燃えあがれ俺たちの魂 その三
千葉県五十川市、歩の家でも、いろはテレビの中継を食い入るように見ていた。歩が勝利した時は歓声が上がったものの、その後すぐに悲鳴へと変わった。そして救急車で歩が運ばれていく様が中継されたときは沈黙が場を支配しかけたが、家の電話の呼び出し音でそれは打ち破られた。
歩の母、清美が電話に出る。清美はお盆休みだけでなく有給で夏休みもとっているので、当分休みだった。
「もしもし、はい、え、描王対策本部の松山さんですか? エイミィちゃんならいます。すぐ代わります!」
受話器を受け渡した。
「はい、ブリーズです」
『松山です。いろはテレビは見ましたか? 道本くんが敵の毒で危険な状態です。運ばれる先の病院まで、警察がお送りします。すでに最寄りの署からパトカーが向かってます』
「わかりました。でも、私に一体何ができるでしょうか……」
『ブリーズさんのプロトグローブの力で何とか道本くんを救えませんか? 描力は何かを生み出す力で、プロトグローブは少ないかもしれないがそれを扱える。つまり、解毒剤を作れるんじゃありませんか?』
「解毒剤……やったことはありませんが……」
『今はブリーズさんだけが頼りなんです。今ある情報では、何でも未知の毒で、解毒剤が存在しないとか……』
「! わかりました、やれるだけやってみます」
玄関のチャイムが鳴った。パトカーが到着したのだろう。
『あ、着きましたね。では現地で会いましょう』
「はい!」
エイミィが答え、一同はパトカーに乗り込み、一路病院を目指した。
病院に着くと、警察からすでに話は通っていたのか、歩のいる部屋までスムーズに移動することができた。
人工呼吸器をつけられた歩の顔色は最悪で、患者用の服に着替えさせられている体も震えていた。
「エイ……ミィ」
歩の声で気が付いた医師がエイミィを見て、顔を明るくする。
「話は聞いています、どうぞこちらへ! 必要なものがあったら言ってください。体の洗浄は済ませておきましたが、とれる対策がそれくらいしかなくて……お願いします」
「わかりました!」
エイミィはプロトグローブをはめた手を横たわる歩の上にかざした。電子音声で『メディカル・チェック』と流れる。
手の甲の半球体がポッと光り、空中に映像を投影する。
エイミィは映像を見ながら、
「確かに、体中に回ったものが原因のようですが、構造分析や解毒剤の開発なんてしていると間に合わないかもしれないので、荒療治をします! フォローお願いします!」
「はい!」
――ただ、私の描力で、足りるか……?
――いや、もうこれしかないんだ。
プロトグローブから電子音声で『物質変換』と流れる。
空中の映像が歩の人体全体に切り替わり、表示されたバーがものすごい速さで百パーセントに到達する。
「やっ!」
電子音声で『変換開始』と流れる。
エイミィとプロトグローブ、そして歩の全身が光りだした。
「な、何を……?」
あまりにもSF的な現象を前に、あっけにとられた医師がひとりごちる。
「全身に回った毒を無害な物質に変換しているんです!」
それに対し、エイミィは苦悶の表情を浮かべながらも律儀に返した。
「くっ……」
電子音声で『残り描力がわずかです、ゼロになる前に強制終了します』と流れる。
――お願い、間に合って!
