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ファイターになるということ その三

 そのころ、ひるバン! を見ていた悪政粉砕団はと言うと。


「描王殿、この愛田という言論人も、仲間にしたのか?」


「いいや、勝手に言っているだけさ。利用できれば面白いがな……」


 この星にもバカがいるものだと、描王は内心で思ったが、表には出さずにいた。


「そうか。……しばらく、番組も進みそうにないな。休憩にしよう」


 テレビでは激昂した愛田が感情的になって意見をまくしたて、それに対して相馬やエイミィが反論をするが、愛田が話題を蒸し返したりするせいで議論は前に進まない。

 はじめ描王を怖がっていた太っちょの構成員、斎藤がインスタントコーヒーを淹れ、各構成員に配っていく。描王にも渡そうとするが、


「いや、私は食べ物はいらないんだ」


 と断られた。

 休憩する構成員たちを観察していた描王は、ふと呟く。


「同じ人間なのに、動きに差があるのはなぜだ?」


「動き?」


「どういうことです?」


 反応する構成員たちに、描王は、うむ、と頷く。


「斎藤と言ったか。体積の多い団員は、他と比べて、歩くときに大変そうだ。それだけではない、実際、歩く能率も悪い」


「そりゃあ……、太っていると、重いからですよ。重力ってやつです」


「体がか。なるほどな。私は体の改変も定義と感覚でやってしまうから、あまり原理的なことは知らなかったよ」


 その会話を聞いていた痩せている構成員――鈴木――は、満面の笑みを浮かべた。


「はいっ! はいはいっ!」


 挙手をする鈴木に、冷泉が目を向ける。


「どうした鈴木。アイデアがわいたのか?」


「そうです!

 ……いくら同じ描力行使体と言っても、敵は自分を自由自在に変化できるわけではありません。そこに隙があります。

 つまりこういうことです。同人ファイターに強い重力をかければ、思うように動けなくなるのではないでしょうか?!

