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燃えあがれ俺たちの魂 その二

 歩は郷段社で作品を載せるにあたっての契約などもろもろを済ませた後、このチャンスを逃すまいと、作品を編集の飯本に見せた。と言っても、新作を描く時間などなかったので、夏コミにて頒布した同人誌を飯本に読んでもらったのだ。

 すさまじいスピードで二回読み終わった飯本は、


「面白いです。けど……」


 と言った。

 うれしい半面、当然続きが気になる歩は、一言一句聞き漏らすまいと集中する。


「これはあくまで間話の評価なんです。プロとしてやっていくには、どうしても完結した作品が求められるのはわかりますよね?

 でも……これは間違いなく面白いです。今までは一話完結ものばかり見せてもらってたからわからなかったけれど、道本さんはここまで描けたんですね。正直驚きましたよ。

 君は終わらせ方がわからないだけなんですね。

 プロの作品の研究とかはしてますよね?」


「一応はしてます。でも、自分の好きに描くとああなってしまうというか、ああいう風にしか描けないんです」


「なるほど……。芸術家ならそれでもいいんですけど、うちに持ち込みに来てるってことは娯楽作家を目指してるんですよね?」


「はい」


「なら、自分は職人だとある程度割り切ることが求められるかな。読者が求めるものを作り上げる職人って意味ですね。

 一話完結作品の時の欠点は自分が描きたいように描いた結果ですけど、そこを意識すれば良い方向に変わっていけるかもしれません」


「ありがとうございます、とりあえず、次はそれを試してみます」


「うん。……あ、そうだ、今日臨時でアシスタントしてみませんか? アナログ作業で、道具は向こうにそろってるから、直行・直帰でいいですよ」


 歩はしばし考えた。


「先方が俺でもいいのなら、やってみたいです。どこですか?」


「高松先生のところです」


「えっ……郷段社で高松先生って、たったん先生ですか?」


「そうそう」


「行きます! ……でも、どうしてですか?」


「実はアシスタントの一人が夏風邪で寝込んじゃったから原稿が遅れるかもって連絡が入ってるんですよ。それと、道本さんに経験つんでほしいってのもありますね」


「ありがとうございます!」


「じゃあ、その前にお昼ご飯食べに行こうか。何がいいですか? デビューのお祝いに奢りますよ」


「えっ、いいんですか……じゃあ……ラーメンがいいです。なんかそんな腹なので」


「うん、よし、行こうか」



 ラーメンを食べ、飯本と別れた後、歩は新虎岩へと向かい、新虎岩駅前までアシスタントの一人に迎えに来てもらい、高松の仕事場にたどり着いた。


「やぁやぁ、君が同人ファイターの道本くんだね! 怪我の方は大丈夫かい?」


「はっ、はい、大丈夫です! 初めまして!」


 緊張している歩は、テンションの高い高松に圧倒された。


「ひるバン! ではある意味共演したけど、こうして直に会えるとは思ってなかったよ。君にはお礼とかいろいろ言いたかったんだ」


「お礼……ですか? まだ何もしてませんが……」


「な~に言ってるの! 君は世界を守ってるじゃないか! ありがとう! ありがとう! こういうのは、直接言えるなら言うべきだと思ってる! なぁ、みんな!」


「そうだ、そうだ! いつもありがとう!」


「道本さん、ありがとう!」


「ありがとうございます!」


 高松が促すと、アシスタントたちも歩をたたえだした。


「いっ、いやぁ……どういたしまして」


 照れる歩を見て、高松は満足気に頷いた。


「今、同人誌持ってるんだってね。見せてもらえるかい?」


「あっ、はい」


 高松は同人誌を熱心に読んだ。


「……うん、これだけ描ければ問題ないね。今から四~五時間程度、お願いするよ。アシ代は時給千五百円でどうだい?」


「十分すぎるくらいです」


「うん、じゃあ、決まり。タイムカードはそこだから、作って、押してね」


 高松が入口の棚を指さした。しっかりした職場のようで、歩は安心した。


「はい! よろしくお願いします!」


     □     □


 悪政粉砕団の面々は、構成員の斎藤が淹れたコーヒーをすすりながら、いかにして同人ファイターの攻撃を封じるかを考えていた。


「うわ、あちっ」


 構成員の丹波がコーヒーをこぼした。


「気を付けて飲めよ」


 冷泉が注意する。


「はい。……どうしたら攻撃できないかですよね、例えば熱かったらどうなんでしょうね」


「熱かったらか。少しためらうかもしれないが、攻撃が当たるのは……触るのは一瞬だから、あまり意味がないかもしれんな」


「一瞬でも効くもの……なんでしょうねえ」


「あっ! はいはいはい!」


 鈴木が挙手をする。


「毒を分泌するというのは、どうでしょうか! 毒を触ったら、治るまでずっとダメージがあるし、一瞬でも効くような毒にすればいいんです!」


「ふむ」


「なるほど」


「一理ありますね……!」


 沸き立つ構成員たち。


「これは可能だろうか、描王殿」


 描王は確かめるように手を握ったり開いたりした。


「あまり強い毒……一瞬で死ぬような毒は、戦士の処理能力の問題で作れないだろうが、毒そのものは可能だな」


「描我転身した体にも効くだろうか?」


「なに、描我転身した奴は私と同じで、あの同人ファイターの姿が素の姿と言える。つまり、本当の装甲やスーツとは違うのさ。だから効くだろう、そういう毒にする必要はあるだろうがな」