エイミィは耐え難い脱力感を覚えながら天に祈る。
電子音声で『強制終了』と流れると同時に、エイミィは崩れ落ちた。
「ブリーズさん!」
「エイミィちゃん!」
松山と清美がエイミィに駆け寄り、抱きおこす。
「私は休んでいれば回復します……それよりも、歩さんは……」
エイミィは再び、プロトグローブをはめた手を歩の上にかざした。『メディカル・チェック』と音声が流れる。
「ど、どうですか……?」
医師の質問に、
「……取り除けたようです」
歓声が上がった。
「……つけていると本来治らないようなダメージも治りますので、その黒いグローブは外さないようにしてください……」
エイミィは医師にお辞儀をした。
「すごい、不可逆性毒のダメージが治るんですか! あとは任せてください!」
□ □
悪政粉砕団のアジトへと向かう車内では、いろはテレビ系列のラジオが緊急特番として歩の勝利を伝えていた。
また、歩がまだ死んでいないことを描王が探知していた。何のことはない、死ねば描力もなくなってしまうから、まだ歩の描力があるということは生きているというだけのことだ。
「ちっ……しぶといやつだ」
「仕留められませんでしたか……」
描王のつぶやきを聞いた高梨が、事情を察する。
「ああ……」
「もうじきアジトに着きます。また会議をしましょう」
「そうだな、期待している」
「トキシンが敗れたとはいえ、遺した毒で殺せるようなことはないのでしょうか……」
「期待したいところだが、今も奴の描力が健在なことを考えると、助かったのだろう。向こうにも描力を操る力があるのだしな」
描王は無念気にお手上げをした。
「同じものを送り込んでも……もう駄目っすよね、また焼かれる」
太っちょの斎藤が神妙に述べる。
「ああ。それに対策もしてくるだろう。さらに言えば、空手を封じるだけでは駄目ということだ。あの炎も封じなければならない。課題が増えてしまったな」
「奴の傾向を把握した方がいいですよ、空手だけに注目するんじゃなくて。情報収集をするんです」
「具体的には、どういうことだ、丹波」
冷泉が聞き返す。
「情報を集めて、そこから導き出される弱みに付け込んでたたくとか……ですね」
「なるほど、弱みか」
「確かに、空手を封じることばかり考えていましたね」
「いいっすね」
構成員たちは活気づいた。
「ではみんな、奴にはどういう傾向があるのか、現時点でわかることを列挙してくれ」
「けっこう、若い」
冷泉はホワイトボードに「・若い(青い)」と書いた。
「他には……」
「テレビに出てるから、目立ちたがりかもしれないですね?」
「空手の達人」
「正義の味方気取りっすね、ムカつくっす。正しいのはこっちなのに……」
出た意見をすべてホワイトボードに書いた冷泉は、
「ふむ、正義の味方気取りということは、一般市民や、奴の知り合いには攻撃できないのではないか?」
と言いながら腕組みをした。
「はいはいはい!」
鈴木が挙手をした。冷泉に促されて席を立つ。
「奴の知り合いを人質や盾にして戦うのはどうでしょう?! 無敵ですよ!」
「悪くはないが、隙を見て攻撃されそうだ。まだ不確実だな。もう一歩進めないか?」
「うーん……じゃあ、奴の知り合いそのものがこっちの味方になって奴を攻撃できないでしょうか?」
「実現すれば素晴らしいが……いったい、どういうシチュエーションなんだ、それは」
「わからないです……」
「いや、まあ、気を落とすな。アイデアは出すことに意味があるのだからな。
とりあえず、もっと情報を集めよう。
高梨は元探偵、丹波はハッカーだったな。スキルを活用し、奴の身辺調査なりなんなりしてみてくれ」
「なるほど、いいですよ」
「了解です」
□ □
その夜、病院では。
懸命な治療と汎用決戦グローブの機能で歩はぐんぐん回復し、既に歩き回れるほどになった。もう一般病棟に移動している。この勢いで行けば明日には退院できそうだ。驚異的である。
「道本くん……」
高松が話しかけた。高松は運よく毒を浴びなかった。しかし現場にいたので検査入院をしている。
「はい」
「あのイラストだがね……もしよかったら貰ってくれ。戦いに役立ててほしい」
「えっ……でも……」
「大丈夫だ、もうパソコンでスキャンして取り込んであるから。PicoupやMurmurに上げるつもりだったんだよ」
「なるほど……じゃあ、ありがたくいただいておきます」
「そうして欲しい……はぁ、それにしてもこの状況には感激だな」
「えっ、何がですか?」
歩は入院している現状が感激に値するとはとても思えなかった。
「だって、本物の変身ヒーローのアシスト役ができたんだぞ? 不謹慎かもしれんが、生きててよかった」
「なるほど、ハハ。先生の世代だと、仮面グラップラー一号ですか?」
「そうだね。直撃世代だね! 君は平成グラップラーシリーズからかい?」
「そうです。レンタルで、仮面グラップラークワガから見てます」
「なるほどそうかあ! あの最終回の雪中戦闘は素晴らしかったねえ!」
「そうですね、それに……」
二人の雑談は、見回りに来た看護師に叱られるまで続いた。