 そこを一方的に叩けばいいのです!」


「うん……」


「そうか、それだ!」


 構成員たちは色めき立つ。


「なるほどな。これは可能なのか、描王殿」


 冷泉が確認をすると、描王は挙手をする。


「端的に言えば、可能だ。

 君たちと組んだのはやはり正解だったようだ。

 重力を操れる戦士を産み出そう。それで勝てるはずだ」


 描王は虚空に手をかざし、意識を集中した。


「いでよ、わが戦士よ!」


 空間に突如光が現れ、構成員がまぶしいと感じる間もなく風が吹き、気が付くと銀色の異形がいた。頭部には結晶体があり、明滅している。


「名前は、何がいいかな」


 描王が構成員たちに問う。


「グラヴィトンはどうでしょうか。仮説上の重力に関する素粒子の名前です。強そうですし」


 鈴木が提案した。こう見えて鈴木は高学歴なのだ。


「いいだろう。行け! グラヴィトン」


 描王が命じ、冷泉が家のドアを開けると、グラヴィトンは目にもとまらぬスピードで宙に浮き、移動していった。


     □     □


「だから言ってるでしょ! 暴力ふるってる方が悪なんだって!」


「いえ、正当防衛です。連中だって暴力ふるってるでしょう」


「それはこちらから仕掛けたからじゃないの?!」


 スタジオでは、愛田と相馬の議論にならない議論が続く中、スタッフが司会の和の元へ走り寄った。


「お二人とも、すみません、緊急ニュースだそうです。

 ……銀色の怪物が出現、いろはテレビ局の横に浮いている……。

 えっ? 横に浮いている?」


 その時、轟音と共に、スタジオの壁が外から破壊された。


「すぐに描我転身してください!」


 エイミィが鞄から歩の同人誌を取り出すが、愛田がひったくってしまった。


「あっ、ちょっと!」


「愛田さん、返してください!」


「嫌よ! やらせないわ!」


 アクシデントが続く中、ついにグラヴィトンがスタジオ内に入ってしまった。


「初めまして宇宙人さん! 私は愛――」


 どさっ、と、挨拶の途中で描力を奪われてしまった愛田が倒れるとともに、スタジオ内に悲鳴と怒号が響き渡る。


「歩さん、あの同人誌を――」


「おう!」


 歩は愛田が倒れたことで自由になった同人誌を拾い、


「描我転身!」


 漆黒のスーツに紅の装甲の姿へと変わった。

 その様子は、まだ描力を吸われていないカメラマンによって再び全国ネットで生放送された。

 主人公は先手必勝、速攻でグラヴィトンの頭部の結晶体を破壊しようと駆け出した。

 しかし、グラヴィトンの結晶体が明滅すると同時に、ずん、と体全体が重くなり、立っている床にも亀裂が入る。


「なに……?!」


 戸惑う歩は、急に体が重くなったことで転びかけたが、何とか踏みとどまる。しかし、走るどころか歩くことも困難になってしまった。そこへグラヴィトンは宙から蹴りを浴びせる。重くなった体になれていない歩は、さばききれずダメージを受け、後退した。


「あれが描王ですか?! ブリーズさん!」

 プロとして仕事が体に染みついているのか、和がカメラを意識しながら問う。


「いえ、違います! おそらく以前とは違い、浮く能力などを付与し強化された部下の個体だと思われます!

 ……あなたたちも早く逃げて! 我々は足手まといです!」


「は、はいっ!」


 エイミィたちがスタジオから出ようと動き出す。

 歩が空気を読み、攻撃するそぶりを見せたため、グラヴィトンはそちらに集中し、エイミィや和、スタッフたちは無事逃げだせた。


「ぐはっ……!」


 しかし、そのせいでグラヴィトンから先の先をとった攻撃を受けてしまった。動作が極端に遅くなっているため、当然である。

 歩は何とか反撃の糸口をつかもうと防御を固めたが、グラヴィトンは重力で強化された攻撃を、それも宙に浮いて蹴りばかりを繰り出してくるので、結晶体には文字通り手も足も届かず、ダメージを深めていった。また、強い重力下では受けの動作もタイミングを合わせるのが大変難しく、ましてや、回避の体捌きなどは不可能に近かった。

 歩はグラヴィトンの思惑通り、グラヴィトンが入ってきた穴の方へとじりじりと後退していった。

 そして、その時はきた。


「ぐっ、うわぁぁあああ!」


 歩は、穴から地上へと叩き落された。


     □     □


 テレビ局の中を逃げながら、エイミィは焦っていた。描王がまさかあんな強力な能力を持った部下を生み出せるなんて、思ってもみなかったのだ。プロトグローブの反応では歩はまだ無事だが――地上に落ちてしまっている。マズい。空を飛べる敵を相手に、広い場所へ移動させられるなんて最悪だ。

 何とか、敵の能力を分析して、突破口を見つけなければ。それには情報が必要だ。プロトグローブの対人体描力探知機能だけでは足りない。


「和さん、何とか外の――地上の情報は得られませんか?!」


「どういうことですか、ブリーズさん!」


「このグローブの機能からの情報によると、歩さんが地上に落とされたみたいなんです、助けないと!」


「そりゃあ大変だ!……そうだプロデューサー、使ってないドローンがありましたよね? あれを飛ばせば何とか……!」


 プロデューサーと呼ばれた男はうむ、と頷いた。


「私の責任で、すぐに飛ばそう。ただし、撮影した映像は中継させてもらうが……」


「なんでもいいのでお願いします! ……それと、外にいる歩さんへ情報を伝えることはできませんか?!」


「外に聞こえるスピーカーがあったはずだ。それも使ってもらって構わない」


「ありがとうございます!」


     □     □


 地上に落ち始めたとき、歩は死を覚悟した。

 だが、グラヴィトンの結晶体の光から体が外れると重さが元に戻ったために体勢を立て直すことができ、無事足から着地できた。

 助かった――そう思ったのもつかの間、再び体が重くなった。

 グラヴィトンだ。頭部の結晶体を明滅させながら、ビルの穴から歩の方へ高速で宙を舞い移動している。そして、歩に蹴りで攻撃を放った。

 歩は、動作がのろくなったのをカバーするため、また敵の攻撃の威力を減らすため、後退しながら腕で受けをとった。こうして後退しても、今は地上にいるのだから、もうどこかへ叩き落される心配はない。

