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うつくしいせかい その二

 夕刻。宮野家にある自室で、雪美は歩の同人誌を読み返していた。

 しかし、スマホに電話がかかってきたためにそれを中断した。


「非通知……誰かしら。でもまあ、怪物から電話なんてかかってくるわけないわよね」


 独り言を言いながら電話に出る、と――。


『もしもし、宮野雪美さんですか? 描王対策本部の者です。

 実は今、最初の襲撃で現場にいた方々から改めて事情を聴き、調査に当たっているので、署まで来ていただけませんか?

 大丈夫です、もうあなたの家の近くまで来ていますので』


「あら……そうなんですか」


 雪美は、協力すれば歩の力になるかと思った。


「ちょっと待ってください、身支度して出ていきますので」


『はい、お待ちしています』


 ほどなくして雪美が外に出ると、そこには確かに警察の制服を着た男が立っていた。


「警察署の方から来ました。宮野雪美さんですね、ではこちらの方へ」


「はい」


 雪美と警官らしき男は並んで歩きだした。

 しかし、見渡す限りパトカーらしきものはない。


「あの……歩いていくんですか?」


 警官らしき男は答えない。代わりに後ろからスモークガラスの黒いライトバンが走ってきた。


「あら――」


 見かけない車だ、と言う前に雪美は警官らしき男に睡眠薬をかがされて気を失い、停まったライトバンの後部座席に押し込められ、警官らしき男もその車に乗り込んだ。

 中にいた悪政粉砕団の構成員――鈴木が雪美の手足を縛り上げ、巨大なスーツケースの中に押し込む。


「よし、出せ」


「おう」


 ライトバンは走り去った。



 悪政粉砕団のアジトにライトバンがたどり着き、雪美は描王の下へと運び込まれてしまった。スーツケースの中から出され、拘束を解かれ、座らされるが、まだ目は覚めていないようだ。

 描王は眠っている雪美の頭に手をかざす。すると、雪美はうっすらと目を開けた。


「安心しろ、大きな声は出せないようにしておいた」


「配慮痛み入る、描王殿」


 雪美は状況が理解できない様子で、周りをきょろきょろと見まわす。


「ここは……?」


 描王はにこやかに笑いながら雪美と視線を合わせ、自らの顔だけを元の灰青色の化け物の物に戻した。


「こんばんは。私が、描王だよ。君が来るのを待っていた」


「いやあああぁぁぁっ、たす、助けて、道本くん……!」


 雪美は小さな声で絶叫し、歩の名前を連呼し始める。


「やれやれ、嫌われたものだ」


「戯れが過ぎるのではないか、描王殿」


「いや、これは必要なことなんだ……雪美さん、君は私が悪だと思っているだろう」


「そ、そうよ、当然じゃない」


「それは違う。実は私は神の使いで、それに盾突く同人ファイターが悪なのだ」


「そんなの、信じられるわけないわ」


「ふむ……。

 おい、連れてきてくれ」


「だ、誰を? …………ッ!」


 構成員の斎藤が連れてきたのは、スグルだった。


「お姉ちゃん、会いたかったよう」


「俊?! 俊なの?!」


「うん……僕、神さまの使いに、生き返らせてもらったんだ」


「ほ、本当に……? 俊、答えて。昔私に見せた絵に描いてあった、俊が自分で作ったヒーローの名前は?」


「マジカルレインボーだよね、お姉ちゃん」


 描王の生成や変化は細かい手順をすっ飛ばして定義と設定だけでできてしまうし、元探偵の高梨による調査があったため、このような細かい情報も得られてしまうのだ。


「ああ……! 俊、俊ぅ……!」


 しかしそんなことは知らない雪美はすっかり騙され、泣きながらスグルを抱きしめる。


「ごめんね、寂しかったよね。

 なにもできなくて、ごめんね……。

 つらかったよね……」


「うん……僕、マンガオタクに殺されたんだ。とっても痛くて苦しかったよ。

 同人ファイターもきっと僕を殺しに来る。あの悪魔が怖いよ……」


「道本くんは……そんなことしないわ……」


「お姉ちゃんは知らないだけなんだ! 僕がどんなに怖い思いをしているか!

 一回殺されてるんだよ?!

