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うつくしいせかい

 翌日、お昼前に退院した歩は、高松に別れを告げ、迎えに来た清美の運転で家に帰り、昼食をとった後、自室でノートパソコンを開き、チャットアプリ「Skypo」で雪美とビデオチャットをしていた。

 相手の雪美はスマートフォン版のアプリを使っていて、歩もそれがないわけではないが、せっかく大画面で話せるならその方がいいという判断だ。


『……今回も、とっても良かったわ、道本くん。特に好きなのは十三ページのマグナムアタックの絵かしら。これも自分でポーズとったの?』


「おう、そうだぜ。道場に誰もいないときにデジカメと三脚とタイマー使ってパチリとな」


 もうお分かりかとは思うが、雪美は夏コミの同人誌の感想を伝えるために歩と話している。普段は……つまり描王がいなければ、直接会って話すのだが、今は外出すると危険なため、インターネット回線を介しているというわけだ。


『本当にかっこいいわ。きっと弟だったら真似して必殺技の練習してるわね、今頃』


「弟さんも喜んでくれたらいいな」


『きっと、喜んでるわ。お供えしておいたもの』


     □     □


『弟さんも喜んでくれたらいいな』


『きっと、喜んでるわ。お供えしておいたもの』


 悪政粉砕団のアジトでは、ハッカーの丹波が歩のパソコンをハッキングし、中身を見ると共に現在行われているビデオチャットも盗み見ていた。


「お供え? ……亡くなっているのか……」


『うちと同じだな、うちも親父に見せたくて、同人誌ができると仏壇に供えてるぜ』


 丹波のパソコンから、歩の声が流れる。


「ふむ……使えるかもしれないな」


 丹波は自分のパソコンをさらに操作し、今度は雪美のスマートフォンの内部に接続し、情報を収集した。


「宮野雪美か。なかなかの美人だな。しかしこれ以上調べるなら……」


 今度は丹波はスマートフォンを操作し、高梨に電話をかけた。


『なんだ? 丹波』


「宮野雪美という女性を追加で調べてほしい。奴のガールフレンドのようだ」


『さすがだな、もう成果を上げてるのか。詳細は?』


「この電話を切った後で、宮野雪美の電話番号と住所を送信しておく」


『了解。お互い、頑張ろうぜ』


「ああ。では、またな」


 丹波は電話を切った後、スマホを操作し、その後パソコンの操作に戻った。


     □     □


 夕食の後、歩は自室に入ろうとしたところで、目をキラキラさせたエイミィに、


「歩さん! 同人誌、読み終わりました! すっごく面白かったです!」


 と、呼び止められた。


「おう、そうか、まあ、あがれよ」


「はい!」


 歩は勉強机の椅子に、エイミィは座布団に座る。


「歩さんは下手くそとか恥ずかしいとかおっしゃってましたが、どれもよかったです!」


「なぁ、エイミィ」


「はい?」


 神妙な様子の歩に、虚を突かれたようにエイミィは返事をした。


「終わり方もか?」


「えっ?」


「頼む、正直に答えてくれ。終わり方も、面白かったか?」


「その……それは……」


 エイミィは、目を伏せてしまった。根が正直なのだろう。

 それだけで、歩には分かった。


「いや、すまねえ。自分でもわかってるんだ、最後がつまらねえのは」


 エイミィは、歩をじっと見た。


「俺はヒーローと別れたくないんだ。だから終わり方がグダグダになっちまう。どうしてそうなるかっていえば、死んだ親父とヒーローを重ねてみてるからなんだろうな」


 エイミィは、口を挟まず聞いていた。


「あーもう! 変な話してすまねえな」


「いえ、変な話ではありません」


「そうか?」


 エイミィは歩を見つめたまま、


「パートナーを理解するのはとても大切なこと。変ではなく、とても重要な話でした」


 優しい声で、そういった。


     □     □


 翌日、八月十九日。昼食も終わり、歩は家の中をエイミィの部屋へと歩いていた。一人では煮詰まってしまったので、次回作の相談をするためだ。


「おーい、エイミィ、いるかー?」


 部屋の障子越しに言う。


「はい、どうぞ」


 鈴を転がすような声で返事があったので、歩は中に入る。

 すると、エイミィはスケッチブックに鉛筆で絵を描いているところだった。


「わりぃ、邪魔したか」


「いえ、気分転換しようと思っていたところだったので、ちょうどよかったです」


「そうか」


 エイミィがスケッチブックを机の上に置く。

 瞬間、歩はそこに描かれている絵に目を奪われた。

 そこには、言葉を失うくらい見事な、見知らぬ廃墟の絵があったのだ。


「…………」


「あっ、すみません」


 エイミィがスケッチブックを裏返し、見えないようにした。


「ひょっとして……向こうじゃプロだったのか?」


「……はい」


 幾ばくかの沈黙の後、エイミィは肯定した、


「すげえな!」


「ありがとうございます」


 エイミィは目を伏せた。


「……でも、今はスランプと言うのでしょうか、こんな絵しか描けないんです」


「こんな絵ってなんだよ! すげえうまい絵じゃねえか! 俺なんかより、ずっと……!」


 嫉妬と怒りが混ざり合い、歩は声を荒げてしまった。

 しかしエイミィは臆せず、視線を上げて歩を見据えた。


「いいえ。歩さんの方が優れています。なぜなら、今の私は思うように絵を描けないんですから」


「……どういう意味だよ」


「言葉通りです。このスケッチブックを見てください」


 エイミィは先ほどのスケッチブックを持ち上げ、歩に手渡した。

 歩は最初のページから、順番に見ていく。


「上手いじゃねえか……いや、待てよ……これは……」


 歩は気が付いた。そのスケッチブックには、廃墟と化したブルーシの風景しか描かれていないのだと。


「お気づきの通りです。私は、頭でイメージしたものを好きに描くことができず、描こうとすると描王に滅ぼされた故郷の絵を描いてしまう……本当は楽しかったあの頃を描きたいはずなのに!」


