誕生! 俺は同人ファイターだ!
時間を少し巻き戻そう。
時は二〇二二年八月十四日、日本の有明にある東京ジャンボサイトでは、コミックバザール、通称コミバと呼ばれる大規模同人誌即売会が平和かつ盛大に行われていた。
同人誌とは、同好の士が集まってサークルを形成し作った本などのことであるが、最近では個人、一人だけの一人サークルで作られることも多い。
広大な各展示会場には、長机が整然と並べられており、その机一つの半分が一サークルに割り当てられるスペースである。
今回、東京ジャンボサイトの東七ホールには、少年向けのオリジナル創作ジャンルのサークルが置かれており、男子高校生同人作家、真っ赤なTシャツにジーパンを穿いた道本歩の一人サークルもそこにあった。テーブルクロスやポスター、ポップなどの装飾をしていて、その出来栄えを見ると、ほかの参加者と同様、気合十分なのがうかがえる。
ただ、一人サークルと言っても、本を作るのは一人だが、こうしてイベントに参加する際は、幼馴染に売り子を頼むのが常であり、スペースには合わせて二人いた。そうしないと、休憩などがとれないからだ。
お目当ての同人誌へと歩く一般参加者たちの目は、みなキラキラ、あるいはギラギラしている。中には、思い思いのキャラクターの姿を再現したコスプレイヤーもいた。しかしその喧騒を横に、二人はのんびりとしていた。大手や大人気サークルならともかく、お昼過ぎの時間帯、せいぜい中堅どまりのこのサークルは見に来る参加者もまばらであった。
「あーくん、期末試験どうだったの? 漫画も描いてたんでしょ?」
その幼馴染が、歩に話しかける。ちなみにあーくんとは、本名のあゆむから頭文字をとったあだ名である。
「なんとかばっちりだぞ、美花。もし補習なんてことになったら、漫画が描けなくなるからな、必死こいてやったぜ……」
それを聞いた幼馴染こと美花は笑みを浮かべた。
「さすがだねえ、あーくんは」
「おうよ」
歩は元気よく、ちからこぶを作るようなポーズをとった。
と、そこへ、二人の少年たちがやってくる。
「やってるね、お二人さん!」
その中の眼鏡をかけた一人が声をかけた。
「おう、岩木! 相変わらず、びしっとしたカッコしてんな」
「ふっ、当然だろ」
岩木と呼ばれた少年を見れば、いわゆるオタクにしては妙に気取った格好をしている。しかしそれは嫌味ではなく、さわやかな印象を与えた。
「…………」
もう一人の、地味な服装の、高田と呼ばれた少年はむっつりと黙っている。目だけは楽しそうであったが。
「二人とも、一部ずつ? いつもありがとねえ」
美花がそういうと、二人とも頷き、熟練の手つきでコインケースから五百円玉を取り出した。二人とも、同人誌即売会は百戦錬磨なので、当然のように両替してからお金を持ってきている。歩も、スペースの奥から取り置きを二冊出した。
「今回は最終巻じゃないみたいだから、期待して読めるな」
岩木が、「マグナムファイター ファイター危機一髪!」と書かれた同人誌を眺めながら言う。どうやら変身ヒーローものの同人誌らしい。
「どーいう意味だよ、この!」
歩が軽く小突くそぶりをすると、避けるそぶりをする。
「お前の漫画は、面白いんだが、終わり方がひどいからな、ハハ」
「おう……まあ、そうなんだよな~~。持ち込みしても、終わり方がダメって言われりゃまだいい方で、ダメな終わり方に引きずられて全体が崩れることも多くてよ……。こうして大長編の途中の巻ならともかく、読み切りとなるとなあ」
持ち込みとは、出版社に行って、編集者に持ち込んだ原稿を読んでもらうことだ。歩の場合は、気合十分、しっかり原稿を完成させるのだが、内容が良くないことが多い。
ちなみに読み切りとは、たいてい短いページ数で完結させた作品のことを指す。短い分、誤魔化しがきかないのだ。
「……でも……迫力があって……良い」
高田がそういうと、みんなの視線がそちらへ向き、
「あーくん、ずっと空手やってるからねえ。そのおかげかな?」
