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燃えあがれ俺たちの魂

『……昨日の怪物は、明らかに歩さんを狙ってきたものと考えていいでしょう。ただ描力を奪うだけなら、あそこまで戦闘に特化する必要はないのですし』


 居間のテレビを通して、すぐそこの廊下でしゃべっているはずのエイミィの声が聞こえる。

 理屈や仕組みはわかっていても、なんとなく不思議な感じを覚える歩たちであった。


『道本さんのいるところへいきなりやってきましたし、やはり、知性があるのでしょうね。どう思いますか、相馬さん』


『ただ知性があるというだけではなく、非常に高い……我々と同等か、それ以上の知性があると考えていいでしょう。能力的には完全に人類を超えているし……非常に脅威ですね。わかってはいたことですが。視聴者の皆さんも含めて、我々は同人ファイターを全力で応援しなくてはなりません。例えば、同人ファイターの絵を描くとか……』


『なるほど。愛田さんはどう思われますか?』


『そうね、昨日の私みたいに同人ファイターの邪魔をするのは禁物よ。

 本当は助けたいところだけど、それもできないし。戦っているところに居合わせても、撮影してSNSにアップしようなんて思わないですぐ逃げた方がいいわ』


『経験者は語る、ですね! 愛田さん!』


『ほんとよ……昨日までの自分を思うと頭が痛いわ。全力で迷惑かけちゃったしね……。ブリーズさんたちにはどう謝ったらいいのか……』


『まあまあ、わかってくれたんですし、無事勝てましたし、もういいですよ』


『ほんっとうにいい人ねえ~~っ、あなた!』


     □     □


 番組も終わり、昼食もとった後、歩は部屋にこもって漫画の次回作をどうするか悩んでいた。次のコミバへ向けての作品だ。

 コミバは年二回、夏と冬に行われる。だから次は冬なのだが、これは夏コミからたった四ヵ月程度の期間しかない。歩のように数十ページの漫画の同人誌を出そうとしている人にとっては、夏コミが終わってからすぐにとりかからなければならないのだ。

 描王を倒さなければ再開のめどが立たないとはいえ、その間さぼる気にもならない歩は、例年通り次の作品のプロット(設計図に当たるもの)を練っているのであった。


「マグナムファイターのシリーズでいいとは思うんだけどなあ、次は完結編だからなあ」


 悩んだ末に、ぼそっと独りごちた。

 歩は、終わり方がいまいちだと、読者からも、持ち込みした時の編集さんからも指摘されるし、そして自分でも、そういう認識を持っている。だからこそ、今回は気合が入るとともに、一朝一夕では乗り越えられないため、空回りしていた。

 ノートパソコンに表示されているWordファイルには、先ほどから何も書きこまれていない。煮詰まっているのだ。

 そこへ、部屋のドアがノックされた。すぐに気が付いた歩は、「開けていいぞー」と言いながら振り返る。

 するとそこには、歩の母の清美とエイミィが立っていた。清美は片手にスマートフォンを持っている。


「おふくろ、エイミィ」


「歩、これ見て、これ」


 清美がスマホを差し出すと、そこにはインターネット動画投稿サイトYouvieの検索画面が表示されていた。


「見たくなかったら、すぐ消してね。でも、喜ぶと思って」


「なんだ?」


 再生ボタンをタッチすると、あっという間にダウンロードが終わる。二〇二二年は5G回線が実用化されているので、とても速いのだ。

 そして再生が始まった。


「おっ、こりゃあ……」


 画面の中で、日本の大人気特撮番組「仮面グラップラー」の主題歌に合わせて、同人ファイターのイラストや生中継された描王たちとの戦いが編集されて流れる。動画の最後には、「戦え、負けるな、同人ファイター! 応援してます!」と言う文章が大きく表示された。再生回数もコメント数も、昨日投稿されたとは思えないほどだった。


「イラストの時と同じで、うれしいけど、照れるなぁ……」


 イラスト? と疑問符を浮かべる清美に、エイミィがPicoupにたくさん同人ファイターのイラストが投稿されていたことを教える。


「なんだ、そうだったの。じゃあ、見せるまでもなかったかな……。

 みんな応援してくれてるのよ。

 それを伝えたかったの」


「ありがてえけど、わざわざ、二人でか?」


「あ、そうそう、それね」


 清美がエイミィの肩に手を置き、前へ押しやる。


「エイミィちゃん、あんたの今までの漫画が読んでみたいんだって。貸してあげられない?」


「歩さん、お願いします」


 エイミィは目をキラキラさせていた。スカイの物まねをした時といい、異文化や創作物が大好きなのだろう、と歩は思った。


「いいぜ。

 ちょっと待ってくれよ……ええと、ちゃんと本になってるのでいいか? あんまり昔のだと、下手くそなんだ」


 歩は本棚の薄い本を見ながら言う。子どものころに漫画を描いたらしい自由帳もあれば、コピー用紙を束ねた本、つまりいわゆるコピー本もあり、また印刷所に依頼して作ったであろうきちんと製本されたものもある。ちゃんと本になったものとは、おそらく最後のものを言っているのであろう。印刷所に依頼するにはそれなりのお金がかかるので、歩の場合、軌道に乗ってからそうし始めたのである。


