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プロローグ

 耳の先端がとがっている以外は地球人類によく似た、二人の科学者が通路を歩いている。服装は白と黒の全身を覆うスーツだ。


「ボード国も滅んだそうだ。惑星ブルーシに百五十億を超えていた人類も、もうこの地下シェルターにしかいないのか……あのクソキングめ」


「いまや希望はこの汎用決戦グローブと、あの星にいる適合者のみってわけですね」


 後からしゃべった方が、手ごろな大きさで頑丈な作りの箱を抱えていた。

 二人は一つの扉の前で止まった。

 扉には美しい海の夜明けの風景画が貼られている。


「着きましたね……」


 箱を抱えていない方が、絵が貼られていない部分をノックした。


「どうぞ」


 鈴を転がすような少女の声が聞こえたので、箱を持っていない方が扉を開けた。


 中にいたのは、同じように耳がとがっており、水色のストレートロングヘア―を掻き上げながらキャンパスに向かっている少女だった。

 白と黒のマーブル模様の小さな帽子を頭にちょこんとのせ、服も白と黒の全身を覆うスーツを着ている。手には白を基調とした指ぬきグローブをつけていて、その手の甲の部分に光る半球体がついていた。

 どうもこのグローブは、絵を描くためのものではないらしい。


 小柄で瘦せているが、女性らしさを表す部分は非常に自己主張をしている。昔の言葉を使えば、トランジスタグラマーというのだろう。


「絵を描いていたのですね、エイミィさん」


「こんなものはどうでもいいんです。それより、ひょっとして……」


 エイミィは不機嫌そうに絵の描かれているキャンパスを隠しながら、箱を見た。


「はい、完成しました」


 箱を開ける。

 そこには、黒を基調とした、手の甲の部分に同じように透明な半球体のある指ぬきグローブがあった。


「汎用決戦グローブです」


「……美しい……」


 エイミィがそう漏らすと同時に、警報がけたたましく鳴り響いた。

 科学者たちはエイミィに箱ごとグローブを渡すと、


「ちっ、クソキングめ、ここを嗅ぎつけたか!」


「我々も時間稼ぎに加わります! あなたは汎用決戦グローブと共に瞬間転移装置で適合者の元へ!」


 そう言い、二人でうなずきあった。

 エイミィは、自身の装着しているプロトグローブがあれば、自分も戦えるのではないかと愚考した。愚考なのだ。それは間違っている。プロトグローブと自分では防御はできても攻撃ができない――。

 涙をこらえて、エイミィは「ご武運を」と告げた。

 それが別れだった。


     □     □


 敵は、瞬く間に地下シェルターの中核の広間にまで攻め込んできた。

 集団だった。親玉らしき人型で銀褐色の岩のようなものが頭部に付いた肌が灰青色の怪物と、頭部に結晶体がある黒い岩のような体の部下が大量にいた。


 すでに、死屍累々だ。しかし、奇妙なことに、血は一滴も流れていなかった。


「この……クソキングめ!」


 兵士の一人がマシンガンを撃つが、敵は全く意に介さない様子だ。マシンガンの弾が当たっても、痛がるそぶりもなければ傷もできない。

 敵は自身の無敵ぶりを堪能するかのように頷いた後で、その兵士に向けて手をかざす。


「クソキングではない」


 すると、手を触れてすらいないのに、その兵士は倒れ込んだ。


「我こそは、描王だ!」


 倒れ込んだ兵士は、ピクリとも動かない。それを弔うように見た迎撃部隊の隊長は、


「描力を抜かれる前に攻撃を加えるんだ!」


 と叫び、自らも引き金を引いた。

 隊員たちも撃つ。撃つが、描王も、その部下たちにも、一切ダメージを与えられなかった。

 しかし――実は、それはすべて織り込み済みだった。迎撃部隊の隊員は、自分達が捨て石であることをよく理解していた。すべては、エイミィ・ブリーズと汎用決戦グローブが、無事あの星にたどり着くための時間稼ぎなのだ。

 では、この科学の非常に発展した惑星ブルーシにおいて、なぜ無人兵器――ロボットを迎撃部隊として使わないかというと、描王の能力で改造されて配下にされてしまい、敵がかえって増えてしまうからだ。


「お前ら人間なんぞ、ただの描力の塊でしかない」


 仰々しく身振りを加えながら、描王は言う。


「だが――塊なら塊として、私を楽しませてくれよ」


 描王の部下たちも、結晶体を明滅させながら隊員たちに向かって手をかざした。

 幾人かが倒れ込み、また幾人かは反射的に手をよけた。


「フハハハハハッ! 人間狩りは実に愉快だ!」


 その時だった。

 閃光と共に飛来し描王の頭部に着弾した弾丸が、そのまま放電し、描王にダメージを与えたかに見えた。

 描王は頭部を抑え、苦しんでいるようにも見える。


「あれは対描王特殊弾頭……! 援軍か!」


 隊長が広間に続く通路を見ると、白衣姿の科学者二人がいた。


「助太刀しますよ」


「間に合ってよかった」


 二人はそういうと、持ち出した新型銃を、描王の部下たちに向けて連射した。

 命中した部下たちも着弾点を手で抑え、行動を止める。形勢は逆転したかに見えた。


 だが――


「フフ……」


 いつの間にか、描王は、弾丸を指でつまみ、平然とした様子で、弄んでいた。

 それを見た科学者は、次の弾を描王へ撃った。

 しかし描王は避ける様子もなく、当たっても先ほどのマシンガンの時と同じようにまったく効果がなかった。


「残念だったな。私が最初に覚えたのは、進化と再生なのだよ」


「馬鹿な、早すぎる!」


 科学者の一人が叫ぶと、描王は手を振った。


「しま――」


 手の方向にいた科学者は倒れ込み、ピクリとも動かなくなった。


「さて。これで終わりかな?」


 同様に復活した部下たちとともに、描王は残りの隊員たちに向かってにじり寄った。

 しかし、臆する者はいなかった。自分たちが必死の抵抗を見せれば見せるほど、描王たちが「遊び」に夢中になり、最後の希望が成功するまでの時間稼ぎができることをよく知っていたからだ。