 暴力が怖い、同人ファイターが怖いよ……」


「お、落ち着いて俊」


 雪美の腕の中で、スグルは急に顔を輝かせた。


「いいこと思いついたよ、お姉ちゃん。

 お姉ちゃんが、マジカルレインボーになればいいんだ!」


「えっ? どういうこと?」


「僕を生き返らせてくれた神さまの使い……描王さんがいるでしょ? 描王さんに力をもらってマジカルレインボーになればいいんだよ!」


「そんなこと……できるのかしら……」


「できるとも」


 ずっと見守っていた描王が口をはさんだ。


「私の力を貸せば、君は俊の思い描いた無敵のヒーローになれる。そうすれば同人ファイターも怖くないし、俊くんの恐怖も取り除けるのではないかね」


「お願いお姉ちゃん、僕を二度と死なせないで。

 マンガオタクなんていない、うつくしいせかいを作って」


「ええ……死なせないわ、絶対……!」


 ――道本くんがそんなことするわけないけど、俊も怖がってるし、力をもらうだけもらおうかしら。描力をとられるのはまずいけど、何かが増える分には問題ないわよね?


「描王さん……」


 雪美は描王と向き合った。


「なんだ? 力が欲しければ与えてやろう」


「俊を安心させたいんです、お願いします」


「よかろう」


 描王はいびつな笑みを浮かべた。


「では雪美さん、こちらへ。他の皆は待っていてくれ」


 冷泉が描王と雪美を寝室に案内する。

 描王に言われるままに雪美はベッドに横たわり、目をつむった。


「では……」


「うむ」


 描王が雪美の体に向かって手をかざすと、光球が現れ、雪美の体に入っていく。そして数秒経つと、雪美はうっすらとまぶたを開けた。目は血走っている。


「マンガオタクは敵! てぇきいぃぃぃいいい!!」


「雪美……いや、マジカルレインボー。同人ファイターを殺してくれるかな?」


 描王が問いかけると、


「もちろんよ! あたりまえじゃない!」


 雪美はそう答えた。完全に正気を失っている。

 それを見守っていた冷泉は一言、


「成功だな……。

 ところで描王殿、どうしてこうなるのだ?」


「おそらく、描力を扱える精神を増やしたから、それにより元々の精神でいられなくなるのさ」


「なるほど」


     □     □


 その夜、歩が夕食を取り終えて再びネームと格闘していると、歩宛に電話だと清美の呼ぶ声がした。


「おふくろ―、誰からだー?」


 そう言いながら歩は部屋を出て、家の電話のある廊下へと向かう。


「宮野さんの……お母さんからよ。だいぶ取り乱してるわ、何かあったんじゃあ……」


「……ゆっきーの?」


 歩は清美から受話器を受け取り、電話に出た。


「もしもし、お電話代わりまし――」


『歩くん! 雪美知らない?! どこにもいないのよ!』


「えっ、ちょ、どういうことですか?」


『私にもわからないの……スマホに電話しても電源が切れているみたいだし……勝手にいなくなるような子じゃないし、第一、外に出たら危ないって知ってるはずなのに!』


「警察には届けましたか?」


『ええ、届けたんだけど……。強化されているパトロールに捜索を加える形で対応するって言われたわ。

 私、あの怪物にさらわれたんじゃないかと思ってるの。もしそうなら、頼れるのは同人ファイターの歩くんだけ。お願い、見つけたら教えてください』


「はい、わかりました。俺も気を付けてみます」



 翌日、八月二十日の朝。

 歩が雪美の捜索も兼ねたジョギングをし、何も情報が得られずに帰り、朝の稽古をし、朝食をとり終えたころ、家の電話が鳴った。

 歩が電話に出る。


『もしもし、道本さんのお宅ですか? 描王対策本部の松山です。歩さんをお願いします』


「俺ですけど」


『あっ、道本くん! 実は捜査が進んだんだ、あの重力を使ってくる怪物がいたでしょ? あいつが飛んできた元のだいたいの地域を、防犯カメラの映像から特定できたんだ。場所は千葉県末戸市。五十川市から三十分くらいかな』


