ファイターになるということ その二
歩とエイミィはお昼の報道番組に出演するため、東京都にある、いろはテレビのテレビ局を訪れていた。道中は電車を選択したのだが、お盆とはいえ異様に空いていた。外出したら危ないのだから当然とも言える。
「道本さん、ブリーズさん、こちらが楽屋です。ここでお待ちください。ロケ弁はご自由にどうぞ」
「わかりました。案内ありがとうございます」
歩が答えると、局内を案内してくれた社員の方は去った。
楽屋の中に入ると、既に他の出演者は到着していたようで、二人ほどいた。二人とも年の頃は四十ほどだが、服装や体形が大きく異なっている。
黄色いジャケットとスラックスに身を包んだ中肉中背のロン毛の人物はちらりと歩を見た後、不機嫌そうによそを見ている。もう一人の茶髪で紺のスーツを着て眼鏡をかけている太った人物が席を立ち、歩たちのいる入り口の方へ歩いた。
「やあ、キミが同人ファイターの中の人だよね? 僕は相馬博則。気軽に相馬さんとでも呼んでくれ。おや、そちらは……ひょっとして……!」
相馬がエイミィの方を見る。歩が紹介する間もなく、
「『Another Air』のスカイコスプレですか?! すごい、ここまで再現したのは見たことないです!」
「あっ」
興奮気味にエイミィに詰め寄る相馬を見て、歩はようやく、今のエイミィの格好――空色のワンピース姿――が、ブルーシ人であるエイミィの容貌と相まって、有名な昔のギャルゲーのヒロインにそっくりであることに気が付いた。既視感の正体はこれだったのだ。歩はギャルゲーは知識程度にしか知らないので、気がつけなかったというわけだ。
ちなみにギャルゲーとは、魅力的な女の子ばかり出てくるコンピューターゲームのことを指す。
「いやぁ~~僕も子どものころにあのゲームにはまっちゃいましてね~~!
そうだ『ふにゅう』って言ってみてくれませんか?! 『ふにゅう』って!」
『ふにゅう』は『Another Air』のメインヒロインのスカイの口癖のことだ。同好の士を見つけた気になっている相馬はとても上機嫌だが、エイミィにとってはさすがに意味が分からない提案である。
「相馬さん、これはコスプレじゃないんです。たまたま偶然というか……。エイミィはブルーシ人……宇宙人だから、ゲームのキャラなんてわからないですし」
歩が助け舟を出す。しかしエイミィは、
「ふにゅう!」
と言った。
唖然とする歩とは対照的に、エイミィと相馬はノリノリだ。
「あ~~惜しいなあ~~! スカイの『ふにゅう』は困ったときのセリフなんですよ。だから、もっと元気をなくして言ってみてください!」
「ふ、ふにゅう……」
「グレイトォ!」
テンションが上がりきっている相馬と、何故か合わせているエイミィに、歩は目を白黒させてしまった。
「……あ、すみません、つい。
オホン……、僕はオタク文化の評論家なんですよ。解説役で呼ばれました」
「あ、ああ……はい……俺は道本歩と言います。同人ファイターです……」
再び、歩がエイミィを紹介しようとするよりも早く、今度はエイミィが、
「フフ、異文化を知るのは楽しいですね! 私はエイミィ・ブリーズです。惑星ブルーシから来ました」
「惑星ブルーシ……? そういえば、さきほども宇宙人とかおっしゃっていたような……」
今度は相馬が目を白黒させそうになったので、歩とエイミィは手短に説明をした。
納得した相馬は、とりあえずロケ弁を一緒に食べよう、と言った。もう一人の黄色づくめの男にも相馬は、
「愛田さんも一緒に食べましょうよ」
と誘ったのだが、すげなく断られ、愛田はロケ弁を持って出て行ってしまった。
「変だなあ、たまに番組で一緒になるんですけど、いつもは愛田さん、すごく優しい人なんですよ。お腹でも痛いのかな?」
不思議そうな相馬とともに、弁当を食べ終わるころには、番組に出演する準備をする時間になっていた。
メイクなどを済ませた後で一行がスタジオに入る。
スタジオには非常に大きなタッチパネル液晶と、出演者が座る席などがあった。
「道本くん、ブリーズさん、私は司会者の石川和です。緊張するかもしれないけど、私がちゃんと進行しますから、安心してくださいね」
白いスーツ姿の男性が挨拶をした。
「ありがとうございます!」
優しい司会者の和に、緊張していた歩とエイミィは安心した。
「本番はいります、3、2、1、キュー!」
ディレクターの合図で、生報道番組が始まった。
「こんにちは、八月十五日、正午になりました。ひるバン! 始まります!
