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人のために、誰かのために

『勝利! 光の同人ファイターの勝利です!』


 いろはテレビの報道で敗北を知った悪政粉砕団は、お通夜ムードだった。

 描王と構成員の鈴木はすでに帰ってきている。

 リーダーの冷泉が、とりなすようにパンパンと手を叩いた。


「みんな、気分を変えるんだ。あと一歩だったじゃないか! すぐに次の作戦を考えよう」


 冷泉の提案に頷いた構成員たち。


「敗因は……一気呵成に倒すような戦士ではなかったことでしょうね。強くなるまでに時間がかかったから、対策をとられてしまった」


「今の映像を見る限り、また他の人間を改造しても同じように倒されるっすよね」


 描王を含め、皆うんうんと唸りだす。


「うーん……人間と怪物の組み合わせは悪くないと思うんですけどねえ……」


「そうか、こうすればよかったのか」


 描王が珍しく挙手をしないで発言する。


「描王殿、何を思いついたのだ?」


 答える代わりに、描王は指を鳴らした。


「……? それではわからない。どうされた?」


「すぐにわかるさ。こういうことだ」


 描王は人間への変身を解いた。

 しかし、以前とは少し様子が違っている。灰青色の体の、人間で言えば腹に当たる部分に、大きな第二の口のような器官ができている。


「久々に見ると……やっぱビビるっすね……」


「多少形態が違うようだが、ひょっとして描王殿が直接戦って勝つ算段が付いたのか?」


「ああ、そうだ」


 一瞬の間を置き、歓声が上がった。


「なるほど! 確かに強そうだ!」


「その口から火でも吐くのですか?!」


「馬鹿、相手にはファイヤーフォームがあるんだぞ! 吐くとしたら吹雪ではないか?!」


「いや、そのどれでもない。これは、見た目通りの物さ」


 描王は、再び指を鳴らした。

 しかし、何も変化したように見えなかったので、冷泉は不思議そうに描王を見た。


「まだ、準備が必要なのだろうか?」


「ああ」


 描王はゆっくりと立ち上がった。そしてゆっくりと構成員たちを見渡す。


「悪政粉砕団の皆、今まで様々なアイデアをありがとう。一つ一つは失敗に終わったが、最後に奴に勝つためのアイデアを生むための布石だったと思えば悪くはない。

 諸君らは我が血肉となり、我が王国の礎となるだろう!」


 構成員たちの多くが感謝されたと思い、拍手する中、冷泉だけがその発言の意図に気が付き、部屋の出口へと駆け寄り、扉を開けようとした。


「開かない……?!」


「リーダー、どうしたっすか?」


「馬鹿! 逃げるんだよ!」


「えっ?」


「さすが、冷泉殿は切れ者だな……!

 しかし私の方が上手のようだな。この部屋からは出られない。先ほど、そうさせてもらった」


 構成員たちの間に、恐怖と疑問が広がった。


「で……でも……俺たちを殺しても、意味ないし……描力をとっても、たかが知れてるんじゃ……?」


「その通りだ。

 だが……こうすればいいのさ!」

 描王は恐るべき速さで近くにいた構成員の丹波にとびかかり、腹の口を巨大化させたかと思うと、ごくりと飲み込んでしまった。


「ひっ!」


「丹波ァーー!」


「裏切るのか、描王殿!」


「ふふ……貴様ら人間なんぞ、最初から利用するだけの道具に過ぎんさ」


「くっ……!」


 冷泉が懐から拳銃を取り出し、描王に向かって連発する。

 しかし、全て無駄に終わった。通常兵器は効かないのだ。

 一切を無視して、描王は高速で鈴木、高梨と順番に取り込んだ。

 残るは斎藤と冷泉だが――描王が先ほどの二人を取り込んでいる間に、冷泉は弾の入っている拳銃を自らのこめかみに押し当てていた。


「死ねば描力はなくなるのだろう、描王殿。ならば、私に死なれては困るというわけだ」


「ほほう、さすがは切れ者だな」


「我々をここから出すんだ、描王殿。まずは斎藤からだ」


「リーダー……!」


 斎藤は尊敬と感激の混じった表情で冷泉を見つめた。

 しかし、描王から放たれた光弾が、冷泉の手から拳銃を弾き飛ばした。


「これで策なしだ!」


「うおお……!」


 冷泉は銃を拾おうと駆け出したが、描王の方が早かった。冷泉は足から飲み込まれてしまった。


「だから……だから……怖いって言ったのにぃー―!」


 斎藤は、腰砕けになって最早その場から動けなくなった。


「安心しろ、死にはせん」


「えっ、そうなんすか?! でもどう見ても食われているような……!」


「私の体内で永遠に生き続けるのだ。夢のような話だろう?