「えっ、すごいじゃないですか!」


『へへ、でしょ? ……でも、末戸市だということはわかったけど、それ以上は不明で、市内を探索しなくちゃいけない。ついてはそれに同行してほしいんだけど――』


「行きます! ゆっきーもそこにいるかもしれない」


『ああ、宮野雪美さんね。こちらとしても手を尽くしてるんだけど、全然手掛かりがなくて……。でも、描王のしわざならこれで見つかる可能性は高いね。

 じゃあ、車で迎えに行くから。実はもう近くまで来てるんだよ』


「はい、じゃあ準備して家の前で待ってます」


『了解! またあとでね』


 歩は電話を切った。そこへ、エイミィがやってくる。


「警察の方ですか?」


 歩は事の次第を話した。


「…………というわけで、俺も同行することになったんだけど……エイミィも来るか?」


「いえ、私がいると足手まといになるでしょうから、ここで待機してます。吉報を待ってます!」


「よし、任せとけ!」


 歩はちからこぶのポーズをとった。



 歩が家族に出かけることを告げ、支度を終えて玄関を出ると、家の前に松山とその同僚の乗った数台のパトカーが既にいた。


「道本くーん。悪いね、こんな急に呼び出して」


「いえ、かまいません」


「じゃあ、この先頭のパトカーに乗ってね。末戸市へレッツゴーだ!」


 一行は出発した。国道十四号、いわゆる千葉街道に出てしばらくしてから、江戸川沿いの国道一号線へと右折し、一路末戸市を目指す。


「あっ、もう少しで俺の通ってる高校ですよ」


「へー、道本くん、どこ高?」


「公野台高校です。ゆっきーも同じですよ……あっ、あれゆっきーじゃないですか?!」


「えっ?! どこどこ?!」


「今通り過ぎた公野台公園の中です! 戻ってください! 公野台高校の周りを回れば元の道に戻れます!」


「了解です!」


 運転手をしている警官が、返事と共に公野台高校のわきの道へ左折した。



 左折を繰り返し、元の道の交差点へ出て、来た道を戻る。そして公野台公園の駐車場にパトカーを止めると、そこに雪美はいた。すぐそばにスグルもいる。公野台公園は、野球場やテニスコート、陸上競技のトラックなども備えた、かなり大規模な公園だ。


「ゆっきー!」


 パトカーを降りた歩たちは、雪美へと駆け寄った。


「ゆっきー、無事だったのか? どこ行ってたんだ? みんな心配してるぞ」


「宮野さん、何があったんですか? まさか描王に何か……」


「…………」


 雪美は黙っている。


「きみ、何とか言いなさい……言えないほど辛かったのですか?」


 雪美はうつむいて前髪を垂らしているので、歩からは表情が読めなかった。


「俊、下がって! ……レインボー・チェンジ!」


 顔を上げた雪美がそう叫ぶと、彼女の体が光り輝く。輝きが収まると……そこには、かつて俊の描いた「マジカルレインボー」の虹色の姿になった雪美が立っていた。


「なに……?!」


「死ね、マンガオタク!」


 叫ぶが早いが、雪美は超人的な速さで歩に殴りかかった。しかし空手に習熟した歩の目にはしっかり捉えられる。歩は体捌きで避け、バックステップで距離をとり、高松のイラストではなく、自らの同人誌を取り出した。そうこうしているうちに他の警官たちは雪美に殴られ、怪我を負ってしまった者も出ている。


「描我転身!」


 電子音声で「マグナムファイター!」と流れると同時に、歩は漆黒のスーツに紅の装甲のマグナムファイターに描我転身した。

 歩がとっさの判断で通常のマグナムファイターを選んだのは、ファイヤーフォームで焼き尽くすと、雪美が死んでしまうからだ。


「ゆっきー、俺だ! マンガオタクなのは否定しねえけどよ……応援してくれてたじゃねえか!」


「黙れ!」


 雪美はなおも殴ってくる。しかしマグナムファイターとなった歩の目には容易に捉えられ、避けることができた。


「警察の皆さん! 撤退して、住民の避難を促してください! 俺が時間を稼ぐから、早く! ゆっきーの狙いは俺だ!」


 防御を展開しながら。歩は駐車場で呻いている警官たちに向かって叫んだ。


「道本くん……し、しかし……」


「松山、俺たちは足手まといだ……従おう」


「くそっ……!」


 警官たちが倒れた仲間を背負い、撤退するのを見ながら歩は雪美に呼び掛ける。


「ゆっきー! 描王に何されたんだ?!」


「描王さんに……神の力をもらった……!」


「神の……?!」


「死ねぇっ!」


 殴りかかる雪美の拳を丁寧に捌きながら、歩は痛感した。


 ――こいつ、正気じゃない!


     □     □


 五十川市を離れていくスモークガラスで黒いライトバンの中には、運転している鈴木と、後部座席でくつろぐ描王の姿があった。


『怪物警報。怪物警報。千葉県五十川市公野台に怪物が出現しています。屋内に避難してください。同人ファイターが交戦中です。繰り返します――』


 非難を促す防災無線は、悪政粉砕団に計画の第一段階成功を告げる福音ともなっていた。


「上手く行きましたね。宮野雪美……いや、マジカルレインボーを同人ファイターと遭遇させるのが一番手間だと思ったんですが」


「なに、私が描力探知能力を使えば済むことだ。奴らが移動していたのは想定外だったがな。

 それにしても、人間に同士討ちをさせるというのは実に愉快だな!

 私がこの星を支配した暁には、そういう娯楽を作るかな――」

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