 受けをとりながら、何とか反撃しようと敵の足に手刀を放とうとした。しかし簡単にかわされた。歩の体が重いからというだけではない。相手は、空中を高速で自由に動けるのだ。

 また、それだけでは終わらなかった。攻撃をした隙を狙われ、再び蹴りを浴びてしまう。しかも今度は、受けも取れなかった。衝撃が歩を襲う。そしてグラヴィトンは、すぐにその場を飛翔して離れる。俗にいうヒット・アンド・アウェイだ。

 この瞬間、歩は、状況を打開する策が見つかるまでは、防戦一方になるしかないと悟った。


 ――守りを固めるんだ……今はそれしかねえ。


 後退しながらであれば何とか受けのタイミングを合わせられる、それを理解した歩は、次のグラヴィトンの攻撃を受けることはできた。


 しかし――


「ぐはっ……」


 ――グラヴィトンとて、単調な攻撃ばかりをしかけるわけではない。歩が前の防御を固めれば、横から、


「ぐっ……くそっ……」


 横を固めれば、後ろから、


「ぐおっ……!」


 あらゆる角度から攻撃を仕掛けてきた。

 後ろから攻撃をされるからと言って、振り向こうとしても、その動作自体が、強い重力下の戦闘で、グラヴィトン相手では遅すぎる。変なところに当たって、かえってダメージを深めかねない。

 やがて歩は、体を丸め、じっと攻撃を耐えるしかなくなってしまった。


 ――あの結晶を壊せば、一発逆転だ。でも、それを、どうやってやる?


     □     □


 戦いに集中している歩は気が付かなかったが、既にエイミィたちの飛ばしたドローンは戦闘の行われている場所付近にたどり着き、一定の場所でホバリングしながら付属のカメラとマイクで絶望的な戦況をエイミィたち、そして全国へ中継していた。

 逃げた先、先ほどとは別のスタジオで、倒れてしまった愛田を抜かせばほぼ同じメンバーで、番組の続きも行うことになった。

 もっとも、出演者もスタッフもみんな、番組ということを忘れて、歩を救うことに一心になっていたが。


「これは……マズいな……。動作が極端に遅くなっている。何が原因だと考えられますか? ブリーズさん」


 相馬が難色を示した。


「おかしいです、描我転身した体には、敵からの改変を受けないはずです!」


「では、改変以外を考えましょう。落ち着いて、よく観察するんです。彼を救えるのは僕たちしかいません」


「そうですね……ありがとうございます!」


 エイミィは食い入るようにドローンが送ってくる映像を映したモニターを眺めた。何か、何か勝機があるはずだ。それがなければ歩は敗れ、この地球も惑星ブルーシと同じ結末を辿ってしまう。


 ――そんなことはさせない。客観的に様子を眺められる私達なら、相手の弱点を見極められるはず……!


「相馬さん、どこに注目して観察すれば突破口が開けると思いますか?」


 和は勢い込んで聞いた。


「そうですね……敵がどうやって同人ファイターの動きを鈍くしているのか、ですから、敵そのもの。あとは、同人ファイターの動作そのものでしょうか」


「なるほど! 皆さん、知恵を貸してください! あ、そうだ、視聴者の方々も! 名案がありましたらインターネット短文投稿サイトMurmurにハッシュタグをつけてアイデアを書いてください! なお、危険ですので現場には決して行かないようにお願いします」


 そうこうしている間にも映像の中で歩は、受けを取れたり取れなかったりしている。そこへ警官隊が現れた。


「あっ、警察の方々が応援に来た模様です! 発砲しています! しかし、当たらない!