 まあ、永遠に苦痛が続くだけなんだがね」


「ひぃ――」


 悲鳴が終わるよりも早く、斎藤も描王に飲み込まれた。


「ふむ、五体が限界か。まあいい。

 くくっ、出来のいい描力生成タンクだな……ククク……ハッハッハァー―!」


 描王は腹を撫でながら高笑いをした。


     □     □


 一方、そのころ道本家では、いろはテレビの取材班と相馬とエイミィが話をしていた。

 すでに雪美との戦いは終わっているが、テレビ的には勝利に導いた相馬とエイミィへの取材はおいしいらしかった。

 が、その途中、エイミィの装着しているプロトグローブからアラームが鳴った。


「どうしました? 何の音ですか、ブリーズさん」


 相馬がたずねた。


「大変です、相馬さん! 描王が活動を開始したとみられる反応です!」


「落ち着いて。まず、どんな反応なのか説明していただけますか?」


「はい……まだ少数ですが、一か所で急に描力が消えていく反応です。場所が紛争地帯や病院でないので、描王だと思われます。場所はここから北に八キロメートル程度です。

 再び描力を奪いだしたか、あるいは殺戮を開始したか……!」


「それは大変だ……まず道本くん、次に警察に連絡しましょう」


「はい!」


     □     □


 公野台公園では、歩がスマホで呼んだ救急車が雪美を乗せるところだった。

 歩はというと、簡単な診察を受けた結果、汎用決戦グローブの効果で十分治るだろうと判断し、一緒に病院には行かないことにした。

 ちなみに雪美はすでに救急車が持ってきていた患者用の服に着替えており、歩は上半身裸ではない。


「ゆっきー、今は描王のやつを倒すので忙しいけど、終わったらお見舞い行くからな!」


「ええ、ありがとう……」


 救急車を見送ると、歩のスマホに電話が着信した。


「はい、もしもし――あ、エイミィか? ……え? 描王が活動? やばいな、それ。

 俺もそこに戻って一緒に作戦を練るよ。

 あいつめ、いったいどんな活動を…………!」


 そこまで言った時、背後から轟音が響いた。

 振り返ると、アスファルトはめくれ上がり、まるで大砲の弾が着弾したかのような地形になっていた。しかし大砲と違うのは、中心部に銀褐色の頭部に灰青色の体の、描王がいたことだった。腹には大きな口がついている。


 ――姿が変わってる……勝つ算段を付けたってことか。でも、こっちだって二つのフォームがある!


「エイミィ、奴が来た。電話切るぞ」


 歩が電話を切ってポケットにしまい、ファイルに入った高松のイラストを取り出すまで、描王は面白がるように笑いながら何も邪魔をしなかった。


「描我転身!」


 歩は、炎をまとった紅のスーツと装甲に身を包んだマグナムファイター・ファイヤーフォームへと変わった。


「どうした……俺を殺したいんじゃなかったのか」


「そうとも。

 まあ、あの人間でも、殺せると思ったのだがね……どうやら、計算が違ったようだ。だから……

 描力を、ただ奪うのではない。こうしたのさ」


 描王は少し自らの体をうごめかせたかと思うと、五つの苦渋に満ちた人面を体表に現した。悪政粉砕団の面々である。


「ひ……人を……」


「おっと、勘違いするな。彼らは人質ではない。亜空間に取り込んであるから、貴様の攻撃で死ぬようなことはないよ。大事な描力生成タンクだからな……!

 本気でかかってこい。でなければ楽しめん」


「その人たちは一体……?!」


「ふふ……喜んで体を提供してくれたよ」


「嘘をつけ……! 何故だ! 何故、そこまでする!」


「理由か?