「それは素晴らしい! この方向性で詰めて行こうじゃないか、皆!」


 構成員たちは皆明るい顔で頷いた。


「毒にも種類がありますよ。どんな毒にします?」


「せっかくだから、ただ苦しいだけじゃなくて、空手の動きも封じれればなおいいっすよね」


「それなら、神経毒で麻痺というのが一番いいだろうな」


「一つ、問題がある」


 盛り上がる構成員をしり目に、描王が挙手をしながら発言した。


「描王殿、どうされた? 毒が弱すぎるのか?」


「いや、そうではない。移動の話だ。私が直接出向いて奴の目の前でこの部下を誕生させるのは論外だし、かといってここで誕生させると、グラヴィトンと違って走っていくことになる。すると私の居場所が知られる可能性があるのはもちろん、諸君らもまずいことになるのではないか?」


「ああ……!」


「なるほど……」


 構成員たちの間に動揺が広がった。しかし冷泉は冷静だった。


「描王殿、例えば、壁の向こう側に戦士を誕生させることはできないだろうか?」


「遮蔽物か。それならできるぞ。元々空中にだって気体と言う物質はあるのだからな」


「それならば、案がある」


「ほう?」


 描王は、興味深げに笑った。


     □     □


「いやぁ、道本くん、助かったよ~~!」


「いえ、こちらとしてもとても勉強させていただきました」


 歩はタイムカードを押した。

 高松はタイムカードを元に、アシ代を計算し、歩に渡す。


「はい、お疲れ様」


「ありがとうございます!」


 そして帰ろうとすると……。


「あっ、待ってくれ」


「はい?」


「これ、私の名刺。裏に連絡先載ってるから、後でそこ宛てに君の連絡先を送っておいてくれると嬉しい。……もし早く平和になったら、夏休みの間だけでもぜひ来てくれ!」


「うわぁ、ほんとですか!」


 認められたということだ。


「とても、嬉しいです! こちらこそ、是非お願いします!」


「うんうん。じゃあ、健闘を祈らせてくれ」


 高松に握手を求められた歩は、快く応じた。


「また会おう!」


「はい! 失礼します!」


 歩は、高松の仕事場を後にした。



 ハンバーガーショップを前方に見据えながら、そういえば腹減ったな、などと思いながら歩は人の少ない駅のロータリーに入る。駅前だけあって、普段より少ないとはいえ、そこそこ人はいた。

 そして、駅に向かおうとすると――背後からただならぬ気配を感じ、歩は勘だけでそれを避けた。

 間一髪だった。

 振り返ると、そこには異形がいた。

 頭部に結晶体こそないものの、何やら黒い液体のようなものを体から染み出させている、人型で緑色の怪物が突然現れたのだ。

 描王の手のものに間違いなかった。


「皆さん、早く逃げて!」


 歩の一声によって事態に気が付いた人々は突如パニックになり、逃げ惑った。

 歩はリュックから素早くマグナムファイターの同人誌を取り出し、叫んだ。


「描我転身!」


 光とともに、漆黒のスーツに紅の装甲の同人ファイターへと変わった。


     □     □


 新虎岩駅前から走り去る一台の黒いライトバンの中――。

 そこには、人の姿の描王と悪政粉砕団の構成員、高梨がいた。


「ふふふ……冷泉殿はさすがだな! こんな手があったとは!」


「リーダーは頭が切れますよ」


 描王はライトバンのドア越しに戦士と呼ぶ怪物を誕生させ、そのまま逃げたのだ。


「愉快、実に愉快だ! ……一撃で仕留められなかったのは残念だがな……」


「まあ、空手の有段者ですから。ところで描王さん」


「なんだ?」


「あの戦士の名前を決めませんか?」


「そうだな、君だったら何がいい?」


「英語で生物毒を意味する、トキシンなんてどうでしょう?」


「響きがいいな。よし、それにしよう。ハハハハ!」


     □     □


 新虎岩駅前のロータリーで戦闘を続けた歩は、自身の体に戸惑っていた。その変調は、トキシンに突きを命中させた時から始まっていた。

 その上、何らかの理由でトキシンに接触するたびに症状は悪化した。


 ――息苦しいし、手足がしびれてきた……なんだ、これは……!