本日の出演者は評論家の愛田正也さんと、オタク文化に詳しい評論家の相馬博則さん。
そしてゲストに、話題沸騰中の同人ファイター! 道本歩さん!
さらに道本さんが同人ファイターになるきっかけになったエイミィ・ブリーズさんを加えてお送りしていこうと思います!」
和が順番に紹介すると同時にみんな一礼をする。
出演者全員とスタッフで拍手をする。
「えー、インターネット短文投稿サイトMurmurとも当番組は連携していますので、視聴者の皆さん、よかったら番組ハッシュタグをつけて、どしどし投稿してくださいね! これはと思ったものは番組で使用する場合がありますので」
ハッシュタグとは、文章の属性を表したりする、お題のようなもので、これがついていると、同じハッシュタグが付いているものだけを一覧に表示することができたりする優れものだ。
「そして、今日のラインナップはこちら」
液晶に写真と見出しが映った。合計四つだ。
1、コミバ襲撃事件の怪物・描王とは?!
2、未知のエネルギー描力に迫る!
3、現実になった変身ヒーロー! 描我転身とは?
4、同人ファイターの使う同人誌ってナニ?!
「……見事に全部、コミバ襲撃事件がらみですね!
ではまず、うちの取材班が命懸けで撮影した例のVTR、どうぞ」
スタジオの液晶に歩と怪物が戦闘しているVTRが映る。この番組を見ている人のテレビにも、同じ映像が映っているのだろう。出演者全員から見える位置に置いてある、番組の映像がそのまま流れているモニタの下部分には、
「ゾウリムシ:同人ファイター強えーー!」
といったようなMurmurへの書き込みが早速表示されている。この間にエイミィと和を除く出演者は全員席に座る。
ふと歩が愛田を見ると、苦虫を噛み潰したような表情だった。
VTRが終わると、ちょうどADが大きなホワイトボードを運び終わったところだった。
「ではブリーズさん、このホワイトボードを使って一つずつ解説していただけないでしょうか」
申し訳なさそうな和に、エイミィは微笑んだ。
「いえ、お安い御用です」
まずエイミィは、ボードに二つの丸を書いて、片方の下に地球、もう片方の下にブルーシと書いた。
「私も描王も、地球人ではありません。はるか遠い別の星、つまり惑星ブルーシの出身です。平たく言えば、お互いに宇宙人ですね」
「宇宙人! 改めて聞くとスケールの大きな話ですね。宇宙船か何かで来たんですか?」
和がタイミングを見計らって合の手を入れる。
「はい。私もすごい状況にいるなあと思います。
宇宙船ではなく、瞬間転移装置で来ました。空間にホールを作り、別の空間を経由することで一瞬で移動する装置になります。一度きりしか使えない作りでしたが……」
「ものすごい装置じゃないですか! もう、SFの世界ですね」
和が素で驚く。実はSFファンゆえに、目が輝いている。テレビ画面下部にも、「スーパースター:ブルーシの かがくの ちからって SUGEEE!」と表示されている。
「はい、そうなんですが……地球はテクノロジーが進んだゆえに滅ぶというようなことがないように祈っています」
「滅ぶ……とは?」
「惑星ブルーシは描王によって滅ぼされてしまったんです」
暗い表情になりながら、エイミィは何とか平静を取り繕った。
「ということは、描王は進んだ技術から生まれてしまったってことですね? では、描王の解説に戻りましょうか」
「はい……描王はその惑星ブルーシの一国、ノースモーニで作られてしまった、自立駆動型の描力行使生体兵器です。ノースモーニはバイオテクノロジーの進んだ国だったのですが……それが仇となりました。ノースモーニが一番最初に滅ぼされることになります」
「自分を産み出した国を?! 知性とか、なかったんですか?」
エイミィと歩以外の出演者がみな一様に驚いた。
「先ほどの映像からもわかるように、知性はありますが……、人類を親としてはみなさず、ただのエネルギー源、そしておもちゃとして見ているようです。しかも、ただ殺すのではなく、弄んでから殺すことが多い。