 ああっ、手をかざされて……昏倒させられました! ブリーズさん! 彼らは助かりますか?!」


「歩さんが勝ちさえすれば助かります!」


 その時、テレビ画面下部に「青ポスト:動作が遅いと言っても、腕を振り上げる動作は遅いのに、降り下げる動作はむしろ早いくらいだ。この違いは何だ?」という書き込みが表示されていた。


「おや、気になる意見がMurmurにありますね。わかりやすく録画した映像をスローで再生できませんか?」


 できます、というADの声の後、スロー映像が大写しにされた。


「確かに、動きに差があるようですね」


「動作そのものが遅いってわけじゃないのか……?」


 皆、言われて初めて気が付く。


「まあ、振り上げる動作より、降り下げる動作の方が、重力あるから楽ではありますね」


 和が実際に腕を振りながら発言する。


「そうか! わかったぞ!」


 相馬が指をぱちんと鳴らした。


「な、何がわかったんですか?!」


 全員の視線が相馬に向いた。


「敵のやっていることがですよ! おそらく、敵は通常よりも強い重力を同人ファイターにかけているんです! だから自由に動けないけれど、地面に向かう動きは通常通り、いや通常より早く動けるんだ!」


「さすがです相馬さん! では、どうやって戦えばいいのでしょうか?」


「それは……敵の重力作用を打ち消すか、それ以上の力を発揮するかですね」


「反重力装置なんて、我々にとっては完全にSFですから無理ですね……」


「確かに……」


 うんうんとうなる二人をしり目に、エイミィは集中して観察しながらぶつぶつと呟いていた。


「……敵が重力を扱っているなら……歩さんがそれ以上の出力を使えるならとっくに出しているはず……なら、どうすればいいか……重要なのは、観察……」


 そこでハッと気づき、


「ドローンのカメラで、もっと歩さんの足をズームできませんか?」


「できるはずです。操作している方、お願いします!」


 和の発言で、ドローンを操作していたADが、カメラを足に向け、ズームさせる。


 ――足そのものを見てもしょうがないけれど、重力と言うことなら……!


 エイミィは歩の足元の地面を注視した。すると……


 ――……! コンクリートに入る亀裂の出来方が一定じゃない! おそらく、重力のかけ方は――


 そこまで理解したところで、エイミィは外へとつながるマイクをひったくるように取った。


     □     □


『歩さん! 聞こえますか! よく聞いてください!

 敵の能力は重力作用、しかし完璧な演算であなたを封じているわけではありません!

 一定ではないし、かといってあなたの力に合わせて変化しているわけでもない、いたっていい加減なものです!

 なんとか隙をついて出力の高いあの技を出してください!』


「おう! わかった!」


 スピーカーから聞こえたエイミィのアドバイスに、歩は力強く答えた。

 すでに強い重力下での動きにも順応しつつある。

 グラヴィトンがさらに攻撃を加えようと歩の方へと向かってくる。後ろからだ。

 しかし歩は、後ろに目があるかのようにその気配を感じ取った。

 タイミングを合わせて――



 ――マグナム・アタック――



 まず両足でマグナムアタックを放ち、強引に重力に抗い宙返りをし、グラヴィトンよりも上空の位置に移動する。


 ――重力は地面に向かって働くもの、だから奴の真上に行けば関係ねえんだ!


「届いたぜ!」


 グラヴィトンは重力の手を緩めなかったが、それが裏目に出た。



 ――マグナム・アタック――



 二回目のマグナムアタックで振り落された拳槌がグラヴィトンの結晶体を粉々に破壊した。グラヴィトンは動かなくなり、地に落ちた。

 強い重力から解放された歩は、軽やかに着地する。

 描力を奪われ倒れている警官を間髪入れずに助け、それが終わるころ――


「歩さん! 歩さん歩さん!」


 いつの間に降りてきていたのか、涙ぐんだエイミィが歩のところへ駆け寄る。


「無事でしたか……?」


「おう、まあ、なんとかな!」


 歩は勢いよくちからこぶのポーズをとった。


「汎用決戦グローブを外さないでくださいね」


「傷の治りが早くなるから……だな。覚えてるぜ」


「はい……」


 エイミィは、歩の手をグローブの上から両手で包み込んだ。


 そうこうしているうちに、相馬や和など、ほかのひるバン! 関係者たちも現場にたどり着いた。


「おっと、お邪魔でしたかね?」


「う~ん、『Another Air』のラストシーンを思い出しますね……!」


「本当にぶれないですね、相馬さん」


「これが私ですから」


     □     □


 対グラヴィトン戦もテレビ中継されていたため、世界各所で勝利が喜ばれた。

 ネット上でもそうである。ここにMurmur上の書き込みをいくつか紹介しよう。



南空:勝ってよかった……!


