第6話 記憶
「予想以上に…………早かったのね……」
聞き覚えのある少女の声が微かに聞き取れた。
シルフィは目を開けることも口を開くこともできず、ただただ、かすかに聞こえる声に耳を傾けていた。
「…………の条件は……血……か、ここまで進行が早いとすぐに思い出してしまうのかしら……」
血がどうしたというのだろう。
それに誰の話をしているのかもわからない、ただ、その声には悲しみが感じられる。
「とりあえず、このままだとまずいみたいね……しかたがないわ、今回だけは私が導いてあげるとしますか!」
声の主は、はきはきとした様子で、どうやら私に何かをしてくれるようだ
徐々にシルフィの身体の周りを風が優しく包み込む、やがて、耳と額から邪気のようなものが抜けていくのを感じるとシルフィの意識は一気に覚醒する。
焼け付くような目の痛みを感じ、シルフィは飛び起きる。
「いったい、何が……!」
シルフィは大量の血を見た後の、自分がとった奇行を思い出す。
あの時、自分の意識はあったのに奇行に一切、違和感を感じず、受け入れてたことに驚きを隠せない。
「卵が孵化しかけてるのか……?」
次に、夢の中に現れた少女の風を鮮明に思い出す。
正体はきっとシルフだろう。
契約で私の魂と彼女の核を繋げていると言っていた、だからきっと、助けに来ることが出来たのだろう。
シルフィは起こった出来事に色々と考察を巡らせていると、自分が裸であることに気がつき、慌てて服を着る。
しかし、ここでまた疑問が思い浮かぶ。
あんなに血を浴びていたのに身体は艶やかで、血の匂いは残っていない、さらに身体中には力がみなぎっている。
「卵を宿している恩恵なのかな」
そんなことを呟きながら、シルフィは荷物を軽く確認し終えて再び出発する。
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朝日が上る。
王国の外壁が遠くに視認できる辺りまで来ると、一台の馬車が止まっていた。
行き先を聞いてみると、ちょうど王国へ向かう途中らしいので乗せてもらうことにした。
私の他にも坊主頭の二人組と、全身をボロい布で覆っている男の三人が乗っていた。
「なぁなぁ! お姉さん、もしかして武人?」
坊主頭の一人が気さくに話しかけてくる。
「あぁ、そんな感じさ」
私が答えると、男ははっとして
「自己紹介を忘れてたな! こっちの頭がイイ感じに丸みを帯びてるのがボンでひょろ長い俺はバンだ!」
「あぁ、私はシルフィだ、よろしくな」
私が名乗ると場の空気が固まる。
慌てて、ボンが聞き返す。
「おいおい……冗談だよな? お姉さん、女神様がここんところ調子悪い時にそんなこと言ってると、王国で熱狂的な信仰者に鬼のような形相で説教されちまうぜ?」
「そ、そうなのか……すまない、ルフェールと呼んでくれ」
シルフは私を助け出すために無理して力を使ったのだろうか……だとしたら、早く信仰を集めなくては。
もう一人の見事な丸みで、触り心地のよさそうな坊主頭、バンも口を開く
「いや、いいんだ! 冗談も言える、愉快な美人さんに会えるなんてよ! 状況がこんなんじゃなかったら大爆笑さ!」
バンは続けて言う。
「こんな状況だけどよ俺達は王国の東市で店を出してるから良かったら来てくれよ!」
「何の店なんだ?」
私が問いかけると
「それは着いてからのお楽しみよ〜!」
と言った様子で教えてはくれなかった。
その後はしばらく、ボンとバンに質問されっぱなしだったが、一つ分かったことがある。
私は職業と名前以外は頭にもやがかかったようで、泉でシルフに出会う前のほとんどの記憶をうっすらとしか思い出せない。
私はどれくらい記憶を失ったのだろう。
──思い出してしまうのかしら
突然の事態に、夢の中でシルフが呟いていた言葉がいつまでも私の頭を離れなかった。