ノースモーニから何とか脱出した描王開発研究所の元職員の証言では、描王は他者の描力を吸い取って使うことができる能力を持っていますが、そのせいで人類を親と思わず、下等なものとして見るようになったらしいです。描力については後でまた説明しますが、生命体の持つあるエネルギーのことです。
また、十分に成長してから暴走した、とのことです。……機会をうかがっていたのでしょうね」
スタジオ内に動揺が広がった。テレビ画面下部にも「ライトハルト:人類差別か……怖いけど壮大だな」と表示されている。
「知性があるとしたら、何か考えてるってことですよね。目的はあるんでしょうか?」
「うーん……実は目的はよくわかっていません。ただ、描王自身は描力を作れませんので、人類から奪っているようです。ひょっとしたら、破壊と殺戮だけが目的なのかも……」
□ □
そのころ、描王を仲間に加えた悪政粉砕団では、歩とエイミィの出演しているテレビ番組「ひるバン!」を、休憩時間に研究のためと称して構成員全員で視聴していた。
そして、スタジオ内と同様、構成員たちも再び描王に恐怖を感じ始めていた。
――こいつと手を組んで、本当に大丈夫なのか?
それが団員の抱き始めた感想だった。
「描王殿、団員が動揺しているから、解説を適宜加えてはもらえないだろうか」
「いいだろう」
テレビでは、描王の部下の怪物たちについて解説をしていた。それを横目に、描王はおどけて挙手をしてから発言を始めた。
「まず、暴走と言われてしまったが、私が理性を失っているように見えるかね?」
「全く、見えないな」
「理性は……あると思うっす。でも……」
怖がる構成員の斎藤に対して、描王は笑いかけた。
「ふふ、怖いのも無理はないが、もしあのブルーシ人の言うように暴走していたなら、君たちをすぐに襲っているはずだ。違うかね?」
「ああ……そうか!」
斎藤は顔を輝かせた。
「みんな、今のでわかったろう。おそらく、あのブルーシ人も体制側だったのだ。まあ、敵対していれば相手のことを悪く言うものさ」
「ありがとう、冷泉殿」
その時「ひるバン!」では「描力」についての説明をエイミィがしていた。
『……描力とは、生命体の持つ『物を創る力』のことです。手などを使って直接何かを作る力というわけではなく、精神エネルギーを指します。私たちの星では『神の操りし創世の力』とも呼ばれていました。発見当初はみんな大喜びしていました……。話を元に戻しますと、描力にできることは二つあります。一つは、何かを生み出すこと。これにより生み出されたのが、あの黒い部下の怪物です。もう一つは、何かを改変すること。腕を剣にしたりハンマーにしたりしたのがそれです』
エイミィの発言が一区切りついたところで、冷泉は描王を見て、
「正しいのか、描王殿」
「これについては、誤りはないな。私が部下を産み出したり、体を改変することができるのは、描力のおかげだ。
諸君、連中の言った『神の操りし創世の力』が正しいのであれば、描力を操るこの私はまさに神に等しいということではないかね。これは描王ではなく描神とでも名乗った方がよかったかな……ハッハッハッ」
挙手をして述べ、笑う。
他の構成員たちも、つられて笑いだした。
□ □
「お話を聞いていると、描力は誰にでもありそうなんですけれども……そこのところどうですか、ブリーズさん」
「はい、誰にでもあります。ただ、たくわえておける容量が、個人によって違います。容量は基本的に生まれつきで決まるため、ここでは何かを創作する技術が高ければいいというわけではありません。私も絵がうまいからという理由でプロトグローブの対象者になったのですが、描我転身して戦えるレベルではありませんでした」
「では、一種の才能ということですね」
「そうなります。
……もう一つ、描力を実際に扱う際の効率ですが、これは創作技術が高ければ高いほど効率がいいことがわかっています。つまりこの二つの車輪をそろえなければ、描王には対抗できません」