ボロボロ団:本物の殺し合いの中継かよ、マジ怖いんですけど! 勝ったのはよかったけど!


スケ水:あんなに攻撃受けて、中の人……道本さんは大丈夫なのか?


もーくん:青ポストさんGJ!!!


オタッキー川村:相馬はほんとぶれないなあww まあAnother Airは名作だけどさ……


銀空:愛田は助かるのかな。バカやったとはいえ気になる。


カケル:同人ファイターマジかっこいい!



 また、スマホトークアプリCORDのグループトーク上での歩の友人たちのやりとりも記しておく。



 岩木:ハラハラしまくったけど、とりあえず勝ててよかった!


 山中:あーくんが無事でよかったよぅ


 高田:敵は急に知恵をつけたな。前回が舐めてかかっていただけかもしれないが、気になるな。


 岩木:お前、文章だと饒舌だよな~。知ってたけど。


 宮野:とりあえずよかったわ……道本くんまであっちに行ってほしくないもの。


 岩木:そういや、歩が来ないっすね。さっきまで戦ってたんだし忙しいのかな。


 高田:それもあるけど、描力をとられちゃった人の蘇生もあるし、手当もあるじゃん?


     □     □


 歩たちが一番最初のスタジオに戻り、愛田を蘇生すると、愛田は最初は状況が呑み込めていなかったが、自身が襲われたこと、また救ってもらったことを理解すると、恐怖と感激が入り混じった表情で、


「私は間違ってた。これからは同人ファイターの、道本さんの味方になるわ」


 と、しおらしくカメラの前で宣言した。



「道本さん、君には夢があるんですよね?」


 真剣なまなざしの相馬が歩に問う。


「あります」


 歩も、稽古や試合の時のような真剣な顔つきになった。


「描王一味を倒した後は、その自分の夢に戻ってください。その時が君の、そして僕たちの勝利なんです」


「ありがとうございます……!」


 涙をこらえて歩がそう答えると、誰からともなく拍手が巻き起こった。


 伸びに伸びた「ひるバン!」八月十五日の放送はそこで終了した。



 その後、歩と相馬が連絡先を交換した後で、愛田の検査と歩の治療のため救急車が到着し、病院へと向かった。

 相馬は楽屋に行き、スマートフォンを操作し、知人に連絡を取るため、電話を掛けた。


「もしもし、相馬です。西野さんですか?」


『もしもし、ああ、テレビ見てたよ。無事でよかった』


「ありがとうございます。ところで単刀直入に言うんですけど、道本くんの、同人ファイターの力になってやってくれませんか」


『そりゃあ、できることがあるならそうしたいけど……いったい、どういうことだい?』


「西野さんが経営しているイラスト投稿SNS『Picoup』がありますよね。そこでまずは同人ファイター関連のイラスト投稿のお祭りをやっておくんです。これは今すぐにでもお願いします」


『そりゃあ、うちのSNSにとっては名案だな。客も増えるし。いいことづくめだけど。それがどうして同人ファイターの助けになるんだい?』


「僕に考えがあります。

 名付けて――プロジェクト・Phalanxですよ」


     □     □


 一方、病院へと向かった歩は、手当を受けた。小さな傷なら既に汎用決戦グローブのおかげでふさがっているが、大きなあざなどは残っているためだ。それでも即日で帰れる程度のけがで済んだのは不幸中の幸いと言えよう。

 歩たちが愛田の入院している部屋に行き、互いの好きな漫画などの雑談をしていると、二人の警察官――剛本と松山がやってきた。コミバ襲撃事件の後、歩とエイミィから事情聴取をした二人だ。