「おう、自分でポーズとって写真に撮ったりしてるぜ」
歩も、自画自賛をした。
「全国大会準優勝までしてんだもんな、マジリスペクトだよ、まったく」
「おいおい、そんなに褒めたってなにも出ないぜ。出るのは新刊だけ」
「文武両道、がんばれ。応援してるぜ」
「ありがとよ」
「……ところで……」
高田が急に声を出したので、みんな一様にそちらを向く。別に大きな声を出したわけではない。もうお分かりとは思うが、この少年、口数が少ないので、話し出すと注目を浴びることになるのだ。
「宮野さんと歩って、仲いいよね……こないだも漫画の話してたし。……ひょっとして、宮野さんも買いに来る?……もしそうなら、紹介してよ……」
「宮野って、ゆっきーか?」
「そう……彼女、魅力的じゃない? 陰のあるところが……良い」
「ゆっきー、結構男子に人気あるんだよねえ。あーくんは知らないだろうけど」
「へぇ、マジで知らなかった。ふうん、まあ、そういうことなら――」
歩が、ここで待ってろよ、と言う前に、一人の少女が歩のスペースへとやってきた。
「道本くん、美花さん!」
「おう! 来たな、ゆっき―!」
「ゆっきー! 学校以来だねえ」
歩は手を上げ、美花と雪美は手をひらひらと交し合う。
高田は、口をもごもごさせていた。見るからに慌てている。
そんな高田に、歩は力強いウインクをした。――任せろ――という意味だ。それを見て高田は落ち着きを取り戻し、いつものように黙った。
歩は取り置きしてあった新刊の同人誌を用意し、雪美に渡す。
「ほらよ、新刊だ」
百円玉五枚と交換で同人誌を受け取った雪美は、顔をほころばせた。
「ありがとう! 弟もきっと喜ぶわ、こういうのが好きだったのよね……今がお盆で助かるわ、帰ってきてるって言うじゃない」
それを聞いた岩木と高田は、さっと顔を曇らせた。知らなかったのだ。しかし岩木はすぐに平静を取り繕い、高田の方は普段から無表情だったので、雪美は表情にまでは気が付かなかった。
「あら? あなたたちは……確か同じクラスの――」
「岩木です」
「……高田です」
「ごめんなさい、男子と話す機会があまりなくって。私、宮野雪美です。よろしくね。
二人も道本くんの漫画が好きなのね」
雪美は嬉しそうな表情を浮かべた。
「そうですね、最終巻以外は!」
岩木がおどけると、
「やいコラ岩木! 認めてるけどよ!」
全員で笑う。いいムードに戻った。
歩は、よし、このタイミングだ、と思った。
「じゃあお前ら、せっかくだから、CORDのIDでも交換しとけよ。クラスメイトなんだし」
CORDとは、スマホ用トークアプリの名前だ。パケット通信料はかかるが、それ以外は無料で、友達と文章や画像、音声でのやりとりができる、すぐれものだ。
雪美は抵抗なく頷いた。うまくいった。
三人はIDを交換した。
「宮野さんは、これでもう帰っちゃうの?」
「ううん、せっかく来たんだし、アクセサリーのサークルでも見てから帰るわ。
……それじゃ私、行くわね」
雪美は上機嫌で去っていき、面々は暗い面持ちに戻った。
「……歩……知ってた?」
「ああ、俺と美花はな」
岩木が思い出したように頷き、
「ああ! そういえば、昔ニュースでやってたよ。近所の男の子が誘拐されて殺されたって。まさか……」
頷く二人。
「凶悪犯ってのは、意外といるもんだ」
と歩。
「なんとかしてあげたいけど、私にはどうしようもなくて……」
美花がうつむくと、
「まあ、みんな、温かく見守ってりゃいいんじゃねえか。俺はそうしてる。
な!」
歩が努めて明るく言う。すると他の三人も表情を明るくした。
「だな。
――おっと、そうだ、他にも獲物があるんだった。またな」
「また」
岩木と高田は連れ立って歩き去った。歩がそれを何とはなしに目で追っていくと、出入り口で、妙な格好の少女が入ってくるところだった。
いや、妙ではないか、と歩は思いなおす。ここは同人誌即売会の会場だ。コスプレイヤーがいても、何ら不自然ではない――。
「コスプレイヤーさんかな?」