 ――あの黒い液体か? あれは毒か何かだったのか?


 かといって、今までのように結晶体を砕いて勝利することもできそうにない。何しろ、結晶体そのものがないのだ。

 歩は、一縷の望みをかけて敵の腕を突きで砕く――と、砕いた部分から噴出した体液をもろに浴びてしまった。これも描毒、というより体表ににじみ出ている描毒の源泉だったので、状況は悪化した。しかも、砕いたトキシンの腕はすぐに再生してしまった。

 歩は気が付いた。おそらく、奴のほぼ全身を砕かねば勝利はない。しかし、突きや蹴りでは毒がより深まってしまう――。


 ――こうなったら、いったん距離をとるしかない!


 歩はふらつく足でトキシンから距離をとり、とりあえず敵の攻撃、特に黒い液体を避け続けることにした。しかし、それでは永遠に勝利できない。しかもそうしている間にも、描毒は全身に回り始めているのだ。


     □     □


 誰が知らせたのか、いろはテレビのドローンが戦場に到着し、様子を中継し始めた。それにより、先ほどまで歩が働いていた高松の仕事場でも、事態を知ることとなった。


「これ、そこの駅前じゃないか! 道本くん、大丈夫なのか?!」


 高松が心配そうに叫んだ。


「なんだか、様子がおかしいですよ! 動きのキレがない」


「うちでアシしたから、疲れたとか?」


 アシスタントたちも異常を察知する。


「いや、そんな馬鹿なこと……また、敵の能力なんじゃないか?!」


 高松が勘の良さを発揮した。


「あっ、そうか、確かに! 変な液体が出てますもんね! きっとアレのせいです!」


「症状が、毒に似てますね。きっとあれは毒なのでは」


「毒……そうか!」


 高松は棚の中をひっかきまわし、目当ての紙を見つけた。


「ちょっと、行ってくる!」


「どっ、どこへ行くんですか?! まさかあそこですか? 警察もダメだって言ってるのに!」


 チーフアシスタントが高松の肩をつかんで止めるが、高松はそれを振り払った。


「自分の息子みたいな年の、才能あふれる少年が、命がけで戦っている! それを俺たちは、ただ見ているだけなのか?! 違うだろう! 俺は今から、あいつを助けるんだよ!」


 高松は紙をアシスタントに見せた。


「こいつさえあれば、毒なんてどうにかなる!」


「こっ、これは……」


 アシスタントの顔に理解の色が広がった。


「じゃあな! 原稿頼んだぞ!」


 叫ぶが早いが、高松はマンションを飛び出し、駐車場に停めてあったバイクに飛び乗り、駅前へと出発した。


 ――待ってろよ、道本くん……いや、同人ファイター!


     □     □


 そのころ歩は、描毒のせいで敵の攻撃を食らい始めていた。


「ぐっ! がっ! ……えあっ!」


 せめてもの反撃にと、毒を食らうのを覚悟で突きを放つが、それも簡単に避けられてしまう。

 絶体絶命だった。


 ――やられる!


 そう思った瞬間、高松の乗ったバイクがトキシンを轢き飛ばした。目の前の敵がいなくなったことで、ようやく歩はバイクに気が付いたのだった。


「道本くん! これで描我転身してくれ!」


 高松は懐から、丸まった一枚の原稿用紙を取り出し、歩に渡した。


「これは……マグナムファイターのイラスト……?!」


「そこに描いてある形態の技を使えば、奴を倒せるはずだ!」


「わかりました! ――描我、転身ッ!」



 同人ファイターの全身から筋状の光が流れ出し、高松のイラストを包む。

 高松のイラストが同人ファイターの胸に吸い込まれるように一体化し、歩はいっそうまばゆい光に包まれる。

 光が割れるように飛び散り、炎をまとった紅のスーツと装甲に身を包んだ新たなフォームの同人ファイターが誕生した。


 電子音声で「マグナムファイター・ファイヤーフォーム!」と響く。


 憧れの高松のイラストで描我転身――。


 歩は、負ける気がしなかった。

 トキシンが立ち上がり、黒い液体をぬめらせながらこちらへ突進してくる。

 歩は、勝った、と思い、力を振り絞って自らもトキシンへ向かって突進した。


「うおおおおおおおおおおっ!!」



 ――マグナム・ファイヤー・アタック――



 走り続ける歩は巨大な火の玉をまとい、トキシンを飲み込んだ。二メートルほどそのまま前進し、歩が元の姿に戻ったときには、ただ消し炭だけが残っていた。


「よしっ! ……あ……?」


 ちからこぶのポーズをしながら歩は倒れ、描我転身は解けてしまった。


「ど、道本くん?!」


 高松は歩のそばへ駆け寄った。


「たっ……たん先……生」


「あ、毒か! 勝っても毒がぬけないんだ――。待ってろ、すぐに救急車を……」

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