「本当なら、最初から見たいのですが……」


「見せてあげなさいよ、減るもんじゃないし」


「精神的に減るんだけどなあ……」


「そんなこと言ってたら、プロになんてなれないわよ」


「うーん、じゃあ、恥ずかしいけど、これ全部な」


 歩は本棚から自作の同人誌たちをごっそり引き出した。その数はおよそ二十冊と言ったところか。


「一冊しかないのもあるから、大事に扱ってくれよ。持てるか?」


 冊数で言えば多いが、一冊当たりがそんなに厚くないので、エイミィは問題なく持てた。


「大丈夫です、ありがとうございます」


 そうこうしていると、夕方近くなっていた。


「おーい、歩、清美、ブリーズさん。もうすぐ送り火を始めるから、着替えてこい」


「ああ、わかった!」


 正太郎の声に返事をし、清美とエイミィが出て行ったのを確認してから、パソコンを落とし、歩は着替えだした。



 歩が学校の制服に着替えて外に出ると、正太郎と文美の手で、既に準備は終わっていた。二人とも喪服を着ている。しかしエイミィと清美の姿はない。女性は着替えるのに時間がかかるから、歩の方が先に出てこれたというわけだ。

 しかし、二人とも急いだのか、それほど待つこともなく、玄関から出てきた。清美も喪服、エイミィも借りたか貰ったのであろう、黒いワンピースを着ていた。

 歩はエイミィに一瞬見惚れそうになったが、今は送り火なのだと意識を切り替える。

 正太郎の手によって、素焼きのお皿の上に置かれた苧殻――皮をむかれた麻の茎――に火がつけられる。


「あの、これにはどういう意味があるのですか?」


「あ、そうか、知らないか。

 お盆の送り火って言ってな、お盆の間帰ってきていた先祖の霊が、無事戻っていけるように燃やしてるんだ」


「なるほど……。ありがとうございます。

 すみませんが歩さんたちの宗教的行事について、後でもっと教えていただけないでしょうか?」


「ああ、いいぜ。後でな」


 歩は、めらめらと燃える火を見つめながら、心の中で、


 ――俺、頑張るから。


 そう、亡き父に告げるのであった。



 送り火が終わった後で、歩はエイミィを仏間に案内した。仏間とは仏壇が置いてある部屋のことで、歩の家の場合、居間の隣であった。仏壇の前には、盆棚が設置されている。盆棚とは、お盆の間だけ設置される、先祖を迎える舞台のことだ。


「豪華な祭壇ですね」


 エイミィは仏壇を見てそう言った。


「仏壇って言ってな。今はお盆の後だから、盆棚がまだ残ってるな。


 死んだ先祖や親族をお祀りして対話をするもの、という風習もある」


「も?」


「本来は、仏教っていう宗教の仏様を祀るためのものらしいぜ。俺は親父と対話したいから違う方を信じてるけどな」


「なるほど……亡くなった方と対話できたらすばらしいですね。私もそちらを信じたいです」


 歩は、エイミィの気配りに感謝を覚えるとともに、惑星ブルーシが滅亡したことを思い出して一瞬言葉を詰まらせた。


「……じゃあ、まあ、線香のあげ方を教えるか。俺らが信じてる方の、死者への祈り方だな」


「ありがとうございます!」


     □     □


 翌日、朝。

 朝食をとり終わり、歩が部屋に戻ると、ちょうどそのタイミングでスマホに着信した。歩はすぐにスマホを手に取る。いつも持ち込みをしている出版社の郷段社からだ。

 と言っても、まだ歩は担当がつくほどの腕ではない。一体何だろうと思って電話に出ると――


『もしもし、郷段社の飯本です! 道本さん! 今お電話よろしいですか?』


「ええ、かまいませんけど……いったい、どうしたんですか? 飯本さん」


『それがですねぇ~~! 喜んでください! 昨日の会議で、週刊少年コミマガにて、道本さんがこの間持ち込んだ漫画を掲載したいということになったんですよ!』


「え……えぇっ?! マジですか?!」


『マジです』


「や……やったぁーーっ! 俺もついにデビューか!」


『君には非常に話題性がありますし、熱意もありますからね』


 喜びを爆発させた歩だったが、飯本の発言で我にかえった。


「実力じゃない……てことすか」


『そうは言ってませんよ。話題性も実力のうちです。それに、どんな形であれ載るのはチャンスとは思えませんか?』


「そうっすね……ちょっと待ってください」


『うん、いいですよ』


 歩は悩む。載るのはチャンスに違いないが、あまりにも下手な原稿を運だけで載せても、「つまらない作家」として覚えられてしまうだけで意味がないのではないか。酷評されるだけではないか。しかし、今ダメなのはストーリー作りの方で、百パーセントダメなわけではない。昨日もストーリーで詰まっていた。それに、ひょっとすると載せてみることで何か先へ進むヒントを得られるかもしれない。