そんな歩に気が付いていたのか、美花も少女について口にした。
「だな」
水色の豊かなストレートロングヘア―をたなびかせながら、手の甲の部分に透明な半球体のついている白を基調とした指ぬきグローブを身につけ、頑丈そうな箱を抱えた少女が歩いていた。白と黒のマーブル模様の小さな帽子を頭にちょこんとのせている上に、服も白と黒の全身を覆うスーツだった。それだけではなく、耳もとがっている。
歩はそんな服装のキャラクターが登場する作品を知らなかった。オリジナルコスプレだろうかと当たりをつける。
少女は、その手の甲の半球体――何やら光が浮かんでいる――をちらちらと見ながら、何かを探すように歩の方へ向かっていた。
向かっていた。
そう、その少女は、歩のスペースの前にたどり着くと、ぴたりと止まったのであった。
「いかしたオリコスだな! 特にグローブがいい」
自分の本を見に来た参加者だと思い、そう歩が声をかける。すると、
「初めまして、私はエイミィ・ブリーズと言います」
その少女は、はっきりと名乗った。見た目も名前も外人らしいが、どうも日本語は通じるようだと思ったので、二人も名乗り返す。
「このサークルを主宰している、道本歩だ」
「売り子の山中美花だよ」
エイミィは二人の顔と半球体、そして同人誌を見比べていた。そして、
「歩さん、あなたが適合者なんですね。
あなたの描力なら、できます。
すぐに会えてよかった」
どういう意味かと聞き返そうとした時、奇妙な悲鳴がこだました。
途中で不自然に途切れてしまう悲鳴なのだ。しかも、何度も続く。出入り口の向こう側からで、詳細を目にすることはできなかった。
「何があったんだろ?」
「熱中症患者か? それにしちゃ、妙だな?」
夏のコミバ――通称夏コミでは、過酷な環境から、不運な参加者が熱中症患者になることも珍しくない。
しかし、それだとしても、悲鳴が断続的に続くのはおかしい。
「転移装置は一度しか使えないはず……しかし、まさか……」
歩が質問をするよりも先に、エイミィは箱を開けて、中のグローブを取り出し、告げた。
「お願い、これを身につけてください。私じゃダメなんです」
ただならぬ様子のエイミィを前に、歩は、
「あの悲鳴と関係あるんだな?」
と確かめながら、グローブを受け取った。
そうこうしているうちに、悲鳴はどんどん近づいている。
そしてついに東第七ホールに、化け物の集団が到着した。親玉らしき灰青色の人のようにも見える怪物と、その取り巻きらしき頭部に結晶体がある黒い岩のような体の部下が大量に入ってきた。
歩は一見して、出来のいいコスプレなのかと思った。周囲も同じように思っていたらしく、そのまま即売会を続けようとした。しかし、すぐに奇妙な悲鳴が上がった。
部下の怪物たちが人に向かって手をかざして頭部の結晶体を明滅させると、その人が倒れてピクリとも動かなくなる。それを見た人たちが悲鳴を上げる。そして悲鳴を上げながら手をかざされると、悲鳴が途中で途切れるというカラクリだったのだ。
「おい、ヤバいぞ!」
「なんだあれ?!」
「いやああああ――」
参加者たちは動揺し、大騒ぎになり、我先に逃げようとする。
コミバのスタッフは怪物を取り押さえようとしたが、全く歯がたたず、次々に昏睡させられてしまった。
そして、親玉が叫んだ。
「我こそは描王! 諸君らの描力はすべてこの描王がもらいうける!」
「そうはさせません」
エイミィも叫んだ。
「ほう、惑星ブルーシの生き残りよ、ここにいたか。
この地も素晴らしい描力に満ちているな。
今度こそ、私の望みをかなえられそうだ……。
怯えるな。すぐに仲間のところへ行かせてやる」
エイミィは描王を睨みつける。
「それには、一足遅かったようですね」
すでに歩はグローブをつけ終え、長机を乗り越えてスペースの外に出、怪物に対し構えをとっていた。
「あーくん?! 何してるの?! 早く逃げようよ!」
美花がやめさせようとするが、歩は、
「親父なら……逃げねえ!
絶対……絶対に助けに行く!