 お前を殺し、描力で世界を私の望むように作り変える、それが目的だ……!」


 描王が五人の顔をしまうのと同時に、歩が炎をまとった突きを放つ。しかし、描王は難なくそれを右手で受け止めた。


「やはり、この程度だろうな……。強くなりすぎたか」


 描王は歩に蹴りを浴びせようとした。歩はその準備運動のキレと、地面に生じた亀裂などから、天才的な勘で威力を予想し、とっさに、マグナム・ファイヤー・アタックを発動させた。轟音とともに互いの攻撃が相殺し合い、歩はその場にとどまることができた。一方描王はというと、まともにマグナム・ファイヤー・アタックを食らったにもかかわらず、足は健在、涼しい顔をしていた。

 自らの最大の技が、敵の何気ない攻撃と相殺した――。

 そのことから歩は悟る。


 ――今日、ここで、俺は死ぬ。


     □     □


「なんてこと……確かにあれにはかなわないかもしれません……」


 エイミィたちは、道本家で歩と描王の戦闘をドローンの映像で見ていた。その映像で再び戦いが始まったことを知ったいろはテレビ取材班は、局に連絡をして中継を再開させようとしていた。


「こちらからも映像を中継して良いですか?!」


 いろはテレビの取材班が、映像の収録ではなく生中継していいかと、正太郎に尋ねた。


「やむをえん、かまわん。そのかわり、歩の援護を頼むぞ」


「はい!」


「回線繋がりました! 中継できます!」


 ADが報告する。


「では、ブリーズさん、何かコメントいただけますか? 今、全国につながっています」


「お願いします! 歩さんを助けてください! 私は……私は……彼を死なせるためにグローブを渡したわけではありません……!」


「どっ、どういうことでしょうか? このままでは勝ち目がないと?」


「敵はおそらく……複数の人間を取り込み、改造し、大量の描力を生成させ、かつ描力処理機能を持たせた存在にしているのだと思います……あれだけの出力……それしか考えられない……」


 死刑宣告に等しかった。雪美一人で、あれだけ苦戦したのに、その五倍だ。


     □     □


 歩は、描王の弄ぶような攻撃の一つ一つを、マグナム・ファイヤー・アタックで迎撃していた。


「んー、なかなか、持ちこたえるではないか」


「黙れ……!」


「だが、そろそろ飽きたな。終われ、同人ファイター」


 その発言を聞いた歩は予想した攻撃を避けるため、全力で跳び退いた。着地してから異変に気が付く。まだ日は沈んでいないのに、急に暗くなった。


 ――描王の影が伸びたのか?


 いや。

 影が伸びたのではない。

 前を見据えた歩は、絶望的な現実を認識した。

 描王が、体長十メートルほどまで巨大化していた。その巨体が生み出す影で、暗かったのだ。

 それは、単純に圧倒的な戦力差を示していた。


 ――逃げるわけにはいかない。でも……


 巨体に見合わぬ恐るべきスピードで、描王は拳を落とした。

 歩は再び避けようとしたが、避けきれなかった。吹き飛ばされる。

 不完全な命中にもかかわらず、歩のダメージは甚大だった。

 しかしめげない歩は描王の足の付け根に向かって飛びあがりつつ、マグナム・ファイヤー・アタックを放った。

 しかし、描王はそれを空いた方の拳で打ち払う。

 歩は軽く二十メートルは叩き飛ばされ、地面に転がる。


 ――打つ手なしか……? いや、ファイヤーがダメならこっちだ。


「描我転身!」


 歩は白いスーツと白銀の装甲の、マグナムファイター・フラッシュフォームに変わった。


「無駄なあがきを」


 歩は間髪入れず、描王に向かって突貫、マグナム・フラッシュ・アタックを発動した。

 描王の心臓の前あたりに六角形の白銀の光が現れる。歩はそこに向かって跳び蹴りをする。光は歩と融合し――、

 その攻撃は、描王の放ったただの右パンチと相殺した。


「なに……?!」


 そのまま空中の歩を掬い上げるように、描王は左足で蹴り上げた。


「ぎゃん!」


 蹴り飛ばされた歩は、今度は三十メートルは飛び、駐車場に停めてあった車と衝突して止まった。見れば、今まで傷一つ着いたことのないマグナムファイターの装甲が――、一部、砕けている。


 ――親父…………。


 歩は痛みに耐えながら、漠然と思った。


 ――俺も……俺も……人のために…………死ぬみたいだよ。


     □     □


「強すぎる……! 通常兵器で援護はできないんですか、ブリーズさん」


 アナウンサーが質問した。


「描王は通常兵器が通じないように自らを変化させています。犠牲者が増えるだけかと……」


「策はあるんですが……間に合うかどうか……」


 相馬がそう言ったとたん、電話の着信音が響いた。「Another Air」の主題歌だ。相馬以外はその歌の正体を誰も知らないまま、相馬が急ぐあまりスマホを落としそうになりながら電話に出た。