「ほほう! そして、その対抗できるのが道本さんというわけですね!」
急に話を振られた歩は、何とか愛想笑いを浮かべた。
「照れますけど、そういうことみたいです」
歩がテレビ出演に慣れていないことを瞬時に感じ取った和は、
「そうかぁ……でも、ちょっとワクワクしますね相馬さん、僕たちにも神の力の片鱗があるなんて!」
と、話をすぐに別の人に振った。
「そうですね……僕にも何かを生み出せるなら、例えば『Another Air』のスカイちゃんを出してみたいですね。文章ならそこそこ自信もありますし。戦えなくても何かを出すくらいならできるのかな?」
テレビ画面下部にも「スットコドッコス:相馬は相変わらずだが、ブリーズ氏がスカイそっくりなのが気になる」と表示されている。『Another Air』を知っている視聴者は、みな同じ思いに違いない。
「なるほど、描力があるならそういうことも可能かもしれない。どうなんですか、ブリーズさん?」
「うーん、確かに描力は誰にでもあるにはあるのですが……体温と熱エネルギーの関係と同じで、普通の人間が自在にコントロールすることはできません」
「なるほど。……じゃあ……ここで、そのグローブが関係してくるわけですね?!」
和は言いながら液晶を操作し、「3、現実になった変身ヒーロー! 描我転身とは?」を表示した。
「そうなります。このプロトグローブと歩さんの汎用決戦グローブだけが、現在のところ人類が描力を扱える手段となります」
「もっと詳しくお願いします!」
「ええと、私は開発者ではありませんし、仮にそうであったとしても敵も見ているであろうこの番組では概要しかお話しできませんが……よろしいですか?」
「もちろん、それでかまいません!」
頷いたエイミィは、ホワイトボードを綺麗にしてから、人のシルエットと、本を描いた。そしてそれらをプラスの記号でつなぎ、さらにそこから矢印を書いた。ちょうど、化学反応式のような具合である。
さらに、人のシルエットの下に「歩さん」、本の下に「同人誌」と書き加えた。
「描我転身とは、描力のこもった創作物と、必要十分なしきい値を超えた――莫大な量と言って差し支えない――量の描力を保有した人類が、融合することを指します」
「なるほど融合! それがグローブの一つの機能なんですね」
「はい。歩さんの場合は幸運にも戦闘できるキャラクターの創作物、つまりマグナムファイターの同人誌があったからその姿になれました」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
相馬が割って入る。
「じゃあ、例えば僕に莫大な描力があったら、僕の描いた本の姿になれたかもしれないってことですか? 例えば『Another Air』の二次創作同人誌であれば――スカイになれると?」
「そうですね」
エイミィがあっさり肯定する。ちなみに二次創作とは、パロディのことだ。
「くっ、なんということだ……! 僕に描力があれば……! あ、でも自分自身がなってもお話しできるわけじゃないのか……」
「相馬さん、もうよろしいでしょうかーー?」
和があきれ半分のまなざしで相馬に突っ込みを入れる。
「あ、はい」
「ではブリーズさん、説明の続きをお願いします」
エイミィは矢印の先に、デフォルメされてはいるがそれとわかる同人ファイターの絵を描いた。
「こうして描我転身することができれば、描かれた姿に変わることができるのは先ほどお話した通りですが、これは単に姿だけを変えることができるわけではありません。能力も可能な範囲で再現されることになります」
「だからあんなに強いんですね!」
「はい。他にも使用者の命を守るための機能などがありますが、敵も見ているでしょうから今回は秘密です」
そういってエイミィは、口元に人差し指を当てた。
「了解で~す! エイミィさん、ありがとうございました。どうぞ席にお座りください」
そう言いながら和はタッチパネルを操作して、「4、同人ファイターの使う同人誌ってナニ?!」を表示した。