だから! 俺もそうする!」
「ふん……貴様ら人間ごときが、何の助けになるというのだ? そら!」
描王がかけ声とともに、戯れるように手を向ける。ついに歩と美花までもが手をかざされてしまった。
美花は昏睡し倒れる。
歩は昏睡しない。
それだけで、歩はこのグローブが何か特別なものなのだと気が付いた。
「エイミィ! どうしたらあいつらを倒せるんだ?!」
エイミィは歩の同人誌の表紙を見て、
「あなたの本を持って叫ぶんです! えと、この国の言葉では、描我転身って、早く!」
歩は言われるとすぐに自分の同人誌をひっつかみ、
「描我転身!」
手の甲の半球部分から筋状の光が流れ出し、同人誌を包む。
すると今度は同人誌そのものも輝く。
同時に歩も輝く。
同人誌が歩の胸に吸い込まれるように一体化し、いっそうまばゆい光に包まれる。
光が割れるように飛び散ると、そこには同人誌に描かれていたヒーローが立っていた。
全身を覆う漆黒のスーツ。その上から、要所に紅の装甲がある。そして、頭部にも紅のフルフェイスヘルメット。
電子音声で「マグナムファイター!」と響いた。
「おお?! マジかよ、変身した!」
てっきり武器か何かが出てくるのだろうと思っていた歩が、驚いて興奮交じりに呟く。
「攻撃方法などはあなたの描いたとおりです!」
「ほう……試させてもらおう。やれ!」
描王は言うが早いが、部下たちが手をかざして結晶体を明滅させる。
しかし、歩は全く動じない。
「なるほど……私を倒すための武器というわけだ。だが果たしてできるかな?
……行け!」
描王が指図すると、部下の黒い怪物たちのうち、一体が歩に襲い掛かってくる。小手調べだ。恐るべき速度で突進し殴り掛かってくる怪物。それをすべて目で追いながら、歩は迷った。
――かわすべきか? 受けるべきか?
その一瞬の迷いが、選択肢をなくし、受けをとらざるを得なくなった。
右前腕を使って力強く受けをとると、互いの足からコンクリートの床に衝撃が伝わり、大きなヒビが入った。しかし、
――耐えられる。むしろダメージは少ない。
――これは殺し合いだ。基本寸止めの試合とは違う……!
瞬間的にそう悟った歩は、無我夢中で攻めに転じた。
相手の腕を払い、左の拳で正拳突き。
攻撃は簡単に当たり、敵の胸に大きな穴をあけた。しかし、頭部の結晶体が明滅すると同時に傷はふさがってしまった。しかしそれは逆に、敵の弱点を歩に教えた。
――こういう場合、頭の結晶が弱点だろう。
冷静に判断を下した歩は、敵の反撃の蹴りをさばき、裏拳を結晶体目がけて放った。吸い込まれるように命中した裏拳は、敵の結晶体を粉々に砕く。それきり、敵は倒れ、動かなくなった。
「なんだと?!」
描王が焦った声で叫び、大きく手を振って残りの怪物たちをよこした。その数、十二体。
――ここでこれ以上やると、倒れた人たちに危害が及ぶ。
そう判断した歩は、
「こっちだ!」
と叫び、描王たちが入って来たのとちょうど逆の出入り口へと走った。描王たちもそれを追いかける。
□ □
東第七ホールの外、屋外臨時駐車場には、すでに人はいない――騒ぎを聞きつけてやってきていた、東第七ホールの出口から遠くにいる、いろはテレビのコミバ取材班以外には。
しかし取材班は、逃げ惑う人々を撮影・中継することには成功したものの、それ以上の情報が得られず、何か集団でパニックでも起きたのだろう――その程度の認識をしていた。
そこへ、描我転身している歩が走り出てきた。すかさずカメラに捉える。
「変身ヒーローのコスプレイヤーでしょうか? いやに動きが素早いような……」
アナウンサーがそうしゃべった直後、十二体の怪物と描王が追うように走り出てきた。
「えっ?」
ここでいいと判断した歩は逃げるのをやめ、怪物たちと再び殺し合いを始めた。弱点がわかっているので、狙う個所は一か所である。
まず後ろ回し蹴りの要領で一体目の結晶体を破壊しながら振り返る。走ったおかげで、各個撃破ができそうだ。いわゆる秒殺が必要となるが、歩は腹の底から湧き上がる力を信じて対応する。
歩は二体目の攻撃を掌底で受け流しながら、上段突きで結晶体を壊す。三体目に対しては先をとり手刀で――。
超パワーの攻防が繰り広げられるたびに、アスファルトにひびが入り、轟音が響く。