「はい! もしもし! 西野さんですか!」


『はい! 相馬さん! ギリギリになりましたが、間に合いましたよ! 例のプログラムができました! プロジェクト・Phalanx、すぐにPicoupに公開します!』


「よろしくお願いします! アナウンスはこっちでもやりますので!」


 相馬は電話を切ると、エイミィの肩をつかみ、いろはテレビのカメラに向かい、喜色満面で告げる。


「間に合った! 間に合いました! これで道本くんを救える!」


「どっ、どういうことですか?」


「ブリーズさんはこうおっしゃいました。描力を込められた創作物と、汎用決戦グローブに適合する莫大な描力量を持つ生命体が融合することが描我転身だと。

 ならば創作物に込められた描力が大きければ大きいほど同人ファイターは強くなる。そして別に、創作物は一人で作らなくてもいい! 一人きりで戦わなくてもいい! つまりこういうことです、超合同同人誌を作ってそれで描我転身すればいい!」


「あ……ああ……」


 エイミィの表情がどんどん明るくなっていく。


「切れ者じゃな、相馬さん。思いつかんかったわい」


「ありがとうございます!」


 相馬はお礼を言いながらエイミィの肩から手を離し、ノートパソコンを手早く操作し、


「PicoupのURLのテロップを出す準備をお願いします!」


 いろはテレビの取材班に指示を出した。



 いろはテレビの他に、インターネット動画配信サイト「ニマニマ動画」の相馬の持っているアカウントで行う生放送と、清美がMurmurで相馬のアカウントを借りて行う連続投稿で、告知を行うことになった。同時中継で相馬が喋りだす。


「時間がありません、今から十分以内にイラスト投稿SNS『Picoup』の『同人ファイター応援投稿フォーム』に、何かしらのマグナムファイター二次創作作品を投稿してください。再投稿で構いません。十分後にそれらを一つの合同電子同人誌にし、同人ファイターに向けて転送します。そうすれば皆の描力で同人ファイターを助けられるはずです」


「皆さん、お願いします。このように」


 エイミィはコピーしていたフラッシュフォームの絵を見せた。


「紙に書いたものは、スキャナーでスキャンするのでもいいですが、よくわからない場合はスマホなどで写真を撮ってそれを投稿するのでも構いません。とにかく、一人でも多くの協力が必要です。本当によろしくお願いします……!」


     □     □


「父さん! 母さん! マグナムファイターのイラスト描いてない?!」


 自宅でいろはテレビを見ていた愛田は、グラヴィトン撃破後に描いていた自らのマグナムファイターの絵をスキャンしてパソコンに取り込みながら叫んだ。


「いや、描いてないのぉ……絵心はとんとなくてな」


「私もよ」


 両親の返答に対し、愛田はいらだった様子で、


「ああもう! 命の恩人の危機なのよ?! もういい、私だけでも送信するわ!」


 愛田は、パソコン画面上の送信フォームをクリックした。



 歩の友人たちもいろはテレビを見ながらCORDで話し合っていた。


 岩木:ヤバい、ヤバいぞ!


 山中:二人とも、マグナムファイターのイラスト描いてた? 私一枚しかないよぅ


 高田:結構あります、これでも漫研部員ですから。


 岩木:みんな、すぐに送ろう!



 イラスト投稿SNS『Picoup』を運営するピクープ株式会社では、経営者の一人でピクープの発案者でもある西野が、陣頭指揮を執っていた。

 と言っても、既にプログラムは出来上がっているし、サーバーも、同人誌を作る処理をするパソコンもすさまじく強力なものを用意してある。後は投稿の量がどこまで増えるかの問題だった。


「西野さん! Murmurで祭りになってますよ! 絵師を中心にめちゃめちゃ盛り上がってます!」


「ほんとか?! 見せてみろ!」


 西野はパソコンのモニターを覗き込んだ。



にしこり屋さん:届け、俺の落書き!


まぜまぜごはん:みんな、いろはテレビ見て! Picoupに送って! 俺はこれ送った!


高松竜彦@ファイヤーフォーム:うおおおおおお、俺の同人で勝て!