「さて、ここからは道本さんの同人誌に迫っていきたいと思います。でも、その前にまず同人誌って何? という話ですよね。まずはVTRをご覧ください、どうぞ」
すぐに、スタジオの液晶画面に映像が映し出された。この番組の視聴者のテレビには、その映像が大写しになって配信されている。
その映像に登場したのは、年は五十代くらいの男性で、有名な漫画家の高松竜彦だった。
「あっ、たったん先生!」
高松のファンである歩がつい声を上げる。ちなみにたったんとは、高松の愛称である。「た」が続くからか、こう呼ばれるようになったのだ。テレビ画面下部にも、「漫画ン電池:たったんキターーー!」と表示されている。
映像の中で高松は語りだす。
『こんにちは、高松です。
俺はプロの漫画家でありながら同人活動もしています。こういうと珍しいと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、今は結構そういう方も多いと思いますよ。
さて、同人誌についてですが……』
歩は、どうせなら生で会いたかったなあ、と思いながら、VTRにくぎ付けになる。
高松が同人誌を説明し終わると同時に、VTRは終わった。
「さて! これで同人誌についてはだいたい分かったかと思います。では次に、道本さんの同人誌の内容を徹底解剖します!」
和はタッチパネルを操作し、画面に映し出されているものを変える。次に映ったのは、歩の同人誌の表紙や内容、あとがきなどだ。
「道本さんはまだアマチュアなんですよね? すごくうまいですね~~! プロになれるんじゃないですか?」
「えっ、いや、そんな、まだまだっす!」
歩は終わり方がいまいちなんだよなあとか、あのたったんが登場した後で漫画を褒められるとか何かの拷問か、という思いがないまぜになりながら焦った。
しかし和は気にせず続ける。
「えー、内容としては変身ヒーローものなんですよね。変身ヒーローと言えば仮面グラップラーがありますが、その二次創作ではないんですよね?」
「はい、発想の元にはなってますが、内容的にはオリジナルと言えるかと自分では思っています」
「デザインも、似てないですもんね~! 共通点と言えば、かっこいいところくらいしか……」
「きょ、恐縮です」
和はうんうんと頷く。
「さて! 我々ひるバン! はこの同人誌の一か所に注目いたしました。それはこの、あとがきです!」
和がさらにタッチパネルを操作すると、あとがきだけが大写しになった。さらにその一部に赤線が引いてある。
「道本さんのお父さんの遺書から抜粋されているようです……『父さんは、人のために死んだんだ。どうか誇りに思ってくれ』……道本さん、これいつ頃のことなんですか?」
「ああ……それですか。父は俺が三歳の時に殉職しました。民間人を強盗から守って刺されたそうです」
「勇敢な方だったんですね。道本さんにとってお父さんはどんな方でした?」
「ちょっと抜けたところもあったけど、親父は俺のヒーローなんです。それは死んでも変わりません。でも、ひょっとすると俺の漫画の中には、まだ父が生きているのかもしれません」
スタジオ内のほとんどに共感と同情が広がった。中には涙をぬぐっているスタッフもいる。テレビ画面下部にも「悟りメシ:ええ話や……いや、良くないんだけど……」と表示されている。
「なるほど、マグナムファイターはそんな思いで描かれていたと。では、道本さんにとって実際にマグナムファイターになるとはどういうことですか?」
「俺がマグナム……同人ファイターになるということは、誰かのために戦い、たとえ死んでもそれを誇りに思うということですね」
歩の壮絶な覚悟に、スタジオ内は静まり返った。しかし――
「いい加減にしてよ!」
堪忍袋の緒が切れた愛田が叫び、静寂を破った。
「あ、愛田さん?」
和が戸惑いの声を上げる。
しかし愛田はそれを無視しすさまじい剣幕で歩に向き合う。
「かっこよさそうなこと言ってるけど、実際は殺す覚悟を決めたってことでしょう?