目にもとまらぬ速さと人知を超えた戦いの迫力に、呆然としていたアナウンサーは、我に返ると、
「カ、カメラ撮ってる?! た、大変です! 本物の怪物と変身ヒーローが戦っています! スタジオの和さん! 非常事態です!」
アナウンサーが慌てて報告や実況をしている間にも、殺し合いは続く。
しかし、それは次第に歩が完全に優位に立つものとなった。
戦いの中で自らの体に宿る力を把握し、十全に発揮しだしたのだ。
訓練もなしでそれは、驚異的な才能と言えよう。あるいは、日々の鍛錬の成果なのか。
やっとホールから出てきたエイミィが、
「部下らしき黒い怪物は、描王が作り出したものなんです! 描王を倒してください! そうしないとキリがありません!」
と叫び、足手まといにならないように、さらに端の方へ移動した。
そうこうしているうちに、歩は回し蹴りで十二体目を倒した。
「終わったぞ。まだ、黒い怪物を出すか?」
歩の問いに、描王は称えるように拍手をし、
「まさか、ここまでとはな――。
よかろう。相手をしてやろう」
描王は跳んだ。
しかし、その跳躍もマグナムファイターと化した歩の目にはしっかりと捉えられていた。
ただのパンチなら十分避けられる体捌きを行いながら、カウンターで突きを入れようとする――と、描王の腕が剣状に変化し、伸びたリーチで歩を斬りつけた。
歩は慌ててバックステップをして初撃をよけるが、間合いを取る間もない。また、普段、剣を相手にした稽古などしていないので動揺してしまう。
描王はもう片方の腕も剣状に変化させ、連撃を繰り出してきた。ついにその剣が歩の左腕を捉えるが、マグナムファイターの装甲が火花を散らし剣を弾き飛ばした。普通に殴られた程度の痛みはあるが、斬られてはいない。
――そうだった、俺は今マグナムファイターなんだ!
手を握ったり開いたりしながら歩は思い出した。歩の描いたマグナムファイターは武器を持たないが、逆に言えば全身が武器ともいえる。それは空手の多彩な攻撃方法から来ているものだ。
歩は自分の技が相手に通用することを確信しながら、素早くコンビネーションを浴びせた。相手の剣は剣であって剣でない。腕を変化させたものだ。手に持った武器などではないのだ。折れればそのまま描王へのダメージになる――。
描王もそれを悟ったのか、防御しながら、今度は腕を剣から頑丈そうな巨大なハンマーへと変化させた。
「オオオオオ、死ね人間!」
そのまま、ハンマーで歩を何度も打ち据えようとする。
しかし、歩は超人的な体捌きですべて避け切った。描王の焦りが攻撃に出ていて、精彩を欠いているのだ。
描王が焦ったのには理由があった。歩の攻撃で負ったダメージが再生しないのだ。
――再生しない……なぜだ! 私は最強の生命体のはずだ! 進化と再生こそが私の基本のはず――それが間違っているというのか?! まさかそんな! いや、現実を認めろ、確かに治らないのだ!
そんな思考をしてしまったことによって、攻撃は単調になり、歩が反撃に転じるスキが十分にできた。
「はっ!」
気合十分の突きの連携。すべて命中する。しかし先ほどの黒い部下の怪物と違い、体に穴が開いたりはしなかった。そもそもの強度も、保有している描力も違う。
その攻撃を受けたことで、描王は悟った。
――そうか! 奴も描力行使体なのだ……! 力の根源が同じなのだ、だからダメージを負う。そして、私の再生は、完全なものではなかったというわけだ! ならば――
歩の前蹴りが命中したことによって、描王は思考を中断した。
「フハハハハハハッ! 面白い! 面白いぞ人間!」
優勢な歩だったが、同時に焦りも生じていた。
――こいつ、どうやったら倒せるんだ?
歩にだって、ダメージがないわけではないし、何より先ほどの部下と違って、弱点があるわけでもない。いくら攻撃をきれいに当てても、試合ではないのだから優勢勝ちなどない――そこまで思ったところで、歩は勘違いに気が付いた。
――これは殺し合いだし、俺はマグナムファイターなんだ。
敵のハンマーを掌底で流しながら、歩は体内のエネルギーをコントロールし始めた……。
描王は描力探知能力によってそれに気が付く。
――なんだこの反応は!