みゃ~るソバ:相馬が言ってたのはこれの伏線か。送信!


香織@同人ファイターFC:歩さま、勝って!


クニャコクニャオα:写真でもいいんだよね? 皆も送ろう!


およそ亡き者:死ぬな、同人ファイター! お・く・り・ま・す!



 趣味で描いている人から、プロとして活躍している人まで、応援フォームに投稿した画像付きで書き込んでいる。


「いける……いけるぞ……!」


「投降数、一万を超えました! まだまだ増えてます!」


     □     □


 相馬たちの策など微塵も知らない歩は、描王相手に絶望的な戦いを強いられていた。

 しかし、防戦一方になっているにもかかわらず、これ以上時間を稼げるかどうかも怪しかった。

 しかも、悪政粉砕団の構成員を取り込んだ描王の描力量は時間とともに増え続けているのだ。構成員たちはもともと平凡な描力容量だったが、描王の体内で改造され続け、今やうなぎのぼりとなっていた。それは彼らにとってはただの地獄のような苦しみであったが。


 そして、その時は来た。


 描王が戯れるように繰り出したジャブとストレートパンチの連携を避けきれず、歩は腹に強烈な一撃をまともに食らってしまった。

 今まで以上に吹き飛ばされた歩は、ボロクズのように地面に打ち付けられ、描我転身が解け、ピクリとも動かなくなった。


「やった」


 描王は無邪気に手を上げて喜びを表現した。


「描力が探知されん…………ついに殺したぞ! 同人ファイターは死んだ!」


 歓喜の咆哮がこだました。


「フン……これが奴の同人誌か」


 描王は、歩と分離した同人誌を足でぐりぐりと踏みつぶし台無しにした。


「忌々しい。まあ良い。私は勝ったのだ!」


     □     □


 歩は、穏やかな水の音で目を覚ました。

 視線を音の方へ向けると、川がある。

 その川には、お金やおもちゃ、宝飾品など、誰かが大切にしていたようなものがたくさん沈んでいた。


「ここは……? 俺、描王と戦って……」


 起き上がると、描我転身していない。そして、川の向こう岸には……、



「親父……」



 歩が三歳の時に殉職した、父、辰也が立っていた。


「そうか、俺、死んだのか……」


 辰也は黙って立っている。


「俺、死ぬ覚悟を決めてたつもりだったけど、ただ親父の後を追って、死に場所を探してただけなのかもしれない。

 でも、いざ、死んでみたら……悔いしか残らねえ」


 歩は涙をぼろぼろと流した。


「ちくしょう。守れなかった……!」


「まだだ!」


 辰也が叫んだ。


「えっ?」


「お前はまだ死んでいない。諦めるな!

 ……仲間が呼んでいるぞ」


 どこからともなく、歩のスマホの着信音が鳴り始める。しかし歩が体のどこを探しても見つからない――。


     □     □


 歩は目を覚ました。周辺には描王の姿はない。スマホが鳴っている。今度は記憶通りのポケットに入っていて、見れば大容量らしいメールを受信しながら電話の着信をしている。歩は汎用決戦グローブを付けた手で自宅からの電話に出た。


『歩さん!  怪我の具合は?!』


「エイミィ……まあ……怪我は汎用決戦グローブの効果なのかそれほどでもないな。

 それより、なんで俺、殺されてないんだ?」


『装着者を守るための機能として、多大なダメージを負って描我転身が解け、気絶などしたとき、体に合わせて、描力を他者に感知されないようにする機能がついています。脱出のためのものです』


「そういうことか……それより、このメール……何だ?」


『はい! 相馬さんの主導で作られた、マグナムファイターの超ミラクルウルトラ合同電子同人誌を添付して転送しています! 終わったら紙の本ではなく、スマホで描我転身してください!

 私たちの描力、あなたに預けます! これが最後の戦いになるでしょう。勝ってください!』


「……任せろ!」


 歩は、およそ七十ギガバイト、十万ページの同人誌の受信と通話の終わったスマホを掲げ、


「描我転身!」


 叫んだ。



 汎用決戦グローブから筋状の光が流れ出し、スマートフォンを包む。

 スマートフォンが歩の胸に吸い込まれるように一体化し、歩の全身はいっそうまばゆい光に包まれる。

 光が割れるように飛び散り、見る角度によって色が変わるスーツと装甲に身を包んだ、新たなフォームの同人ファイターが誕生した。



 電子音声で「マグナムファイター・プリズムフォーム!」と響く。



「みんなの魂、確かに受け取ったぜ……。

 すげぇ……湧き上がるパワーが桁違いだ……! 能力も……!