あなたのやってることは単なる暴力です!
宇宙人殺しです!
正義に酔っぱらっちゃって……。
もし、いい宇宙人だったらって、考えないの?!」
「あの、愛田さん、先ほどのブリーズさんの説明、聞いてました?」
慌てて和が割って入るが、愛田は表情を変えない。
「あんなの、一方的に言ってるだけじゃない! 向こうからの情報は何もないんだよ!
コミバ襲撃事件の人たちだって全員助かってる。ということは、エネルギーだって取られていないからかもしれない」
「それは違います! 歩さんが描力を分け与えたから助かったんですよ!」
エイミィが抗弁するが、愛田はやれやれと手を振る。
「ふーん、で、それをどうやって証明するの?
あなたたちがそう言ってるだけなのよ、全部!」
「証明は……すぐには難しいです。でも……」
「ほら見なさい! 証明なんてできないんでしょう!
私はね、暴力が嫌いなの!
命が奪われたら、二度と戻らないのよ!」
エイミィの話を遮り、一方的にまくしたてる愛田。
「私だって戦いが好きなわけではありません!
でも、やるしかないんです!
ブルーシでは仲間が全滅させられました。命の重みはわかっているつもりです」
ひるまず、カッとなって反論するエイミィ。
「はいはい、あなたの中の設定ではそうなのね」
しかし愛田はまともに取り合わなかった。
「またそういう……!」
口論が無限に続くかと思われたその時、相馬がすっと手を上げた。
「愛田さん、落ち着いて。僕の話を聞いてください」
「ふん……何よ」
「僕もあの場にいたんです」
「えっ?」
「だから、僕もコミバ襲撃事件の現場にいたんですよ。幸い逃げ切れましたが。
僕の中でも怪物が現れたのは確かだし、人がバタバタ倒れたのも確かですよ。
ブリーズさんもその時現れました」
「だから……それは……そう!
この娘が一見怪物に見える彼らのせいにして、自分でみんなのエネルギーをとってたんじゃないの?!」
「いえ、正確には、ブリーズさんが現れたその少し後で怪物たちが現れたんです。そして、同時に存在していた。
エイミィさんが描力を奪えるなら、そんなタイムラグ必要ないし。
怪物が喋ったのもこの耳で聞きましたよ。明らかに我々とエイミィさんを襲おうとする口ぶりでした。
それに、あなたの言っていることを裏付けるものは存在しないわけです。想像にすぎません」
「裏付けがないのはその娘も同じでしょう!」
「いえ、できるんじゃないですか? 時間はかかりそうですが。そうですよね、ブリーズさん?」
「はい。すべての証明には、時間がかかります」
エイミィは落ち着きを取り戻した。
「まず、描力などの理論は、滅んだ我が国から持ち出せています。このプロトグローブにデータが格納されています」
エイミィは白いプロトグローブがよく見えるように、手を体の前にかざした。
「しかし、理論だけでも、理解していただくには時間がかかりますし、また検証のための実験をするための装置をこの星で改めて作らなければなりません。
このプロトグローブと汎用決戦グローブは分解するわけにはいきませんので、そのための装置はイチから作らなければならないんです……この星の科学者の皆さんにも協力してもらう必要があります……」
「……決戦って言った? それ、武器なのね? そんなもの持ち込まないでちょうだい!」
再び激昂する愛田に、相馬はやれやれと頭を振った。