第10話 邂逅
気がつくと、辺り一面は真っ白だった。
「あれ……ボンとバンの店に行って、それから……あぁ、寝ちゃったのか」
広いが狭苦しさを感じる奇妙な空間だった。
「やっと来たわね、シルフィ」
少女の声が聞こえる。
振り返ると、そこには碧色のワンピースを着た少女─シルフが居た。
「シルフか、どうしたんだ?」
「反応が薄いわね……? 普通、何でここにいるのか気にならないの?」
「暴走した時に助けてくれたのは君だろう?」
「あら……なんだ、知ってたのね」
「それよりやっと来たていうのはなんなんだ? まるで待っていたかのような口ぶりだが」
「えーと……まぁ、そうね、とりあえずここがどこだか分かる?」
「いや、見当もつかないな……」
「簡単に言うとここは貴方の魂の中よ。それで、本題なんだけど、おそらくその平然とした様子を見ると私と貴方が見てる景色は全く別物だと思うわ、違和感はないかしら?」
「違和感ていうと……広いようで狭いような感触が……」
「ドクン」
小さな音だった。
何かが力強く脈打つ音。
シルフィは開いていた口を閉じ、耳を澄ます。
小さかった音は大きくなっていき、ハッキリと聞こえてくる。
再度、目を開けた時の光景にシルフィは目を疑った。
「……っ!?」
周りははどこを見ても赤く染まっていて、足元には赤い液体が流れている。
シルフィは異常な景色の変わりように驚きを隠せない。
「何なんだここは?」
シルフは落ち着いた様子で答える。
「さっきも言ったけどあなたの魂の中、つまり呪いの卵が侵食してる世界よ」
「それで何故ここに?」
「ここで問題、下の液体はどこから流れてると思う?」
シルフの声には抑揚がなく、どこか焦りを感じさせる。
「いや、どこって……」
「後ろを見て」
シルフは考える時間もも与えず話を進めていく
振り返ってみると、人間の頭ほどの赤黒い丸い塊が辺り一面に根を張っていて、塊の表面にはところどころヒビが入っている。
「これは……卵か!? でもなんで液体が?」
「……孵化する直前なのよ、こうして話している間にも出てきそうね」
「な……! 早すぎないか!?」
「私も最初は疑ったわ、でもあなたが暴走した時に、時期がグッと早まったの!」
「そんな……!私のせい……なのか?」
「まだどうなるかわからないわ、今ならまだ間に合うかもしれないわ、孵化する前に一発重いのを食らわせてやるわよ」
シルフの言葉に奮い立たされるとシルフィはナイフを一本懐から取り出す。
赤黒い塊のヒビは大きく広がっていく、今にも中から何かが出てきそうな様子だが突然細長く伸長しはじめる。
「……様子が変だな」
様子見をしていると身体から何かが抜けていくのを感じる。
抜けていったものは緑色の球体で、みるみる上空へ上がっていく。
慌てて上を見上げると桁外れな大きさの竜巻があり、その中心にシルフがいる。
緑色の球がシルフに取り込まれると竜巻は一層激しくなる。
「風よ……!!切り裂け」
シルフは竜巻を竜のようにうねりながら進ませ、塊を飲み込む。
余りにも巨大な竜巻なのでシルフィは吹き飛ばされないように地面に伏せて静まるのを待っていた。
風が止んだので立ち上がると、シルフの元へ駆け寄る。
「どうなったんだ?」
「塊は綺麗さっぱり切り刻んで跡形も無くなったわ……でも」
シルフの表情はまだこわばっている。
「でも……?」
「手応えが感じられないのよ、あの塊に詰まってた禍々しさ、生命力はこんなものじゃなかった」
シルフは続けて言う。
「もう、孵化していたのかもしれない……」
「じゃあ本体を探し出さなきゃいけないのか……?」
シルフは無言で頷く。
「いいえ、その必要はないわよ」
「っ!」
シルフィは咄嗟に飛び退くがシルフは反応が遅れる。
「きゃっ」
突如、シルフィの五体に黒く、細長い手のような物体が巻き付き、地面に拘束する。
「このっ……!」
シルフィは体勢を立て直し、シルフの拘束を解こうと巻き付いている手を切りつけるが全く手応えが感じられない。
「まずい!」
次々と地面から黒い物体が飛び出し、シルフィをめがけて飛んでくる。
シルフィは身体を捻り、これを辛うじて避ける。
(どこからだ……?どこから湧いて出てくる)
思考を巡らせ、敵の位置を考える。
攻撃される可能性が少なく、こちらの位置が認識できる場所、………!
シルフィは先程のシルフの影の様子を思い出す。
「ここだっ!」
シルフィはシルフの影に狙いを定めて持っていたナイフを投げる。
ナイフがシルフの影に当たる瞬間、影から何者かが現れ、弾き落とされる。
「貴方……やるわねぇ」
影から出てきたのは女性だった。
真っ赤な髪に彼女が身に付けている黒いドレス、そして大人びた声からは妖絶さが溢れている。
そして、赤髪の女性は目を瞑りながらこちらへ近づいてくる、驚いたことに彼女からはシルフと似たような神秘的な雰囲気があった。
「精霊……なわけないか」
「あら? なんだか懐かしい声……」
シルフィの声を聴いて、彼女は思わず目を開く。
「……え!?」
見とれてしまうほどに綺麗な紅色の瞳だった。
赤髪の女性はシルフと目が合ってから何かに衝撃を受けたようでその場に固まってしまう。
「何だかよくわからないが、シルフの拘束解いてもらうぞ……!」
「……!あ、待って! お願い! 待ってください!」
「……なんだ?」
「なにもかにも、貴方に攻撃なんてできませんわ……お姉様……」
「え?」
彼女が言った
「お姉様」
という言葉と彼女の声がシルフィの中の忘れていた記憶を呼び覚ますのだった。