 これなら……!」


『歩さん! 描王は近隣の民家を襲っています!』


 雪美と戦っていた時に飛ばしたドローンから、エイミィの声が響く。


「ああ、見えるぜ、あそこだな」


 歩は宙に舞い上がり、描王目指して空を飛んだ。



 描王は逃げ惑う人々を弄ぶように一人ずつ、つまみ上げ、描力を吸い取っていた。つまみ上げられた時に発する悲鳴を楽しんで聴いていた。


「フハハハ、人間狩りはいつやっても快いものだ……グァッ!?」


 とてつもない速さで飛来した歩が袈裟蹴りの要領で描王を蹴り飛ばした。

 描王は国道一号線に巨体をぶつけて止まった。


「なんだ?! ……同人ファイター?! 馬鹿な、なぜ生きている!

 しかも、その描力は……?!」


 歩は問いには答えず、無言で猛攻を浴びせる。左前蹴り、右逆突き、左突き。

 動揺していた描王はその全てをまともに食らった。


「グッ……くそっ! ならばもう一度、完全に殺すまでだ! うおおおおお……!」


 描王が全身に力をこめると、取り込まれた悪政粉砕団の面々の悲鳴が上がる。そうすることで、構成員たちからさらに描力を吸い上げているのだ。


「描王……貴様……!」


 悲鳴を聞いた歩は怒りをあらわにした。


「ふん、死ね、同人ファイター!」


 描王がワンツーパンチを繰り出す。歩は描王の速くなった拳を避けきれなかったのか受けをとった。そのまま調子に乗った描王がキックすると、今度は歩が蹴り飛ばされてしまった。


「フハハハハハ! 何だ、さっきは油断しただけだな!」


 しかし、歩はそのまま飛ばされず、自ら空中でブレーキをかけ、急停止する。そして描王に向かって急発進し、正拳突きで多大なダメージを与えた。


「馬鹿な……馬鹿な! 私は……私は王なのだぞ!

 生まれながらに描力を扱える天才! それが人間などに……!

 負けるかぁーーっ!」


 描王が再びパンチを連打する。しかし歩は見切っていて、すべてを捌ききる。


「く、くそ……!」


「終わりだな、描王!」


「な、なに……?!」


 プリズムフォームの歩が虹色に輝いたかと思うと、少しずつ違う大勢のマグナムファイターが現れ、描王の周りを取り囲んでいく。その数は十万体。


「どういうことだ……?! 分身?! し……しかし……」


『これが……これが、俺達の……!』


 十万人の歩が一斉に叫ぶ。


「ひっ!」


『同人アタックだぁーーっ!』



 ――マグナム・プリズム・アタック――



 分身した歩一人一人が、同時にそれぞれ描王にマグナムアタックを打ち込んで消えていく。その技は一体ずつ、個性がある。ビーム、袈裟蹴り、火の玉……超ミラクルウルトラ合同電子同人誌に掲載されているイラストの数だけ、技の種類があった。


「ぐっ、ぐおおお、うぎゃあああああぁ――」



 描王は、死んだ。



     □     □


 描王の体内から解放された悪政粉砕団の構成員たちを、マグナム・フラッシュ・アタックで治療したのち、歩が気絶している間に描力を抜かれてしまった人々を蘇生して回っていると、警察と、いろはテレビの取材班及び相馬とエイミィがパトカーや車で駆け付けた。


「歩さん!」


「エイミィ」


 涙を流しているエイミィが歩へと駆け寄り、抱きつく。


「…………」


 感極まったエイミィは、すぐには言葉が出なかった。


「エイミィ……やったぜ、俺たち」


 はい、と歩から離れたエイミィは、


「これでブルーシの皆も報われます……本当にありがとう」


 と言った。

 やや遅れて、いろはテレビのアナウンサーも歩の下へとやってきた。


「道本さん! 勝因はなんでしょうか!」


「……みんなの同人が、俺を勝たせてくれました」


 ほっとした気持ちで、歩は答えた。

 おおっと、まだ物語は終わっていませんよ!

 明日更新される予定の、感動のエピローグも見逃すな!

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