「やあ、こんにちは。同人誌、何とか手に入れて読んだよ! ダイナミックで面白かった。実写化されたらいいなあ」


「テレビ中継は見させてもらった。

 ……実は私たち二人も描王対策本部に所属することになってね。

 申し訳ないのだが、今回のいろはテレビ襲撃事件について聞かせてもらえないか」


 歩と愛田が襲撃事件について説明すると、剛本と松山はメモを取りながら聞いた。


「愛田さんは入院中だし、歩くんはいつ襲撃があるかどうかわからないから待機してほしいから、そうだな、この事件が解決したらまた改めて聴取させてくれ」


「わかりました、いつでも協力します」


「私もそれで構いません」


「ありがとうございます。ご協力に感謝します」


 二人は敬礼して去った。



 歩とエイミィは愛田の病室を後にし、ガラガラの電車で五十川市の家へと帰った。


「おかえりなさい、エイミィさん。歩も……。いろはテレビ見ていたわよ、大丈夫なの?」


 玄関で出迎えてくれた歩の母は、心配そうな顔をしていた。


「おう、まあ、すぐに治りそうだよ、おふくろ」


「そう、ならよかったわ……」


「ただ、話があるんだ」


「じゃあ居間にいらっしゃい。みんなも待ってるから」


 手洗いうがいを済ませ、歩とエイミィが居間に行くと、歩の叔母さん一家と祖父母、そして母がいた。


「話ってのは、俺がここにいていいかってことだ。

 どうも描王は、俺を優先的に排除しようとしている感じがする。

 だからここにいると、みんなに危害が及んじまうだろ。

 あいつを倒すまで、家を出ようかと思ってさ」


「私は気にしすぎだって言ったんですが……」


 エイミィが伏し目がちに付け加える。


「なにを言うとるんじゃ。家を出て、どこへ行くつもりなんじゃ?

 わしはそんなことでお前たちを放り出したりせんぞ。

 それに、どこへ行っても周りが巻き込まれるかもしれないのには変わりない。

 家族はダメで、赤の他人ならいいというのも無責任な話じゃし、どちらを巻き込んだ方がましかと言えば、家族の方じゃろう」


 正太郎の正論に、歩はうろたえた。


「う……確かに」


「お前は自分が悪いかもしれないと思うと、判断が甘くなるのぉ。

 でも、お前は悪くないんじゃよ。

 悪いのは描王とかいう馬鹿者の方なのじゃからな」


「それは……そうだな」


「じゃが、お前の言うことにも一理はある。危険かもしれないところに親戚一同で集まる必要はない。……せっかく来てくれたのに悪いのじゃが、礼奈、お前たちは帰った方がいいかもしれん」


 礼奈とは、歩の叔母さんの名前である。正太郎は、叔母さん一家、つまり幼い子どもまで危険にさらす必要はないと考えたのだ。


「うん、そうね、お盆は明日までだから、一日早まるだけだし。渋滞に巻き込まれずにかえっていいかもしれないわ」


 礼奈は快諾したが、武は不満そうに口を尖らせた。


「えー、ぼく、歩に―ちゃんと一緒にいたいよぉ」


「わがまま言うんじゃありません! 全部終わったら、いつでも会えるんだから。歩お兄さんの足手まといになりたいの?」


「そうだぞ、武。今は我慢するんだ」


 叔母さん夫婦にたしなめられ、


「うー……ごめんなさい」


「ごめんな、終わったら一緒にお絵描きしような」


 うなだれる武を見て、歩は優しく声をかけた。


「うん! ありがとう!」


「こんな時間じゃが、善は急げじゃ。支度を手伝おう」


 支度が済むと、叔母さん一家は歩を激励してから帰っていった。

 それから少しして、夕食をとっていると、電話がかかってきた。歩の祖母、文美が電話に出たが、すぐにエイミィに取り次いだ。


「いろはテレビのプロデューサーさんからよ」


「はい、ありがとうございます。……もしもし、かわりました。ブリーズです……はい、明日のお昼の番組、ひるバン! に電話出演ですか。私はかまいませんが――」


 エイミィがちらっと正太郎を見ると、すぐにうむ、と頷いた。


「大丈夫です。よろしくお願いします。それでは」


 エイミィは電話を切った。



 歩は寝る前になって、ようやくCORDのグループトークに書き込みがされているのに気が付いた。


「あいつら……。ありがてえな」


 歩は、「とりあえず無事だ。みんなありがとう。おやすみ」と書きこんでから眠りについた。

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