「お願いします。載せてください」


 歩は、成長の可能性をとった。


『おお、そうですか! 載せてくれますか! よかったよかった! じゃあ、載るのは来週ですけど、早いうち、できれば今から、一度こっちまで来れませんか?』


「そりゃあかまいません……けど……あっ、でも、俺今狙われてるんですよ、描王に。危なくないですか?」


『我が社としては、問題ないって判断です。連中がいつどこに来るかわからない以上、どこにいたって変わらないし、君がいることで逆に来ないかもしれない。それに、君なら勝ってくれるだろうし、何より、作家の可能性をそんなことで潰したくないんですよ』


 思わぬ信頼に歩はぐっと来た。


「はい! ありがとうございます!」


『ハハ、じゃあ、十一時に来れますか? そこからなら、電車で一時間くらいでしたよね』


「そうですね……大丈夫だと思います」


『じゃあ、十一時に』


「はい! よろしくお願いします!」


 興奮冷めやらぬ表情で、歩はスマホの通話切ボタンをタッチした。


     □     □


「どうやって同人ファイター・道本歩を殺すか。みんな、忌憚なく意見を述べてくれ」


 リーダーの冷泉の発言に、描王と構成員たちは一様に頷いた。


「グラヴィトンを複数出すのはどうっすか?」


「数を増やすと質が落ちるのでな、アレを複数は無理なんだ。別の案を頼む」


 描王が挙手をして返事をした。


「では、変身する前に襲うとか……グローブを奪うとかはどうですか?」


「相手は空手の達人だぞ。そんな隙つけないだろう」


「なるほど……他には?」


「グラヴィトンに自信があっただけになあ……中々、思いつかないですよ」


 鈴木が愚痴をこぼした。


「そういうな、鈴木。失敗は成功の母だぞ」


 冷泉が優しくたしなめた。


「じゃあ、まず改善点を考えていきますか……。

 まず、描力を奪う能力を外しましょう。どうせ同人ファイターからは奪えないんだし。普通の人間は殴れば沈黙するでしょ? だからいりません。

 次に、頭の結晶体で制御するのをやめた方がいいでしょうね、壊されると一発でやられるので……。まあ、可能ならですが」


「可能だろうか、描王殿」


 描王がふざけて挙手をする。


「可能だろうが、今までにないな。例えば、どんな戦士がいい? もっと具体的に頼む」


「例えば、体全部を破壊するまで活動できる……とか」


「ふむ」


 描王は宙をにらみ、手を開いたり閉じたりした。


「それ自体は可能だが、重力行使能力と同時にはできないだろうな。結晶体を全身にばらけさせる分、処理能力が下がるのだ」


「全身に結晶体レベルの処理能力を置くとかはできないんですか?」


「残念ながら、私の戦士生成能力にも限界がある。それは不可能だ」


 描王は無念そうに頭を振った。


「では、それを頭に入れた上で考えていこう。グラヴィトンの時と同じく、何らかの仕組みで空手の動きや攻撃を封じるのがいいとは思うが……」


 皆それには同意なようで、特に口を挟まず思考を開始した。


「あっ……、はい!」


 太っちょの斎藤が挙手をする。


「いいぞ、斎藤」


「触れない体にしたらどうかと思うっす。触れなけれ相手の攻撃も当たらないっすよね?」


「触れない体……とは、具体的にはなんだ? そのまま触れない体にしてしまうと、こちらからも何も出来んぞ」


 疑問を呈する描王に対して、斎藤はかしこまりながら、


「きょ、恐縮っす。えーっと、例えば……つるつる滑って攻撃が意味ないとか……」


「こちらの攻撃も滑ってしまうぞ」


「あっ……すみません」


「いいんだ、斎藤。アイデア出しの時はダメそうに見えてもとりあえず発言する。それが大事なんだ」


「冷泉殿の言うとおりだ。この世界を変えられるかどうか、全ては君たちの頭脳にかかっているのだから、わずかな可能性も潰したくはない」


 描王は、理解ありげに微笑んだ。

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