     □     □


 大きく息を切らせながら、箱を抱えたエイミィはシェルターの奥へと走っていた。

 運動不足の体を恨めしく思う。

 プロトグローブの対人体描力探知機能によって、状況は理解していた。


 ――仲間が、殺されている。


 厳密には描力を吸われたからと言ってすぐに死ぬわけではないものの、現状では衰弱し死にゆく様を眺めることしかできない。つまり、殺されたも同然だった。少なくとも、汎用決戦グローブを身につけた適合者がいない限りは。

 だから何としても、適合者のいるあの星にエイミィは行かなくてはいけない。

 仇を討たねばならない。


 一歩進むたびに、仲間の描力反応が消えていく――そんな限りなく現実に近い錯覚を覚えた。少女らしい風貌に似つかわしくない、憎しみの表情を浮かべながら、涙をぬぐい、走った。

 そして、ついに深奥部の実験施設にたどり着いた。


「うまく動けばいいけど……」


 部屋に入り、訓練通りに的確にスイッチを入れていく。

 もし描王の一味がこのシェルターの動力源を破壊したらすべての望みが断たれるわけだが、プロトグローブの反応を見る限り、どうやら「人間狩り」に集中しているようだった。すべてみんなのおかげだ。

 感謝と悲しみを噛みしめながら、まずは一つ目の装置の前に立った。


『転移先ノ言語強制取得ヲ、開始シマス』


 音声が流れると同時に、エイミィの体を光が包んだ。


「痛っ……」


 軽い痛みの後、エイミィはその言語体系を理解した。

 しかし、感動を覚えている暇はない。

 すぐに次の装置の前に立つ。


『瞬間転移ヲ、開始シマス。

 転移先ヘノ認識阻害ヲ、開始シマス。

 準備ガデキタラ、合図シテクダサイ』


 音声案内に対し、今覚えたばかりの言葉を紡ごうとする。


「転移先は……現地の言葉では……」


 瞬間転移装置に備え付けられた大きいリングが、高速回転を始める。

 組み込まれた描力探知装置が、遠い星の適合者の描力を探知する。


「……地球! 適合者の下へ!」


 エイミィが叫ぶと、リングの中央に光が生まれ、リング全体に瞬時に広がる。

 その光の膜――転移ホールがエイミィにすっぽりと覆いかぶさる。

 次の瞬間、エイミィは消えていた。


『転移完了シマシタ。幸運ヲ。

 尚、当装置ハ自動的ニ崩壊イタシマス』


 誰もいない実験施設に、装置の音声の後、装置が崩れゆく音だけが響いた。


     □     □


 描王は迎撃部隊を全滅させ、非戦闘員の描力を食らいながら、地下シェルターの深奥部を目指していた。

 非戦闘員はおのおの隠れたり、逃げたりしていたが、描王には描力探知能力があるので、無駄に終わっていた。


「……ん?」


 描力を吸いながら、ある場所に違和感を覚える。


「妙だな。描力が急に増えたと思ったとたんに消え、それと同時に一つ減った……」


 描王が探知したのは、ホールの向こう側、地球に存在する描力と、エイミィの描力である。ホールが開いたから描力を探知し、ホールが閉じたからすぐにそれがわからなくなり、エイミィは転移したから一つ減ったというわけだ。


「奥だな。まあ、行けばわかる話だ。おい、お前たち」


 残りの非戦闘員たちの始末は部下に任せ、描王は奥へと駆け足で向かう。

 さすがは化け物の脚といったところか、あっという間に深奥部にたどり着いてしまった。


「ここだな」


 扉を蹴り開け、中をうかがう。

 描王の目には、起動していたらしき機械と、熱を持った大掛かりなジャンクが捉えられた。言語強制取得装置と、瞬間転移装置の残骸である。


「誰もいない……死体もない」


 生命体が死ねば、描力も同時になくなるから、それをまず考えていたようだが、違う。

 描王は手始めに、壊れていない方の装置から手を出した。スイッチを入れる。


「痛っ……?! トラップだったか?」


 慌てて装置から離れる。そして自分の異変の正体に気が付く。


「……なるほど、学習装置か」


 それきり、その装置への興味を失い、ジャンクへと向き合う。


「このジャンクは……まだ温かい。ということは、これも使ったということだな。

 ……物は試しか」


 描王は目を閉じ、ジャンクに向かって手をかざす……。


「構造解析。

 ……。

 …………。

 空間へのホール生成装置と判明……」


 そうつぶやき、目を見開き、喜色を浮かべる。


「そうか、転移装置か! これで逃げたというわけだ。描力の多い別のところへ……!

 描力の多いところを選んだのが失策だったな、この私が見逃すと思ったか?」


 上機嫌でジャンクに両手をかざし、描力を行使する描王。


『ピピ……ガガ……認識阻害開始。……地球ヘノホールハ、六十秒デ閉マリマス……オ急ギヲ』


 改変を受けたジャンクは、ホールを開けてしまった。

 そのころには、地下シェルターの中には描力の残っている人間はいなくなり、部下たちも深奥部へとやってきていた。

 満足げに周囲を見渡した描王は、


「さらなる描力のために新天地へ向かう!」


 と叫び、ホールをくぐった。

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