エピローグ
「えーと、宮野……宮野雪美と……ここだな」
歩は雪美の入院している病室へとやってきていた。個室である。ドアを開けて、中に入った。
「おっ……お邪魔だったか?」
病室内には、ベッドの上で起き上がっている雪美と、既に高田がいた。
赤くなって焦った表情を浮かべる雪美と高田に笑みを返し、歩は雪美のいるベッドへと歩み寄った。
「ゆっきー、調子はどうだ? これ、果物な」
バスケットに入った果物を雪美に渡した。
「果物もいいけど、道本くんの新しい漫画が読みたいわね」
「そんなわがまま言えるってことは、具合はいいみたいだな」
「ええ、道本くんの治療で完全に治っているんでしょうけど、病院としては異常がないかすべて検査しないと終われないみたいなのよ。高田くんも、そんなに心配しなくていいのよ」
「いや……心配」
「もう……」
雪美も、まんざらでもないようだ。
「じゃあ、俺、そろそろ行くな」
歩はドアに向かって歩き出した。
「えっ、ゆっくりしていっていいのよ?」
「また来るって。それに、いま長居すると、馬に蹴られて死んじまうからなあ」
二人して赤くなるのを確認してから、歩はドアを閉めた。
□ □
「……よって、道本歩殿に、警察協力章を授与する。
…………本当に、ありがとう!」
歩は、警察庁長官から、記章を受け取った。その場にいた警官から、拍手が送られる。その中には、松山や剛本もいた。
警察協力章とは、警察部外者に与えられるものの中では最高の章である。今回歩は描王事件解決に際し多大な功績をあげた――というか、解決したので、この章を貰ったのであった。
式典が終わり、帰ろうとした歩の下へ、松山と剛本が歩み寄る。
剛本が口を開く。
「どうかね、道本くん。将来、警官になる気はないかね? 君なら優秀な警官になれると思うのだが……」
「気持ちはうれしいですけど、俺、漫画家になりたいんです。最近、認められてきたし……早く帰って、漫画描かなきゃ」
「そうか……残念だ。だが、それが君の進むべき道なのだろう」
「面白い漫画、期待してるよ!」
松山も明るく期待をかける。
「ありがとうございます!」
「うむ。敬礼!」
歩は見よう見まねで答礼をし、警察庁を後にした。
□ □
「道本くん、ここの背景はもっと場面に合わせて、暗い感じで頼むよ。それで下書きしなおして一度見せてくれたら、ペン入れちゃっていいから」
「はい!」
夏休みの間だけ、高松の仕事場でアシスタントをすることになった歩は、着々と経験を積んでいた。プロの現場で、プロのレベルで絵を描き続けるというのは、とても早い成長をもたらす。元々、認められていた歩だったが、今ではたまにモブキャラの人物のペン入れを任されるほどになっていた。
「よーしみんな! もうお昼だから休憩にしよう!」
高松の号令にアシスタントたちはみんな返事をし、適当なところで作業を切り上げた。
今回はじゃんけんで負けたアシスタントがコンビニで買ってきた弁当を食べながら、皆で雑談をした。話題は当然、発売されたばかりの週刊少年コミマガ――に載っている歩の漫画のことだった。
「すごく迫力があるよね。でも、ストーリーは今一つ、惜しいね」
「はい、それなんですが……担当編集の飯本さんにアドバイスをもらって、もっと面白いのを描いているところですよ。次は見ててください!」
「そりゃあ楽しみだ……これがゴールじゃないって、よくわかってるようで安心したよ!」
「ありがとうございます……ところでたったん先生、あの時のバイクって、仮面グラップラー一号のバイクですよね?」
「おっ、よくわかったねえ! さすがに撮影に使われたものじゃないけど同じ車種で、同じオプションをつけてあるんだよ!」
目を輝かせてバイク談義を始める高松に、歩は圧倒されそうになる。
「ハハ、先生のバイク話は長いぞぉ~~! やぶへびだったな、道本くん!」
「いやあ、ハハハ……でも、聞いてみたいです!」
「そうかいそうかい! あのバイクはトンダのSR250k1といってねぇ……」
□ □
「あーくんあーくん、これ、面白いねえ。最終回なのに」
「おう、よくなっただろ」
歩の部屋で新作同人誌のネームを読んだ美花が、内容を称賛した。
「これ、今から原稿にするの? 私も手伝うよ。枠線引きとベタとトーン張りならいつもやってるし」
「いいのか? そりゃ、助かる」
「あと、エイミィちゃんにも声かけようよ。皆でやった方が楽しいよ」
そのとき、歩の部屋の扉が勝手に開いた。否、エイミィが開けた。
「話は聞かせてもらいました! 私も手伝います!」
「テンションたっけえな、エイミィ。でも勝手に開けるなよな」
「すみません……つい、通りかかったもので」
行くところのないエイミィは、今後も道本家に住むこととなっている。テンションが高いというより、抱えているものが無くなったから普通に戻ったとも言える。そう、今がエイミィの素なのだ。
「じゃあ、エイミィは背景とモブキャラ頼むな!」
□ □
時は二〇二二年十二月三十一日、東京ジャンボサイトにて――、
再開された大規模同人誌即売会・コミックバザールが、開会されようとしていた。
歩のブースは最大手の壁サークルで、頒布する同人誌は、マグナムファイターの新刊と、多層ブルーレイディスクに収められた、超ミラクルウルトラ合同電子同人誌だ。
美花、相馬、エイミィ、退院した雪美、高田、岩木と、知人たちが売り子を手伝ってくれることになっていて、既にブースの設営は終了していた。
……さすがに会場限定頒布にしてしまうと大混雑が予想されるため、同人誌取扱店「ししのあな」への委託、および「ししのあな」によるネット通販やネット販売なども並行しているのだが、やはり現物が欲しい、しかも英雄の歩に一目会って買いたいという層は結構いるようで、入場待ちの列は過去最高となっていた。
『ただいまより、コミックバザールを開催いたします!』
アナウンスが流れる。
参加者一同で拍手が行われる。
ドドド……ッと、一般参加者たちが入ってくる音が遠くから響いてくる。
歩は、ああ、平和だな、と思った。
「うちの家族を助けてくれて、ありがとうございます! 同人誌一つずつください!」
「おう! これが、俺の、そして、俺達の同人誌だ――」