歩は敵の攻撃をさばきながら、体内のエネルギーを増幅・集中させる。空手の技は攻撃が当たる瞬間に力を集中させるが、そこから発想を得た必殺技の準備だ。
描王の攻撃の機先を制し――いわゆる先の先をとって――必殺技、
――マグナム・アタック――
全身のエネルギーを上乗せした渾身の正拳突きを、描王の心臓の辺りに放った。
しかし、事前に気が付いていた描王は、自分の前に黒い部下の怪物を一体生成し、身代わりにして防御した。
そして自らの体をスピード最優先の体に作り替え、一目散に逃げだす。方向はやってきた方、東第七ホールへの出入り口だ。歩も追おうとしたが、それよりも早く描王は中へと入ってしまう。
□ □
歩が東第七ホールの中にたどり着いた時、既に描王の姿はなかった。
さらに遠くに行ったのかと再び駆け出そうとした時、追いついたエイミィの声が響いた。
「歩さん! 深追いは禁物です。
皆さんを助けましょう……今なら息があります!」
「そんなこともできるのか……どうしたらいい?」
「被害者に手をかざして、自分の中の描力……エネルギーを分け与えるイメージをしてください」
「あいつらの逆ってわけだ」
早速言われたとおりに美花に手をかざしてエネルギーを分け与える。
「あれ……私……」
美花はすぐに目を覚ました。
「エイミィ、いつまで描力を分け与えりゃいいんだ? 全快までか?」
「いえ、少しでも描力が戻れば、後は自力で描力が戻っていきます。描王たちは根こそぎ奪っていくので、昏睡してしまうというわけです。少量で十分です」
「そうか、ならよかった」
「マグナムファイター……あーくん、なの? それとも、夢?」
呟く美花に向かって、歩はちからこぶのポーズをとる。
「いや、俺だぜ。信じられないのも無理はないがな……」
「ううん、その声とポーズは、あーくんだよ」
その後、数十人を蘇生したところで、東第七ホールに、いろはテレビの取材班が恐る恐る入ってきた。描王たちがいないことを確認すると、彼らは歩に駆け寄り、カメラとマイクを向けた。
「あ、あなたは何者ですか?!」
「俺はマグナム――いや、違うな。
俺は、同人誌の力を借りて戦う、同人ファイターだっ!」
□ □
描王と歩の戦い、そして歩への直撃インタビューを中継したところ、全国で大騒ぎが始まった。
その騒ぎを、インターネット短文投稿サイトMurmurに投稿された中から一部を抜粋しよう。「:」の上はアカウント名だ。
ほうじ茶:これ、いろはテレビの合成じゃないのか? 怪物たち、マジこえーんだけど……
よしあき:来年のニチアサ特撮は同人ファイターなんですかね?
ウサピョン:やばいやばいやばい、いろはテレビヤバいもん映っとる!
特撮大好き:マジもんの変身ヒーローが見れるなんて……生きててよかった!
武彦:同人ファイターが何者であれ、英雄であることには違いない。彼を応援する。
萌えキュン:魔法少女の登場はまだでつか?
武人三号:同人ファイターの中身は空手の有段者かな? キレッキレの動きしとるし。
たいしょう:僕も変身したいです。
同人スキー:マグナムファイターの同人誌持ってる。終わり方以外は良かった。まさか中身は描いた人なのか? 声が似てる。
お尻丸出しマン:俺さっきまで現地にいた。化け物は本物。バタバタ人が倒れたんで慌てて逃げた。この世の終わりかと思った。同人ファイターにマジ感謝。
セイントクローバー:これ、最後逃げられてるよな……あんな化け物がうろついてるなんて怖すぎる。マジトドメさせよ……
□ □
ネット及び現実で大騒ぎが顕在化する中、歩とエイミィは、描力を抜かれた人々の蘇生に戻っていた。いろはテレビの取材班も手伝いを申し出てくれたし、駆け付けた警備の警察官も応援と救急を呼んでから手伝いに入った。
テレビの中継はすでに切っている。
描我転身した歩が描力を分け与えなければどうしようもないということを実演してわかってもらった後で、効率よく蘇生できるように、倒れた人々を運んでもらっている。
描力を抜かれ、倒れた人はおおよそ三千人前後というところか。
蘇生させた人数が千人を超えたあたりで、応援の警察がやってきた。状況はすでに伝わっているらしく、歩たちの邪魔はせず、ただ「任意ですが、終わった後で、聴取させてほしいので署に着いてきてほしい」と告げた。歩とエイミィは快諾した。
またいろはテレビの取材班も救助をしながら、、是非うちの番組に出演してほしい、と頼んだ。歩は渋ったが、エイミィが「危険の周知が必要です。この星のメディアに協力してもらった方がいいです。また、危機に即応できるよう、汎用決戦グローブは装着したままでの出演の許可を求めます」と提案し、快諾されたのもあって、理解した歩も出演を決めた。