「エイミィ……」


「私の心の筆は、きっと折れてしまったんです」


 自嘲気味につぶやくエイミィを、歩はじっと見つめた。


「それだけじゃありません」


 歩が何か言う前に、エイミィはなおも言葉を重ねた。


「歩さんを、危険な目に合わせている。歩さんに、背負わせてしまっている……戦わせようとしている……無責任な異常者です」


「俺だって、戦いたいわけじゃねえ」


「やはり……」


 歩の答えに、エイミィは自罰の色を強くした。


「最後まで聞いてくれ」


 しかし、歩はそれを止めるように言葉を続けた。


「戦いたいわけじゃない。けど、連中を倒したいのも本心だ。人間はみんな矛盾を抱えてるもんだ、別にエイミィが異常者なわけじゃねえよ」


「でも……私は、復讐したい一心で、あなたを、この星を巻き込んでしまった……」


「いや、よく考えてみろって。描王のやつは、遅かれ早かれ宇宙全部を侵略してもおかしくないやつだ。それを考えると、むしろ俺たちにとって、対抗手段が得られたのはラッキーじゃねえか?」


「……そういう見方もできますけど……」


「だろ。それによ、これは誰かがやらなきゃ、いけねえことだ。……なら、やれるやつがやるしかねえだろ。これが俺の覚悟だ」


「はい……ありがとうございます」


 言葉とは裏腹に、エイミィの顔はまだ晴れていなかった。


「俺たち、もう仲間だろ。元から、運命共同体なんだ。背負わせるとか巻き込んだとか……水臭いこと言うんじゃねえよ」


 エイミィの表情が変わるのを待ってから、さらに言葉を続ける。


「折れた筆は直せば良い、俺もそうだった」


「えっ?」


「ガキの頃、親父が殉職して……それからしばらく、復讐したかったんだろうな、隠れて血まみれの犯人の絵ばっかり描いてた」


「そう……だったんですか……」


「けどよ、いつまでもそんなだったわけじゃない。今は一応、普通の漫画を描いてるだろ?」


「確かに……」


「犯人が捕まったってのも、あったけどよ。

 だから、描王のやつを倒したら、きっと、エイミィも、いつかは……」


「本当に……私、戻れるんでしょうか。あの頃みたいに、描けるんでしょうか」


「安心しろ」


 エイミィの肩をつかみ、歩は力強く言った。


「俺達なら、終わらせられる」


     □     □


 同時刻、悪政粉砕団のアジトでは、高梨と丹波による主人公と雪美の身辺調査の結果報告が始められていた。


「……道本歩はオタクの割に顔が広く、友人や仲間も多いです」


 高梨の発表に合わせ、丹波がパソコンを操作すると、つながっているテレビに、美花や岩木、高田、そして雪美の顔写真が表示される。


「しかし中でも利用できそうなのは、情を寄せていると思われている宮野雪美ですね」


 テレビに雪美が大写しにされた。


「なかなかの美人だな」


「可愛いっすね」


「……コホン、宮野雪美には俊という弟がいて、ブラコンだったのですが、俊は宮野雪美が七歳の時に誘拐されて殺されています。その後一月ほどふさぎ込み、今でも引きずっているようで……。ここをつつけば利用できるのではないか、と」


 テレビに俊の写真やデータなどが表示された。


「確かに利用はできそうだが……具体的には、何に利用するかが問題だな。皆、意見を」


 冷泉が促すと、鈴木が手を上げた。


「鈴木、いいぞ」


「はい。……俺としてはやはり、奴の友人が奴を攻撃するという案を押したいです。洗脳すれば行けるだろうし、通常の洗脳ではなく描王さんによる洗脳ならすぐにできるんじゃないですか?」


「ふむ……どうだろうか、描王殿」


「洗脳そのものは可能だろう。しかし、同人ファイターが攻撃できなくとも、他の……例えば警察とやらは躊躇なく無力化を試みるのではないかね。もう一押し欲しいな」


「では……描王さんなら、宮野雪美を戦士、あるいは戦士に準ずる何かにできるんじゃないですか? 同人ファイターだって元はただの人なんですし……」


 鈴木が言葉を重ねた。


「なるほど」


「ふむ……!」


「描王殿、どうだ?」


 構成員たちの賛同の声の後で、冷泉が訊ねる。描王は勿体つけて挙手をしてから口を開いた。


「名案が出たな。戦闘能力を付与することは可能だ。しかし、ただ強いだけではまた攻略されかねん。少し趣向を凝らした戦士にしよう」


 描王は、いびつな笑いを浮かべた。


「そう……無敵の戦士にしようではないか。

 手始めに、そのために必要な戦士を生み出そう」


「どういうことだ、描王殿」


「なに、無理やり改造したところで自滅するのがオチさ。だから多少誘導してやる必要がある、というわけだ」


 描王は虚空に向かって手をかざした。


「いでよ、わが戦士よ!」


 言うが早いが、虚空が輝きだすと同時に風が吹きだす。

 光と風がやむと、そこには雪美の弟、俊そっくりの戦士が立っていた。


「諸君、名前はスグルで構わないな?

 こいつを使えば、ころりと騙されるさ」


「うん、任せてよ」


 スグルは、無邪気な笑みを浮かべた。

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